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刺客

今年一年、よろしくお願いします

今回から三章開始です


 秋も終わりに近づく寒空、ベロニカの機嫌は良い。

 鼻歌が森に響き、スキップを刻みながらくるくると回転する。行商人どころか旅人すら使わない林道を、自分一人だけで目一杯使うベロニカを責める者はいない。

 ミロシュも、ラウトも、マニトバの手綱を引く無頼も、楽しそうに躰を動かすベロニカに水を差す野暮さを持ち合わせていない。強いて不満を抱いている者を挙げるなら、時折目の前に躍り出るベロニカを鬱陶しそうに目で追うマニトバくらいだ。


「紫電侯との会合なら、本官に任せるのであります」


 賢者の森で旅の目的であるコーラル――『空色の魔法使い』と運良く出会い、もう一人の『金色の魔法使い』とも会わなければと伝えた一行にコーラルはそう返した。

 害意を抱く者が遥かに少ない大空を駆け、情報や物品を届けるコーラルの行動範囲は恐ろしく広く、途轍もなく多忙である。スケジュール帳はびっしりと埋まり、『勤労の羽兎』と渾名されるほど昼夜問わず働き詰めている。


「紫電侯の領地までなら、数秒と掛からないのであります」


 キラキラと目を輝かせるベロニカの前でコーラルはそう宣言した。

 腰に手を当て、薄い胸を張るウサ耳親衛隊にミロシュとラウトは懐疑的な目を向ける。実際に空中を跳ね回る姿を見ている無頼でも、それは流石にと……と素直に受け入れることはしなかった。


「えっと……、それではお願いします」


 ミロシュはおずおずと口を開く。


「何をでありますか?」

「えっ、紫電侯の領地まで数秒で行けるのでは――」


 ミロシュの言葉に虚を突かれたコーラルは真顔に戻り、ハッと自分の間違いに気付く。


「ここでは無理なのであります!」


 そして、逆ギレ。

 師匠のお蔭で魔法使いの理不尽に慣れているミロシュですら、この掌返しには声が出なかった。他の三人は言うまでもない。無頼とラウトは口を一文字に引き締め、ベロニカの瞳から輝きは消えていた。


「なので今日より二十日後、バウンティまで来るのであります」


 急いで取り繕ったのか、それとも最初からそのつもりだったのかは分からない。けれどコーラルは取り出した手帳を捲り、何食わぬ顔で予定を書き込んでいた。


「街の入り口ではなく、街で一番高い所に。日が一番高くなる頃までには来るのであります」

「あ、おい、待て!」


 勝手に予定を立て、期限を定め、街の名前だけを残してコーラルは跳び上がり消えていった。

 この遣り取りは七日前、クララの為に世捨村とウォルデン村を往復しなければならない事情を考慮しない、厳しめの条件であった。




 そして冒頭に戻る。

 魔法の鞄に入っていた最新の地図を広げ、野営の度に四人は一心不乱でバウンティの名を持つ街を探した。皇帝街道に沿って存在する都市を、紫電侯の領地に近づく東南方面を、カンザス公国を南下して点在する街を、意表を突いて北上するネブラスカ側の街を――けれど、四人は中原にバウンディを見つけることは出来なかった。


「まさか、バウンディが自由都市連合の街だとは……」

「驚き」


 バウンディは、中原には存在していない。


「水上都市バウンディ! えへへ、すっかり忘れてた」


 くるくると回るのを止めたベロニカは、無頼の呟きに屈託のない笑みで答える。

 水上都市バウンディ――とは、中原と西方のサンノゼ帝国を別けるカリブー大河のド真ん中に存在する街である。

 但し地図を信じるならば、街の土台は中州ではなく巨大な橋である。皇帝街道の一つとして西方と中原を結ぶ『雨亡大橋(レインボーブリッジ)』、その中間に存在する。


「単純計算だと徒歩で十日、倍の猶予を与えられていましたが……」

「実質猶予は三日だな。経由する街でどれだけ足止めを喰らうか分からんが、物資の調達を考えると素通りは出来ないぞ」


 食料に飲料水、人数が一人増えると消費量は三割増しになる。

 子供のラウトに単純計算で当て嵌めるのも妙な話だが、成長期のベロニカ共々、炊事担当の無頼は自分の食料を切り詰めてでも二人には十分な食事を与えようとしていた。

 休息と食事で健康を維持出来なければ、幼い二人の体力はすぐに底を突く。

 実際はそうでもないのだが、無頼は頑なに譲りはしなかった。


「村で分けて貰った食料もそろそろ底が見え始めた頃合いだ。高価な非常食に手を付ける前に補充しないといけないな……」

「そうですね」


 その点、無頼とミロシュの体力は問題ない。

 胸以外が細いミロシュは小食で、体力オバケと称される無頼は一食二食抜いた所で影響はない。何よりいざとなれば、魔力(せいめいりょく)を体力に変換していけばいい。本来は肉体を失う可能性のある危険な手法であるが、魔力との親和性が高い二人ならば悪影響が出るまで充分な猶予がある。


「にゃああ、物資と言えば」


 ベロニカは振り返る。

 ラウト、無頼、ミロシュと並ぶ中、その黄金色の瞳は真っ直ぐ無頼に向けられ、両脇を固める二人もベロニカが何を言いたいのかを理解する。


「無頼の上着、限界じゃない?」

「あー」

「ボロボロ」


 マニトバの手綱をミロシュに預け、無頼はジャケットを脱いでみせる。

 まだいける、と思う反面、ベロニカがダメ出しする気持ちも痛い程に分かる。少なくとも他人がこれを着ていたら、無頼はもっとマシな服を着ろと言うだろう。


「私が繕ってきましたが……」

「フランケンシュタインの着ぐるみかってレベルの縫合痕だな」


 武器の特性上、無頼は最前線に出てしか戦えない。

 遠距離攻撃を受けて躱して距離を詰め、斬り合うしかないのだから生傷は絶えない。生命力を増大させて傷を治せたとしても、衣服に刻まれた傷痕はそのまま残る。何度も繕い、騙し騙し使っても、限界は人体より先に迎えてしまう。


「買い替え時か……いや、待て!」

「にゃ?」

「この世界の服は、オーダーメイドなのか……?」


 無頼はオレーサで帽子屋を覗いた時のことを思い出す。

 あの時ベロニカを見て、店主は予算を聞いて来た。確かに既製品に値札はついておらず、吹っ掛ける為に財布事情を確認したのかもしれないが、予算を聞いたのは顧客が獣人(ベロニカ)であることを確認してからである。大量生産が為されない以上、従来とは違う客層に適した商品は置いていないのかもしれない。


「無頼はオーダーメイドになるんじゃないかにゃあ……」

「無頼、大きい」


 当然、巨躯の無頼もそれに含まれる。

 地域と職種にもよるが中原の成人男性の身長は百六十センチから百七十五センチが多く、それ以外の身長となると今度は種族で別れてくる。小人族やドワーフは当然小さく、獣人の中は体躯の大きな者もいるが、それも極一部だ。


「あ、でも!」


 先頭を歩くベロニカはパアッと大輪の笑顔を咲かせる。


「これから行くのは自由都市! 南部の街なら、色んな種族向けの店もあるよ」

「位置的には中原、でも所属は南部?」

「自由都市ですから」

「南部から持ってきているとしたら輸送に大河を使える分、陸路の街より値段は安めで済むだろうな」


 無頼は地図を広げて進路を確認する。

 決して大規模でないが四人の進んでいる街道は人の往来が少なく、整備はあまりされていないが、やがて河畔都市マラットで皇帝街道に合流する。それからは皇帝街道を南下し、雨亡大橋(レインボーブリッジ)の入り口を覆うように構える橋門都市ソルトレイクを経て目的地の水上都市バウンティに至る。

 そして三都市全て、隣国のカンザス公国やネブラスカを差し置いて南部自由都市連合の勢力下である。


「にゃああ……、随分と離れているのに、南部の影響力って凄い!」

「交通網の重要性を分かってるんだろうな。地図を見る限り要所要所を抑え、範囲内ならば兵糧や兵員を速やかに送れるようにしている。特に大河は完全に掌握しているな。カンザス公国にネブラスカの南部、大河を渡った帝国側も勢力圏だな。カリブー大河の沿岸に帝国の主要都市が少なすぎる。交易の拠点と銘打っているのだろうが、奪還する素振りを見せたら即座に内地を占領して沿岸部一帯を確保出来るようにしている筈だ」

「南部、強い」


 地図を広げて無頼は色々と披露していく。

 ベロニカとラウトは背伸びして地名を追っていく。けれど無頼が広げた地図の位置は意外と高く、二人は左右から首を伸ばし、餌をねだる猫のように無頼に纏わりついていた。

 傍からその様子を眺めていたミロシュは、野暮な指摘を飲み込んで三人を見守る。


「まあ、全部俺の推測だが」

「ええーっ!!」


 ミロシュの気遣いを無視して無頼は白状する。

 無頼は異世界人で、この世界に降り立ってからは殆ど行動を共にしている。街中で独自に情報を得る機会もなければ、真実を割り出せるほど軍事に通じてもいない。

 少し考えれば分かる事実に、ベロニカとラウトは頬を膨らませる。


「ただまあ、共通通貨に於ける弊害と言うか、難点と言うべきか……」

「弊害?」

「難点?」


 声を合わせて首を傾げる二人を前に、無頼は言い難そうに肩を竦める。


「この状態が続けば、戦争が起こる」

「えっ?」

「南部中原と足を伸ばすギルドの元は、コーラルが言っていた通り商人の集合体だ。自由都市連合の援助を得て交易を行い、多大な収益を上げれば世界の富は必然的に一か所に集中する。まして南部が扱う商品は塩や砂糖などの生活必需品から、香辛料みたいな嗜好品――生活を彩る物が多い。安価で流しても需要は尽きず、保護貿易をしようとしても情報が遅いこの世界では難しい。必ず抜け道を作る輩が現れるからな」

「にゃああ……、どういうこと?」

「要するに、通貨を統一する限り、多数の商人と流通網を抱えた南部の一人勝ちになる。世界の富の総量はそう変わらない。簡単に増えも減りもしないんだ。だから一か所に集まった富を奪い返すには、武力に訴えるしかない」

「流石に極論では?」


 無頼の理論に目を回すベロニカや無言で瞬きを増やすラウトと違い、思考が追い付くミロシュは首を捻る。

 無頼はミロシュの疑問に即答せず、休息しようと提案する。そして三人に異議がないと見るや、木陰の下に歩み寄り地図を畳んで話を続ける。

 ここは森林の合間に作られた街道が終わりを告げる場所、燦々と照り付ける太陽から四人を守る木陰は、広い平野には存在しない。遠くには河畔都市マラットの城壁が見え、そこに辿り着くにはまだまだ時間が掛かる。


「気付いた時には手遅れだ。だから極論(せんそう)になるんだ、ミロシュ」


 無頼はピンと指を立て、例を示す。


「例えばミロシュは友人の家に居候していて、そこは朝夕二食と柔らかな布団が付いて来る。とても快適で、他の生活は考えられない。けれどそこで暮らすには金が要る。一月で家賃五万シード、ミロシュの稼ぎは月四万シード。このままでは暮らせない。快適な生活を諦めて、ごみ溜めのような他に移れるか?」

「移れます」

「それが移れないんだ。人間は好条件を簡単に手放せない。実はミロシュには蓄えがある。二十万シード、この生活を続けても当分は過ごしていける。ミロシュはその内収入が増えるか、似た条件で安い場所が見つかるかを期待して住み続ける。けれども時間が経つにつれ貯蓄は目に見えて減ってくる。ミロシュは焦り、友人に手伝いを申し出るが結果家賃が五千シード減るだけで貯蓄の低減は止まらない」

「……気付いた時には手遅れに」

「そうだ。それに気付いたミロシュは逆恨みをして、友人を追い出せばいいと考えるようになる。居候先を自分のものにしてしまえば、快適な空間と払った家賃を取り戻せるのだから」


 ミロシュはハッと気付く。

 無頼の話に真剣に耳を傾けていたベロニカとラウトが、例え話のミロシュと現実のミロシュを混同して非難の眼差しを向けている。


「わ、私はそんなことしませんよ!?」


 謂れのない悪行を責められては堪らないと、ミロシュは慌てて自身を弁護する。

 無頼にも擁護して欲しいと目を向けるが、当人は必要ないと言わんばかりに口を動かす。事実ベロニカとラウトの二人は、すぐ次の話題に興味を移していった。


「国家で言う所の、これが戦争だ」

「富を奪い返す?」

「そうだ。ミロシュは帝国、友人は連合。二人の間で行われる金銭の遣り取りは貿易だ。貯蓄は帝国の抱える資産で、居候先は貿易で連合が扱う生活必需品。同じ取引を続けていけば帝国の資産は減り続け弱体化は避けられない。けれど他所から仕入れる生活必需品全てを国内で賄うのは難しく……となれば、戦争を仕掛けて生産地域を奪い取るか、貿易で譲歩を引き出すしかない。これが戦争の起こる理由だ」

「分かったような、分からなかったような……」

「なんでこんな話題になったんですか?」


 無頼はキッパリと締め、ベロニカは頭を抱える。ラウトはピクピクと三角耳を動かし続け、ミロシュは背筋を伸ばして話題を変えようと試みる。


「俺の服から南部の都市、そして経済と戦争――……ん? どうした、ラウト」


 隣に座ったラウトに、無頼は袖を引かれる。

 尋ねてみてもラウトは何も喋らず、ただ獣耳をピクピクと動かすばかりである。ベロニカも何か感知していないかと無頼は視線を向けるが、口をへの字に首を振る。


「ミロシュ」


 無頼は魔法の鞄から狙撃用スコープを投げ渡し、目の前に広がる平野に何かないかを探すように指示し、無頼自身は四人の足が刻んだ痕跡を睨み、ベロニカとラウトをマニトバと共にその場に押し止めて森の街道に足を踏み入れる。


「……誰だ、出て来い!!」


 体の熱を奪う静謐さを孕んだ森に、無頼は叫ぶ。

 薄暗い森から返事など来る筈もない。


 返答の代わりに、森からは弓矢が飛び出した。



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