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川辺の魔精②


 クレイの仕立て屋を離れた一行は、街を出ようと東門に向かう。

 太陽は青い空に昇り、燦々と照らされた街も次第に目を覚ます。通りには仕事へ向かう住民が行き交い、時折擦れ違い様に無頼に声を掛ける者もいた。


「無頼さんって、態度は素っ気ないんですが、どの街に行っても声掛けてくる人がいますよね」

「トラブルに首を突っ込むし、まあ、自然と目立つからな」


 ラウトとベロニカを挟んでミロシュが笑い、無頼は素っ気ない態度で返す。


「にゃああ……違うんだよにゃあ……」


 ベロニカは無頼の周囲をくるくると回り、ラウトとぶつかって体勢を崩す。

 そして常人離れした反射神経で支えた無頼に躰を預け、ベロニカは続ける。


「無頼は確かに目立つけど、それ以上に親しく声を掛け味方側に居たいと思っているんだよ。当然、無意識の内にね。大きな躰で率先してトラブルに立ち向かう姿は、英雄なんて言葉よりもっと分かり易く心に残る。世間的に言うなら……、そう、先導者(かくめいか)の素質があるんじゃにゃいかな!」

「そんな素質は要らないぞ」


 無頼は背中を押してベロニカの体勢を戻し、ベロニカはニコニコと微笑み足を進める。

 ラウトは未だに昨夜のベロニカと今の陽気なベロニカのギャップに戸惑いを浮かべている。あの凛々しい顔が、威厳すら感じさせる真面目な口調が、こうも正反対に緩み切るものだと理解出来ないのだ。


「それでは私は手続きを済ませてきますので」


 魔法の鞄から取り出した通行料免除証を受け取り、ミロシュは東門に向かう。

 無頼はその後姿を追いながら、行きでは気付かなかった多くの事柄に気付く。

 城壁の規模、非常口の位置、道の広さ。

 普段は使われない都市門だけあって、構造はかなりお粗末だ。

 落とされても落とし返せば問題ないとのスタンスを素でいくのならば、城壁は鉄壁にする訳にはいかない。非常門一つにしても、大河沿いという目に見える抜け道があるのだから、陸側には存在しないと考えるのが普通の思考だ。


「無頼、ミロ姉が呼んでる」


 高い視線から満遍なく見渡す無頼の手を、ラウトがちょいちょいと引いて詰所を指差す。そこには何時移動したのか分からないがベロニカが居て、ミロシュと共に無頼とラウトを待っていた。

 右手にラウト、左手にマニトバを連れた無頼は東門の詰所に歩いていく。


「無頼、依頼受けてもいいよね?」


 何があったのかと尋ねるより早く、ベロニカが許可を求める。

 詰所を覗くとマラットの役人だけではなくギルドの職員も共に居て、なんと日の出より早く一行を待っていたと嘯いた。


「隊商の護衛さ。マラットからソルトレイクまで、二日行動を共にするだけの簡単な依頼だよ、冒険者の旦那」


 若いギルドの職員は隈の出来た目元を擦り、欠伸を噛み殺して依頼内容を伝える。


「たった二日の距離に護衛がいるのか?」

「商人の旦那さん方は神経質なのさ。夜の野営中に、寝ずに身を守ってくれる護衛がいないと不安で仕方ない、今回の依頼主はそんな肝の小さい旦那さんだ。元の護衛とはソルトレイクで合流。そこまでの道程、腕の立つ冒険者で、今日街を出る奴を探してくれと緊急の依頼を出されたら、もうアンタたちしかいないと思ってね」

「……その商人の素性を確認してからでもいいか?」

「ギルドのお得意様だ。南部の商人で、人柄も商売も清廉潔白。必要を惜しまず金払いも良い。……臆病な所以外は、問題なしだ」


 若いギルドの職員はペラペラと喋る。

 しかし無頼は「会ってから決める」とのスタンスを崩さず、頑として首を縦に振ることはなかった。


「冒険者の旦那は強情だな」

「当然の疑問だ。何か口外に出来ない事情があるんだろ? 例えば普通の冒険者が極端に嫌うような、もしくはトラブルに巻き込まれ易い事情が」

「……」

「もしくは商人側の条件が厳しいか、だ」

「……お手上げだ、話すよ、全部話す」


 ギルド職員は両手を挙げてみせる。

 そして依頼主である商人の事情と彼らが出した条件をつらつらと諳んじ、少しばかりの警戒心を抱いていた無頼は、その事情と条件に拍子抜けする。


「やっぱり、断りますかい?」

「いや、受けよう。その事情と条件ならば、俺たちにはうってつけだ」


 無頼はギルドの依頼書に署名する。

 ギルドの職員はホッと表情を和らげ、署名を受けた依頼書に目を落とす。


「但し、俺たちは東門を使うから顔合わせは外だ。今から三時間……ああ、いや、太陽が高い位置に昇る正午までに来なければ依頼は拒否したとして出発する。まだ充分時間があるから、ゆっくりでいいぞ」


 マニトバの手綱を引く無頼は、三人を促し東門へと向かう。

 実は太陽が天辺に昇り切るまでには五時間ほど猶予がある。けれども疲労困憊のギルドの職員は死にそうな顔で南門――橋門都市ソルトレイクに最も近い城門へと走り出した。


「ギルドの業務は、ああも大変なものなのか?」


 今朝訪ねたのギルド職員を思い出して無頼は首を傾げる。

 他の三人も似た疑問は抱いていたが、明確な答えを得ないまま、一行は東門を潜った。




 対象の護衛――と、ギルドの職員は言っていたが、依頼人は隊商とは名ばかりの一家族であった。引き連れる馬車は四台で、人員は六人。

 なるほど確かに、と納得してしまう程に、普通の冒険者ならば忌避する要素が詰まっていた。


「楽でいいんじゃにゃいかな~」

「まあ、そうだな」


 御者台に座った無頼の隣で、ベロニカが大欠伸をする。

 商人六人の内訳は、三十代半ばの商人と彼の妻、商人夫婦の子供が二人にソルトレイクで合流する本来の護衛の妻子が一人ずつ。

 約半数が子供で、男手は一人しかいない。

 商人と護衛の妻は二十代中盤とまだ若々しく美しい。安易に見知らぬ男を、特に粗暴な冒険者を招き入れたなら悍ましい結果になると目に見えている。

 たった二日とはいえ道中何が起こるか分からない。監視カメラどころか犯罪を調査する警察機構すらない世界、女子供と金目の物を詰め込んだ馬車を護衛なしで進ませるのは奪ってくれと言っているようなものだ。


 カラカラと車輪が回り、整備された皇帝街道を進んでいく。


 女子供を連れた冒険者、それも力強く、平然と横暴に立ち向かう良識を持つ冒険者の存在は、商人ベニートにとって闇夜に輝く月明り同然に見えたのだ。

 事実無頼には商人ベニートらを害そうという気は一切なく、ただ仕事と割り切って行動を共にしているだけである。野盗や野獣が襲ってきたなら容赦なく追い返し、時と場合と気分次第で白い街道を真っ赤に染めても構わないとすら考え、同時に少しだけ後悔もしていた。


「歩かなくて済んで、更にお昼寝付き。幸せ~」


 無頼やミロシュ、ラウトを襲う輩は居ない。

 しかしベロニカだけは例外だ。

 無頼の太腿に頭を乗せ、日光を浴びながら目を閉じる獣耳のお姫様だけは、数多の相手から狙われている。

 身柄を、生命を。

 この矮躯のどこに価値があるのかは分からないが、兎に角、燃え盛る松明さながらに多くの者を呼び寄せている。


「ローニャ」

「にゃあに?」

「もし今、襲われたらどうするつもりだ?」

「……今はダメだよ、無頼。あと二年待って」


 ベロニカの返答の意味が分からず、無頼は少しだけ黙る。

 そして言葉が足りなかったのかと補足すると、夢の世界に片足を突っ込んだベロニカは慌てて現実世界に戻ってくる。


「俺が言いたいのは、ベニートさんたちを巻き込む可能性についてだが……」

「にゃっ!?」

「……考えてなかったのか?」

「いやいや、そっちは考えてるよ。というか無頼がそれを気にするとは思わにゃかった」


 ベロニカは目を見開き、ブンブンと首を振る。ピンと立った尻尾の角度は、本気で驚いている時の角度である。

 馬車がギシギシと揺れ、馬車馬が嘶く。

 無頼は落ち着くのを待ち、ベロニカの疑問に答える。


「確かに優先順位はローニャ、お前が一番だ。けれど他人がどうなっても良い訳じゃない。特に小さな子供がいるなら、場合によっては例外もある」

「無頼って、子供に甘いよね」

「刃を向けるなら容赦なく切り捨てるが、基本は甘いな。自覚してる」


 痛い所を突かれ、無頼は顔を背ける。

 子供に甘いのは仕方ないのだ。どれだけ屍を積み上げても無頼の性根は善良で、善良で良識ある男なら、目の前で子供が犠牲となり無残な躯と化すのは望まない。


「まあ、私を狙う相手はここでは襲って来ないと思うよ」

「何故だ?」

「ここは見晴らしが良くて、あと南部の勢力圏だから」

「続けてくれ」

「まず私たちを追う相手は誰か。旅団、ネブラスカ軍、魔法使いの元弟子オリンピア、……謎の暗殺者。全員が全員、ミロの魔道術を知っていて、だからここでは絶対に仕掛けない」


 ベロニカは断言する。


「ミロの魔道術は高威力で広範囲、見晴らしの良い皇帝街道との相性が良すぎる。例えばあの木からここまで来る間に二回、詠唱を速めて三回。ミロの魔力量を考慮しないなら、短縮した詠唱で六回。相手が馬ならその半分かな」

「そんなに打てるのか……?」

「うん、何拍掛かるか数えてたから。……で、それだけの回数の魔道術を受けて無事で済む筈がない。仕掛けるなら人混み、巻き添えの犠牲者が増えるから安易に魔道術をぶっ放せない人混み」

「確かにな」

「それと私の身柄を抑えても、それより先に南部に潰されたら意味がないから」


 真面目な口調、真剣な声色でお姫様モードのベロニカが淡々と分析する。


「生かす価値も、殺す価値も確かにある。そして私の利用価値はきっと……」


 悲しそうに顔を伏せ、ベロニカは言葉を詰まらせる。

 無頼は黙って続きを待つが、目を瞑り体を寄り掛からせたベロニカの口は動かない。


「……おい」


 無頼は軽く息を吐く。

 寄り掛かるベロニカの体を受け止めていると、スヤスヤと健やかな寝息が耳に届き、思わず脱力して手綱を離しそうになる。

 呼吸に合わせて動く獣耳を眺めながら、頬を撫でる冬の気配に身震いする。


(ローニャのこれは、狸寝入りだな……)


 無頼はそれを察していたが、起こして続きを催促する気にはなれなかった。仮に催促しても、(とぼ)けてはぐらかされるだけだと経験則で導き出せる。

 話したくなければ、無理に話さなくても良い。


(俺も、そうしているからな)


 ラウトを加えた四人の旅は、仲の良い友達ごっこのような、薄っぺらい信頼で溢れたお花畑な関係ではない。偶然と同情を土台に、経験を共有する中で生まれた絆と信頼が鎮座する危うい関係だ。

 瓦解し始めると一瞬で、けれど何故か居心地の良い、不思議な関係だ。


(何時までも続けばいい、なんて望んでいない)


 無頼は前を見る。


(終わりが来るまで、続けばいいんだ……)


 眼前には街道が広がり、終着点は影すら見えていない。



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