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復讐の魔眼と嘆きの森②


 無頼は『亡霊挽歌』を下段に構え、ローロを睨む。


(なんだ、あの服装は……!?)


 痴女じゃないか! と仰天した無頼の口は塞がらない。

『風天封剣』の模造品(レプリカ)で封印を解いた後、ローロの背丈は二割増しになり、けれども着ていたメイド服に変化はないのだから当然である。

 身長は百七十を少し超えスカート丈は膝上、健康的な太腿がちらちらと覗き、その奥の暗がりを連想させる。上を見上げると肌蹴た胸元、そしてエルフ特有の切れ長で鋭い目尻にはどこか幼さを含み、危うい魅力が絶妙なバランスで成り立っている。メイド服の肩幅や胴回りに目に見える変化がない分、余計に肉付きを増した胸元や太腿が視線を引き寄せる。


「私は痴女じゃねーですよ!」


 艶めかしい肢体を舐めるように見つめていた無頼の視線に気付き、ローロは顔を赤くして叫ぶ。この服装は不可抗力で、露出癖の類は一切持っていないと抗議する。


「なら、もっとまともな服を着ろ!」


 無頼は踏み込み、『亡霊挽歌』を振るう。

 ローロは安易に『共鳴剣』で受けることをせず、後ろに跳び斬撃を避ける。魔力を纏った剣圧が頬を撫で、ローロの冷や汗が吹き飛ぶ。

 続けざまに何度も繰り出し、その度ローロは大きく距離を取り遂にはララミーの元まで後退する。


「ララミー?」

「あの魔剣、まさか……」


 動揺する二人と対峙しながら、無頼が距離を詰めずに留まるのは、カドカの身を案じてである。ラウトとアーデルハイドに先行して無頼が単独で駆け付け間に合った今、無頼にとってカドカが敵の付け入る唯一の隙である。


「…………」


 だが今はカドカを苦しめていた共鳴が鳴り止み、辺りを静寂と緊張が包んでいる。

 無頼の背後、カドカはぬらりと立ち上がり大鎌を拾う。


「おいっ!」


 無頼は咄嗟に腕を伸ばし、ローロに向かっていこうと走り出したカドカの身体を押し止める。

 群青色(アズライト)瞳に燃え盛る怒りを宿したカドカは、無頼の腕を掴み牙を立てる。


「――――ッ!!」


 錯乱している!

 それに気付いた無頼は『亡霊挽歌』を足元に突き立て、無理矢理カドカの大鎌を奪い取る。痛みを堪えて微動するカドカの瞳を見て決意を固めると、カドカを抱き寄せて牙立てられた腕を開放する。


「む――――っ!!」

「落ち着け、カドカ」


 ジタバタと抵抗するカドカを強引に押さえ込み、頭を自身の胸元に押し付ける。


「離せ!」

「黙れ」

「このっ、ふむゎっ!」

「黙って、俺の鼓動に耳を向けろ」


 トクン、トクン、と脈打つ音を聞かせる。母親が幼い我が子をあやすように、無頼はカドカの潜在意識に語り掛ける。

 ふーっ、ふーっ、と息を荒くしていたカドカは十秒もすれば落ち着き始め、無頼の躰に爪立てていた指先からは力が抜ける。力が抜けた後は溜まった疲労が前面に表れ、ぐったりと無頼に躰を預ける。


「イチャイチャ、見せ付けねーでください!」


 カドカを抱きかかえた無頼に、『共鳴剣』を振り上げたローロが斬りかかる。

 カドカを左腕一本で抱き直した無頼は突き立てた『亡霊挽歌』を抜き迎え撃つ。

『亡霊挽歌』と『共鳴剣』――交錯しようとした瞬間、無頼は躰を捩り、ローロの斬撃を躱す。


「なっ!」


 ローロの大剣は大地を穿ち、無頼はその横で流れる躰を強引に修正する。

 そして、一閃。

 紫の刀身がローロの細く白い首筋を襲い、紫の残光が駆け抜ける。


「あ、あぶねーです!」


 しかし首は体と繋がったままで、『亡霊挽歌』が切ったのはローロの髪の毛数本だけである。空に舞う茶色い髪は魔剣の熱に中てられて焦げ、ローロの毛先も黒ずみ縮れる。


「ち、縮んだ!?」


 無頼は空を切るを見て驚き、振り抜く寸前の『亡霊挽歌』を途中で止め、無理矢理軌道を変えて追撃に移る。

 ザンッ、と『亡霊挽歌』が薙ぐ。切先はローロの鼻先を掠りはしたが、最初から防御を捨て回避に徹していたローロに致命傷を与えることが出来ず、間合いの外に逃がしてしまう。


「ララミー、手伝わないなら私は手を引きますよ!」


 冷や汗をだらだらと流すローロは、悔しさで唇を噛み締めるララミーを睨む。


「絶交しない?」

「それは獣人が相手の時だけで! ……兎に角、助勢してください!」

「うーん、でもね」


 ローロが騒ぎ立てる。

 それでもララミーは加勢を渋る。周囲をぐるりと見回して、腰ベルトからダガーを抜き放つ。


「ダメだね、これは」

「ラ、ララミー?」

「ローロ、厄介な相手が増えた。僕たちは一旦退くよ」


 森の奥深くから、魔力を帯びていない矢がララミーを襲う。

 周囲の状況をある程度は知覚していたララミーは、儀礼用のダガーで迫る矢を難なく防ぎ、新たに現れた人影に目を向ける。


「私が……、私たちが逃がすと思うのかい?」

「アーデルハイド」

「魔眼……は、何となく居る気がしたのであります」


 ちょうど無頼とカドカが背にした側から、アーデルハイドが歩み出る。

 右手に王笏(セプター)を握り、魔導書はふわふわと浮遊し臨戦態勢を整えている。


「ララミーだけでなく、ローロまでいるとは思わなかったが……」


 アーデルハイドはぐったりと疲労を色濃く浮かべるカドカの額に手を当て、無事を確認すると後ろの森に目配せする。すると木々の合間からラウトが飛び出し、握った弓すら捨ててカドカに飛び付く。


「姉様! 姉様!!」

「ラウト……、っ!」


 しかしラウトの存在に気付いたカドカはその手を振り払い、無頼からも離れる。ふらふらとした足取りのまま大鎌を拾い上げ、ラウトに背を向ける。


「ラウト、村に戻りなさい」

「あ、姉様……」


 カドカは強がっていた。

 無頼やアーデルハイドに見られても所詮は村に残らない余所者。恥も弱みも風に吹かれて消えるだけだ。

 だがラウトに見られてしまうと、カドカは墓守から姉に戻る。ラウトの姉に戻ってしまえば、ラウトはいつか必ず自分を捨てる日が来るのではないかとカドカは恐れているのだ。両親のように、墓守であり、姉である自分を。


「……」


 どうする、とアーデルハイドが無頼に目配せし、無頼はただ肩を竦める。

 ラウトとカドカの間に存在する確執は、バリケードを作る最中に村人から教えられていた。二人の両親のことや、カドカの役割のことも、漠然としてではあるが無頼の頭の中には入っていた。

 ラウトが村の外に助けを求めたのも、その確執に理由がある。

 ラウトの言葉と裏腹に生き残ろうとする意志は感じたが、確かに村は危機に瀕していた。初遭遇の様子から察するに、カドカの戦果が多きいのだろう。

 カドカがどれだけ奮闘しても敵の戦力は膨大であり、村の戦力はジリジリと削られる。いつかは全滅で幕が引くとラウトは察していたのだろう。カドカを単独で追い詰める剣士が敵側に駆け付けた現状を鑑みるに、無頼たち助っ人をラウトが呼んでこなければカドカは死に、村は全滅していたに違いない。

 だが、ラウトがカドカに対策を提案しても事態は好転しない。それどころか態度を硬化させたカドカが命知らずな振る舞いをするだけだ。


「村に戻るのはカドカ、お前もだぞ」


 ラウトの意を汲み取り、カドカの威厳を保つにはこうするしかない。おまけにアーデルハイドの目的達成にも近づく。一石三鳥だ。


「私は、まだ戦える!」


 案の定、カドカは無頼に食って掛かる。

 無頼はいつものように冷たく突き放すことはせず、子供を諭すような優しい口調で、カドカに語り掛ける。


「お前は目的を忘れたのか?」

「目的……」

「敵を倒すことじゃない。村を守ることだ! どれだけラウトに意地を張ってもいいが、そこを間違えると一生後悔するぞ」


 そして暴力のような正論を耳元で囁き、カドカを黙らせる。


「ほんと、味方に居ると頼もしいね」

「伴侶には選ばれないタイプだな。前にも聞いた」


 アーデルハイドに溜息を吐かれ、無頼は思わずムッと頬を膨らませる。

 一応頼りにされているが、強引な性格を直すべきだと指摘されているのだ。

 無頼もそれは自覚している。だが、やるべきことをやり通すには、この程度の無神経な物言いは強引さの範疇外だ。一時の気持ちを優先して全てを失う訳にはいかない。逆に他の誰から恨まれたとしても、最善の結果を手に入れた方がより良い結果に辿り着けばいいとすら、無頼は考えていた。


 無頼はカドカを手放しアーデルハイドに並び立つ。

 絶えず笑みを浮かべる髑髏マスクを見て、アーデルハイドは深い溜息を吐く。


「マスクを外せば、見れる顔なんだけどねぇ……」

「俺も、アデルさんの眼帯が飾りだとは思わなかったぞ」

「私の眼帯? ああ、そうか。言ってなかったが、これは飾りじゃないんだ」


 眼帯を外して碧眼蒼眼のオッドアイを晒したアーデルハイドは、眼帯で隠した右目に触れ、不敵に微笑む。


「私の眼帯の下、右目には、魔眼が宿っているのさ」


 また知らない単語が出て来たぞ、と無頼は辟易する。

 しかし"魔眼"という語感から概ね意味は推し量れ、尚且つララミーとローロが警戒心を剥き出しにしている様を見るに、戦闘に有効活用出来る能力であるのだろうと無頼は当たりを付ける。


「無頼」


 アーデルハイドが微笑む。


「好きに斬り込んでいいよ。私がフォローする」

「……」

「信用してないのかい? 私は仲間の背中を撃つような真似はしないよ」


 無頼とて、アーデルハイドが誤射をすると思っている訳ではない。

 好きに斬り込めという要求は漠然とし過ぎて、流石の無頼もどう動いていいかが分からないだけだ。

 待ち構える魔道士と剣士相手に斬り込んでも、不利な状況に陥らないだけの自信はある。だからこそ逆に、アーデルハイドがどのように動くのかが読めないのだ。


「分かった」

「《七ページ、二章、八行目》」


 無頼が渋々了承すると同時に、アーデルハイドは詠唱を終える。

 二秒と費やさずに放たれたアーデルハイドの魔道術は、ララミーの風魔道術を真っ向から迎え撃ち、相殺する。

 そういうことだ、とアーデルハイドは無頼に目配せし、無頼は迷いを捨て二人目掛けて飛び込む。


「魔眼だけでも厄介なのにっ!」


 無頼の斬撃からララミーを庇い、ローロが悪態を吐く。

『共鳴剣』が甲高い悲鳴をあげるが、広がるより先に『亡霊挽歌』が魔力ごと切り裂き、魔剣が持つ特性を完全に抑え込んでいた。


「《十一、三、七》」

「《亡霊の夜。彼らは風を纏えない》」

「《五ページ、二章、一行目。魔導書に終わりはない》」


 無頼とローロを挟み、アーデルハイドとララミーもまた魔道術を繰り出し合う。


(凄いな……)


 剣を振るいながら、無頼はアーデルハイドの力量に感心する。

 魔導書と王笏(セプター)を使うアーデルハイドの詠唱が短いのは言うまでもないが、ララミーの魔道術を先読みして相殺する魔道術の使い方は、広範囲に制圧力を押し付けるミロシュの魔道術とはまるで違っていた。

 速く的確に相手の手を潰し、上手に戦場を作り上げていく。


「ローロ」

「言わなくていーです! 分かってます!!」


 無頼もまた、アーデルハイドの魔道術に合わせて戦い方を変えていた。

 横の間合いは狭いが斬撃の速度は速く深く、秒間に繰り出す手数は倍以上に増やしている。剣先を目で追わせず、取り回しの難しい大剣を持つローロに無頼の動作を注視することを強いる。


「この男っ、やりづれーんですよ!」


 いつものように力任せに大振りするなら、ローロは大剣で受けた後に反撃にも移れる。しかし今のように手数が増えて防戦に回った途端、愚鈍な大剣で反撃しようものなら膾切りにされる。魔力を食い破る魔剣が相手である以上、共鳴で相手の感覚器を狂わせることが出来ず、『共鳴剣』の強みは消える。


「……っ!」


 足元を狙った無頼の攻撃を、ローロは間一髪で躱す。

 視線はそのまま、体勢は僅かに腕を下げただけ。何の予兆もなく繰り出された斬りは鋭く、背中をぐっしょりと濡らしたローロは今以上に動悸を速める。


「動きが速いな。意外と力も強い」


 ローロが後方へと飛び退いたのを機に無頼は攻撃の手を休める。

 冷静に相手を分析してみた無頼は、やっとローロがどれだけの手練れなのかに気付く。自分と斬り合った相手の中でここまで長く、そして倒れずに立っているのはローロが初めてだ。


「……妙だね」


 戦いの手応えを掴んでいる無頼とは逆に、無頼以上にララミーを圧倒していたアーデルハイドは眉を寄せる。


「妙……何がだ?」

「ララミーの戦い方が、あまりにも静か(・・・・・・・)だ」


 無頼はアーデルハイドほど、ララミーたる魔道士についての知識を持っていない。

 だが大勢の屍コボルトや灰色熊を嗾けて村を襲わせていた魔道士だという前提を付け加えると、確かにアーデルハイドと撃ち合う程度にしか魔道術を繰り出さないララミーの戦い方は不可解であった。

 この場にいるのは無頼とアーデルハイドだけではなく、退くタイミングを逸したラウトとカドカの二人もいる。二人を巻き込む戦い方をしたなら、少なくと無頼は攻め一辺倒にはいられなくなり、そうなれば無頼に押さえ込まれたローロも動き易くなる。


「ローロ、いいよ」


 アーデルハイドの意図を見越したようにララミーはローロの前に歩み出て、魔力刻印がぎっしりと刻み込まれたダガーを突き出す。


「ここからは、僕が請け負うよ」



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