【日記】著者アーデルハイド、日記を借りる
私はアーデルハイド、魔道士だ。魔道士協会と魔道士ギルドの双方に所属し、娘クララを連れて中原を旅している。
数日前、幸運にも私は妙な縁を得た。
あの魔法使いサクラメントの弟子ミロシュ、異様な雰囲気を纏う巨躯の男無頼、どこか気品を感じさせるが無邪気さで覆い隠している少女ベロニカ。
三人の中の一人、無頼が日記を書いているのを見て、私は頼み込んだ。
彼が持っていたのは魔法使いサクラメントが誂えた日記帳だった。
私は生まれてこの方、魔導書を何冊も仕上げてきたが日記を付けた覚えはなかった。
だから頼み、渋々ながらも了承させ、今ペンを走らせている。
私は三十数年生きてきた。生きるのに必死だった。
二十年前の私は、ただの魔道士見習いだった。変わり者の魔道士に、街角で魔道術を教わる普通の子供だった。
十六年前の私は、女だった。あの人と交わり、クララを身籠り無事に出産を終えていた。子育てに奔走し、女として幸せの絶頂に立っていた。
十四年前の私は、女を捨てて魔道士となった。子連れの魔道士。愛する人を失い、故郷の街を捨て、復讐を胸に誓った魔道士だった。クララを共に連れていくか私は悩んだ。悩んだ末の結果は、冒頭に記した通りだ。
思えば私は長い月日を重ねてきた。旅路の中、大切なモノを沢山得て、沢山失った。多くの人と出会い、当然のように別れてきた。
しかし、どれもぼんやりとしか思い出せない。
それに気づかされ、私は怖くなった。
私の旅路と交わった人々のことを私が思い出せないように、彼らも私のことを忘れてしまうのだろう。娘のクララもいつか良き人を見つけ、子供を産み、孫を抱く日がくるだろう。幸せを感じるその時、あの子の頭に私の姿は残っていないかもしれない。
私は怖い。
サクラメント印の日記帳なら、どれだけ月日を重ねても朽ちることはない。世界が壊れる日が来ても、彼の日記帳は彼らの旅路を残すに違いない。
無頼も死なない。少なくとも、私より先には。
だから、私は日記を一ページだけ借り、無頼の日記に私の足跡を残す。
長い経験を積み重ねた生涯で、私はついに悟ってしまった。
死期が来た。
運命――死から逃れることは許されない。それは私の生き方の否定に繋がる。
死は怖くない。
私は最後までペンを動かし、無頼の日記帳に私を残した。
だから、もう怖くない。




