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七遺魔剣②




 無頼は一歩、間合いを詰める。

 魔剣は右手のみで握り、左手は柄の底に添えたまま。刀身は体の右横に位置し、切先は後方を向いている。

 煌々と立ち昇るのは『亡霊挽歌』の膨大な魔力ではなく無頼が放つ殺気で、鬱々と立ち込める魔力は右腕一本へと集約していた。

 瞑目――けれども感覚は、グレナダとステラーを掴み離さない。


「ステラー」


 黄金色の大鍵が石畳を叩き静謐な音を奏で、そこから溢れる魔力は重く沈んだ『亡霊挽歌』の魔力を覆い隠す。一帯の――無頼が佇む地点以外の――環境マナを掌握したグレナダは、無頼を迎え撃とうと身構える。

『風天封剣』が作り上げた不可視の障壁の先ではステラーが雷撃を纏い、背後に控えたグレナダからの指示を待っている。

 無頼は既に雷撃の間合いに踏み込んでいた。

 先に見せた雷撃の規模ならば射程は三メートル前後が精々だ。けれども雷精ステラーの本領は、自在に飛び回れる遊撃性にある。一メートル飛び込んで雷撃を放てば、それは結果的に射程四メートルと同義であり、グレナダから潤沢な魔力を供給された今、それは可能である。


「ステラー、《解放します。全力でやりなさい》」

「やるぜええええええっっ!!!」


 グレナダが命じ、ステラーに更なる魔力を供給する。

 過剰ともいえる魔力を与えられた雷精ステラーは、その躰を数倍に肥大させる。

 無形の電撃で縁取られた躰はバチバチと激しく音を立て、そこから放たれる雷撃は当然以前よりも規模が大きい。

 正面から受け止めたが最期、真っ黒に焦げ形骸すら保てず消えるだろう。


「終わりです」


 ステラーから、雷撃が迸る。視界の全てを青白い稲光が覆い尽くし、巨躯を焼き切らんと雷撃は一直線に無頼に牙を剥く。

 ポツン、と顎から水滴が滴り、石畳を跳ねる。


「事を成し遂げる秘訣は――――」


 カッと目を見開き、無頼は稲光を真正面から受け止める。

 雷撃を斬るしかない! と亡霊は口にしたが、短調な斬撃は雷撃に通らない。仮にステラーの一撃を振り払えたとしても雷撃の残骸は無頼の躰を焼き、グレナダとの対決は適わない。

『共鳴剣』を使ったあの時、グレナダを斬っておかなければならなかった。挑発に乗せられ、外の敵より内の亡霊を優先させたのは一生消えない後悔になる。


 警戒を強めたグレナダは、無頼に僅かな猶予を与えた。


 無頼が選択を失敗したように、グレナダも失策を選んでいた。

 与えられた呼吸数回分の間に、無頼は考えた。

 アーデルハイドなら、グレナダを倒すために準備を重ねたアーデルハイドなら、この雷精と七遺魔剣の組み合わせをどうやって攻略する? どんな対策を用意した?

 これまでアーデルハイドが選んだ戦法、魔道術、立ち回りを思い出し、無頼はとある事実に辿り着く。


「――――ただ一つ、それだけに集中すること」


 迫り来る雷撃に対し、無頼は『亡霊挽歌』を振り抜く。

 アーデルハイドの対策を真似した所で、それは無頼には実践できない類の戦法であるという事実に無頼は気付いた。

 遠距離からの飽和攻撃。

 ステラーの雷撃を封じて一方的な攻撃を浴びせ続ければ、先に力尽きるのは一方的に消耗を強いられるグレナダである。『風天封剣』の障壁を考えると万事が上手くいかないのは明白だが、理論上では、グレナダを完封出来る。


 故に無頼は、『亡霊挽歌』を手放した。


 無頼の左腕で勢いを溜め続け、右腕により振り抜かれた魔剣は、限界まで引き絞った長弓にも劣らない速度で飛んでいく。長弓との違いは、飛ばした魔剣が最高峰の魔力量と切れ味を蓄え、亡霊という人格(、、、、、、、)を所持している点である。

 無頼に迫る雷撃は難なく消し飛び、雷精ステラーの魔力の殆どを吹き飛ばす。そして放たれた『亡霊挽歌』は運動量を衰えさせることなく『風天封剣』の障壁と衝突する。


"いけるわ!"


 魔剣の切先が障壁に刺さり、ピキリ、と空間に割れ目が現れる。


"押せ!"

"押せ、押せ、突き破れ!!"


 無頼の手を離れた『亡霊挽歌』は、亡霊たちの後押しを受けて罅割れを広げていく。保持した運動量は減退していくが、切先は障壁を貫き進む。


"逝ったああああああああ!!!"

"俺の、俺たちの勝ちだああああ!!"


 亡霊たちの歓喜に負け、『風天封剣』の障壁は砕け散る。


"やったあああぁぁ……ああ?"


 そして『亡霊挽歌』は次の障壁に突き刺さり、蓄えた勢いは完全に消え失せる。

 罅割れた次の障壁を前に亡霊たちの勢いも消え、『亡霊挽歌』は纏った魔力を縮小させていく。


「まだだぞ!」


 無頼は飛び込んだ。

 消し飛ばしたステラーの雷撃の余波を耐え、砕け散った障壁の魔力を振り払い、失意に嘆く亡霊の()を掴む。


「まだまだ、これからだ!!」


 突き刺さった『亡霊挽歌』を滑らせ障壁を両断した無頼は、再びグレナダと対峙する。

 遠距離からの飽和攻撃――アーデルハイドの対策は、どれだけ効果的であっても剣士の無頼には採用できない戦法である。


「そう……、ですか……」


 しかしただの飽和攻撃(、、、、、、、)ならば、剣戟の形で無頼にも再現可能である。上下左右、斬撃を繰り出すだけなら呼吸のように実践出来るのだ。

 徹底して魔道術を抑え込みさえすれば、グレナダとは互角以上に戦える。

 無頼はそう信じ、グレナダに向けて魔剣を振り下ろす。


「残念です」


 グレナダの落胆は、無頼に届かない。

 いとも容易く斬撃を止められた無頼は己が目を疑う。振り下ろした腕が止まり、紫の魔剣は頭上で輝きを放っている。


「な……っ、にが!」

「七遺魔剣同士の戦いで、『亡霊挽歌』には絶対の不利が付くと伝えた筈です。模造品(レプリカ)ならいざ知らず、本物の『風天封剣』には勝てません」


 無頼は何が自分の(、、、、、)腕を止めたのか(、、、、、、、)を知る。

 咄嗟に振り上げた腕を下げ、右から薙ぐように切り口を変えるが、今度は流れた躰が当たり斬撃が繰り出せずに終わる。


「こんな……、ふざけるなっ!!!」

「これが七遺魔剣に名を連ねる『風天封剣』の強さです。あなたこそ、魔剣を誤解しています。魔道術には詠唱が必要ですが、魔剣には必要ありません。魔法使いのように無言で魔道術さながらの攻撃を繰り出せるのも、魔剣の強みです」


 無頼の斬撃を遮るのは、『風天封剣』の障壁である。

 但し今までの漠然とした防壁ではなく、現れたのは魔剣を振り下ろす軌道上や立ち回りで躰の流れる先――斬撃を、斬撃としての体を成す前に潰せる位置取りである。

『亡霊挽歌』ですら力を籠めなければ崩せない障壁を、腕や躰で突破出来る筈がない。


「手を、抜いていたのか!」


 無頼は憤怒する。

 その気になれば、グレナダは無頼の攻撃など容易に遮断できる。グレナダが注意を払うのは無頼ではなく『亡霊挽歌』の刀身で、無頼の躰はその足を引っ張っているに過ぎない。

 テスラーを切り伏せ斬撃を浴びせた時も、無頼の行動を阻害出来たのだ。今のように。


「抜いていません。接近され剣戟が始まれば、私に止める余裕はなくなりますから。今のように上手く止めることは出来ませんよ」


 要するに、剣を振りさえ出来れば問題ないのだ。

 そしてグレナダ本人がそれを伝えるということは、今の防御法が容易に破られないという自信を持っている証明に他ならない。


「そもそも私が手を抜いていたら(、、、、、、、、)、とっくにあなたは死んでいます」

「……っ!」

「ステラーに、魔力を与え続けるだけでいいのですから」


 ぞくり、と無頼は背後から悪寒を感じ取る。

 振り向くべきか?! 瞬間の自問は指先に集まるピリピリとした感覚が却下し、慌てて魔剣を抱いて瞼を閉じる。


 バチッ!!!


 轟音が聞こえたのは最初だけ。

 一瞬、電源が切れるように無頼の意識は彼方に消える。

『亡霊挽歌』の魔力を突き破った雷撃を浴びた無頼は背筋を海老反りに、口元をぽっかりと開いたまま両膝を着く。


(どうなった……?)


 意識が戻る。思考がぼんやりと揺れ、左耳の耳鳴りは止まない。太腿の筋肉が石のように固まり、膝から下の感覚を伝えてこない。

 ピリピリと麻痺した右腕に無理をさせ、無頼は状況を掴もうと試みる。

 四肢――は、無事全て残っている。首にも火傷や出血の痕跡はない。髪の毛の一部は盛大に焦げていそうだ。軽く触れただけで毛先がもじゃもじゃと指先に絡みついている。

 眼球――も、大丈夫、無事だ。指が五本、それぞれの関節でしっかりと曲がっている様が見て取れる。


(……ん?)


 どろり、と粘着質な液体が唇に触れる。

 手を伸ばし拭うと指先は真っ赤に染まり、虚ろな瞳がそれを捉える。


(この程度か……)


 鼻血で赤く染まった指先から目を離し、無頼は意識の全てを内側に向ける。

 確かに無頼は大打撃を受けていた。

 けれどもステラーが齎したのは一時的な麻痺と鼻血のみで、四肢は健在、感覚も六割方正常のままである。

 立てず、動けず、思考には靄が掛かっている。

 呼吸は細いが、戦う意思は揺るがない。


「流石に戦闘不能、といった有様ですね」


 呆然と動けない無頼の正面にグレナダがやってくる。


「アーデルハイドの復讐を継ぐ、と言っていましたが、その復讐は誰に対するものなのか分かっているのですか?」

「……」

「教えられていないでしょうね。彼女の伴侶は――――、そして――――なんですから。彼女自身も――――で、――は――――で……」


 グレナダの言葉は、それ自体に魔力が籠っているかのように無頼を暗闇へと誘う。

 深い深い深淵だ。一歩でも足を踏み入れ沈み始めたが最後、決して這い上がれない恐ろしさを孕んでいる。

 ああ、眠たい。

 このまま目を閉じてしまえたら、どれだけ幸せなのだろうか。



"ねえ、このまま終わっていいの?"



 トクン、と心臓が跳ねる。

 降りた瞼の裏、白くぼんやりとした背景に人影が浮かび上がる。


"負けないで。また私を泣かせる気?"

"大丈夫。私は強いって知ってるから!"


 見覚えのある二人――母と娘らしき二人が、聞き覚えのない声で懐かしい台詞を紡ぎ出す。

 トクン、トクンと心臓が脈打ち、憶えのない郷愁に心が震える。

 これは走馬灯だ、と冷静な冷静な自分が告げ、関係ないと本能が突っ撥ねる。


「ああ……、あああ……」


 何か、大切なモノを残してきた気がする。

 失った記憶と元の世界――そこには、執着しなければならない何かが存在する。存在している筈だ!!


「ああああああああああああああ!!!!!」


 枯れた喉が叫び声を非ぼり出し、湧き上がる衝動を原動力に無頼は立ち上がる。


「俺はッ!」


 躰から痺れが抜け、思考を鈍らせる倦怠感は消えていた。


「まだ死ねないんだッ!!」


 無頼は『亡霊挽歌』を握り締める。

 そして明瞭たる意志を魔剣に乗せ、グレナダの首筋目掛けて振り抜いた。



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