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七遺魔剣④



 ピタリ、と振り下ろした魔剣はグレナダの首元で止まる。

 グレナダは口を半開きにして、魔剣を止めた無頼の瞳を眺める。けれども深く澄んだ黒曜の瞳はただグレナダの顔を映し返すだけで、そこからは何の意図も読み取ることは出来なかった。


「何故、刃を止めたのですか?」

「……」


 少し腕を引けば首は忽ち撫で切りにされる体勢。

 グレナダは息を飲んでそうしない理由を尋ね、黙したままグレナダの紅玉の双眸を睨む無頼はそれに答えを返さずに襟首を掴み、後方へと放り投げる。

 転々と躰を打ち付けたグレナダは意にも介さず起き上がり無頼と、その背後で体勢を立て直したコーラルを睨む。今までずっと平静を保っていた顔に不満を見せ、納得出来ないとばかりに口を開こうとする。

 それに無頼が先んずる。


「証明が終わった」

「……証明?」

「今のあなたと戦ったなら私は絶対に負けません。何百何千、不意打ちを喰らおうと、絶対に。それが分かっているので、私はあなたを生かして返します」


 無頼は数分前、グレナダに突き付けられた言葉を復唱する。


「この言葉は間違いだと分かった。俺と『亡霊挽歌』はお前と再戦を望む――が、その相手は魔法使いを殺して魔法使いと化したお前じゃない。今のお前だ」


 そんな理由で、とグレナダとコーラルは呆れる。

 魔法使いを殺した者が次の魔法使いに選ばれる保証はない。次代の選出は無作為で、悪意と善意に満ちた選定を繰り返してきた。

 魔法使い云々は建前だ。

 言わずもがな、口にした無頼も有り得ないと内心口惜しさを滲ませていた。

 グレナダを殺す機会を手放し、痛い目を見たのは当の無頼である。


"認めない!"

"不意打ちはいいが、奴は殺すな"

"もう一度戦え!"


 だが、亡霊たちが決して不意打ちからの決着を認めようとはしなかった。

 一時的に髑髏マスクで亡霊たちを抑え込みはしたが、殺していたら亡霊との関係は修復不可能なレベルに悪化したに違いない。

 出来ることは出来る時に、をスタンスにする無頼にとって辛い決断であるが、冷静に、慎重に行動を重ねたなら、ベロニカの腕を取り戻すまでグレナダ――そしてグレナダと比肩する実力を持つ三賢魔道士と遭遇することもないだろう。勝てない相手からは逃げ、どうしても対峙しなければならないなら、その時は勝てる機会を作り討てばいい。


「私との、再戦……ですか?」


 グレナダは警戒心を顕わにし、無頼の言葉を吟味する。


「分かりました。今回は私が引きましょう」

「に、逃がさないのであります!」

「再会と再戦は然るべき時、然るべき場所で。コーラル、私とあなたが今ここで戦えば、誰に災難が降り注ぐか考えてください。それでも戦うと言うのなら、私は全てを捨てるつもりで戦いましょう」

「……、そういうことでありますか」


 コーラルはグレナダの言葉に言い含められ、双剣を下ろす。

 物分りが良いな、と感心した無頼を即座に裏切り、コーラルはカツカツと軍靴を鳴らして前に進み無頼の前に歩み出て、ぐっと勢いを込めて口を開く。


「次会ったらケツを月まで蹴り上げてやるのであります!」


 何を言ってるんだこいつは、と魔法使いの頭でピクピクと動くウサ耳を眺め、無頼は溜息を吐く。

 グレナダは微笑み、無頼とコーラルから目を離さずに後退る。その最中に詠唱を口遊んでいたが、もとより追う意思のない二人は手を出さずに見送る。


「最後に」


 森との境目で立ち止まったグレナダは、まっすぐに鬼神将軍の廟堂を指差す。


「石堂の裏にララミーが掘り進めた魔石鉱があります。コーラル、今回ララミーの被害を受けた村々には、そこから出た魔石で損失の補填をしてあげてください。シエラには、すまなかったと言伝も」

「了承するのであります」


 コーラルが頷くのを確認した後、グレナダは最後の一節を口にして影に消える。


「……さて」


 グレナダを見送ったコーラルは振り返り無頼と向き合うと、背筋を伸ばす。乱れた衣服を整え、ぴったりと踵を付ける。


「アーデルハイドに助力を頼まれたのであります」

「……ああ」

「彼女は何処でありますか?」


 無頼は無言で積み上がったコボルトの屍を睨む。

 無頼の魔剣で斬られ、ステラーの雷撃で焼かれたコボルトたちの向こうには、右足首を噛み千切られ、ローロに胸骨を砕かれたアーデルハイドがいる。最後に見たのは苦しそうに咳き込み血反吐を吐くアーデルハイドの姿で、その死に様は無頼に己の無力をよくよくと思い知らせるだろう。


「死んだのでありますか……」

「ああ、多分な」

「なら遺体を回収するので、一緒に来るのであります」


 コーラルは無頼の腕を掴み、屍の合間を縫って進む。

 トントンと足取りは軽やかで、とても重厚で格式ばった某国親衛隊風の衣服を纏っての足取りとは思えなかった。


「あ、ちょっと待ってくれ」

「むっ、何でありますか?」

「ロリっ子メイドもついでに回収したい。魔剣も借りた。その分を弔って返したいんだが、ダメか?」

「ロリっ子メイド?」

「ローロ、とか呼ばれていたな。首と胴体は離れているが……、いた、こいつだ」

「ああ、そっちのロリっ子メイドでありますか」

「……まさか、他にもいるのか?」

「当然であります」


 何がどう当然なのかを考えながら無頼は血の抜けきった頭部を拾い、胴体を抱える。

 ハラリ、と首に掛けられていたアクセサリーが解ける。グレナダが振るった『風天封剣』の縮小版のような小さな鍵は、屍の山で黄金の輝きを放つ。


「……」


 無頼は何食わぬ顔でその鍵を拾いポケットに収めると、既にアーデルハイドの元まで辿り着いたコーラルに『共鳴剣』も回収すると告げ、背を向ける。

『共鳴剣』が待ち構える辺りはステラーの雷撃で焼け焦げ、炭化したコボルトや草花には無頼の足跡が残る。踏み締める感触はサクサクと軽快だが、一歩間違えていたら自分も同じになっていたかもしれないと嫌な想像が浮かんでくる。


「走馬灯、か……」


 拾い上げた『共鳴剣』を突き立て、無頼は懐中時計を取り出す。

 銀色の時計は鈍い光を放ち、蓋を開けると長短細三本の針がチクタクと時を刻んでいる。ただそれだけ――に思えた時計には仕掛けがあり、旅路の最中、無頼はそれを見つけていた。


 外れる文字盤、その裏に収まった小さな紙切れ。

 生真面目に佇む自分、柔らかな微笑みの女性、朗らかな少女。

 三人だけの写真。黄ばみすらない、真新しい写真。


 記憶を失った無頼の唯一無二、過去を知る手掛かりだ。

 けれど写真は何も答えてくれない。どれだけ知りたいことがあったとしても、在りし日の自分と並んでにっこりと微笑みを返すだけだ。

 並んでカメラの前に立ち、その写真を持ち歩く意味を無頼は理解している。

 十中八九、そういう関係の二人なのだろう。


(だが、何故だろうか……)


 会いたいと願う気持ちはあるが、心が震えない。

 無頼は髑髏マスクを外して大きく息を吸う。新鮮な空気で心機一転を図ろうとするも、獣臭と生臭さ、肉の焼ける臭いがそれを許さない。疑問は蟠りとなって残り、真っ白だった記憶に錘として存在感を示す。


「何をしているのでありますか?」


 コーラルが無頼の背中を叩く。

 雷撃の傷跡に触れられ無頼は背筋を震わせ、そのおどついた様子をコーラルは疚しい所アリと誤解して眼光を強める。


「ロリっ子メイドの魔剣を回収していただけだぞ」

「カチカチ動くそれは何でありますか?」

「……」

「興味があるのであります。本官に見せるのであります」

「ただの時計だが――」

「上官の命令が聞けないのでありますか!!」

「誰が上官だ?! ――って、あ、待て!」


 俊敏に無頼の手から懐中時計を奪い取ったコーラルは、無頼の制止を物ともせずに時計を外して中の写真を取り出す。

 そして写真と無頼を見比べ、怪訝な表情を浮かべる。


「同一人物であります。これは何でありますか?」

「……おい」

「な、なんでありますかっ!」

「返せ」


 興味津々の有様で懐中時計を手の中で遊ばせていたコーラルは、自身の肩をがっしりと掴んだ無頼の剣幕に気付く。

 黒曜の瞳には物言わぬ感情が渦巻き、堪らずコーラルは震え上がる。


「わ、悪かったのであります」

「本当に悪いと思っているか?」

「当然であります!」

「本当の本当か?」

「本当の本当であります!!」


 ビシッと背筋を伸ばすコーラルを執拗に責める無頼は、懐中時計の蓋を閉める。

 自分が上官だと凄んできたコーラルは無頼の巨躯を前に委縮してしまい、怒る気力はすっかりと萎えてしまった。


「これは、写真だ」

「しゃしん……、でありますか?」

「ああ、原理は瞳が物を映すのに似ていてだな……、ダメだ、ここだと上手く図が書けないな。今度じっくりと説明してやる」

「再現出来るのでありますか?」

「いや、こっちの世界だとどうだろうな。俺も原理は分かるが」

「こっちの世界?!」


 無頼の解説を心待ちにしていたコーラルは、思いもよらぬ言葉に仰天する。改めて無頼の髪の毛の先端から爪先までをじっくりと眺め、吟味する。

 雲一つない空のような色をした瞳だ。油断すれば吸い込まれそうな、傷一つない出来立てのガラス玉のようであり、それがくりくりと動くのだから無頼の視線は自然とそこに引き寄せられる。


「どうかしたのでありますか?」

「それは俺の台詞だ。俺以外にも……、召喚? された人間はいるのか?」

「いる……ではなく、"いた"のであります」


 その言葉の、たった一文字の違いを無頼は噛み締める。


「今は居ないのか? 帰る術はあるのか?」

「この世界は戦渦蔓延る残酷な世界なのであります。異世界人だろうと誰であろうと、適応できない者は死ぬのみであります。意志、財産、肉親、己の命まで――何もかも失う者は沢山いるのに、その選別に手心が加わることはないのであります」


 沈痛な面持ちでコーラルは軍帽の鍔を下げる。

 無頼とて、あの時あの場で『亡霊挽歌』に見初められなければ、サクラメントの隠れ家に辿り着けなければ、今頃はどうなっていたか分からない。記憶も目的も持たず、ふらふらと彷徨うだけでは野盗や追い剥ぎの餌食になっていたかもしれない。


「そして、帰る術は残念ながら。しかし本官の知人には世界の理に詳しい魔法使いの先達がいるのであります。過度の期待はすべきでないと釘を打ちますが、縋る気持ちを否定するつもりはないのであります。必要ならば紹介状を書きますが」

「その先達の名前は?」

「銭ゲバのサクラメントと紫電侯ユーフォーラ殿であります」


 銭ゲバ――と酷い言われように無頼は思わず吹き出し掛けるが咳払いで誤魔化し、すかさず自分たちの事情と交差させる。


「『空色の魔法使い』、俺たちはアンタを探してたんだ」

「あ、暗殺でありますか!?」

「……今の会話の何処に暗殺要素が? 銭ゲバのサクラメントにお遣いを頼まれているんだ。書簡は弟子が、ミロシュが預かっている」


 呆れた無頼はコーラルに村の方角を示し、コーラルは細かく頷き了承するとアーデルハイドの亡骸を抱え直す。


「俺がアーデルハイドを持つぞ」


 子供のローロと成人したアーデルハイド、体重は言わずもがな。

 仲間の死体を物のように扱うことにピリッとした罪悪感を覚えたが、仮にも女性(コーラル)に重たい方を持たせる訳にもいかず無頼は申し出る。

 しかしコーラルは断り、何食わぬ顔でローロの亡骸にも細工を加える。


「その魔剣には利かないので、それはお願いするのであります」


 魔法で軽量化したローロの躰からほとんどの重量が消え失せる。


(これは……確かに魔道士とはケタが違うな……)


 詠唱も兆候も何もない。指を触れただけで魔道術を発動させたコーラルに無頼は陰ながら驚嘆する。

 サクラメントとコーラルが友好的であるからと言って、他の五人も同じとは限らない。無詠唱で即発動の魔道術に対して打てる策は必要になるかもしれないな、と無頼は心の片隅に留めておく。


「そういえば」


 無頼は前を歩くコーラルに尋ねる。


「その親衛隊の軍服、俺の世界で見覚えがある」

「当然であります。これは異世界人に貰った物を仕立て直した一張羅なのであります」

「死体から剥いだのか?」

「失礼であります。当人がもう要らないと言うので譲り受けたのであります」

「それで、その当人は死んだのか?」

「……何故、執拗に殺したがるのでありますか」

「いや、適応出来ない者は死ぬとさっき聞いたからな」


 それが頭に反芻していた無頼は、自分以外の異世界人が問答無用で殺されているものだと信じて疑わなかった。

 けれどコーラルは首を振り、少しだけ突き出た、貧相な胸を張る。


「彼は、帰化したのであります」

「蒸発したのか?!」

「そっちの気化じゃないのであります! 彼に何か恨みでもあるのでありますか? 何故殺したがるのでありますか!!」

「いや、ついな……」

「この世界に流れ着いた彼は職を得て、所帯を持ち、子や孫に見送られ一生を終えました」

「……」

「貴官のように戦うだけではないのであります」


 コーラルの瞳に真剣な色が混ざり、無頼を真っ直ぐ見据える。


「彼のような生き方も、また適応なのであります」



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