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制限解除~アンリミテッド~②



「《ここは影の室》」


 膠着した戦場で、真っ先に動いたのはララミーであった。


「《影は異界の扉であり、異界は僕の庭である》」


 早口で紡ぎ出した詠唱に残存魔力の殆どを費やし、無頼の足元を中心に多数のコボルトを送還する。コボルトの群れは瞬く間に足場を埋め尽くし、殺意と魔力を迸らせる無頼はその中に埋もれてしまう。

 圧殺もまた、ララミーの得意とする戦術である。

 時と場所と下準備の度合いにもよるが、送還魔道術による限度を超えた物質の出現に、相手の力量は関係ない。防御も反撃も等しく無に変え、防ぎようのないイレギュラーとして襲い掛かる。


「この程度で終わるなら、とうの昔に『亡霊挽歌』に喰われていますね」


 半径数メートルの間に現れたのは十数匹のコボルト――額に強化の魔石はなく、北部の森に生息する通常のコボルトである。現れたコボルトの中には動かない屍も混じり、送還に合わせて強烈な腐臭と死臭が広がる。

 無頼の居た位置には、見るも無残な死肉の塊が鎮座していた。


「さて、と」


 魔力と影の貯蔵庫を空にした銀仮面の魔道士ララミーは懐に手を入れてガラス瓶を取り出す。濁った明色を詰め込んだ瓶の蓋を開け、縁に口を付けたララミーはその中の一つを飲み干した。

 口を噤んでこそいたが、隣ではグレナダが軽蔑の眼差しを向けている。ララミーが持つ瓶の中身が何なのか、それを調達するには何が必要かを知るグレナダは、たとえ同志と言えどララミーに容赦ない嫌悪感を抱いているのだ。

 当然ララミーは気付いているが、気にする様子はない。


「それじゃあ僕はお暇するよ」


 魔力を回復させたララミーはそう言うと、グレナダの返答を待たずに詠唱を始める。

 グレナダと同じく、ララミーもあの程度で無頼を止められるとは思っていない。ローロと互角以上に打ち合える相手に、魔道士のララミーが正面切って勝てる筈もなく、そうなれば選べる手は一つしかない。


「ローロの仇は取らなくてもいいのですか?」

「ローロを殺されたのはグレナダ、キミの所為でしょう? 魔剣を置いていけ、なんて言うからローロは死んだのさ」

「あなたとローロは友人なのでは?」

「死んだらそれで終わりじゃないか。僕に生き残って欲しい、きっとローロも望んでいるさ……、草葉の陰からね」


 無頼を倒す為ではない。

 逃げる為の時間稼ぎとして、ララミーは持てる戦力を一点に投下したのだ。


「だから、僕は帰るよ」


 崩れ始めたコボルトの山を横目に、ララミーはグレナダに笑い掛ける。

 詠唱は組み上がり、魔力も足りている。既に逃走の用意を終えたララミーは、満面の笑みで『星屑の棺桶スターダスト・コフィン』の同志で、三賢魔道士の一人であるグレナダに無頼の相手を押し付ける。


「……あの計画は実行するのですか?」

「勿論だよ! 待ってるから、グレナダも来てね」

「生きていたら、行きますよ」


 グレナダが溜息混じりに答え、ララミーから視線を外す。

 死臭とは別の臭いが、ぐずぐずと肉を焦がす香ばしい臭いが鼻孔を擽り、それが何処から漂ってくるのかに二人は気付いていた。


「くそっ、殺す気か!」


 グレナダの視線の先では、無頼がコボルトの山を崩して現れる。

 体のあちこちを黒炭で染め、怒りで黒曜の瞳を揺らしている。『亡霊挽歌』は嬉々として無頼の手の内で跪き、難敵との邂逅に震えている。

 屍の山から飛び降りた無頼に、二体の強化コボルトが飛び掛かって来る。

 無頼は先頭のコボルトを懐まで引き込み一太刀で斬り伏せ、続くコボルトを蹴り飛ばす。長い刀身の尖端がコボルトの腹部を撫で、わっと中身を撒き散らし転がっていく。


「獣たち、動くようにしておくよ」

「いいえ、必要ありません」


 影に半身を埋め込んだララミーはグレナダを見上げ、グレナダは一瞥もくれずに無頼を睨んでいた。

 灰色熊とコボルトを切り裂きながら、無頼はぐんぐんと距離を詰めてくる。

 到達まで数秒と掛からないが、グレナダに焦りはない。ポリポリと指先で頬を掻き、顔の近くで爆ぜ続ける火花に語り掛ける。


「どれだけいても、消し炭になるだけですから。――《供給します》」


 そしてララミーが消えるや否や、グレナダは詠唱を紡ぐ。

 気怠げな態度をシャンと改め、環境マナから魔力を練り上げていく。その魔力の半分は体内に蓄積し、残りの半分は――――


「よっしゃあああああああああああ!!!」


 残らず火花が吸収し、叫び声と共に電撃を撒き散らす。


「ひっさしぶりっ! ひっさしぶりぃーっ!!」

「そうですね」

「もっと呼んでよ、グレナダァ!」


 その存在から不吉な予感を得た無頼は、距離を詰めるのを諦め石柱の影に身を隠す。けれどもコボルトは依然として四方から向かってくるので、身を隠したところで存在を薄めることは出来ない。

 仕方なくコボルトを処理する傍ら、無頼ははっきりと形を得た何かを観察する。

 バチバチとグレナダの頭付近を飛び回る火花は、雷撃を纏う小さな生物であった。手があり足があり頭がある。見る限り人型だが、大きさはグレナダの頭程度しかない。ハイテンションで喚き散らす姿は、隣で静かに佇むグレナダと正反対である。


「……」


 ここには味方が居ない。ミロシュかベロニカ、アーデルハイドが居たならば、誰かが無頼の疑問に答えを与えただろう。しかしミロシュとベロニカは村に留まり、アーデルハイドは遠くで冷たくなっている。


「そこの奇妙な生物、お前の名前は何だ?!」

「あぁん?」


 未知の相手と相対したなら、相手の感触を得るしかない。

 魔道術を使える魔道士と違い、剣士の無頼は剣でしか戦えない。頼れるものは己の肉体と得物の魔剣であり、その二つで戦うには、事前に必ず知っておかなければならないのだ。


 斬れる相手か、それとも斬れない相手なのか。


 バチバチと火花を撒き散らし喚く生命体は、"奇妙"呼ばわりされムッとするが、久方ぶりに言語を発する段階まで魔力を注ぎ込まれた喜びもあり、無頼の疑問に元気よく答える。


「俺はステラー、精霊のステラーだ! 憶えとけっ!!」


 雷精ステラーはグレナダの周囲を飛び回る。

 無頼は溜息もほどほどに"精霊"たる存在を知識の中に刻み付け、気を引き締める。


(精霊は……斬れないだろうな……)


 ふわふわと浮遊する半透明のステラーを見て、無頼は諦める。

『亡霊挽歌』は共鳴を斬り、影を遮った。だが魔道術により強化された音や影と違い、魔力を裂いても雷撃は刀身を伝わる。

 どの程度の出力が出るのかは知る由もないが、刃を向けても良くて相打ちだ。

 多少の衝撃や感覚を狂わせる攻撃ならば耐え切る能力を持っている無頼でも、血肉を沸騰させる雷撃を喰らって無事を保てる自信はない。


「……そいやぁ!」


 無頼はフェイントの挟み、首を失ったコボルトの胴体を放り投げる。

 片腕一本で放り投げられたコボルトは放物線を描きながらグレナダに向かい、その途中で雷撃を浴びる。バチバチと轟音が轟いたかと思うと瞬く間に伝播し、焦げ臭さが周囲に満ちる。

 僅か一瞬の雷撃により焼かれたのは放り投げたコボルトだけではない。他のコボルトや灰色熊、生死問わず多くの個体が巻き添えを喰らい、黒炭の体を晒していた。


(待て待て待て、斬れる斬れない以前の問題だぞ!)


 あまりの威力に無頼はギョッと目を剥き、頭を抱える。

 ステラーが放つ雷撃の有効射程距離は三メートル弱、余波が一メートル広がるとして四メートル。雷撃を浴びずに四メートルの距離を詰める手段を見つけなければ、グレナダと戦うスタート地点にすら立てない。


「くそっ!」


 石柱に身を隠していた無頼は、悪態を吐き捨て次の石柱の影に移動する。

 グレナダは積極的に仕掛けるタイプではないのか、無頼の動きを視線で追う程度で留まり、ステラーにも不用意な攻撃を許さなかった。


(やり辛いな……)


 魔道術を連発し、追い回してくれるタイプの魔道士ならば、話は簡単に済む。消耗と攻撃の合間に生まれる隙を狙い、そこから突き崩せば近接戦闘しかない無頼でも勝機があるのだ。

 しかしグレナダのような冷静を保つ相手は、挑発にも乗らなければフェイントにも的確な対処を行ってくる。今も迎撃の全てをステラーに任せ、グレナダ自身は無頼の動作を具に観察している。

 奇策の類は見破られ、正攻法では返り討ちに合うのが関の山だ。


(役割分担……そうか、付け入るならそこか……)


 次の石柱に逃げ込んだ無頼は耳を澄まし、目を閉じる。

 魔力は生命力で、活力の源である。確かに無頼は膨大な魔力を体内に秘めていたが、その殆どは『亡霊挽歌』由来の魔力であり、ミロシュのように全ての魔力が影響下に置かれている訳ではない。魔剣から漏れ出し空気に溶けて消える魔力を上手に利用出来たなら、刀剣一つでも戦闘の幅は大きく広がるだろう。

 だがそれが易々とこなせる類の技能なら、そもそも剣を手に戦う者は存在しない。

 同じ魔力量ならば、使い勝手が良いのは断然魔道術である。遠距離攻撃と広範囲制圧は、それ程までに価値があるのだ。


「ちぃっ!」


 動きが止まった無頼を見て好機と悟ったのか、ララミーの制御を離れたコボルトと灰色熊が無頼に殺到する。

 度々テスラーの雷撃の巻き添えを受けた獣たちの総数は減っている。周囲を満たした獣臭も今は咽返る焦げ臭さに変わり、それが余計に興奮を招く要因になっていた。無頼を殺し、次はグレナダだと言わんばかりの勢いを獣たちは持っている。


「《血雨降り注ぐ中、雷鳴は轟く》」


 その獣たちの勢いを削ぐかの如く、落ち着いた声色が戦場を制する。

 ピリッと指先に痺れが走り、獣たちを迎え撃とうと『亡霊挽歌』を構えた無頼は慌てて石柱に身を隠す。グレナダから迸る魔力が環境マナを侵し、滔々と広がっていく。

 今までとは異質だ。

 そう勘付いた無頼は『亡霊挽歌』を地面に突き立て、魔剣の放つ膨大な魔力を自らの周囲に留めようと躍起になる。迫り来る獣たちを斬ろうと勇んでいた亡霊たちは、無頼の強引な行動に驚く。


「ガタガタ抜かすな!」


 震える『亡霊挽歌』を押し込み、無頼は身を丸める。


 そして、雷撃が走る。


 耳を劈く雷鳴に無頼は意図せず目を瞑り、閉じた瞼を青白い閃光が焼く。手足の末端がピリピリと痺れていたが、それ以上の痛みはない。鼻孔を焦げ臭さが擽り、キーンと頭を揺らす耳鳴りに獣たちの悲鳴が割り込む。辺りには夥しい量の死が満ち、更に増え続けていると無頼は暗い瞼で見届けていた。

 薄らとした魔力の膜が自身を包んでいたのに気付いたのは、亡霊の囀りに導かれ目を開けてからのことであった。


「……っ!」


 目の前に広がる凄惨たる光景に無頼は息を飲む。

 炭化こそしていないものの、眼球は蒸発して萎み、口や眼窩など、躰の穴から白い湯気が立ち上っている。

 ゾッと肝が冷え、痺れとは別に指先が震える。しかし逃げ出したいと心が望む反面、戦意に陰りはない。寧ろ嘗てない程に乗り気(、、、)になった『亡霊挽歌』と差し引きするなら、状況は有利になったとすら言える。


"アレは……!"

"電撃の魔道術だ……"

"紫電侯が……、魔法使いが……!!"

"違う。ユーフォーラじゃない。もっと弱いぞ"


 亡霊たちは魔剣から飛び出す。無頼に力を貸し、強敵を打ち倒そうと魔力を燃やしている。


"雷撃には弱点が……"

"それではダメだ。私は一歩及ばなかった"

"ならば、あの方法にしよう!"

"そうだ。それがいい! それなら倒せる!"


 老若男女、多くの声が無頼に囁き続ける。

 いつも以上の魔力が無頼の躰を通して漏れ出し、不意を打つことは適わない。しかし好き勝手に喋り続ける亡霊たちの意見はもっともで、確かにそれなら対抗できると納得させられる提案も多々あった。


「ちょっと待て」


 しかし無頼は首を振る。

 亡霊たちの提案は魅力的だが、その為の条件が無頼を躊躇わせる。


"我らの手綱を離せ!"

"拘束を解け! 力を貸してやる!"

"奴を殺したいのなら、私の力が欲しいのなら!"


「――――マスクを外せ、か?」


 無頼が答え、亡霊たちが色めき立つ。

 手足から痺れが消え、疲労がぐんぐんと抜けて身体は万全の状態に近づいていく。ノイローゼになりそうなほど大きな声援が耳朶を揺らし、けれども思考は静謐に立ち返る。

 無頼はハァと溜息を吐き、髑髏マスクに手を掛ける。


「俺にも、条件がある」


 唯一の生者として、無頼は提案する。

 色めき立った亡霊たちは動揺し、彼らの魔力(どうよう)は賢者の眠る森を揺らした。



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