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河畔都市マラット②




 ベロニカが物怖じせず動いたように、無頼もまた、怯みはしない。

 刺々しい視線を受け止め、跳ね返して口を開く。


「服を見せて欲しい。あと、仕立ても頼みたい。どのくらい掛かる?」


 男たちを平然と無視して、無頼は女主人――クレイ・シラキュースに尋ねる。

 クレイはブルネットのくりくりとした瞳を動かし、凄む男たちにビクともしない巨躯を眺める。


「おい、取り込み中だと言ったんだ。聞こえなかったのか?」


 四人の男たちから一人、無頼の前に歩み出る。

 身長は百七十前後の男では自然と見上げる形となり、無頼は意図せず見下ろしてしまう。その構図が気に入らないのか、男は更に語気を強める。


「出て行けと言ったんだ!」


 男が無頼の胸を小突こうと腕を伸ばす。


「ここはお前の店じゃないだろ」


 けれど腕は途中で掴まれ、ピクリとも動かなくなる。

 無頼は男の右腕を動かし、手の平を広げる。指先を一本一本確かめ、鼻で笑う。


「こんな太くて短い指で針仕事が出来るのか?」


 指先にフッと息を吹き掛け、男の腕を解放する。

 激昂した男は咄嗟に腰の剣に手を伸ばすが、半笑いを浮かべた無頼の、黒曜の瞳の奥深くに潜む冷たさに気付いて思い留まる。

 無頼の左腕は途中から『亡霊挽歌』の柄に置かれ、直接言葉には出さないものの、言動の端々からは斬って解決するのが一番手っ取り早いと言わんばかりの雰囲気が漏れ出していた。

 男は離れ、仲間たちの元に戻る。


「シラキュースさん、このマントをこの子に合うサイズに仕立て直して欲しい」


 無頼はマントを二枚、魔法の鞄から取り出す。

 それは数時間前襲い掛かって来た暗殺者が身に着けていた、消音と矢除けの魔道刻印が刻まれた漆黒のマントである。


「にゃ、無頼、いつの間に!!」

「あると便利だと思って剥いでおいた」

「死体から……?」

「当然だ。刻印の方は後でミロシュに調整して貰う」


 無頼が選んだのは比較的綺麗に死んだ――服毒自殺をして果てた暗殺者であり、亡骸から剥ぎ取ったマントをベロニカに渡して、女主人クレイと向き合う。


「俺も専門じゃないから詳しくは分からないが、丈を短くするだけならあまり時間も掛からないと思う。なるべく早めに頼みたいんだが……」


 マイペースに交渉を持ち掛ける無頼に、今度は別の男がキレる。


「貴様、我らが先に話をしていたのだ! 終わるまで黙っていろ!」

「お前たち、客だったのか?」

「なっ!?」

「シラキュースさんはずっと、お前たちには売らない、仕立てるつもりはない、そう言っていたから俺たちは入って来たんだが」


 無頼はわざとらしく困ってみせ、クレイの様子を窺う。


「そいつらは客じゃないよ。帰れって言ってんのに帰らなくて困ってるんだ」

「だ、そうだが?」

「き、貴様ら……愚弄しおって!!」


 店の奥に引っ込んでいたクレイは、無頼に加担して問題ないと判断するや否や激昂する男たちの合間を縫って戸口に留まる無頼の元にやってくる。


「あの男たちを追い払ってくれたら、いの一番に仕上げてあげるよ、旅人さん」

「明日の朝までには?」

「可能だね」

「交渉成立だ!」


 無頼はクレイと握手を交わす。

 クレイは倍近くある無頼の手に驚き、ベロニカからマントを受け取るといきり立つ男たち共々店先に誘導する。


「さて、四対一なんだが……」


 無頼はベロニカを仕立て屋の戸口まで下がらせ、魔法の鞄を足元に置く。


「刃物はなしの殴り合いでどうだ?」


『亡霊挽歌』を魔法の鞄に添えて置き、ボロボロのジャケットとシャツを脱ぐと、引き締まった肉体が露わになり、野次馬から黄色い声援が飛ぶ。


「貴様、騎士を愚弄する気か!」

「殴り合いなら喧嘩で済むぞ? 仮に騎士様が、それも四人掛かりで斬り合いに負けたとなれば、恥を通り越して笑い者になるぞ。殴り合いなら不慣れでしたと、まだ言い訳が立つ」

「旅人が大口叩きおってからに、その鼻っ面、叩き折ってくれる!」


 男の一人が剣を抜き、無頼に斬りかかる。

 野次馬から悲鳴があがり、両者を囲む輪が広がる。


「無頼、刃傷騒ぎはダメだよ」

「ああ」


 けれど二人は冷静に、刀剣を手にした相手を迎え撃つ。

『亡霊挽歌』の刃を抜かず、相手の斬撃を受けることなく手の甲を打ち、剣を叩き落とす。

 からんからんと剣が石畳を叩き、あまりの早業に何が起こったか分からない当人をそのまま叩きのめすことなく、無頼は仲間の元に押し返す。


「俺が抜いていたら、手首は無くなっていた」


 唖然とする男に対し、無頼は指先を喉の前で左右に動かす。


「両方だぞ。その次は首だ。こっちは一本だけだが」

「――ッ!!」

「まだこっち(、、、)の方が勝ち目があるぞ。観客(やじうま)も楽しめる」


 無頼は改めて『亡霊挽歌』を手放し、シャドーボクシングをして見せる。取り囲む野次馬たちを煽り、彼らもそうだそうだと乗ってくる。


「俺たちを舐めるなよ!」


 男たちの中で一番若く、威勢のいい青年が上着を放り出す。右拳を左手の平に叩き付け高く掲げると、歓声が沸き上がる。

 青年騎士は囃し立てる野次馬の声に押されて無頼の前に立つ。


(活気はある気がするが……)


 娯楽に飢えている住民が多いだけかと無頼は完結するが、クレイの隣に控えたベロニカは眼光を鋭く野次馬を見渡していた。

 目が合うとベロニカは頷き、無頼に同じように様子を窺ってみろと顎をしゃくる。


「余所見してんじゃねーぞ!」


 男の拳が無頼に迫る。

 遅くもなく速くもない、一般的な成人男性の右ストレートを無頼は左腕で弾き、軽めの右ジャブで寄せる躰を押し返す。

 ジャブ、ジャブ、そして右フック。

 軽やかなフットワークから繰り出されるジャブで翻弄し、視界の外から切り込む速いフックが頬を打つ。意図的に蟀谷を外し、頬を掠らせただけの拳は眠気覚ましのビンタと変わらない。


「――――このっ!!」


 頬を打たれた男は、ムキになって拳を繰り出す。

 無頼は顔に届く軌道とある程度の力が籠った拳を的確に捌き、無理な体勢で繰り出された痛くも痒くもない拳だけを選んで、形だけ当てさせる。

 攻撃を当てているのに手応えは薄く、疲労で拳が重くなる。

 しかし拳を当てるごとに野次馬の一部が色めき立ち、耳に届く歓声が麻薬のように判断力を鈍らせる。


「疲れたのか? まだ一ラウンドも終わってないぞ」


 ゴロツキのように仕立て屋に怒鳴り込んだ男たちは、本物のゴロツキではない。

 ゴロツキ以下、喧嘩慣れ以前に人の殴り方すら分かっていない。

 男は配備中も訓練を行ってきたが、活身魔道術に頼る騎士団において筋トレや走り込みなどの基礎訓練は必要としない。まして剣を振る訓練はしていても、殴る訓練はしていない。

 受けに徹してきた無頼は、ステップを速め、拳を握る。


「殴り方を教えてやる」

「なにをっ!」

「まず一つ。殴る瞬間より、殴った後が大切だ」


 腕を振り抜いた男の額を、無頼の右拳が打つ。


「がぁっ!」

「腕はすぐに戻して次の攻撃に備え、絶対に目は閉じてはいけない」


 額を叩いたピンポイントの衝撃に男は後退り、顎は上がり無防備を晒す。


「そして次、相手の隙は絶対に見逃さない」


 言葉通り、鋭い一撃が男の顎を通り抜ける。


「そしたら相手は勝手に倒れる」


 一歩二歩と下がる男の足取りはフラフラと覚束なく、いきなり糸が切れたかの如く膝から崩れ落ちる。ピクピクと肩を震わせ、仲間に抱えられて人混みに消える。

 無頼の的確な打擲が男の意識を消し飛ばしたのだと気付いた瞬間、集まり取り囲む野次馬から、わっと歓声があがる。


(案の定だな)


 無頼は手を挙げて歓声に応えつつ、群衆に溶けた舌打ちを拾い上げる。

 多勢を相手に一人の男が立ち上がり、横暴に振舞う相手に苦戦しながらも逆転勝ち。

 客観的な構図はそうなるが、実際はじゃれついて来た子犬を蹴飛ばしただけで、野次馬の誰も無頼が苦戦したなど思っていない。

 けれども歓声があがるのは、街の一員――仕立て屋クレイを脅す余所者を叩きのめしたからであり、横暴に立ち向かう者は歓迎されて然るべきである。


「さあ、次は誰だ」


 ニッと人懐っこい笑みを浮かべて、無頼は残った男たちを挑発する。


(静かな侵食……内部分裂……? まあ、どちらでもいいが……)


 この街の住人の活気の無さは、娯楽への渇望などではない。

 無頼と男たち――両者を取り囲む野次馬を、無頼は三つに分類した。

 一つはどちらの味方でもない、本当の意味で娯楽に飢えた野次馬。

 どちらが優勢でも歓声をあげ、愉快に迷惑に囃し立てる。賑やかな気配に吸い寄せられ、頭の中にお花畑を持つ類の住民だ。


 一つは仕立て屋クレイとのトラブル当初から居た野次馬。

 余所者を疎み、同じ余所者だがクレイの側に立って拳を振るう無頼を応援する、ここに集った多数派だ。


 最後は何処からともなく湧いて出て、余所者に味方する野次馬。

 多数派に紛れてあげる声は大きく、少数派を少数派だと感じさせずに浸透させる。特殊な技能は一般市民が持ち得ることはない類のモノで、何処からかの差し金――十中八九、横暴を働く男たちの同郷の者たちだ。


 無頼はホッと胸を撫で下ろす。

 南部の、自由都市連合の手の者だと厄介なことになるが、連合に所属している自由都市でこんな工作をする必要は微塵もない。ギルドに所属している冒険者が、他国の工作を妨害して文句を言われることなど、そうないだろう。


「調子に乗るんじゃない」


 野次馬を割れ、新たな男たちが現れる。ガチャガチャと足音が野次馬を散らして無頼を睨み付ける。剣を佩き、立派な鎧を身に纏った姿は正しく騎士そのものだが、様相は盗賊のようである。

 向けられた言葉の調子から危険を感じ取った無頼は、咄嗟に背を向け走り、魔剣に手を伸ばす。


「冒険者風情が」


 騎士は剣を抜き、無頼の背中に斬り付ける。

 悲鳴があがり、野次馬が一斉に逃げ出す。

 無頼の背中目掛けて振り下ろされた騎士の剣先は、無頼の血で染まっていた。



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