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橋門都市ソルトレイク



 橋門都市ソルトレイクの近郊で、一行はベニートの隊商と別れた。


「マニトバを、よろしくお願いします」


 ベロニカは深々と頭を下げ、ベニートにマニトバを預ける。

 一行は橋門都市ソルトレイクから架かる『雨亡大橋(レインボーブリッジ)』、その途中に存在する水上都市バウンティを次の目的地に定めている。

 二十日後の正午、バウンティの一番高い建物の上までやってきたら、紫電侯領まで一緒に連れて行ってやるとコーラルは申し出た。片道数十日を短縮できる絶好の機会を逃すことは出来ずに一行はバウンティを目指したが、その中で引っ掛かるのがマニトバの存在である。

 集合場所がただの街中ならばマニトバを連れても問題はない。

 けれども集合場所が街で一番高い建物で、その頂上に辿り付く道筋に階段を上らなければならないのなら、馬であるマニトバを連れてはいけない。

 いや、城壁のような建物で緩やかな傾斜ならまだどうにかなるかもしれないが、水上都市バウンティを知るベニートの話では、その建物は馬を連れ込める類の建物ではないらしい。


「本当に中原の……魔法使いサクラメントの隠れ家でいいんですか?」

「ええ。ベニートさんがよろしいのなら、それが一番有難いです」

「確かに行商ルートで近辺は掠めますが……、私などの一商人が会って大丈夫ですかね?」

「お金さえ持っていけば、師匠は拒みません。不安でしたら、私の書状をマニトバの首に括り付けて、森に離してくれても構いません。賢い馬です。大きな肉食獣も居ませんので、独力で辿り着ける筈です」


 ミロシュは護衛の報酬の半分、金貨四枚と書状をベニートに手渡し、マニトバの鼻面を撫でる。ミロシュの話にマニトバは首を振っていたが、賢い馬、と言われた辺りで納得して額を任せている。


「ベニートさん、橋の上から道中の無事を祈ります」

「シウダー、元気で」


 無頼とラウトも別れを告げる。

 護衛と合流したベニートの隊商はこのまま南下を続けニッシュフォークへを目指し、一行は橋門都市ソルトレイクの城門に向かう。

 ベロニカは黄金色の瞳に薄く涙を浮かべて、ベニートが連れるマニトバの方を何度も振り返っている。


「寂しいんですか、ローニャ?」

「うん。私が世話していたから……」


 ベロニカは赤くなった鼻を擦り、無頼は冷静に間違いを指摘する。


「いや、ローニャは最初の数日だけで、それ以降はずっと俺が世話していたぞ」

「……あれ?」

「はあ、まったく……、今生の別れではないんですから、さっさと切り替えましょう」


 マニトバに任せていた荷物の一部を抱えたミロシュが呆れ、(とぼ)けたベロニカの背中を無言のラウトが押す。

 ポリポリと頭を掻くベロニカの頭上を飛び回っていた水精スペリオルは、拙い言葉で気持ちを伝えようと無頼の方へやってくる。マニトバと言う前例を知り、自らの行く末に不安を抱いているのだ。


「若い時は、何事も経験だ」


 無頼はスペリオルの額を突いて追い返す。

 一晩ベロニカが密着していただけで水の精霊は目に見えて大きくなり、無頼の握りこぶしサイズから手のひらサイズまで、ほぼ倍近くに成長している。


(何処まで大きくなるんだろうか……)


 ふらふらと揺れるベロニカの尻尾に掴まった水精スペリオルを目で追いながら、無頼は考える。

 マニトバと違って水代と飼葉代が掛からないのは良い。魔道士のミロシュは魔力は環境マナから作り出せ、無頼も魔剣を経由して常人以上に供給できるので実質無料(タダ)、どれだけ与えても困ることはない。


(これ以上目立つ奴を連れて歩くのは嫌だな)


 人間サイズのスペリオルを想像して、無頼は首を振る。

 自分を含め、特徴的な仲間の面子を見て無頼は溜息を吐く。

 ソルトレイクの城門を潜る前から、一行は充分に視線を集めてしまっていた。





「一人千五百シード……だと……?!」


 財布の紐を解いたまま、無頼は門の前で固まる。

 橋門都市ソルトレイク城門の通行料は、河畔都市マラットとは比べ物にならない程に高かった。大人が千五百、十五歳以下の子供が千二百――四人合わせて五千四百シード。


「マラットの三倍以上」

「あの、詳細を教えて貰っても……?」


 ラウトが指折り数えて驚き、ミロシュが担当役人に通行料の内訳を求める。ぼったくりかもしれないと疑う気持ちよりも、都市ごとの通行料の違いが大きすぎて生まれる戸惑いを解消したいと願う気持ちの方が占めている。


「詳細って……言われてもね……」


 担当役人は頭を掻きながら、何が他の都市に比べて高いのかを考える。


「ああ、うちは橋があるからだね」


 ソルトレイクの通行料が他より割高の理由の一つとして、橋の通行料も兼ねているからなのだと担当役人が挙げた。

 カリブー大河に架かり、帝国と中原を繋げる『雨亡大橋(レインボーブリッジ)』は、創造者である魔法使いの盟約――何者も往来を妨げることを許しはしない――により、通行料を取ることが出来ない。

 しかし魔法使いの死後も健全な大橋にも、石材の補強や往来の安全確保、その他緊急事態への備えなど、多岐に渡る支援には莫大な費用が掛かり、それを補うには通行料を取るしかない。

 その為に造られたのが橋門都市である。

 魔法使いの盟約に抵触しない『雨亡大橋(レインボーブリッジ)』の出入り口を固めることで無理矢理維持費を回収しているのである。


「にゃああ……、もし往来を妨げたなら、どうなるの?」


 担当役人の話を聞き、ベロニカは率直な疑問を口にする。

 記憶を遡る担当役人は、何十年も前、武装集団が橋の一角を占拠した時のことを口にする。


「雨が降る……って人伝に聞いたけど、本当かどうかは分かんないね」


 半信半疑といった有様で笑う役人の答えに納得したのか、ベロニカも笑い返す。

 雨なんて、と二人は笑っていたが、ベロニカはその恐ろしさを理解していた。

 大河の大橋に降る雨は厄介以外の何ものでもない。濡れた路面はよく滑り、雨風は容赦なく体に打ち付ける。誤って転落でもしたなら増水した大河に押し流されて二度と陸には上ってこれない。

 迷信だ、と笑って切り捨てられない。

 本当にデメリットがないのなら、通行料を取る為の橋門都市は創らず橋の真ん中で通行料を取ればいいのだから。


「橋の通行料込みか……、なら仕方ないな」


 担当役人の説明に納得した無頼は、金貨六枚、六千シードを握らせる。

 一行の通行料は四人で五千四百シード。

 お釣りを握り差し出した役人の手を押し戻して無頼は首を振る。


「お釣りはいい。代わりに評判の良い宿屋を教えてくれ。出来る限り安くて安全で、一日だけの宿泊が出来る宿が良い」


 札ではなく硬貨が通貨として流通するこの世界で、支払いを丁度出すことは中々に苦しく、それはお釣りを返すのが苦しいことと同義である。

 マナーとしては出す方が可能な限り丁度の額を用意し、銅貨(十シード)と小銅貨(一シード)を必要とする時は店側が用意する。行政の場合は支払い単位が銀貨(百シード)からなので、原則として支払う側が用意しなければならない。


「賄賂じゃない。情報料として、受け取っておいてくれ」


 無頼はそっと耳元で囁き、六枚の銀貨を握った役人の拳をポケットに捻じ込む。

 三十万の人口を抱える大都市で、昼を大きく過ぎた今の時間から宿を探すのは難しいと無頼は感じていた。行政の人間ならば穴場を知っているかもしれないと期待を込めての行動であったが、その行先は思いもよらぬ方向へと傾く。

 若い女性の(、、、、、)役人は顔を真っ赤にして無頼を見つめ、ミロシュたちの冷めた視線でハッと我に返る。

 咳払いを挟んで佇まいを整え、柔い微笑みを浮かべて待つ無頼に向き直る。


「宿とは違うんだけど、私の家とかどう? お爺ちゃんの許可が降りたらだけど、広くて二人だから、久しぶりのお客さんは歓迎すると思うんだ……」


 同僚の目を掻い潜り、役人マグナは一行に提案する。

 城門を潜る旅人や行商人は一日に何十何百人といる。個人的な付き合いは禁止されてはいないが、勤続三年、マグナが積極的に係わりたいと思う相手は無頼たちが初めてであった。

 屈強な体格、整った精悍な顔立ち、街では見かけない魅惑的な黒曜の瞳――無頼の魅力に惹かれたのは確かである。だが改めて見返した今、無頼に並び立つ面々がどのようにして集ったのかがマグナの興味を掴んで離さない。


「どうする、ローニャ?」

「んー、折角のご厚意だし、甘えちゃおう!」


 ベロニカは少しだけ悩む素振りを見せ、ニッと人懐っこい笑みを浮かべる。

 無頼の前に躍り出てマグナの手を握ると、ぶんぶんと上下に動かす。


「私ベロニカ、よろしくね!」


 愛想を振りまく係をベロニカに任せ、ミロシュは無頼を視線で詰る。

 無頼はマグナに見つからないよう得意気に口角を釣り上げ、どうだ、と言わんばかりの表情でミロシュを見返す。

 一行は旅の仲間であるが、他人同然。

 長く一緒の時を過ごせば多少の気心も知れようが、それでも長く続く沈黙と繰り返される日常は辛い。無意識の内、何かしらの刺激を求めるのは仕方のないことである。


 無頼とミロシュの"刺激"は、旅路で金銭を節約することに集約していた。


 ベロニカの為にお金を貯めなければならない。

 お金を稼ぐにはギルドの依頼を受け、人を助けて礼金を貰い、不必要な出費を頭を悩ませ削り、一千万シードに届くまで少しでも高く硬貨を積み上げていく。

 その為には交渉術を身に着け、状況把握能力を高める。

 善し悪しはまた別問題ではあるが、二人は互いに競い合い、時には今のように()()()()()()()()を披露してみせる。


「一泊分浮いたな」

「まだ分かりませんよ……というか、何て方法を……」

「ミロシュに負けないくらいには、俺も魅力的ってことだな」

「……っ、そんな張り合いなんて!」


 ベロニカとラウトにマグナの相手を任せ、無頼とミロシュはひそひそと会話を始める。

 無頼はお茶目に舌を出して笑い、ミロシュは想定外の指摘に声が大きくなる。


「仕事中に悪かった……が、本当にいいのか?」

「構わないよ。私の兄さんたちも、たまに旅人さんを連れて来てたから」

「ああ、だから久しぶりの客か。ひょっとして、旅人向けのお店とかでお勧めとか詳しいのか? 幾つか買いたい物もあるんだが」


 マグナの視線がこちらを向いたのを無頼は好機とみる。

 マグナが仕事中であると忘れさせず、仕事後のマグナを自分たちの予定に押し込み、合流する場所、大体の時間など、巧みに予定を組み上げる。

 無頼の舌はいつもより滑りが良く、情報を引き出しながら自然にマグナを誘導していく。


「にゃああ……、無頼って、こんなキャラだった?」

「リルエットさんの時より上手に……、使い方を分かっているような気がします」


 無頼と入れ替わりにミロシュの傍に戻ったベロニカが困惑し、つらつらと言葉を並べる無頼の手腕にミロシュは唸る。

 錆びた歯車に油を差すように、他人との係わりを増やした無頼は滑らかに言葉を重ねていた。

 女性関係だけではない。

 商人ベニートとも同様に、打算に満ちた態度を巧みに隠して話を進める様は一朝一夕で身に付く技能(モノ)ではない。体を覆う錆が禿げていくように、記憶を失った無頼は経験を取り戻していく。


 本来を取り戻し始めた無頼に、二人は息を飲む。


 元の世界でどうであれ、無頼の本来は異質なものに成り果てる。

 饒舌で邪知を隠す輩はいても、無頼ほど他人を巧みに他者を利用出来る者はいない。


 教育と経験。


 それを持つ無頼がもし記憶を維持したまま召喚を終えていたら……。


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