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旅と再会②



 パチパチと火にくべられた薪が爆ぜ、網の上に置かれた肉の表面を焦がす。

 食欲をそそる臭いが残党狩りから戻った村人たちの鼻孔を擽り、その横でシャカシャカと泡だて器を掻き混ぜていた無頼は子供たちに集られて動けずにいた。


「凄い!」

「すげー、すげぇー美味い!」

「にゃにこれ、ぶらい、にゃにこれ!!」


 子供たち(ベロニカ含む)は無頼が頭上に掲げたボールの中身を舐めようと指を伸ばしていたが、百九十センチに迫る無頼の長身に対しては無力であり、ただただ無邪気な欲望を曝け出すだけであった。


「肉が焦げる! 押すな、押すなお前ら!」


 四面楚歌の無頼は何とかボールの中身を死守しようと躍起になっていたが、その陥落は時間の問題だ。ただでさえ子供に甘い無頼では、もっと寄越せと腕を伸ばす子供たちに対して打つ手がない。


「分かった、一口ずつだぞ! 料理に使う分まで喰うなよ!」


 背に腹は代えられないと無頼はボールを降ろし、そこに子供たちの指が殺到する。試作品で作った"それ"を大変気に入った子供たちの指先は躊躇ない。ねっとりとした"それ"は容赦なく舐め取られ、半分以下に減ったボールの中身を見て、アレだけ手間をかけたのにと無頼は落胆する。


「また作ってね、無頼」

「ああ……、その内にな……」


 笑顔で次を要求するベロニカに背を向け、無頼は脱力する。

 子供たちの無邪気さを前に怒る気力も失せ、ただ肉を焼き続けた。




 残党狩りから戻った男たちと村に残って後片付けをしていた女たちが集まり、真昼間からの宴会が始まった。

 昨日の戦闘の疲労を心配された無頼はベロニカと共に村に残っていた。ミロシュにラウト、カドカを見送った無頼は、宴会の準備を始めた村の女たちに紛れて夜中に捕えた小鹿を捌き、子供たちの魔の手に襲われた"それ"を作り直して披露した。


「美味い! なんじゃこりゃ!!」


 謎の調味料が塗られた肉串に噛り付いた男が感動の声をあげる。口の端からじゅわじゅわと肉汁が溢れ出し、前の肉が残っているにも拘らず次に齧り付く。

 肉切り包丁で牡鹿や野兎を捌いていた無頼は広がりつつある喧騒から身を隠していた。


「革新的」

「そ、そうか……」


 無頼は肉を削ぎ落した骨を砕いて煮だった鍋に放り込み、自分の代わりにボールを掻き混ぜるラウトを心配する。

 無頼が教え、ラウトの手の中にあるのはマヨネーズだ。

 卵黄、食塩、酢、食用油を混ぜ合わせて作るマヨネーズは、自動泡だて器のない世界で作るのは骨が折れた。味も無頼の舌には馴染まなかったが、初体験の独特の風味と濃厚な味わいは、しっかりと村人の味覚を掴んでいた。

 高カロリーのマヨネーズの味を教え込むのは危険かもしれないと無頼は危惧していた。けれども卵や酢、特に食用油の継続的な入手が困難で、腕が釣る程に攪拌しなければならないマヨネーズは健康に被害を及ぼす量を確保出来ないと考え、遠慮なく披露することにしたのだ。

 ちなみに卵白は砂糖を加えてメレンゲにした後で胡桃を混ぜ合わせて焼き、子供たちの口に消えていった。


「ラウトも食べて来ていいぞ」

「これが終わってからでいい」

「……無くなるぞ?」

「その時はその時」


 新たな肉串を炭火の上に並べた無頼は、姉のカドカに似て意外と強情なラウトを眺める。

 無言でシャカシャカと泡だて器を動かす腕の動きは鈍く、かなり疲れているのは間違いない。それでも受けた役目を手放さないのは、持ち前の責任感の強さから来ているのだろう。


「なあ、ラウト」

「なに?」

「いや、実は……」


 旅に同行するかどうか――本人の意思を確認するなら、二人きりの今が最適である。

 問題は訊き方だ。ただ一緒に来るかを訊いた所でラウトは首を縦には振らないだろうと無頼は踏んでいた。カドカとの確執が残っていた時よりも和解した今の方が同行する可能性はあるだろうが、工夫はしなければならない。


「ラウト、俺たちと一緒に来ないか?」

「行く」

「実はカドカからも……、ん?」

「姉様と婆様から許可は貰った。見聞を広めて来いと」


 無頼は些か拍子抜けする。

 パチパチと爆ぜる竈に新たな薪をくべた無頼は、二の句を用意出来ずに黙って鍋を掻き混ぜる。


「ローニャとミロ姉からも、無頼の許可があればいいと」

「ああ、……いや待て、ラウト、俺たちの旅の目的は聞いたか?」

「ローニャの左腕」

「ローニャの身分もだ。あいつは狙われている。戦う相手は獣ではなく人間だ。今回のように悪意ある魔道士だけではなく、傭兵やどこかの国軍が相手になる可能性もある。誘っておいて何だが……、危険だぞ?」

「大丈夫、賢者様が付いてる」


 ラウトは無頼の心配を否定し、左腕を掲げて問題ないと示す。そこには白銀の腕輪が陽光を浴びて煌めき、ラウトの体格に見合った弓が静かに背中を守っていた。

 どちらも鬼神将軍の墓所から発掘したもので、賢者ソロスの創った封剣(但し剣ではない)である。


「……無頼、どう?」

「ああ、良い出来だ。そっちの焼けた肉串に塗って、表面を軽く焦がしたら出来上がりだ。皿に盛り付けて、皆の所に持っていってくれ」


 ラウトはテキパキと体を動かして無頼の指示に従う。

 痒い所に手の届く手際の良さは勿論、ラウトの素直さはパーティに欠けている要素の一つである。向き不向きはあるだろうが、ベロニカは家事を始めとした雑事をあまり手伝わない。


(ローニャは基本、食うだけだからな……)


 寡黙に取り組むラウトの姿を見て、ベロニカも少しは……と無頼は期待する。


「ぶーらい! 次のちょうだい!」


 しかし空串を片手に笑顔で駆け寄ってくるベロニカを見る限り、その期待は空回りで終わるだろうと早々に諦め、溜息を程々に焼けた肉串を差し出した。




 翌日、無頼たちが世捨村に辿り着いてから三日目の早朝、荷物を纏めた無頼たちは村の入り口に立っていた。

 二日酔いで顔を青くしている男たちやラウトと年頃の近い子供たち、無頼から数多の必殺レシピを引き出した女たち――と、老若男女生え抜き世捨て人関係なく無頼たちを見送りに来ていて、見送られる四人は戸惑いを浮かべていた。


「たった二日泊っただけなのに……」

「ローニャは苦手?」

「うーん、しんみりしたのはちょっとね」


 アーデルハイドの遺品を全て残した四人の旅路は、一先ず逆方向――ウォルデン村を目的地としていた。置いてきた荷物にマニトバ、そしてアーデルハイドの娘が報告を待っている。それらの回収と共に、クララを世捨村の墓前まで連れて来なければならない。

 クララの最初の感情を受け止めなければならない、受け止めることになる年長組二人の面持ちは暗く、ジッと足先を見つめていた。


「すまない、無頼、ミロシュ……」

「謝らないでください」

「ヒステリーを起こして暴れないように言い聞かせておくから、……言葉には気を付けろよ?」

「え、無頼さんがそれを言うんですか……?」


 当たり障りのない会話を続けていたが、クララがどんな状態になるかは誰一人分からなかった。母親のアーデルハイドは出会った冒険者と任務に赴き、冒険者だけが無事戻って母親の死を告げる。そこにクララが入り込む余地は何一つなく、ただ最悪の結果だけを受け取ることになったのだ。理不尽に対して、どう思うかなど考えるまでもない。


「こればかりは、どうしようもないよ」


 ベロニカは首を振る。

 悲しみは消えないが、解消法がないこともないのだ。

 例えば時間を掛けて泣き続ければ、雨に曝された壁の落書きのように悲しみは薄れて消える。アーデルハイドのように復讐に置き換えれば、悲しみは途端に原動力に変わる。

 慰めの言葉を掛けるのも手だが、これは自分の役目ではないと無頼は知っている。アーデルハイドを殺したのはローロとララミーであるが、彼らを前に何も出来なかったのは無頼なのだから。


「じゃあ、俺たちはそろそろ出発するぞ」


 無頼はずっしりと重い鞄を抱え直す。

 アーデルハイドの遺品に手を付けないと決めた以上、行きで世話になった魔法の鞄を頼ることは出来ない。アーデルハイドの持つ魔法の鞄は重量をそのままに、体積はほぼ無限に詰め込める代物である。凄いの一言では片付けられない、無頼の出身世界に広まれば、それだけで流通革命の起こる代物である。


 と思っていた無頼も、今は魔法の鞄を肩から掛けている。

 元々魔法の鞄とは、コーラルの開発した魔道具である。魔剣のように模造品を作ることが出来ない代わりに、コーラル本人ならば何個でも作り出せる構造になっている。

 それは魔法使いとしてコーラルが扱う魔法に関係し、鞄の裏地に書き込まれた魔道刻印を前にミロシュですら読み解こうとする意志を折られた。

 煩雑で、刻印の数は多い。

 完全に模倣するなら最低五年、必要な個所を抜き出すだけでも一年は掛かる。


「元々金庫システムを利用する冒険者には、問題がない限りは渡す決まりなのであります」


 中に最新に近い地図を始めとした旅の必需品色々が入っていたのだから、もう至れり尽くせりだ。


「待って、無頼……」


 無頼に釣られるようにして動き出した一行を、カドカが呼び止める。


「ラウト、いってらっしゃい」

「姉様……」

「元気で、怪我しないように……」


 群青色(アズライト)の双眸に透明の滴を溜め、姉妹(もしくは姉弟)は見つめ合う。足を止め、唇を噛み締め、涙が零れ落ちる。

 小説の別れ際に有り勝ちな展開だな、と無頼は黙って見守っていた。

 けれどラウトとカドカは、小説の登場人物ほど別れ慣れていない。旅立つ覚悟も、生半可なモノではないのだ。

 生まれてからずっと、両親に捨てられてもずっと、カドカとラウトは離れることはなかった。和解の直後に訪れた離別に、耐えられる筈もない。

 二人の足は自然に動き出し、中間地点でしっかりと抱き合う。


「…………」


 わんわんと泣く二人に巻き込まれてミロシュとベロニカは鼻先を赤くして、その兆候は村人たちも変わらない。

 例外はただ一人、人非人と呼ばれるべき無感情もまた然り。

 無頼急に怖くなり、他に倣って涙袋を拭ってみせる。当然、指先は濡れていない。


「無頼」


 声と共に袖を引かれ、無頼は思わず身構える。

 ベロニカだ。

 直感と観察力に優れたベロニカに看破されたのかと無頼は焦るが、ベロニカの細い指はカドカとラウトを指し示し、二人は無頼に来てくれと手招きをしていた。


「無頼、ラウトを頼む」

「ああ、任せてくれ」


 目の周りを赤くしたカドカがラウトの背中を押す。


「ラウトも、頼んだぞ」

「うん、でも……難しいかも」


 無頼の隣に立ったラウトは、ミロシュとベロニカを一瞥して苦い顔をする。

 カドカとの間にどんな約束があるのか知る由もない無頼はただ見守っていたが、隣に居た筈のラウトが何時の間にか後ろに居て、無頼の背中を押していた。


「あ、あのな、無頼……」


 ごにょごにょと顔を真っ赤にしたカドカの口元が動く。

 本来なら無頼とラウトにしか聞こえない声であるが、後ろにはベロニカが――とても耳の良い獣人のお姫様が居る。

 女性関係には可能な限り(、、、、、)靡かないと決めていた無頼も、こう直接口にされては口を噤む訳にはいかない。元の世界の二人に義理立てするべきかと悩み始めたが、無頼も男である以上、生物としての本能に抗えない時は来るだろう。


「や、約束は出来な――――むっ!!」


 当たり障りのない言葉を選んだ無頼の口元を、柔らかなカドカの唇が塞ぐ。

 飛び付くようにして迫ったカドカに無頼の体躯はビクともしないが、心臓ははち切れんばかりに鼓動を刻んでいた。されるがままの無頼の鼻先にはカドカの整った鼻筋が見え、瞼の下には賢者の湖のように澄んだ瞳が揺らいでいる。

 数十秒――カドカの息が切れるまで続いた接吻に、無頼はただ身体を固めていた。


「抱き返してくれないのは……分かってた……」


 無頼の首元に回した腕を解き、カドカは残念そうに唇に指を這わす。


「すまない」

「謝るな、無頼」


 艶やかな微笑みを浮かべたカドカは目を細め、無頼の胸を旅の仲間(ベロニカたち)に向けて押す。


「全てが終わったら、私に会いに来てくれ」

「……ああ、分かった」

「そして次は、……私を抱き返してくれ」


 カドカはそう言い切り背を向ける。

 無頼も何も返さずに足を動かし、気持ちを切り替える。


(カドカの気持ちは、後でじっくり考えるとして……)


 これから暫くの間、無頼は旅の仲間から注がれる冷やかな視線に耐えねばならない。

 ベロニカはぽかんと口を開き尻尾をピンと立てた状態で固まり、ミロシュは引き攣った笑顔で無頼を出迎える。不機嫌が裏にあるのは馬鹿でも分かる。


「行きましょう、ローニャ、ラウト」

「にゃ!」

「(コクリ)」


 新たに仲間を加えた一行は、ギスギスした雰囲気のまま、次の目的地を目指す。



これで第二章完結です

明日明後日と日記、登場人物紹介して第三章へ入ります

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