河畔都市マラット③
「無頼っ!!」
「掠っただけだ!」
咄嗟に駆け寄ろうとしたベロニカを押し止め、『亡霊挽歌』を受け取る。
クレイは逃げだせずに二人分のマントを抱き、顔を青くしている。
「冒険者風情が我らに楯突こうなど、百年早いわ!」
無頼を斬り付けた髭面の騎士はポタポタと背中から垂れる血を満足気に眺める。
逃げ出した野次馬たちは距離を広げて野次馬に戻り、ハラハラと無頼の行く末を見守っている。
「何様だ、お前は……」
「我らを知らずに喧嘩を売ったか、冒険者! 我らは誇り高きカンザス公国近衛騎士団、俺は二番隊副隊長ヘイズ。公女様の護衛として、この田舎町に滞在しておる」
「にゃっ、公女!?」
髭面騎士ヘイズの言葉にベロニカは反応する。口を押えたがもう遅く、ギョロリとヘイズの双眸はベロニカに纏わりついていた。
「騎士団……そうか、騎士団か……」
無頼は鞘に収めた魔剣で石畳を叩き、ベロニカから注意を逸らす。
「騎士道については俺の百倍は詳しい筈だ。余計なことは言わん」
無頼は足を進め、騎士たちも釣られて広く戦い易い道の真ん中に集まる。
「刃傷沙汰もご法度だと止められている。殴り方のように、人の斬り方は教えてやれない」
「……ほう、興味深いな」
「これは俺の方が百倍詳しいぞ。実践はまた次の機会だ」
『亡霊挽歌』を腰に佩き、ベロニカが投げ渡した髑髏マスクを装着する。
騎士たちが無頼の戦意を嗅ぎ取り、剣を抜く。
ピリッと空気が張り詰め、無頼と髭面の騎士以外は口を堅く結ぶ。
「お前たちには、街中での正しい戦い方を教えてやる」
「やってみろ、冒険者がっ!!」
髭面含めて六人の騎士の内、剣を手にした騎士二人が先陣として無頼に斬りかかる。
当然腰の長刀を抜いて応戦すると決めつけた周囲を裏切り、無頼は素手のまま騎士二人を迎え撃つ。
「てぇやーっ!」
迷いつつ繰り出す斬撃を躱した無頼は、長く太い腕で得物を叩き落とし、獲物を締め上げる大蛇のように鎧ごと右腕を掴み、捩じり、――折る。
ボキッと肩関節が鈍い音を立てて外れ、騎士は絶叫してのた打ち回る。
首筋に喰らい付いた獅子が次の獲物を狙うかのように、無頼はぬらりともう一人を睨み、舌舐めずりする。
「ひぃっ!」
仲間の悲鳴と無頼の仕草に怯んだ隙を逃さず、距離を詰めた無頼は足払いで転倒させ、大腿骨を膝で砕き、掴んだ反対の足首を逆方向に捻り潰して、物理的に行動不能に落とす。
無頼は念のためにと最初の騎士の左腕を折り、二人分に増えた悲鳴を増量させる。
「く……っ!!」
無残に転がる仲間を前に、残った四人の騎士はたじろぐ。
剣で斬り合って負けたなら、まだ言い訳も出来る。しかし無頼は剣を抜かず、剣を抜いた自分たちが一方的にやられ、更にそれが衆人環視の中で行われたとなれば、自分たちの立場は致命的になる。
「逃げるのは許しませんよ、騎士ヘイズ」
無意識に片足を引いた髭面の騎士を、柔らかな女性の声が制止する。
遠くから発した声の主は更に数人を騎士を率いて現れ、金髪碧眼、豪奢なドレスを纏っていた。
「公国騎士団を名乗るならば、最後まで戦いなさい」
「し、しかし!」
「戦わずに逃げても、戦って死んでも、騎士団の軍旗に泥を塗ることに違いはありません。ならば少しでも泥を塗らずに済む方を選びなさい」
金髪碧眼ドレス女の言葉を耳にした無頼は、大いに呆れる。
泥を塗る塗らない以前に、市井に散々迷惑を振り撒き、背中を斬り付ける様を晒した騎士団に権威などある筈もなく、取り囲む野次馬も同じ気持ちで茶番劇を眺めていた。
「あら?」
「にゃっ!」
背中を向け、仕立て屋の戸口を潜ろうとしていたベロニカを金髪碧眼ドレス女――カンザス公国公女コーディアが見つける。
「あなた、ベロニカじゃない?」
「人違いじゃにゃいかにゃあ……」
「その髪色、その尻尾……見間違える筈がないでしょ、北の豹娘。ふふっ、生きていたのね」
ツカツカと踵を鳴らして進むコーディアの表情は嗜虐と愉悦に塗れ、無頼は舌打ちと共にコーディアの進路を塞ぐ。
「……」
「退きなさい、下賎の者が私の道を塞いでいいと思っているの?」
「身分を誇りたいなら自己紹介をするべきだな。初めまして、私メアリー、正直者……こんな風にな」
「不快ね」
「なら部下を使って退かせればいい。この子に手を出すつもりなら、俺たちは容赦なく首を狙うぞ。首から血を吹き出す様を見たくないなら、どうぞ、お帰りくださいお嬢様」
コーディアは舌打ちして背を向けると、騒動を起こした四人の騎士に命令する。
「あいつを殺しなさい。首を持ち帰り、塩漬けにして公都の城門に晒します」
見届け役の騎士二人を残し、ツカツカと野次馬を割ってコーディアは立ち去った。
背後ではベロニカが安堵を漏らし、正面にはカタカタと震えながら剣を握る四人の騎士が居た。
「仕方ない、面目の立つようにしてやろう」
顔を青くした騎士たちに同情し、無頼は鞘のままの魔剣を腰から抜く。
そして剣を掲げて迫る四人の騎士を叩き伏せ、強引に、時に相手の勢いを利用して投げ飛ばす。的確な打撃で騎士たちは次々に石畳に沈み、最後の一人も悶絶して抵抗を止める。
血を流さずに終えるのが無頼流、街中での戦い方である。
「終わったぞ」
無頼はベロニカとクレイに向き直る。
背後では幾人もの騎士が呻き、見届け役の騎士に連れられていく。
野次馬たちもぞろぞろと離れ始め、無頼はやっと本題に入れると髑髏マスクを外して額の汗を拭う。
「とりあえず、店の中に行きましょ?」
クレイが二人を店内に招き、残った野次馬の視線がベロニカに向かないよう引き付けながら、無頼は扉を閉める。
むわっと甘い匂いに無頼は眩暈を感じるが呼吸を整え、安堵するベロニカを突く。
「ローニャ、あれは誰だ?」
「あー、えっと……」
「まさか旅人さん、知らずに喧嘩を売ったの?」
「当り前だ。相手の顔色を窺って対応を変えるような奴は、端から喧嘩なんて吹っ掛けないぞ。騒動に飛び込んでいくのは、後先考えない奴だけ……そうだろ、ローニャ?」
「にゃっ! 私が責められてるの!?」
突然の矛先にベロニカはピンっと尻尾を立てて驚く。
わざわざ二人が仕立て屋に入らずとも、他の第三者の仲介で両者の争いは収まった筈だ。けれど二人が意味もなく介入し、結果騎士を従えた金髪碧眼ドレス女に素性を見抜かれたのだから、率先して飛び込んだベロニカに原因があるという無頼の意見は筋が通り、確かな説得力を持っている。
「あいつはね、カンザス公国第二公女コーディアよ」
「ああ、お姫様なのか」
「何度も配下を寄越して、私にドレスを仕立てろとしつこくて困ってたの」
クレイは椅子に腰を下ろし、眼鏡を掛けてマントを広げる。
「それにしても旅人さんたち……」
「無頼だ」
「私はベロニカ」
「無頼とベロニカは、公女と聞いてもあまり驚かないのね。ベロニカの方は顔見知りみたいだったけど」
「私はあんな人知らないよ。あっちが誰かと勘違いしたんじゃないかにゃあ」
ベロニカは白を切り通す腹積もりらしい。
その話の運び方を散々傍で見せられてきた無頼は、そろそろ次の話題に移るだろうなと予見し、その通りにベロニカは無頼の服に触れる。
「そういえば、無頼の服が欲しいんだ……け、ど……」
しかし逸らした話題は、一目で失敗だと分かる有様だ。
クレイ・シラキュースを主人とした仕立て屋、その店内に飾られている服は、どれも女物である。簡素で動き易さを重視した女冒険者向けの服から、舞踏会で脚光を浴びる為の艶やかなドレス、獣人の尻尾を考慮した造りの下穿きやズボンも並ぶ。
東門の役人が意図的に嫌がらせをしたのではないと無頼も諦める。
ただ、服を必要としている対象を間違えただけなのだろう。
「あー、ローニャ、俺の服はまた今度でいいぞ?」
「そ、そうだね。フリルのついた服を着た無頼はちょっと想像したくない」
女物に囲まれた無頼は委縮し、それらを纏った無頼を想像したベロニカはぶんぶんと首を振る。
「心配しなくても、男物もあるよ。人間獣人エルフ小人族――種族間で女の背丈はあんまり差がないから軽く仕立て直せばいいけど、男は背丈は勿論、胴から肩幅まで、体格は生活によって全然変わってくるからね」
クレイは数本の紐と黒炭を取り出し、無頼の採寸を始める。
胴回り、肩幅……と、遠目で見るより遥かに太く、筋肉の硬い感触にクレイは驚きを漏らす。
「……無頼、本当に人間なの?」
「獣耳と尻尾を失った獣人に見えるか? 角も生えてなければ耳も長くないぞ」
「ふんふん」
採寸とは関係なくペタペタと無頼の躰を触るクレイの手を疎ましく思い、無頼は一歩体を退いて逃れる。
二人は暫く無言で見つめ合い、クレイの手が無頼の股間に伸びる。
クレイの細い指がズボンの上からギュッと掴み、それを間近で目にしたベロニカは目を見開き、耳と尻尾をピンと立てる。
「きちんと付いてるのね」
「俺は男だ。当然ついてるぞ」
「……仮にも美女に触られてるんだから、なんかもっと、反応はないの?」
「生娘のように悲鳴をあげればいいのか? 童貞でもないんだ。一々反応する訳ないだろ、分かったら手を離せ」
無頼は呆れながらそう吐き捨て、クレイは渋々手を離す。
ブルネットの瞳がくるくると動き無頼を見上げるが、身動ぎ一つない、まるで相手にしていない様子にクレイ諦める。物足りなさを隠そうともせず暗殺者のマントを抱き寄せたクレイは、唖然と固まったベロニカの頬を軽く叩いて現実世界に引き戻し、明朝再び訪ねるように告げる。
「丈夫で機能的で、見た目が良くて大きいのを探しておくわ」
クレイに見送られ、二人は仕立て屋を出る。
店先で待ち構えていたのは東門に駐在していた役人と、マラットの防衛戦力を担う自由騎士団であった。
「……」
「……」
無頼とベロニカの二人は無言で頷き、抵抗することなく彼らに連れられて行った。
野次馬は事情を説明してくれていたが、二人を助けることはなかった。




