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七遺魔剣



 グレナダが懐から白金色の魔剣を取り出した瞬間、無頼は最後の一歩を踏み込み、『亡霊挽歌』を振り抜いていた。

 紫の輝きを放つ刀身は、亡霊たちの嬌声と魔力を撒き散らしながらグレナダの喉元に吸い込まれていく。


「《門を閉じよ》」


 ギィンッ、と不可視の障壁に『亡霊挽歌』の斬撃は弾き返される。

 無頼は驚き、息を飲む。

 過度に力を籠めず、流れと速度を重視した斬撃であったが、決して軽い攻撃ではない。

 グレナダは何かを取り出していたが、それに触れた感覚もなく、ただ頑強な壁に弾き返されただけだ。

 それが目に見えず、何で構成されているのか分からないのが問題なのだ。


"魔剣だ"

"魔剣、魔剣、魔剣だ!"

"白金色に輝くナリは間違いなく!"


「馬鹿言うな! ただの鍵……にしては大きいが、剣じゃないぞ!!」


 グレナダが手にした巨大な白金鍵(プラチナキー)を見て亡霊たちは色めき立つ。

 魔力を籠めた一振りでグレナダとの合間にある不可視の障壁を砕いた無頼は、グレナダが手にした武器の形状を前に堪らず嘆く。


「この魔剣が気になりますか?」


 表情に余裕を残したグレナダが無頼の嘆きを掬い上げる。

 ステラーと違い、グレナダは亡霊たちの囀りを聞き取れない。無頼の言葉は、他でもない自分に向けられたのだと勘違いしていた。

『亡霊挽歌』とグレナダの魔剣が交錯する。

 ジリジリと押されながらも白金色の大鍵で無頼と鍔迫り合いを始めた鬼人グレナダは、得意気に自身の魔剣について語ろうと口を開く。


"七遺魔剣だぞ"

"ソロスの封剣! 白金色の大鍵は賢者ソロスの最高傑作よ"

"そいつは『風天封剣』だ、先に言え! 言われる前に!!"


 剣戟に合わせ、亡霊たちが踊り回る。


「七遺魔剣の一振り、『風天封剣』か……。ソロスの封剣、賢者ソロスの最高傑作」


 意気揚々と口を開いたグレナダに先んじて、無頼は大鍵の正体を言い当てる。

 喉元まで出掛った言葉を飲み込んだグレナダの腕から力が抜け、鍔迫り合いはギリギリと押し込まれていく。

 グレナダの鼻っ面を叩き潰した亡霊たちは満足気に無頼の周囲を飛び回り、それは膨大な魔力のうねり(、、、)となって環境マナに作用する。

 陰湿な亡霊たちの要望を受け無頼は口にしたが、なるほど確かに、相手の戦意を挫くにはこういう手段もあるのかと理解する。


「私も、あなたの魔剣を知っています」


 藍髪の鬼人グレナダは、面目を潰されたお返しとばかりに口を開く。


「七遺魔剣の一振り、『亡霊挽歌』。製作者不明、無銘から始まった魔剣。『亡霊挽歌』を手に戦った数多の剣士を死後亡霊として取り込む。人域を越えた魔力と技術を与える一方で、早ければ数時間、長くても十年で持ち主が変わる呪われた大太刀」

「そんな設定(けいれき)があるのか?!」

「知らずに使っていたのですか? 魔法使いすら何人も飲み込んだ魔剣――七遺魔剣の中で最も扱い辛く、その割には性能がイマイチな魔剣ですよ」


 無頼は内心で唸る。おおっ、と感嘆すら漏らしそうになった。

 大人しく物静かな外見のグレナダが、よもや真っ向から相手の得物を扱き下ろすなど無頼は思いもしなかった。散々な言い様を聞かされるのが無頼一人ならまだ良いが、実際は何十何百と存在する『亡霊挽歌』を手に死んでいった亡霊(たつじん)たちも一緒に聞いている。

 亡霊たちはブーイングを行うが、その不満は無頼にしか聞こえない。


「事実、他の七遺魔剣と『亡霊挽歌』の戦績は最悪ですよ」


 そうとは知らず、無頼と剣戟を受けながらグレナダは続ける。

 喧しく抗議の声をあげていた亡霊たちが、グレナダの言葉を前にピタリと全ての動作を止める。


「『紅天平徒』は完全に上位互換で、『断裁無頼』には不利がつきます。あの厄介な『不死王冠』には相性上、爪の半月程度の勝ち筋しか持ち得ません。『変幻面前』はそもそも戦場で出会う機会がなく、『隷俗召命』には捕捉された瞬間負けが決まります」

「ひ、酷い言われようだな……」


 グレナダが挙げる七遺魔剣の名前を頭に刻み込みながら、あまりの扱いに無頼は呆れる。

 いつもは元気に野次を飛ばす亡霊たちが静かな点を鑑みるに、グレナダの言葉は事実なのだろう。確かに『亡霊挽歌』は扱い辛い。隙あらば亡霊たちが躰を乗っ取りに掛かる。平時でもわーわーと騒ぎ、気の小さい輩ならそれだけでノイローゼになるに違いない。


「だが、お前は誤解しているぞ」


 委縮した亡霊たちを纏う無頼は、再び鍔迫り合いに持ち込もうとしたグレナダを早々に押し退け、広く鋭く、魔剣を一閃させる。

 グレナダは『風天封剣』で受けることはせず、距離を取ろうとする無頼の意を汲んで後退する。


「客観的に見たなら、『亡霊挽歌』は劣っているのかもしれない。俺は他の七遺魔剣なんぞ見たことも聞いたこともない。興味もない。他の七遺魔剣がどれだけ凄いか語られたとしても、俺が『亡霊挽歌』を手放すことはない。俺の命が尽き、死ぬまではな」


 無頼は石柱の一本を刃で叩く。魔剣はカツカツと小気味よい音を立て、それに合わせて無頼の言葉は滑らかに注がれる。


「魔剣の性能が劣っていようと関係ない。お前の誤解はそこだ」

「と、言いますと?」

「考えてみれば分かるだろうが、魔剣は武器だ。武器は誰かが扱い初めて力を得る。魔剣同士が宙に浮いて斬り合うのか? 違うだろう。今の俺たちみたいに、剣士が手にして斬り合うものだ。他の七遺魔剣がどうかは知らないが、こいつらは魔剣と剣士が合わさって初めて『亡霊挽歌』になる。武器の性能が劣っていようと、イマイチな魔剣だと嘲り笑われたとしても、最終的に俺がお前を殺したなら、それは『亡霊挽歌』の勝ちになる」


 そう言い切った無頼は、石柱に魔剣の刃を滑り込ませる。シャンと小気味よい音を立てて刀身は通り抜け、一拍遅れて石柱がズレ落ちる。並の剣と、並の剣士には出来ない所業だ。

『亡霊挽歌』の、そして魔剣を握る無頼の有用性を示した無頼に亡霊たちが歓喜の声をあげる。普段は疎ましく思い、出来ることなら永遠に静かであって欲しいと無頼は願っている。その気持ちは変わらず残っているが、今だけは違う。


「それは、良い理論です」


 亡霊の助力を得られなければ、グレナダに勝てない。

 澄まし顔の鬼人に冷や汗かかせるには、委縮した亡霊たちをヤル気に差せなければならないのだ。その為には兎に角亡霊たちを煽て、最悪の魔剣だろうと擁護するしかない。


「だからこそ、あなたはもう少し気を使うべきでした」


 無頼は分かり易い威圧(パフォーマンス)として距離を取り、石柱の一本を切断してみせた。それを見せつける相手は周囲を蠢く亡霊であり、後退したグレナダである。


「《補填します》」


 そして更に距離を取り、無頼の間合いから完全に逃げ出したグレナダは詠唱する。


「魔剣は所詮魔剣。人が扱って道具は初めて武器となり、力を発揮する。その理論は正しい。正しいんですが、あなたは理解していない」


 パリパリとグレナダの近くで火花が生まれ、切り裂いた筈の雷精ステラーが姿を現す。

 グレナダから魔力供給を受けるステラーはすくすくと成長し、バチバチと怒りの籠った雷撃を撒き散らす。

 無頼の頬を一筋の冷や汗が流れ落ちる。


「魔剣の性能(スペック)が劣り、剣士と魔道士――つまり間合いでも劣るあなたが、私とステラー、そして『風天封剣』に距離を与えた」

「……」

「言うまでもないですが、それは悪手です」


 雷精ステラーを侍らせ、『風天封剣』を構えたグレナダが淡々と告げる。

 それは勝利宣言に等しい言葉であったが、たとえ事実であったとしても、無頼がそれを認めることはない。

 勝利や敗北が決まるのは全てが終わった後のこと。

 殺されなければ敗北は付かず、また、殺せなければ勝利にもならない。


「……踏み込めば、届く距離だぞ」

「試す価値はありますか?」

「ねーぜ、髑髏! 亡霊ども!! 黒焦げにしてやるぜぇーっ!!」


 苦し紛れの強がりは空回りで終わる。


(……どうする!)


 雷精が再生可能な存在であると無頼は理解していた。

 ステラーは貴重な攻撃ソースであり、切り伏せる直前にすらグレナダは助けを寄越す素振りを見せなかったことから、ステラーの復活は必ずある、間違いないと心に留めていた。

 しかし数十秒前、グレナダが魔道術でステラーを復活させるまで、無頼はそれを失念していた。

 グレナダの七遺魔剣『風天封剣』に『亡霊挽歌』の動揺――原因は多々あるが、一番は想定外への対応に両手を埋めていたことだ。内と外、同じ割合で意識を向けると情報量の多い方が疎かになるのは当然だ。

 グレナダの言葉通り、周囲に気を向けるべきであった。


(どうすればいい!!)


 無頼はぐっと歯噛みする。

 確かに距離だけを考慮するなら、この位置から二歩踏み込めば『亡霊挽歌』の切先はグレナダに届く。けれども刃を首筋に叩き込むにはステラーの雷撃を往なし、『風天封剣』の作り出す不可視の障壁を砕かなければならない。

 前回と同じ試みは通用しない。

 避雷針代わりに使った『共鳴剣』は後方にあり、第一段階としてテスラーの雷撃を突破できない。


"雷撃を斬るしかないぞ!"

"俺たちの絆パワーを見せる時だ!"

"頑張って、絶体絶命だけど!"


 活力を取り戻して好き勝手叫ぶ亡霊たちの意見は、確かに、一考の余地がある。

 斬るしかない。

 無頼は呼吸を整えて体の力を抜くと、わーわーと騒がしい亡霊たちの囀りを遮断して、真っ直ぐグレナダを睨む。


「死を恐れるほど、生に執着は感じていない」


 無意識に溢れ出た言葉を噛み締め、無頼は魔剣を握り覚悟を決める。

 策はあり、行動も選び終えた。

 しかし万事が上手く進む未来は見えない。命を賭け金に挑む捨て身の勝負は、成功失敗、決着の如何を問わず心身を蝕む。

 それでも無頼は、一歩を踏み出す。


「行くぞ」


 成功の秘訣は、目的に忠実であることだ。

 無頼の目的は生き残ることではない。命を捨てることでもない。亡霊たちにが抱える汚名を払拭することでもなければ、アーデルハイドの無念を晴らすことでもない。


『亡霊挽歌』で、あのスカした鬼人の首を斬り飛ばすことだ。


 グレナダの首が胴体と仲良くしているのが気に入らない。切り裂いたステラーが元気に飛び回っている姿は嫌悪感すら覚える。余裕を浮かべた端整な顔立ちに唾を吐き掛け、痙攣する躰を眺めていたい。

 それを為すには、前に進むしか道はない。

 無頼は魔剣を握る力を強め、静かに目を閉じる。



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