制限解除~アンリミテッド~③
亡霊たちの助力を得た無頼は、石柱の影に身を隠したまま目的の物が存在する大体の場所を模索する。
魔道士グレナダと雷精ステラーが動く様子はない。足を止め、魔力を集め、防御と迎撃の姿勢を誇示している。自ら積極的に攻めることはないが、雷撃魔道術の射程と威力は凄まじい。
安易に飛び出して行けば黒焦げ、もしくは麻痺して狙い撃ちにされるのがオチだ。
「し、信じるぞ……!」
しかし亡霊たちは迷わず進めと囃し立て、目的の物を見つけた無頼は唾を飲み込み意を決する。
グレナダたちとの距離は七メートル。高威力の雷撃は射程外と見て間違いないが、広範囲の雷撃の射程圏内には収まっている。
けれども百戦錬磨、死して尚戦い続けてきた亡霊たちの瞳に映ったグレナダの魔道術とは、無頼が恐れる程に汎用性に富んだ魔道術ではないらしい。
(確かに、兆候はあったが……)
グレナダが獣たちを焼き払う直前、グレナダ当人から溢れ出した魔力が広く環境マナに干渉した。その時は獣たちが入り乱れ、『亡霊挽歌』の魔力に包まれていたからハッキリと伝わらなかったが、周囲から気配が根こそぎ消えた今なら見逃さない。
断定して動くのは危険だが、動かないで場が好転する筈もなく、無頼は亡霊の助言と自らの感覚を信じるしかなかった。
「どうした、髑髏マスクゥー! 怖いのかーっ!?」
ケラケラバチバチと、火花を撒き散らしながら雷精ステラーが嗤う。
それは挑発ですらならない。悪意のない、子供の如き無邪気さに満ちた嘲笑であった。
隣のグレナダは口を開かず平静を保ち、ステラーだけが喚き続ける。
「分かった、行くぞ!」
そして普段なら聞き流す戯言に、無頼は好機と飛び付く。
石影から飛び出した無頼は、魔剣を鞘に収めたまま屍の海を駆け抜ける。
グレナダとステラーから背を向け、その行先はまっすぐ森を目指していた。
背後ではバチバチと逃げる無頼の背中にステラーが憤り、荒れる雷精の影に隠れてグレナダが詠唱を紡ぎ始める。グレナダの魔力は滔々と場を侵し、程なくして無頼の足元を覆い尽くす。
「まだか?!」
目的の場所に辿り着き、目的の物を見つけた無頼は、不安に駆られて亡霊たちに問い掛ける。亡霊たちは挙って首を横に振り、魔道士と戦う時は焦らず口元に集中しろと助言する。
グレナダの詠唱は続き、魔力は広場を越えて森の木々にまで染み渡る。
過剰なほどに漏れ出す魔力を見て、無頼は自分たちの選択が間違いだったのではと不安を感じる。亡霊の提案は有用だが、有効たるかは判断出来ない程に現状は前提とした状況から遠のいていた。
そもそも、ここで待ち構える意味はない。グレナダが詠唱を始めた段階で反転していたら、切先は間違いなくグレナダの喉元に届いていた。
"確かに"
"一理ある"
"そんな時もあるわ"
「この糞野郎どもがっ!!」
亡霊たちは笑いながら無頼の不安を肯定し、無頼は大声で罵倒する。
唐突な叫びに魔道士グレナダは眉根を寄せ、雷精ステラーは嬉々として応える。パリパリと静電気がグレナダの藍髪を浮かせ、グレナダはステラーを追い払い最後の一節を唱える。
「《雷鳴は轟く》」
グレナダの魔力がステラーに注がれ、その躰から雷撃が迸る。
"来たぞ!"
"来た来た!!"
"さあ、叫べっ!!!"
その様を見た亡霊たちは調子良く無頼に語り掛け、鞘の中で一斉に魔力を放出する。
「《解放する》――――亡壁散華!」
無頼は叫び、『亡霊挽歌』を抜き放つ。
鞘の中に押し込められた魔力は魔剣の切先に導かれ、一直線にグレナダに向かう。
グレナダの魔道術が雷撃の波であるなら、無頼の斬撃は魔力の槍である。
グレナダが配置した魔力を弾き飛ばしながら進む斬撃は、薄く広く速く伝わる雷撃に衝突して消滅させる。
膨大な魔力が環境マナに変質を始め、環境マナの遷移にはグレナダが押さえた魔力も巻き添えを喰らい、吹き飛ばされるようにして制御下を離れていく。
「来てるぜ、グレナダァーッ!」
雷撃魔道術が霧散する様を唖然と眺めていたグレナダは、相棒の言葉で我に返る。
「これは、いけませんね」
グレナダの双眸が捉えたのは、斬撃が切り裂いた真っ新なルートを辿り迫り来る無頼の姿であった。手にした魔剣が蓄えた魔力は衰えを見せず、それを扱う無頼の体力もまた、常人離れしている。
鬼人として常人よりも優れた身体能力を持つグレナダですら、無頼との斬り合いは避けなければならないと初見で決断した。快刀を唸らせコボルトを斬り伏せていった力強さ、ローロの首を斬り落とした容赦のなさ――魔道術を専門に扱う魔道士では、到底太刀打ち出来ない本職であるのは明白で、剣士の戦い方に引き摺り込まれる恐ろしさならば、グレナダも長い生涯で何度も味わっている。
無頼が射程内に近づくや否や、グレナダは出し惜しみせずに魔力を吐き出す。
「ステラー! 《補充します》」
「あいよっ!!」
「全力でやって構いません!!」
雷精ステラーに残存魔力の殆どを与えたグレナダは、対峙して初めて足を動かす。
相棒を残して二歩下がり、懐に手を入れて詠唱を開始する。
「覚悟しなっ! 髑髏マスクゥゥゥウウウウ!!!」
電撃を撒き散らしながらステラーが吼え、淡々と距離を詰める無頼は再び『亡霊挽歌』を鞘に収める。
"やるぞ、やるぞ、始めるぞ!!"
"あの小五月蠅い精霊からよ!"
"バチバチ、バチバチ、耳障りじゃな!"
「お、お前たちがそれを言うのか?!」
自分たちのことは棚に上げ、好き勝手を言う亡霊に無頼は驚き呆れる。
しかし亡霊たちの身勝手さに呆れたからといって、彼らが示したステラーから黙らせる方針を変えるつもりはない。
雷精ステラーは魔道士グレナダの攻撃の起点である。
魔道士は何か一つ、得意とする魔道術の分野を持っている。ミロシュなら広域制圧型魔道術、アーデルハイドなら魔導書を用いた簡易詠唱型魔道術。オリンピアやララミーも魔力糸や影を主体とした魔道術を選択し、それに特化した魔道士と言える。
ならばグレナダの得意魔道術は何か?
"雷撃だ!"
"ユーフォーラと同じ!"
"『金色の魔法使い』、忌まわしき魔道士と同じ!!"
「キーキーうるせぇぇぇえええええええ!!!!!」
亡霊たちに呼応してステラーが叫び、雷撃を放つ。
ステラーとの距離は三メートル。
射程内に踏み込んだ無頼は足を止め、迫り来る雷撃を真っ向から迎え撃つ。
但し『亡霊挽歌』ではなく、『共鳴剣』を使って。
左手に隠し持った『共鳴剣』を雷撃に目掛けて放り投げた無頼は、左手の親指で『亡霊挽歌』の鍔を押し上げる。右半身を前に出し、大きな手のひらで耳、固く閉ざした右瞼を伸ばした指先で覆う。
雷撃と『共鳴剣』が交錯し――閃光と共鳴が迸る。
数瞬、『亡霊挽歌』の魔力を借りて身を防いだ無頼は、余波が消え去るより先にステラーと距離を詰める。残った四メートル弱をひとっ跳びで詰めた無頼は、ここで初めて髑髏マスクに手を掛ける。
「――――制限解除!」
叫び、髑髏マスクを剥ぎ取る。
そして『亡霊挽歌』を抜き放つと、鞘に押し込まれた亡霊たちが一斉に無頼の身体を侵していく。
「き、斬っても俺は殺せない……ぜ?」
共鳴を受けて混乱するステラーは、雷撃の熱波を掻い潜り突如目の前に現れた魔力の塊に驚愕する。魔力体として存在する雷精ステラーだからこそ、それだけの魔力を受け入れ、蓄え、生物として動作する無頼の異常さを感じ取っていた。
「試す価値はある」
「お、お、おかしいだろ! なんだその魔力量は! なんで喋れてんだよお前は!! なんで正気で立ってんだよっ!!!」
亡霊の魔力に絡め取られて身動ぎ一つ許されないステラーは、ピリピリと震える。
"彼は条件を飲んだのよ"
"契約した"
"俺たちは無頼と契約した"
"死ぬまで戦う契約を!"
"契約!" "契約!" "契約!"
"契約!" "契約!"
"契約!" "契約だ!"
無頼の、『亡霊挽歌』の周囲を亡霊たちが飛び回り、口々に同じ言葉を紡ぐ。
契約――と。
ステラーは咄嗟に無頼と視線を合わせる。
「まあ、そういうことだ」
黒曜の瞳には変わらず生気が宿り、魔剣を振り下ろす動作には確然とした力強さが籠められていた。
雷精ステラーは『亡霊挽歌』の魔力により両断され、その体躯を構成していた魔力諸共剣風に払われ霧散する。ピリピリと僅かに残ったステラーの魔力すら、膨大な亡霊に阻まれ無頼に達することはなかった。
「そうですか」
「……」
無頼はそのまま長刀を構え、二メートル先のグレナダを捉える。
ピリッとプレッシャーが両者の合間で瞬き、暫しの膠着状態が始まる。踏み込み振り抜けば魔剣の切先はグレナダを裂く、圧倒的な優位を得た無頼の作り出した膠着だ。
「『亡霊挽歌』……亡霊剣……あの七遺魔剣の一振りが相手では、ララミーも飛んで逃げる訳です。あなたの相手を私に押し付けた理由を知ることが出来ました」
「……」
「困ったものですね、こんな難敵をぶつけてくるとは……」
無頼が亡霊たちに示した条件は――両者が結んだ契約とは、実に簡単な事柄である。
自分に憑りつき殺さないこと。
亡霊の望みは強者と戦い、生前の失敗を払拭することである。その為に『亡霊挽歌』は魔剣に頼る未熟者を取り込み、生者の力不足を嘆きこれまで多くを使い潰してきた。
しかし、無頼は以前の魔剣使いとは違う。
疲れを知らぬ巨躯に剛腕を携え、蓄積魔力の総量は底が見えない。柔軟で強靭な精神には非道を行う合理性を秘めている。何より酒に女、男を堕落させるどちらにも強い耐性を持っているのは、それらで手痛い思いをした亡霊たちに感銘を与えた。
理想の逸材――と評されていると知るからこそ、無頼は自らを差し出した。
亡霊たちの望みに手を貸す代わりに、無頼は戦う力を求めた。
そしてお互いを長く使えるようにと契約を結んだのだ。
「命乞いは認めない」
亡霊たちとの契約を履行する為、無頼は淡々と言葉を紡ぐ。
サクラメントが与えた髑髏マスクを身に着けていない今、それを反故にすると亡霊たちは即座に牙を剥くと無頼は知っていた。
「お前は殺す。それが望みだ」
亡霊の、そしてアーデルハイドの。
「望み?」
ピクリとグレナダの柳眉が動く。
気に喰わない。
無頼が首を刈り取る立ち位置を確保して尚、グレナダは冷や汗一つかいていない。対峙しているのはステラーがたじろぐ魔力の塊だが、さも当然のようにグレナダは平静を保っている。
鈍いのか? と訝しむが、無頼は慌てて傲慢な思考を払い除ける。
(何か、策を持っているのか……)
ピリピリと、亡霊の合間を縫って伝わる魔力圧を頬で感じ、無頼は気を引き締める。
刃を向けているが、グレナダの戦意は微塵も挫けていない。
「アーデルハイドの望みが私を殺すこと……?」
それでも無頼が、策を残していると知りながらもグレナダに仕掛けない理由は、グレナダとララミーがこの場で何をしていたのかを知る必要があるからである。
グレナダとララミーの狙いが、アーデルハイドの言葉通りとは思えないのだ。
鬼神将軍の復活を企んでいるかもしれない、とアーデルハイドは言っていたが、今の無頼にはそれが見当違い甚だしいと知っている。当の鬼神将軍は亡霊として『亡霊挽歌』に宿り、グレナダを倒せと囃しててているのだから。
「お前とアデルさんの経緯は聞いている」
「義憤に駆られて私を殺しに来たのですか?」
「違う。金で雇われただけだ」
「……金?」
「俺たちには金が要る。大金と、大金を稼ぐ機会も必要だ」
義憤、と口にした時のグレナダは、瞳に軽蔑の色を濃く浮かべていた。けれども金が必要だと無頼が告げてからは軽蔑が柔和されたようにも感じた。
警戒心が薄れたのか、懐柔できる相手だと侮られたのか。
本音を話しただけの無頼にしてみれば呼び込む結果はどちらでもいい。端から相手の言葉には聞く耳など持たないと決めている。グレナダと関係を築くのは、首と胴体が離れてからで充分だ。
「金……そう、金ですか……。ふふっ、なるほど……」
柔らかな微笑みを浮かべたグレナダは、真っ向から無頼を見据える。
「淡々と殺し続けるあなたの、当然持って然るべき人間性を見れてホッとしました。これで何の遠慮もなく――」
乾燥した上唇を艶めかしい舌先で潤し、懐から白金色に輝く魔剣を取り出す。
「あなたを壊せます」




