河畔都市マラット
暗殺者の一団を返り討ちにした一行は、何食わぬ顔をして東門で通行料を支払う。
平野を一望できる東門では暗殺者との遣り取りを見ていた者もいたが、まさか子供二人を連れた四人が幾人も倒してきたなど、己の目が実際に見ていても安易に信じはしなかった。人通りが少ない甲斐もあり、オレーサの時のように無用な注目を浴びずに都市内部へと足を踏み入れることが叶う。
「オレーサより安いな」
ミロシュからマニトバの手綱を受け取った無頼は、代わりに口を締めた小銭入れをミロシュに渡す。
「にゃああ……、オレーサの時って幾ら払ったの?」
「大人が千シード、子供が五百シードだ。今回は大人が五百、子供が三百の計千六百シードだな。ここが安いのか、オレーサが高かったのかは分からん。まあ、安くて助かることに変わりはないが」
この世界では一般的に成人年齢は十六歳で、十五歳以下は子供として扱われる。戸籍管理などのシステムは整備されていないので己が良心と判断する役人次第であるが、はっきりと背丈が伸びるまでは小さめに見られるのが常である。
「それでは、行ってきますね」
小銭入れを手にしたミロシュは、無頼と交替して東門に詰めた役人の下を訪れる。
街の全体図を複写させてくれないかと頼み、それが無理ならギルドと評判の良い宿屋だけでも教えてくれないかと交渉を始める。
普段なら愛想のいいベロニカも率先して付いていく場面である。だが襲撃を受けた直後にそれだけの活力を持ち合わせていないのか、ローニャはラウトと並んで大人しくしている。
「ローニャ、削れてる」
隣に座るベロニカの背中を撫でながら、ラウトは無頼を見上げる。
「傷付いている、ではなくてか?」
「元気が削れてる。ゴリゴリと」
「それは否定できにゃ~い……」
ベロニカは猫撫で声でラウトの優しさを受け入れ、鼻を近づけるマニトバを撫でる。
その一連の仕草だけを見ると元気がないとは思えないが、事が事だけに無頼は余計なことを喋らず、ミロシュの帰りを待つ。
「お待たせしました」
待つこと数分、ミロシュが戻ってくる。役人から貰った紙束を握り、喜びと困惑を混ぜ合わせた複雑な顔をしていた。
そして後ろを確認して役人たちがいないと見るや、大きな溜息を吐く。
「無頼さん、男って……単純ですね」
「何を突然」
「見てください。街の見取り図、お勧めの宿屋への紹介状、東門に限り出立時の通行料免除証……こんなにおまけして貰いました」
半笑いのミロシュはそれらを無頼に押し付ける。
無頼は更に下に回し、受け取ったベロニカとラウトはおおっと感心を漏らす。
「ミロ姉、魔性の女」
「やっぱり持てる者は違う! 大きいのが付いてるだけあるね!」
「ローニャたちもその内に成長しますよ、多分」
ミロシュは二人を適当にあしらい、路肩から立たせて移動を始める。
「まずは宿でいいですよね? 日の高い内に宿を取り、それからギルドでラウトの登録をする流れで」
「ギルドは四人でぞろぞろと行く必要もないだろ。俺は買い出し、先に必要な物を揃えておく。オレーサの時のように滞在期間を長めに取らないなら、早めに買い込んでも問題ないな」
ミロシュとベロニカが倒れた所為もありオレーサからの出立は遅れたが、もしも襲撃と同時に街を出ていたら物資は足りていなかった。
まさか他国が攻めてくるとは、と言い逃れするのは簡単だが、言い逃れした所で苦しくなるのは自分たちだけである。
旅を円滑に運びたいのなら、やらなければならない事柄は出来る時に終えなければならない。
「なら私は無頼と買い出しで、ラウトはミロとギルドかにゃ?」
「そうですね」
「オレーサの時は単独行動でひどい目に遭ったが、二人なら大丈夫だろう」
無頼は魔法の鞄から必要な物を取り出し渡していく。
ギルドメンバーカードに登録に必要な現金が入った財布、そして護身用の短剣。
「お金は必要ありませんよ」
「ああ、金庫システムの方から降ろせばいいのか」
「なので、財布の中身はそっちで使ってください。二十万あれば足りる筈です」
「そっち?」
短剣を腰ベルトに差し込み、金貨の詰まった財布を返す。まるで心当たりのないと言わんばかりに首を傾げる無頼に、ミロシュは苦笑する。
「服ですよ、服」
「ああ、忘れてた」
「いい店教えて貰ったんですから、調達しましょう」
そう言いはしたが、無頼は自分の衣服について忘れていた訳ではない。
記憶を失い、この世界に放り出された無頼にとって、所有物は大切な出身世界の形見である。ボロボロになったとしても、補って余るだけの愛着がある。
(前回は上手く誤魔化せたが、今回はどうしようか……)
黙して足を動かす無頼は、話題逸らしに使えそうなルートを模索する。
これからの予定、ギルドでの情報交換、宿屋の宿泊費、買い出しのリストアップ――色々と考え、ふと思い出す。
「あ」
「にゃ? どうしたの、無頼」
ベロニカとラウトを見比べる。
背丈はベロニカの方が少しだけ大きいが、肩幅や腰回りは変わらない。年齢はラウトの方が下で、成長期真っただ中なのだから多少大きめでも問題ない。
「ローニャで問題なさそうだ」
「……?」
うんうんと頷く無頼に、三人は疑問を浮かべる。
しかし奇態な態度を解明するより早く紹介された宿に辿り着き、三人は疑問を後回しに各々の役割に戻っていった。
無頼はベロニカを連れて河畔都市マラットの市街を歩く。
何度か山村に立ち寄りはしたが、立派な城壁を持つ都市はオレーサ以来であり、物珍しさにもおされて無頼は街の造りに目を向ける。
煉瓦の家は色取り取りに街を染め、大河から吹く湿った風は生暖かさを街に運ぶ。道はオレーサより広く整備され、坂のない平坦な街並みが続く。
ミロシュが得た情報では人口二万弱、隣の橋門都市ソルトレイクで荷揚げされた物資を、大橋経由で帝国からやって来た交易品と共に中原北部に送り出す中継都市として発展した街である。それ以外の産業はカリブー大河での漁業と肥沃な土地での農業で、二万人とは遥かに広がる賢者の森に押される都市の適正人口であると言える。
交易の最中に落ちていく珍しい品々は人々を飽きさせず、大河の畔の恵まれた立地は必然的に豊かな暮らしを約束している。『雨亡大橋』を利用する一行のような旅人が皇帝街道沿いに進むのだから、必然的に外部からの来訪者も絶えない。
「なのに、活気がにゃい」
宿屋の主人に言われた言葉を反芻し、ベロニカは道行く人々を吟味する。
旅人と現地民は、その装いで判別出来る。元々移動を主とする旅人は少しの寒さを感じたなら厚着に切り替え、日中であろうと脱ぐことはない。けれど現地民は今日のように柔らかな日差しの寒空では、防寒対策を程々に外出する。何日も歩き、夜を野外で過ごす訳ではない。たった数時間の外出に何枚も着込んだりはしない。
脱ぐ手間と着る手間――どちらも似たような手間を省こうとして、全く別の格好になってしまうのだ。
「こんなもんじゃないのか?」
「そう?」
「常に祭りをやってるわけじゃないんだ。露天商や出店がないくらいで……」
そこまで口に出し、無頼は言葉を詰まらせる。
多くの来訪者が街を歩いているのに、彼らにお金を遣わせる屋台がないのは不自然極まりない。無頼の世界なら商品は店で、が常である。しかしこの世界は道行く人に声を掛けて、数枚の硬貨と商品を交換する。気軽な商売だが旅人相手には堅実で、それが存在しないとなると「活気がにゃい」と不審に思うのも納得出来る。
「これは、早めに出た方が良さそうだな」
「にゃああ……、巻き込まれてからだと遅いからね」
オレーサの時のようにはいかない。
多忙なコーラルに時間制限を突き付けられた以上、予定を切り詰め、時間は余らせ、それで困ることはない。間に合えば中原の南東、ここから歩いて数十日の距離にある紫電侯領に連れて行って貰える。間に合わなければ、多大な時間と費用を浪費しながら中原の反対側まで歩くだけだ。
「トラブル」
「ああ……、そう、だな……」
労力以上の見返りが約束されている。決して逃すべきではない好機と四人全員が理解していて、その為の行動を見誤ってはならないと心に刻んでいる。
「見に行こう」
心に刻んでいる筈だった。
ベロニカは無頼の隣から駆け出し、成長前の人垣に割り込んで騒動の特等席を確保する。
慌てて追いかけた無頼はベロニカと共に罵声の応酬を眺める。
二十代前半の女と無骨な男たち。
何に端を発した諍いか分からない無頼は、現地民らしき隣の男に尋ねる。首を突っ込む予定はないが、耳に入れるくらいはしておいて損はないとの判断だ。
「仕立て屋の女主人と余所者が揉めてんのさ」
「あー、服屋……」
店先に掛けられた看板は、ミロシュが東門の役人に勧められた店だと示している。
ベロニカはどうしようと目を向け、無頼は小さく首を振り無理だと返す。
「店を構えて五年になるかな。クレイ・シラキュースって女主人、腕はいいんだが好き嫌いが激しくて、良く客と言い合いになってんのさ」
「ふーん、家名持ちってことは元貴族? 豪商?」
「噂じゃ貴族の三女……ただ、この辺じゃなくてカーディフ皇国の貴族って噂だな」
ベロニカは自然と会話に入り込み、男から次々と情報を引き出していく。
無頼は無頼でこの世界の家名――即ち名字の扱いを初めて知り、今まで紹介を受けた相手の名前を思い出す。ベロニカとミロシュが最初に名字を名乗った所為で、他の人は省略しているものとばかり思っていたのだ。よくよく考えれば、誰一人として無頼に名字を名乗っていない。家名を持っていないのだから、名乗らないのではなく名乗れないだけだったのかと、無頼は違和感を解消する。
「実家に連れ戻そうと……って感じじゃにゃいね」
「そりゃそうだ。貴族とはいえ、東の果てからここまで人を遣わす奴なんかいねーよ」
「まあ、普通に進めば二月は覚悟しないとだからね」
ちなみにこの世界の一月は三十日ではない。一月四十日前後を九ヵ月で一年、計三五七となる。
女主人クレイは捨て台詞を残し店に飛び込み、男たちも負けじと追っていく。
姿を消した女主人を野次馬たちは心配し、誰か仲裁に入れと無責任な声もあがり始める。
「私事じゃないとすれば、……仕事絡み?」
「そりゃそうだ」
「そうなんだ。うん、ありがと、おじさん」
「礼を言われるほどのことじゃねーよ、ただ、ここだけの話」
「無頼、行こう」
「ありゃどこかの国の騎士団――――って、おい、嬢ちゃん!」
現地民の男の制止もまたず、ベロニカは店の方へと歩いていく。
野次馬にどよめきが広がり、無頼は仕方なく物怖じしない小さな背中を追う。
「無頼」
「……ん?」
「壁に耳あり正直メアリー、だよ」
「な、なんだそれは?!」
からんからんと来客を告げる鐘が鳴る。
扉を開いたベロニカは振り返り、追い付いた無頼に以前に教えた諺の変わり果てた姿を披露する。
中原に障子がないから覚え辛かったのかもしれないが、……メアリー?
「良いことしたら、その噂は広がるもんなんだよ」
『壁に耳あり障子に目あり』は寧ろ噂の広がりを避ける為の諺であるが、独自の解釈でメアリー(人名)を正直者にして、正しい行いは誰かが見ていてくれると作り変えたらしい。
無頼はベロニカの強引さに呆れる所か寧ろ感心する。
無頼を頼っているのは相変わらずだが、解決に向けて動き出そうとする意志だけは称賛に値する。先導者として、国の頂点に立つ者として、必要不可欠な素質である。
「まあ、どうせ用事があったんだ。仕方ないな」
ため息を程々に、無頼は戸口で佇むベロニカを押し退け、殺伐とした店内に踏み込んだ。人目を避けて続く言い争いは静かながらも熱を持っていた。
突然の乱入者に彼らは驚くも、無頼の背後に立つ小さなベロニカを見て鼻を鳴らす。
そして微動だにしない二人に対し、男たちの一人が煩わしそうに手を動かす。
「取り込み中だ、出て行け」




