魔法使いは性格に難アリ④
騎士が持つ紅の剣は炎のように煌めく刀身を持ち、易々とサクラメントの魔力糸を切断していく。何本もの糸が絡み合って強固な拘束力を生み出していた魔力糸は、熾烈な魔力を放つ紅剣に斬られていくごとにその力強さを減らす。
そして数瞬後、騎士の体は解き放たれる。
魔力を煌々と燃え上がらせ、環境マナが激しく乱れる。その様子を屋根の上から眺めていたサクラメントは目を細める。但し興味は魔力糸を切り裂いた騎士ではなく、それを切り裂いた紅剣に向けられていた。
「『紅天平徒』とは……、また随分な骨董品を持ち出したな……」
「この魔剣の正体を一目で見抜くとは、俗欲に染まり耄碌しても流石は魔法使いといった所か。噂通り、正体が掴めん輩だ」
「キミは失礼だな」
「それは居留守を使ったお前も同じ! それより何故俺が少女の死体、その素性を暴くのを妨げる? 答えよ、魔法使い!!」
怒声を張り上げる騎士を前にサクラメントは深い溜息を吐く。屋根から飛び降り、これといった防具も着けずに二十人以上の騎士に囲まれた中心――軽薄そうな騎士の傍に歩み寄る。
サクラメントの蒼氷の瞳がより強い光と魔力を帯びる。十代半ばの少女を装い、自分より一回り以上大きな体躯の騎士を前にした魔法使いは、馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「死者への冒涜はダメだろ。まして我の弟子が拾って供養した遺体……手を出すなとは言わないが、手を出すなら相応の覚悟をしてからにするんだ」
ピリッと空気が張り詰める。
騎士たちは各々が武器に手を掛け、サクラメントと睨み合う騎士――『紅燕の旅団』の副団長、レッドブラフを見守る。『紅燕の旅団』の元々の目的は姫の捜索と奪還であり『無色の魔法使い』との戦闘を本意としていなかった。けれど事前に知らされた情報との食い違い――死体を人形に改造すると噂される人形遣いサクラメントが、死者への冒涜などと口にした。その所為でサクラメントの主張は元より、ベロニカの行方まで胡散臭さを増した。
「なれば、失敬」
プスリ、とサクラメントの忠告を意に介さず、レッドブラフの紅剣が少女の死体を貫く。
「なっ!」
躊躇わず少女の遺体に刃を突き刺したレッドブラフを見て、ミロシュは驚きの声を上げる。
軽薄な雰囲気を纏ったままのレッドブラフに戦闘をも辞さない覚悟があるのかは分からない。だが少なくとも、師匠が自分の義体を無下に扱われるのが大嫌いであるとミロシュは知っていた。
そして怒り狂った魔法使いがどれだけ恐ろしいかを人伝に聞かされてきたミロシュは、この場から逃げようと半歩足を下げる。
しかし、それは懸念で終わる。
「――――おおっ!」
「妙な動きはするな、首が落ちるぞ」
サクラメントを含めた他の誰もが反応するより早く、レッドブラフは死体を刺した紅剣を抜き、そのままサクラメントの首を刎ねる軌道を取る。刃は寸止めされてはいたが剣先に付着した死体の血液が精緻に作られたサクラメントの顔に飛び散り、首筋からはツゥーと血が流れ落ちる。
軽薄そうだが、身に着けた技能は本物だ。
サクラメントは痛みを感じながら、感嘆の声を漏らす。
「血を流すのは久しぶりだ」
「オーガスタ、死体を暴け。本物だとしても、徹底的にバラバラに解体して調べろ」
軽口を叩くサクラメントを無視して、目を見開いた団員たちにレッドブラフは冷ややかに命じる。近場にいたオーガスタを初めとした三人はその命令で我を取り戻し、少女を包んだ布を剥ぎ、体内に不審な点がないかを調べる為に解体用の短刀を取り出す。
「暴け、徹底的に、バラバラ、解体」
剣を首筋に突き付けられたサクラメントは、ニッと口角を釣り上げる。魔力を感じさせない、詠唱ではない奇妙な独り言にレッドブラフは眉根を寄せる。
「あ、副団長、の、名前は、レッドブラフ。俺、た、ちは、『紅燕の旅団』」
その直後、死体に刃を入れようとしていたオーガスタの体が震え、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出す。
いや、魔道術により無理矢理喋らされていた。
通説として魔法使いとは、魔道士に必須の詠唱を無視できる存在だ。瞬間的に展開出来る魔道術は膨大な魔力によるだけでなく、時に針に糸を通すかのように僅かな魔力でも行える。環境マナを揺らさず――つまりは誰にも感知させずに魔道術を仕込むことも不可能ではない。
オーガストを喋らせているのが何であるか、誰の仕業であるのかを瞬時に悟ったレッドブラフは舌打ちし、紅剣を滑らせる。
魔力を燃やす紅剣はサクラメントの細い首筋に吸い込まれ、それが自然の摂理であるかの如く通り抜ける。
コトン、とサクラメントの小さな頭が落ち、少女の墓穴に転がり落ちる。
「し、師匠おおおおおおおおおお!!!」
ミロシュは師匠の元に駆け寄り、叫びながら首を失った体を何度も揺する。
その背中を一瞥したレッドブラフはバツの悪そうな表情のまま、サクラメントの魔道術に掛けられたオーガスタを目にして――――驚愕する。
「目、的はべろ、ニカ、その、身分と、……」
首を刎ねて尚、オーガスタはサクラメントの魔道術に喋らされていた。
それがサクラメントの得意とする膨大な魔力で相手の精神を麻痺させ操り、そして乗っ取る魔道術だと気付いたレッドブラフは盛大に舌打ちする。
オーガスタの頭部には何処からともなく伸びている魔力糸がびっしりと絡まり、サクラメントの首筋を掻っ切った魔剣『紅天平徒』で薙ぎ払う。けれど何度振っても振っても魔力糸は即座に繋がり、魔道術は修復していく。
「本拠地、は、ネブラスカ、のトライオン、依頼人、はネブラ――――」
「――お前ら、猿轡を! それ以上喋らせるな!」
レッドブラフは両膝をつき、呆然自失といった体で口を動かすオーガスタを蹴り倒す。そしてオーガスタの口元が止まると否や踵を返し、サクラメントの体を抱えるミロシュに手を伸ばす。
「待て、我の弟子に触れるな」
「――――サクラメント、何処だっ!」
首を切り落とした筈のサクラメントの声が聞こえ、その怪しい響きに高慢に似た冷静さを保っていたレッドブラフも動揺する。
リーダーが抱いた動揺は、瞬く間に騎士たちに伝播した。
馬が嘶き、弓矢を番えた騎士が顔を前後左右に振り分ける。誰もが必死にその姿を探す中、魔法使いサクラメントは誰もの期待を裏切る形態で現れる。
「我はここにいるぞ。副団長のレッドブラフ、キミの後ろにな」
空中を漂う魔力糸が集まり、人の形を成す。首を刎ね飛ばした体より年月を重ねた大人の姿――『無色の魔法使い』が、忽然と姿を晒す。
「確かに首を飛ばした……! お前は、何故生きているっ!?」
以前の拘束時とは違い、魔力を注ぎ充分な強度を持つ魔力糸がレッドブラフの首筋に何本も絡みつく。
動けば首が飛ぶ。
攻守が真逆になった状況に、レッドブラフは舌打ち一つ打てずに震え上がる。
対魔法使いに用意した『紅天平徒』――活身魔道術より高い割合で魔力を身体能力に変換できる古の魔剣――は締め上げられた右腕から離れ大地に刺さる。手放されたなら関係ないとばかりに魔力を散らし、炎のような煌めきを潜めて錆色の刀身に戻る。
サクラメントが軽く腕を持ち上げると、その指先から無数の糸が飛び出す。しゅるしゅると空に広がり周囲を覆い隠すほど膨大な量となった魔力糸は、様子を窺っていた騎士たちを馬ごと縛り上げる。
ある者は圧倒的な力量差を前に身動ぎ出来ず、ある者は必死に魔力糸を振り払おうとして落馬する。咄嗟に放った弓矢はサクラメントに到達する合間に十八等分され消え去る。
「我を殺したければ、我を除いた魔法使い――残り六人全員を連れて来なければ!」
数秒で二十人以上の騎士を制圧した魔法使いサクラメントは、彼ら全員の口を塞ぎ場を整えると声高に宣言する。
「それで初めて互角、そこで初めて勝機が生まれる。人間獣人エルフドワーフ竜人翼人鬼人魔道士騎士竜騎士幻獣魔獣――誰が相手であっても、その理は変わらん!! 数を集め、質を高め、それでも尚不足。魔法使いとは、甘い相手ではないぞ!!」
長い時を生きた魔法使いが示した力量は、騎士たちに争いの無意味さ――主に勝機の無さ――を悟らせるには充分であった。唯一屈辱で戦意を滾らせているレッドブラフも、斬って殺せない相手との戦い方を知らず、ただ口惜しさを噛み締めていた。
「分かったら帰れ。二度と来るなとは言わんが、我の稽古を所望するなら手土産の一つでも持ってこい。山吹色のお菓子なら尚良しだ。手合せなら一回三万シード、魔道術教練なら一時間一万シードで請け負うぞ」
刎ね飛ばされた首を胴体に縫合しながら、サクラメントは満足そうに身動きの取れない騎士たちを眺める。
「魔法使い、覚悟っ!!」
その中から一人、額に傷を負った少年騎士が斬りかかる。身動きの取れない騎士や軍馬の合間を抜け、途中でレッドブラフが放り出した『紅天平徒』を拾い上げ、獣人の少年騎士は目前にまで迫り――案の定簡単に絡め取られてしまう。
「――くそっ!!」
「スンスン、妙な魔力が纏わりついているが……」
「魔法使いめ、離せっ!」
「まあいい、今回は手合せにカウントしないでやるぞ」
騎士を縛り上げていた魔力糸を回収しながら強欲の魔女はケラケラと笑う。
魔力糸の拘束から解放された騎士たちはサクラメントから恐る恐る距離を取り、言われた通り逃げるように馬を走らせる。
サクラメントは満足気にその背中を眺め、弟子の隣に立つ。
「義体の材料費分は稼げたな」
サクラメントの手には騎士たちから抜き取った財布が握られ、足元には転がる財布や小銭入れは二十を越えている。
魔力糸でスコップを操り、腐った死体を穴に埋めるサクラメントの後ろ姿に、ミロシュはジトッと湿った視線を向けていた。思わず叫んだ自分が馬鹿じゃないかと後悔すら覚え、次は冷静を保とうと心に刻む。
そして何より、師匠の背中に滲む強欲と言う色に染まらないよう、旅立ちの必要性を強く認識した。




