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七遺魔剣③




 振り抜いた魔剣に手応えはない。

 ぼんやりと歪んだ視界が次第に矯正され、はっきりとした情景を脳に伝える。


「……まだ、やる気なのですか?」


 グレナダは一歩も動いていない。

 無頼の眼球が雷撃を浴びて狂い、正しい距離感を掴めていなかっただけだ。

 タンッと軽快に踏み込んだグレナダは、『風天封剣』を無頼の鼻先に突き付ける。


「悪いことは言いませんが、今回はこれで終わりです」


 そのまま剣先、もとい鍵先を下げ、無頼に向けて突き出す。鍵先はぬるりと体内に吸い込まれるが、痛みを初めとした感覚はなく、ただ素材不明の棒が体内に入り込んでいるという事実だけが無頼に残る。


「アーデルハイドの魔眼、知っていますか?」

「……」

「彼女の右目が……、何故右目だけ(、、、、)が魔眼となったのか」


 施錠するかの如く、グレナダは黄金の大鍵――『風天封剣』を回す。


「一つは彼女の素質。一つは彼女の願望。そして最後は過剰に摂取した魔力」

「……魔力?」

「人間は底無しの器ではありません。注ぎ込めば溢れ、それでも注ぎ続ければ器の模様は剥がれ落ち、罅割れて壊れます。多くの場合、器は使い物にならなくなりますが、アーデルハイド、彼女の場合は壊れ方が美しく、結果崩壊は魔眼として発現しました」


 大鍵を引き抜いたグレナダは、額の汗を拭う。

 滔々と言葉を紡ぎ出すグレナダに毒気を抜かれた無頼は、魔剣の切先を伏せてただ黙する。


「今のあなたは、彼女の状態に近い」


 無頼の戦意を削ぎ落し、戦闘を止めたグレナダは静かに忠告する。


「今のあなたより、私は壊れた後のあなたが怖い。壊れたアーデルハイドは未来を視ました。時間の流れに環境マナが存在していようと、それは本来魔法の領域。彼女は己を犠牲にしてでも、魔法に近づいたその力に固執しました。

 七遺魔剣を手に入れたあなたは、さぞ魔剣の力とそれを扱う己に酔い痴れたことでしょう。次はどれだけの力を求めるんですか? 求めるのは構いません。ですが、格上と戦うのはあまり得策とは言えません。やり方を間違えさえしなければ、きっと大金も思いのままの筈ですよ」

「……っ!」

「壊れたあなたが今より強くなるか、弱くなるか、それとも壊れたまま朽ち果てるのか……それは分かりません。ただ、今のあなたと戦ったなら私は絶対に負けません。何百何千、不意打ちを喰らおうと、絶対に。それが分かっているので、私はあなたを生かして返します」


 大鍵を手に佇むグレナダはどこまでも冷静で、無頼を見下ろす紅い瞳は確然とした理性を宿していた。

 無頼は血が出るほどに奥歯を噛み締める。

 相手の言葉は正論だ。

 慢心を改め、無理を諌め、勝てない相手とは戦うなと告げる。

 無頼は今まで、正論を他人に散々ぶつけて来た。けれど初めて投げ返された正論は鋭く、無頼の矜持をズタズタに切り裂いた。


「何故……、俺を見逃す……?」

「見逃す?」


 雷精ステラーを手元まで呼び戻したグレナダは、無頼の疑問に首を傾げる。


「逃げるのは私の方です。彼女は……私を追う魔法使いは、怪我人より追跡を優先する性格ではありませんから」

「何を言って――――」

「来ましたよ。ああ、ああ、……彼女だ!」


 グレナダが叫び、『亡霊挽歌』がカタカタと震える。

 上空から突風が舞い降り、森がザアザアと揺れ始める。コボルトらが放つ腐臭と獣臭、焦げ臭さが流されて消え、代わりに身を凍えさせるほどの寒風が石堂周辺を塗り替える。


(来る……、何処から?)


『亡霊挽歌』で身を庇い、視線を巡らせる無頼の前に



「やっと、見つけたのであります!!」



『空色の魔法使い』――コーラル・S・ケープスが舞い降りる。

 某国の親衛隊を思い起こす漆黒の軍服の上には丈の長いオーバーコートを羽織り、肩からはショルダーバッグが下げられている。腰から下は軍服と同素材のミニスカートを穿き、膝下の皮ブーツを履いて太腿の肌色を晒していた。

 獣人であるコーラルの頭上には長いウサ耳が直立し、空色の瞳には鋭い眼光を滾らせている。どのような仕組かは分からないが、ウサ耳を除いた頭を軍帽が覆い隠している。

 軍服と同じくこれも某国の親衛隊をモチーフにした軍帽で、そうならばトーテンコップは入って然るべきなのだが――――。


「ちょっと待て!」


 何故か帽子に入った徽章は赤い太線で横横縦――とある国の郵便記号が用いられていた。

 よく見ると某国親衛隊に必要な鍵十字の腕章や装飾はなく、代わりにカタカナのテに似た記号が縫い付けられている。


「何でありますか?」


 ギロッ、とコーラルは無頼を睨む。

 確かに無頼の良く知る郵便記号は横横縦であるが、この世界でで同じ記号が同じ意味で使われている筈もなく、ともなれば不用意にコーラルを呼び止めたことになる。

 無頼は迂闊な行動を悔いるが、口から出た言葉は戻せない。


「ああ……、その、なんだ、格好いい服だな」

「特別製であります!」


 苦し紛れの逃げ口上にコーラルは胸を張る。

 服を褒められたのが余程嬉しかったのか、グレナダを無視してポーズを取り始める。隅から隅まで見てもらおうと腕を伸ばし、腰を屈め、無頼を困惑させる。


「《供給します。焼き払いなさい》」


 無頼とグレナダの間に割って入ったコーラルに、グレナダとステラーは警告なしで雷撃を叩き込む。

 雷撃の総量は無頼が迎撃した分を遥かに凌ぐ。轟く雷鳴は耳を劈き、青白い閃光は瞼の防壁を突破して眼球を襲う。


「本官には効かないのであります」


 コーラルが手の平を向けると、迸る雷撃は届く前に収縮し消え失せる。


「『空色の魔法使い』、コーラル・S・ケープス」

「グレナダ……、貴官がそこまで堕ちるとは思わなかったのであります」


 魔法使いと魔道士――追う者と追われる者、旧知の二人が対峙する。

 無頼はそこで初めて親衛隊服のウサ耳が、サクラメントからの言伝を預かった『空色の魔法使い』だと知る。

 引き止めなければ、と理性が告げる反面、本能はこの場から離れろと警鐘を鳴らす。

 無頼は八割方機能が戻りつつある肉体を動かし、姿を隠そうとふらふらと鬼神将軍の廟堂を目指す。


「あなたとやり合うのは久しぶりですね」

「前回は三……いえ、もう四年も前になるのであります」

「最初は百年以上前、もう長い付き合いです」

「本官の用事は貴官ではないのですが……」


 コーラルの視線が一瞬無頼を捉え、即座にグレナダに注がれる。


「出会ったからには仕方ないのであります」

「そうですね」


 コーラルがショルダーバッグを投げ捨て、グレナダは『風天封剣』を構えステラーに魔力を補充する。

 両者の間をピリピリとした殺気が行き交い、グレナダが口を開く。


「出会ったからには――――」

「――――全力で殺し合うまで!」


 魔法使いと魔剣使いの魔道士――両者の死闘の、幕が上がる。


「《門を開けよ》」


 先手を打ったのはグレナダ。

 ステラーに『風天封剣』を差し、封じていた精霊の潜在能力を解放する。


「やるぜええええええ!!!」


 グレナダから供給された魔力だけでなく、精霊が持つ従来の魔力を開放したステラーは、グレナダすら巻き込む規模の雷撃を流し込む。


「雷撃は機能しないのであります」


 低空を這って迫る雷撃の網を、コーラルは悠々と躱す。十数メートルもの高さを跳び上がり、そのまま空中を走り距離を詰める。


「《供給します》」


 グレナダがステラーに与えた魔力は、全てが雷撃となり空中を突き進むコーラル目掛けて放たれる。


「機能しないと言ったのであります!」


 魔法使いとして底の見えない魔力を保持しているコーラルは、魔力を環境マナに作用させて雷撃を地表へ押し返す。


「おい、グレナダッ!!」

「狼狽える程ではありません――《門を閉じよ》」


 制御を奪われた雷撃を『風天封剣』の障壁で防ぎ、グレナダは身構える。


 グワッッ!!


 大鍵で障壁を張り、迫り来る衝撃を予見して身構えたグレナダの身に圧力が掛かる。

 地表のグレナダ目掛けてコーラルは走るり、先行して降り注ぐ圧力は霊廟の石畳を割り、石柱を縦に押し潰す。


「……っ!」


 コーラルの放つ圧迫魔道術を耐え抜いたグレナダは、『風天封剣』の先端を突き出し、魔道術でコーラルを迎え撃つ。


「《私は手繰る者。感覚は糸束。束は解け、そして広がる》」


 唱えたのは触糸魔道術――オリンピアやサクラメントが得意とする魔道術である。


「――ッ、何故貴官が!!」

「授かった魔道術の共有こそが三賢魔道士、そして『星屑の棺桶』の本分です」


 グレナダの触糸魔道術は網状に編み上がり、コーラルを捕えようと待ち構える。

 移動を主に、相手の魔道術を圧し退けて戦うコーラルにとって、躰に絡みつき機動力を奪う触糸魔道術は数少ない苦手な魔道術である。


「ならば本官も、出し惜しみはしないのであります!!」


 降下速度を緩めるつもりのないコーラルは、腰の双剣に手を掛けて触糸魔道術に真っ向から挑む。


「咆えるのであります、『断裁無頼』ッ!!」


 コーラルが抜いた双剣は、七遺魔剣の一振りである。

 三十センチ前後の刀身は闇色の輝きを放ち、秘める魔力は自己主張の一切を排して全てが内々に圧縮されている。

 刃渡りは短いがとても切れ味が良さそうで――それこそが『断裁無頼』の持つ魔剣としての特性である。


「《門を閉じよ》 ステラー、あなたは隠れていなさい!」

「ああん? グレナダ、俺は別に――」

「斬られても死なない、と言うのは分かります。ですが、アレは例外中の例外です」


 触糸魔道術の悉くを、コーラルと漆黒の双剣は斬り散らす。


「『断裁無頼』は切断に特化した魔剣――その刃に斬れないモノはありません!」

「それは買い被りが過ぎるのであります」


 迫り来る魔力糸を退け、何重にも設置された障壁を切り裂いたコーラルがグレナダの正面に降り立つ。

 朱色と空色の眼差しが絡み合い、黄金色と濃紺色の魔剣が交錯する。


「他の魔剣は切れても、同格の七遺魔剣だけは『断裁無頼』でも切れないのであります」

「言い換えます。とても良く斬れる(、、、、、、、、)魔剣、ですね」

「それで正しいのであります」


 両者は大鍵と双剣で鍔迫り合う。

 女性としては高めの背丈を持つコーラルであるが、グレナダの持つ鬼人としての、男性としての筋力に負け、『断裁無頼』はコーラルの躰の方へと押し込まれていく。

 コーラルの背中が不可視の障壁に当たり、グレナダと挟まれる形に移行する。


「ややっ、これはまずいのであります!」


 コーラルは苦悶する。

 背中を押す障壁を崩すには最低でも『断裁無頼』の片方を動かさなければならない。けれども両腕はグレナダの大鍵を受け止めるだけで精一杯、魔道術で切り抜けるには距離が近すぎる。


「ま、まずいのであります!!」


 魔法使いは『風天封剣』だけには触れてはいけない。

 絶対的な鋭さを持つ『断裁無頼』が七遺魔剣以外の万物に強いように、『風天封剣』もまた、魔力や環境マナに対して絶対的な干渉力を秘めている。

 膨大な魔力の集合生命体と成り果てた魔法使いが、そんな魔剣に干渉されたらどうなるか、考えるまでもない。


「……っ!」


 ジリジリと黄金の輝きがコーラルの鼻先に迫り寄る。

 大鍵越しのグレナダは冷静で、どこまでも作業的に力を籠めていた。整った顔立ちに紅色の瞳、日光を背にして影を強めた輪郭――その背後にぬらりと新たな影が立ち上り、二人を見下ろす。


「……あっ!」


 コーラルは思わず声を漏らし、グレナダの背後を取った人影――無頼は舌打ちする。

 髑髏マスクで顔の下半分を覆い隠した無頼は、紫に輝く刀身を振り上げていた。

 驚くコーラル。

 振り返るグレナダ。


 その二人を見下ろし、無頼は魔剣を振り下ろした。




ウサ耳+軍帽軍服、想像できますか?


スレンダーな女性が僕の頭の中を跳び回っています

ウサ耳=バニーガールなのに不思議です

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