制限解除~アンリミテッド~
ピリッと戦場に雷撃が走る。
「……なんの騒ぎですか」
粛々と長刀を振るう無頼と忙しなく無頼の行く先を塞ぐ獣たちが起こす喧騒に、気怠げな声音が割って入る。
石堂から現れた男は濃い藍色の長髪を持ち、何もない場所でハンモックに揺られるようにして浮いていた。傍にパチパチと弾ける火花を連れ、眠そうに目を向けている。
何者だ、と訝しむ気持ちは当然のように無頼は抱いていたが、津波の如く押し寄せる獣の群れが意識を寄せるのを許さない。
(こいつが……)
と思い掛け、無頼は魔剣を振るう手を止める。
無頼を囲む獣たちも一様に動きを止め、現れた人影に視線を集めている。
(グレナダ……鬼神将軍……どちらだ?)
藍色髪の男の頭上には、二本の角が見える。アレが鬼人なのだろうか、と無頼は推察する。獣人に獣耳があるように、鬼人にも鬼の角が生えていても不思議ではない。
無頼は止めた手を再び動かし始め、棒立ちの獣たちを斬殺していく。刃は早く、斬撃の軌道には紫の閃光が遅れて走る。
コボルトの血が飛び散る傍ら、無頼は藍色髪の鬼人を睨む。
(鬼人だから、鬼神将軍でいいのか?)
棒立ちで動かないのをいいことに、無頼は手近な灰色熊を四体切り捨てる。魔力を纏った頑強な毛皮は、俊敏さと強い力が合わされば脅威だが、どれかが欠けたならどうにでもなる。
現れた鬼人が誰であれ、今はより多くの血を吸わせなければならない。
『亡霊挽歌』がその気になり、それを手にして戦ったならば、相手がどれだけ増えようと生き残る自信を無頼は持っていた。『亡霊挽歌』を手に戦うだけでは得られる技能など嵩が知れている。より多くの敵を斬り、咽返る血の臭いで亡霊を滾らせて初めて、本当の協力を得ることが出来るのだ。
もっと、もっと必要だ。
亡霊たちが、無頼の耳元で囁き続ける。
「この気配……、アーデルハイドが来ているのですか、ララミー?」
魔剣を手に乱舞する無頼の姿を横目に、藍色髪の鬼人は並び立つ金髪のエルフ男に尋ねる。獣たちに埋まって姿は見えずとも、アーデルハイドの魔力はヒシヒシと伝わっているのだ。
鬼人の要望に対し、待ってましたと言わんばかりにララミーは獣たちを動かす。
獣たちの海が割れると、その先にはアーデルハイドが、ローロに前髪を捕まれ項垂れていた。顔に傷や痣はないが魔道士のローブは土に塗れ、魔石を砕かれた王笏が半ばで折られて足元に転がっていた。アーデルハイドの手から離れた魔導書は、静かに主人を見守っている。
「…………」
流石の無頼も魔剣を振るう腕を止め、感情を殺して動向を睨む。
アーデルハイドの傷は深く、右足から広がる血溜りは致命的に見えた。生命を繋ぎ止めるには今すぐ止血しなければならないが、情勢がそれを許さない。
見捨てる見捨てないを選択する以前に、無頼が手を出せない位置にアーデルハイドは居る。
「ぐれ、なだ……!」
体内で生成できる魔力の殆どを魔眼に費やしているアーデルハイドは、王笏の魔力補助なしでは満足に魔道術を発動できない。仇敵を目の前に動けない口惜しさは相当なもので、戦う術を失って尚、アーデルハイドは一矢報いようと身動ぎする。
「動くんじゃねーです」
アーデルハイドの前髪を掴むローロは殴りつけ、アーデルハイドは地面に投げ出される。鬼人グレナダ――アーデルハイドの仇敵はそんな彼女を、ただ冷やかに見つめていた。
呻き声を漏らすアーデルハイドを見て、ローロが口にしたのは誰に向けた言葉なのかを誰一人として気付けなかった。ローロ本人以外、全員がアーデルハイドに向けられた言葉だと錯覚していた。
「髑髏マスク、お前はそこで、処刑を見てればいーんです」
ローロは幼い顔を嗜虐に歪め、アーデルハイドの背中を足蹴にすると『共鳴剣』を振り上げる。
動かしたつもりのない右足が一歩前に、静観せざるを得ない躰は前方に傾いている。どれだけ気持ちを抑えたとしても、無意識の内に仲間の死を恐れている。
無頼が、そして『亡霊挽歌』が――――。
「やめろ!」
無頼は叫び、走り出す。
しかしローロの『共鳴剣』は振り下ろされ、アーデルハイドの背中を叩く。めきり、と大剣で叩かれた背中が軋み、アーデルハイドは痛みで顔を歪める。立ち上がろうと籠めた手から力が抜け、ゴホゴホと何度も吐血する。
「ちぃっ!」
『亡霊挽歌』を抜き放つ無頼の進路に何体もの灰色熊が立ち塞がり、鋭い爪を繰り出す。
硬い灰色熊は、コボルトのように片手間での相手は出来ない。
それを理解している無頼は『亡霊挽歌』を鞘に収め、回避に徹する。
遠くからヒューヒューとアーデルハイドの呼吸が聞こえる。ローロの一撃で折れた肋骨が肺に突き刺さっているのだと怒りで沸騰した頭で冷静に分析する。
多量の出血、肺の損傷――手遅れだ。
無頼自身、あまり諦めが悪い方ではない。感情を優先して全てを棒に振るのは馬鹿馬鹿しいと絶えず思い、口には出さないが行動で示してきた。
(アデルさんは、もう助からない……)
そう思うと、感情が冷め始める。
無頼は何度も身体と魔剣に言い聞かせ、目の前の相手に集中する。
無理矢理鞘に押し込んだ『亡霊挽歌』はカタカタと震え、早く速く斬らせろと魔力を滾らせる。腹いせに誰かを斬らせろと喚いている。生み出す熱がジリジリと頬を炙り、汗は瞬く間に蒸発し消えていく。
灰色熊の爪撃を躱し、躰を沈める。
「――――」
そして、振り抜く。
居合が初速を得る為に鞘に収めた状態で力を籠めるように、鞘の中で溜めた魔力は『亡霊挽歌』の切先を伸ばし、これまでにない威力の斬撃を実現させる。
魔剣が纏った魔力は、灰色熊を三体先まで同時に切断し、その余波は森全体に轟く。
「終わりだな」
ローロまでの直線上、障害をすべて排除した無頼は魔剣を鞘に収め呟く。
アーデルハイドの呼吸音は消え、顔は土気色に染まっている。僅かに残った魔力も無頼の魔力に混ざり、アーデルハイドの生命の痕跡は消え失せる。
ララミーと鬼人グレナダが見守る中、相対したローロだけがその呟きを拾い上げる。
「降参、するのですか?」
「雇い主が死んだ。それが全てだ」
「散々暴れておいてそれが通ると、まさか本気思ってんじゃねーですよね?」
ローロは一転した無頼の態度を訝しむ。
髑髏マスクを外した無頼は大きく息を吐くと、『亡霊挽歌』を足元に置き両手を挙げる。
「俺は戦うことも吝かではないが、……いいのか? 犠牲を増やすだけだぞ。俺が死ぬまで、お前たちの中で何人が、獣たちの中で何匹が無事に立っていられると思う?」
背後を振り返り、無頼は自身が築いた屍の山を見て揶揄する。
野獣に魔石を埋め込み支配下に置く作業とて、決して楽なものではない。墓守の村を落とすにあたって失った戦力は凄まじく、未だにそれを為してはいない。
これ以上の損失はララミーも本意としていない。
「好きにしなさい」
「グレナダ!」
「アーデルハイドに免じて、この場は見逃します。ただ、次相見えた時には容赦はしません」
「次はない、か……。分かった、次はない。肝に銘じておけ」
眠気眼のグレナダが口を開き、不服なローロは不貞腐れる。
実際に剣を合わせたローロには無頼の強さがヒシヒシと伝わっており、自分の命が薄皮一枚で繋がったものであると理解していた。理解しているからこそ叩ける時に叩かねばならないと口惜しみ、戦わずに済むと安堵して黙っているのだ。
軽く肩を竦めた無頼は、地面に置いた魔剣を拾い上げようとした腰を屈める。
「但しその魔剣、置いていくことが条件です」
グレナダが釘を刺し、『亡霊挽歌』を握った無頼は動きを止める。
そして無言でローロの方に魔剣を放り、顎をしゃくる。
回収に来いと言わんばかりの横暴さにローロは眉根を寄せる。けれど警戒心を剥き出しに歩み寄るローロから逃げるようにして視線を逸らす無頼を見て、精一杯の抵抗なのだと得意気になる。
「やけに素直じゃねーですか」
「魔剣は惜しいが、命には代えられん」
そしてローロが魔剣を拾い上げようと視線を下げた瞬間。
「だが俺の命なら、話は別だ」
無頼は走り、ローロとの距離を詰める。
ローロは咄嗟に拾い上げた『亡霊挽歌』を手放し足で踏むと、『共鳴剣』を構える。
「やっぱり嘘じゃねーですか!」
『共鳴剣』が動き出す前に距離を詰め終えた無頼は、ローロの細腕を掴み動きを封じる。
無頼の反攻を想定していたが、活身魔道術を使っていない身体能力がこれほどだと知らなかったローロは、呆気なく組み合う形になる。
「嘘は吐いていない」
無頼は魔剣を踏んだローロの足を踏み、ローロに顔を近づける。
「終わりだ。雇い主が死んだ。次はない」
「……っ!」
「あの言葉は全部、お前たちに向けた言葉だぞ」
そして無頼は額をローロの額に叩き付ける。ガンッと脳を揺らす衝撃にローロは目を閉じてしまい、次に開いた時、視界には大きな無頼の手が迫っていた。
ぐちゅり、と親指と中指がローロの瞳を潰す。
声にならない絶叫をローロの喉が絞り出し、躰が激痛で跳ねる――が、それもすぐに絶える。
ローロの首元に回った無頼の大きな手が、細首を縊り潰していた。
「アーデルハイドは死んだが、その復讐は俺が継いでやる」
ぐったりと脱力したローロを投げ捨てた無頼は、代わりに『亡霊挽歌』を拾い上げる。
髑髏マスクは着けていない。
しかし髑髏マスクに負けない笑顔を張り付けた無頼は、シャンと『亡霊挽歌』を抜き放つと、鋭い切先で息絶えたローロの首を斬り落とす。
ビクンとローロの躰が揺れ、痙攣と共に首から真っ赤な血を吐き出していく。
「お前たちは逃がさない」
アーデルハイドにそうしたように、無頼は両目から血の涙を流すローロの前髪を掴む。
ララミーとグレナダの目付きが鋭くなるのを楽しみ、ローロの生首を放り投げる。
足元で転がるローロの生首を前に二人は微動だにしない。今まで通常の戦い方しか見せて来なかった無頼が、騙し討ちでローロを討ち取ったとなれば、一挙手一投足、無頼の行動に言動、全てが自分たちを誘う罠に見えるのだ。
「首を刈り取って、仲良く墓前に並べてやる」
そして口角を釣り上げたまま髑髏マスクを取り付け、『亡霊挽歌』の切先を向け宣言した。
無頼の絶対的な不利は相変わらずだ。殺したローロの代わりに未知数のグレナダが加わり、依然として多数の獣が無頼一人を囲んでいる。
気でも狂ったか、と思う反面、容赦なく首を刈り取られたローロの躰を見てララミーは気を引き締める。
無頼の正気など、今更疑うまでもない。
誰かに強制されることなく戦場に身を落とす者は狂っている。ローロやグレナダといった同志から、アーデルハイドなど追手の魔道士ですら例外ではなく、全員等しく頭のネジが抜け、日常生活に順応できない者たちなのだ。
「さあ、再開だ」
魔剣を振るい、笑顔で血肉を振り撒く男が――無頼が、正気な筈がない。
今立っている者の中で一番狂っているのは明らかだ。




