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刺客②



 最初の一射を皮切りに、四人が歩んだ森の街道付近からぞろぞろと人影が溢れ出る。

 背丈の小さな小人族が半数、残りは獣人か人間か判別できない。人影はサイズの合わないマントで体格を隠し、顔は黒子のように薄布で覆われている。見る限り武装は区々だが、弓矢を持つのは二人、多くは短刀短剣を腰に佩き、素手のまま姿を晒している。


「ラウト、気付いていたの?」

「うん」

「何時から?」

「かなり前」


 賢者の魔弓に矢を番え、ラウトは静かに移動する。ベロニカの手を引いて目指すのは最前線の無頼ではなく距離を置いていたミロシュ、戦えないベロニカと遠距離攻撃を主とするラウトの判断に曇りはない。


「まさか、本気で出てくるとは思わなんだ……」


 後退する二人を尻目に、無頼は左手を魔剣の柄に乗せ髑髏マスクを装着する。

 相手は見るからに姿を晒して戦う類の装いをしていない。不意打ち闇討ちを得意とする暗殺者のようで、短弓と短刀――リーチを犠牲にして取り回しに特化した武装を鑑みるにそれ以外の可能性はない。


「……」


 森の中を音を立てずに進んでいたのは、纏ったマントによるものだろうと無頼は推測する。アーデルハイドが魔道術で広範囲の音を消したように、マントの周囲数センチだけの音を消せば獣人二人の聴覚は感知出来ず、充分な距離を取れば魔力に敏感なミロシュの感覚に気取られることもない。


(斬り込めないな……)


 場違いな暗殺者を視界に収めつつ、無頼は一歩二歩と距離を取る。

 無頼の炯眼に射竦められた訳ではない。

 場違いな暗殺者たちは一歩も動かず、ただ一人を見据えていた。


「……ベロニカ」


 ポツリと一言、影のような男が名前を零す。


「ベロニカ・ウンキア・フォン・フォーサイス」


 水面に雫が落ち波紋が広がるように、名前は暗殺者たちに伝播していく。


「フォーサイスの『銀豹姫』」

「見つけた」

「ベロニカ姫」

「生きていた」

「白銀の髪、凛々しい金眼」

「間違いない、先王……いや、先々王の面影を持つ少女」

「やはり、生きていたか!」


 十もの影が口々に呟き、一歩また一歩と歩み寄る。

 その不気味さに肝を冷やしたベロニカはミロシュの背に隠れ、何かを叫ぼうと開いた口は、冷たく重い、彼らの使命に押し潰される。


「ならば、殺さなければ!!」


 叫び声に煽られ暗殺者の一人が走り出すと、鬱蒼と茂る木々の合間から見晴らしのいい平原に暗殺者たちが飛び出してくる。

 十人もの男たちに襲われては、流石の無頼も堪らない。


「ローニャ、ミロシュ、マニトバを使え!!」


 戦える戦えない以前に、剣を振る最中に横を抜かれてしまう。

 敵方は一直線に向かう訳ではない。多くが無頼を避けるようにして、少数の避けない暗殺者は短剣を手に無頼を殺した後にベロニカを追おうと気迫を込めて飛び掛かってくる。


 ダン、ダンッ!


 無頼は魔剣を抜かず、魔剣の内部に溜め込んだ魔力を使わずに、迫る二人の顎を打ち意識を刈り取る。糸の切れた操り人形さながらに二人の男が倒れて転がり、トドメを刺すことなく無頼は反転する。

 マニトバに跨るミロシュはベロニカを引き上げるのに手間取り、八人の男たちはぐんぐんと距離を詰める。


「ぐあっ!!」


 先頭を走っていた男が、横合いから足を撃たれて倒れる。

 全体を眺めながらラウトは次の矢を引き絞り、狙いを付けて放つ。ラウトの矢は動く標的を物ともせず、近くの男の胴体を撃ち抜き転倒させる。

 ベロニカの指示を受けたラウトは、密かに標的となったミロシュとベロニカの元から離れていた。誰にも邪魔されない位置での狙撃こそ、弓兵が本領を発揮できる場であるのだ。


「矢除けの加護が!」

「何故効かない!」


 暗殺者の注意が一斉にラウトに集まり、けれどベロニカがマニトバに跨り終えたと見るや、ラウトの牽制に一人を差し向け、残り全員で標的のベロニカを目指す。

 ラウトは魔弓を手に迷う。


 今狙うべき相手は自分に迫る小人族か、ベロニカに迫る刺客たちか。


 刺客たちの二人が立ち止まり、弓矢を引いている。今弓を手にした二人に射掛ければ片方は必ず討ち取れるが、短刀を向ける小人族の接近を許してしまう。


「ラウト、弓兵を撃て」


 ラウトの耳が無頼の声を拾い、反射的に弓兵に向けて矢を放つ。風を切る矢は真っ直ぐ弓を構えた男に吸い込まれ、番えた矢は明後日の方向に飛んでいく。

 賢者の腕輪から次の矢を引き抜き、ラウトは周囲に視線を巡らせる。


(ローニャ……は無事。馬の足に届かない短弓。なら次は――)


 自分に迫る小人族を、とラウトは鏃を向ける。


「ぐぇっ!!」


 しかし顔を隠した小人族の暗殺者は、ラウトに辿り着く遥か手前で体勢を崩す。倒れた体から鮮血が溢れ出す。

 飛んできたのは斬撃――鞘の中で溜めた魔力を刃として撃ち出した、無頼が温存していた一撃である。距離は六メートル、斬撃を放った無頼は次の標的を定めて移動を始めている。

 抜身の『亡霊挽歌』を握る無頼の背中から、弓を構えたもう一人に視線をずらし、ラウトは気付く。


「《大地に伏し、青空を眺める者たちよ》」


 無頼は慌てて立ち止まり、二人を乗せたマニトバも足を止めて迫り来る暗殺者を待ち受けている。

 暗殺者の何人かがミロシュの詠唱と迸る魔力の異常さに気付くが、もう遅い。


「《私は躍動を望む》」


 マニトバの鼻先にまで届いていた暗殺者の刃は、ミロシュの魔道術で押し返される。無頼とラウトに仲間を減らされ、たったの四人で肉薄した暗殺者は、捲れ返る大地に巻き込まれる。

 その魔道術に人間を数十メートルも吹き飛ばす威力はない。


「ラウト、口を閉じて俺の後ろにいろ」


 しかし、人を壊すには充分な威力を秘めていた。

 追撃を止めた無頼は、仕方なしにラウトの元まで戻って来る。

 目の前ではミロシュの魔道術に揉みくちゃにされた暗殺者たちの悲鳴が広がり、平原から剥がされた表層の草や土砂が容赦なく削っていく。魔道刻印で魔術防御を高めたマントはズタボロになり、薄布で隠していた顔は裂かれて見る影もない。


「……凄い」


 ミロシュの魔道術の威力にラウトは感動を漏らす。

 耕された平野を突っ切って来たミロシュはマニトバから飛び降り、自ら作り出した惨状を見渡す。コボルトを搾り取った時より威力は落ちているが流血が控えめな訳ではなく、鉄錆の臭いが薄いのは若い草と湿った土の臭いに負けているからだ。


「こいつら、何者なんでしょうか」

「ローニャ、心当たり、ある?」

「にゃああ……、『紅燕の旅団』やネブラスカの刺客じゃないと思う。帝国? まさか南部? うーん……武器とか服から分かればいいんだけど」


 ベロニカは充分に距離を取り、倒れて動かない暗殺者たちを睨む。


「……どうせ喋らにゃいと思うんだよね」

「だろうな」


 無頼はラウトを連れて生き残りを探しに出る。

 自分は連れて行ってもらえないのかとベロニカが恨めし気な目を向けるが、標的にされるベロニカを危険に晒せる筈もなく、ミロシュの警戒の陰に隠れて様子を窺うしかなかった。


(とは言ったものの……)


 ミロシュの魔道術にやられた男たちには端から期待を掛けず、無頼はラウトの矢に射られた三人、自身が最初に叩き伏せた二人――その五人の中から会話の通じそうな相手を選ぶ。


「おい」


 無頼は胴体を射られて動けない小人族の薄布を取っ払い、胸倉を掴む。


「――――ぐっ!」


 小人族の男は案の定、けれど想定外の方法で無頼の尋問を回避する。


 服毒自殺。


 致死量の毒を奥歯に仕込み、敵に情報を渡すまいと自死を選ぶのは、しくじった暗殺者や諜報員が選ぶよくある(、、、、)解決方法である。発想がどれだけ単純でも、口封じとして効果的なのは間違いない。生者の口なら絶対に割れると豪語する者がいても、死者から全ての情報を抜き取れると誇る者は、魔法魔道術で満ち満ちた世界にもあまり存在しない。

 突然痙攣し始めた暗殺者にラウトは目を丸くする。そして男が動かなくなり、この小人族が何をしたのかを理解した瞬間、ラウトは動揺を顕わにする。


「……ダメだな」


 無頼は動かなくなった暗殺者から手を離して悪態を吐く。

 動揺するラウトは無頼の袖を引き、自分に何か不手際があったのかと縋りつく。


「ラウトじゃない、こいつらがダメなんだ」


 見ると射られた残りの二人も同じように事切れている。

 覚悟は立派だ、など死者に表面的な賛辞を送る気すら起きない。影のように森の中から付き纏ってきた男たちは、平野に出て身を隠せないと見るや襲い掛かって来た。

 それでは無駄死にだ。

 姿を隠し、悟られないように後を追う手段など幾らでもあった筈だ。


「ミロシュ、ローニャ!」


 無頼は叫ぶ。

 定石を踏まえるのならば、訓練を受けた職業暗殺者は個人の意思で動くことはない。誰かの命令を受け、たとえ不利と知りながらも死地に飛び込む者だ。


「当分は追う気が起きないよう、徹底的にやるぞ」


 無頼は静かに怒り、知恵を回す。

 耕された土の上で呻き声を上げる奴らを無視し、森の近くで気絶した二人を目指して歩く。

 その最中に二、三ほどミロシュに魔道術の注文を付けた無頼は、発想の惨さで三人を引かせながらも嬉々として髑髏マスクを取り外す。


「本当にやるんですか?」

「気が乗らないなら、魔道術として再現が不可能ならば、遠慮せずに言ってくれ。断っても構わない」

「可能です。ですが、何故そこまで……」


 躊躇うミロシュに、無頼は静かな怒りを込めて"何故"の答えを渡す。

 それはベロニカですら分からない、ベロニカを見据えた暗殺者の呟きを逃さず聞き取った無頼だけが辿り着いた結論である。


「こいつらは北からの、ローニャの祖国からの刺客じゃないのか?」


 感嘆を隠しきれず、命令に従うしかない男たちの、やり場のない機微を嗅ぎ取った、無頼の事実である。





 四人が去った後、街道から少し森に入った場所で、黒衣の男が佇んでいた。

 黒衣の男の瞳に写るのは、森を抜けた先に存在する河畔都市マラットで、自ら命じて特攻させた暗殺者の生き残りではない。


「……罰しはしない」


 背を向けて歩き出した黒衣の男は、傍に控えた部下の二人に拘束を解くよう命じる。

 暗殺者の生き残りは両手両足を厳重に縛られ、口には厚めの布を噛まされている。自死も許されずに森に転がされたのが屈辱だったのか、意識が戻ってからは懸命に体を捩って自身の力だけで拘束から逃れようとしていた。


「むー、むー!!」

「大丈夫だ、仲間の無念は俺たちと――――」


 涙ぐむ暗殺者に優しく声を掛けた男は、必死で何かを伝えようとする相手の無念を代弁して、涙と涎で濡れた口の布へと手を掛ける。

 そしてハラリ……、と布が落ちると、暗殺者の口内に刻まれた魔道刻印が完成し、魔道術が発動する。


「――――は」


 ぐにゃり、と生き残りの暗殺者と黒衣の男の部下数名を巻き込み、空間が歪む。

 魔道術を仕込まれた暗殺者の頭部は捻じ切れて即死、巻き添えを喰らった数名も致命傷を受け長くはない。

 魔道術の余波を受け、周囲の木々からハラハラと木の葉が舞い落ち、黒衣の男たちの足元には真っ赤な水溜りが出来上がる。


「……やってくれる!」


 残った部下と惨状を眺める黒衣の男は、激怒するどころか寧ろ嬉しそうに無頼たちの報復を受け入れる。

 仲間の屍に触れず、傷付いた部下を収容することなく、黒衣の男は上機嫌に歩き出す。


「それでこそ、姫様だ」


 在りし日の姿を思い出し、黒衣の男は笑みを浮かべた。



ラウトの性別を不明にしたのは失敗だったかもしれません


お風呂回が! お風呂回が……!!

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