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河畔都市マラット④



 格安宿屋の食堂で四人はテーブルを囲んでいた。

 煉瓦の壁に魔力灯が燈る。炎を押し込めた暖炉が夜の冷気を吸い込み、煌々とオレンジ色の光と熱を吐き出していた。

 四人が泊る宿は四人一部屋、一泊夕食付で五百シードの破格の安さである。

 ミロシュは何度もこの価格でいいのかと主人に尋ねたが、どうにもこの宿は知る人ぞ知る……類の宿屋ではなく、南部の高官のお忍び視察や亡命者の潜伏場所に使われるような、所謂本国行政府お墨付きの宿であるらしい。

 他に客の姿はなく、四人の貸し切り状態である。


「コーラルが手を回したんだろうな」


 無頼は迷いなく断言し、他の三人もそれに異論は挟まない。

 コーラルと出会った賢者の村から水上都市バウンティまで、ウォルデン村を経由するとはいえ、選べる道筋はそう多くない。

 ウォルデン村から南東に進み皇帝街道に乗って橋門都市ソルトレイクに入るルートは例外だが、賢者の村から西に進み川沿いの皇帝街道を南下するルートや賢者の村を経由せずウォルデン村から西に進むルートは、街道を通る以上、必ず河畔都市マラットを経由することになる。

 期限を付けた以上、一行は最短経路を進むしかなく、そうなれば河畔都市マラットに立ち寄るのはある意味必然と言える。


「なのに、まさかこんなことになるとは……」

「だから、それについては不可抗力だ」


『空色の魔法使い』が折角手を回してくれたのに、とミロシュが嘆く。

 人目に留まらない宿に泊り、ラウトのギルド登録と必要な物資だけを調達して街を出る筈が、他国の騎士団相手に大立ち回り――そして、あっさりとベロニカの素性を見破られるなど、想定外もいい所である。


「はあ、遅いか早いかの違い……ですね、仕方ないです。それで他の買い出しは済ませましたか?」

「食料と水は次でも買えるだろうから少なめに、気に入った調味料も買い込んだ。魔石は良く分からなかったから明日の朝、ミロシュと一緒の時にしようと買わなかった。それ以外はオレーサよりも安かった紙束と鉛筆を、俺の服は明朝に幾つか品を揃えてくれるらしい。どのくらいになるかは……すまん、聞き忘れた」


 帳簿を手にした無頼と水の入ったグラスを揺らすミロシュの横では、ベロニカとラウトが唸りながら算数に打ち込んでいた。

 薄汚れた紙の上で踊るのは沢山の数字、基礎的な四則演算だ。

 無頼の出身世界では出来て当然の算数数学を、辺境の村で勉学に触れる機会のなかったラウトとあまり得意でないベロニカに仕込もうと無頼は紙束と鉛筆を買い込んだのだ。

 一人の時では逃げ出していたベロニカも、年下のラウトが一緒だと前のようにはいかない。頭を抱え、計算に必要ない唸り声をあげながらも、尻尾の先に火が付いたかのように計算に取り組んでいる。


「いま、どのくらい残っているんですか?」


 その横で、無頼は会話の傍ら、帳簿で収支計算を行う。

 貯蓄額と手持ちの金額にウォルデン村の依頼料三十万シードとアーデルハイドからの依頼料十万、ローロの首に掛かっていた七十万シードを足す。そこからラウトのギルド踏力料の十万シードを引き、通行料に宿代、買い込んだ物資を一つずつ引いていく。

 簡単な加減算とはいえ三桁から七桁まで、概ね暗算で書き出していく無頼にラウトは尊敬の目を向ける。


「残金は、百三十万シード弱だな」

「結構貯まりましたね」

「ララミー程ではないが、ローロが高くて驚いた。賞金稼ぎは儲かるんだな」


 治安維持機能が弱く、欲望の赴くまま好き勝手する輩が続出する現状、ララミーやグレナダのように力を持つ者を止めるのは一筋縄ではいかない。盗賊を討伐するにも国軍や自警団は法や規則に縛られ、また治安維持組織は大半が訓練を受けた一般人で構成されている。強者とぶつかり合えば犠牲者は増え、犠牲者が増えるほど国力は削られている。

 それを回避するには、善良で訳アリの魔道士や元軍属など、同じ強者に頼らなければならない。


 危険を冒して平和を保つ者を、人々は冒険者と呼ぶ。


 危険に見合うだけの報酬を用意して、勇んで討伐に足を向けさせなければ、社会が社会として成り立たない段階までこの世界は進んでいる。

 それを致命的と見るか、努力と才能次第で成り上がれる好機と見るかは、立ち位置次第でガラリと変わる。


「一応手配書を貰って来たので、どうぞ」

「どうぞって、俺たちは賞金稼ぎじゃないぞ」


 ミロシュが何枚かの手配書を取り出しテーブルに広げる。

 手配書には似顔絵と名前、懸賞金額が大きく書かれ、傍には身体的な特徴と大体の活動領域、依頼元が細々(こまごま)と記されていた。

 ララミーとローロ、それ以外にも懸賞金額の高低問わず多くの魔道士や元騎士、盗賊団が手配されていた。生死問わず(デッドorアライブ)すらない。反撃の隙を与えないように、手配犯は殺せる時に殺すのが主流らしいとミロシュは口を尖らせる。


「まあ、殺せないから残っている訳か……」


 その中の一枚、『無色の魔法使い』サクラメントの手配書を拾い上げた無頼は、天文学的な懸賞金額と名前を消された多数の依頼元を見て鼻を鳴らす。


「依頼を出した方が先にくたばってるのか」


 依頼人が減って尚この金額なのだから、いったいどれだけの人の恨みを買っているのだろうか。

 無頼はそんなことを考えながら手配書を捲っていく。


「……あ」


 ふと目に止まった手配書は真新しく、名前不明で髑髏マスクを着けた男が描かれていた。懸賞金のゼロを数える無頼は、大切なことを忘れていたのに気付く。


(俺も、結構恨みを買うようなことをしたからな……)


 無頼にとっても他人事ではない。

 無言で切り捨てた相手は多く、嫌がらせのような横槍で何人も巻き添えにしたこともある。今日も新たな恨みを買い、その清算は終わっていない。

 いつか報いを受けなければならない時は来るだろうが、それを決めるのは他の誰かではない。納得できないならば抗い、それでも向かってくるなら斬り伏せる。雪原を転がる雪玉のように大きくなるのは、自分に寄せられる怨嗟の声だけだ。


「無頼、その手配書ってさ」


 計算に飽きたベロニカが顔を上げる。


「依頼人の名前も一緒に公開してるんでしょ? サクラさんの手配書で名前が消えてたみたいに、賞金稼ぎに狙われてどうしようもなくなったら依頼主を始末しちゃえばいいんだよ」


 目から鱗が取れ、景色が一変したと言わんばかりに無頼は瞬きを繰り返す。


「ローニャ、悪辣」

「にゃっ!! ラウト、これは多分そういう仕組みなんだよ。指名手配された悪人が本当に悪人かどうかなんて分からない。だから弁明と報復の機会を与えて、賞金稼ぎに追われて殺されるにしても納得して逝けるようにしてるんだよ」


 ベロニカは延々と理由も分からないのに狙われる恐ろしさを解くが、辺境の山村で過ごしてきたラウトは世に渦巻く悪意を理解し切れておらず、課題のペンを止めたまま二人は噛み合わない会話を続ける。


 無頼がそろそろ自室に引き上げようかと帳簿を畳んだその時。


「誰か来た」


 ベロニカとラウトが同時に顔を上げ、戸口を見据える。

 ピクピクと獣耳を動かし察知する様を何度か見て来た無頼とミロシュは、顔を見合わせ段取りを決める。


「来訪が襲撃者の場合」

「無頼さんは足止め、私は籠城の準備を」

「人数が多ければ強行突破だ、異論は?」

「ありません」


 無頼は『亡霊挽歌』を立て掛けたまま、予備の短刀を懐に忍ばせる。

 召喚された時はぎこちない体捌きであったが、魔剣と共に躰を動かし続けた現在、短刀一本でもある程度の立ち回りが出来るようになっていた。反復を積み身に付くのが技術であり、意図せず技能を与える『亡霊挽歌』は達人を作り出す魔剣と言えなくもない。


「人数は一人」

「あんまりお忍びって感じじゃなさそう」


 ベロニカとラウトは早急に襲撃者との交戦を想定して準備を始めた二人に戸惑うが、口を開いた時、テキパキと動く二人は全てを終えていた。


 コンコンコン。


 宿屋の戸が叩かれる。

 無頼は懐中時計を開き現在時刻を計算する。日の入から三時間――街が寝静まるにはまだ掛かる。

 何事かと宿屋の主人が顔を覗かせる。眉根を寄せ首を捻る仕草から、来訪者は宿屋の予定の者ではないと分かる。


「開いてるぞ」


 無頼は戸口から十分に距離を取り、いざとなったらテーブルを蹴り上げ盾に出来る位置取りで、来訪者のノックに答える。


「失礼する」


 戸口を潜って現れたのは、真っ赤な髪を靡かせ白銀の鎧を纏った女騎士であった。

 切れ長の目に碧の瞳が収まり、形の良い眉が凛々しい印象を与える。一文字に結んだ口元は真面目さよりも強情さが勝っている。職務に精一杯励んでいるが、どこか融通の利かない人間なのだろうとの第一印象を無頼は獲得する。


「何の……いや、誰に用だ?」

「昼の一件で参った。聖王国のベロニカ・ウンキア・フォン・フォーサイスと、その護衛を務める剣士に用だ」


 警戒を強める四人の前で、赤髪の女騎士は深々と頭を下げる。


「昼間は我が主と愚かな部下たちが多大な迷惑を掛けた。すまなかった」


 ミロシュは魔力を溜めたまま、無頼は左手を魔剣の柄に置いたまま、女騎士の項を睨む。ラウトもいつもの通り黙し、他の三人が黙るなら仕方ないとベロニカが口を開く。


「ガブリエラ・セネカ、あなたはコーディアの兄と一緒にいる所を何度か見掛けたことがある。よもやこんな場所で、こんな風にして再開するとは思わなかった」

「ええ、まったくです」

「私が何故ここにいるか、それについては触れないで欲しい。主から探りを入れて来いと命を受けているなら、残念だけど、諦めて帰りなさい」


 姫さまモードの口調でベロニカはガブリエラと相対する。

 普段の猫被りモードしか見たことのないラウトはその変わり様に驚く。ニコニコと緩んでいた表情はキッと引き締まり、毅然と言い放つ声色からは威厳を感じ取れ、伸びた背筋の所為で体格すら違って見える。


「いえ、今宵は謝罪に来ただけです」


 ガブリエラは首を振る。


「そもそもコーディア様は私がここにいることを、ベロニカ姫がこの宿に泊まっていることすら知りません」

「その言葉を安易に信じはしない。そして私たちに謝罪もいらない」


 ベロニカは一言で斬って捨てる。


「謝罪をするのなら、公国の騎士たちが迷惑を掛けた仕立て屋にしなさい。それだけで充分よ」


 そうガブリエラを黙らせ、追い返した。

 元々和気藹々とした雰囲気ではなかったが、宿屋の食堂はどんよりと重い空気に包まれる。キィキィと閉まらなかった扉が動く。

 無頼は扉を閉めに動く。ミロシュとラウトはテーブルの上を片付けて一足先に自室に戻り、一階には無頼とベロニカだけが残される。


「無頼」


 ベロニカは無頼を呼び止め、外に行こうと誘う。


「……何か、用事でもあるのか?」

「ないよ。でも、外の空気を吸いたいんだ」

「ないなら寝るぞ。明日は街を出るんだ。外の空気なんて、明日になれば好きなだけ吸える」


 無頼はベロニカの出鼻を挫き、おでこをペチペチと叩いて戸口から追い払う。

 真面目な姿を見られて気恥ずかしいのだろうが、ベロニカはベロニカだ。無頼やミロシュが慣れたように、ラウトも次第に慣れていく。


「気分を変えたいなら、付き合ってやる」


 主人に自室に戻ると伝え、荷物を手にベロニカの肩に触れる。


「眠たくなるまで勉強だ」

「はにゃっ!?」

「一桁と二桁の掛け算くらいは暗算で出来ないと話にならんからな」


 事前に釘を刺されて逃げることも許されず、余計なことを言わなければよかったと溜息を吐きながら、ベロニカは自室に戻る。

 謝罪の為、ただそれだけの為に宿を探して訪ねに来た女騎士ガブリエラを心の隅を残して、無頼はベロニカの後ろを歩ていった。



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