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墓守の村③



「あいつは確か……」


 無頼は杖を持ったコボルトを見て、ミロシュとアーデルハイドに教え込まれた知識を掘り起こす。コボルトの生態に戦い方、細かな分類に魔力を蓄え魔獣と化した要注意個体まで。


「そうだ、コボルト妖術師(メイジ)だ。思い出したぞ」

「思い出した、じゃない。あいつが指揮官だ。潰さないと終わらんぞ!」


 呑気に思考する無頼の横をカドカが通り抜けていく。


「待て待て!」


 しかし無頼はその腕を掴み、飛び出そうとしたカドカを強引に引き寄せる。

 抱き寄せられる形になったカドカは驚き、目を見開く。

 飛び出したのは形だけ。すぐさま引っ込んだカドカに釣られるようにして数体のコボルトが飛び出してくるが、無頼は一振りで黙らせる。


「な、なにを!!」

「お前の戦い方だと無理だ。動き回れるだけの足場がない」


 隙間なく埋まったコボルトや灰色熊の頭に剣先を巡らせる。

 無頼がカドカの戦い方を見たのは、屍コボルトと遭遇した川原である。カドカの戦い方とは木々を足場に飛び回り、滞空中に敵を裂き強引に空白地帯を作り出す危険の高い戦法だ。

 単身斬り込んだとしてもこの戦場に足場はなく、離脱するより先に敵が殺到して頭数で押し潰すだろう。


「よしんば戦えたとしても、綺麗な肌が傷だらけになる。あまり良い気がしないな」

「――――ッ!!」

「だから」


 カドカの背中を村の方に押した直後、猛烈な強風が村目掛けて吹き始める。

 コボルト妖術師(メイジ)とは、要するに魔道術を扱えるコボルトである。魔道士たちが頑として魔道術と認めない所為で妖術とされているが、扱う術法は魔道術と変わらない。

 一方向に向けて吹き荒れる風は、本格的に魔道術を嗜む者なら誰もが使える追風(おいかぜ)魔道術で、集団戦の勢いを高める優良魔道術でもある。

 誰が仕込んだかは定かではないが、あのコボルト妖術師(メイジ)は効率的に村を落とそうと画策しているらしい。


「ここは、俺たち(・・)に任せろ」


 追い風に背中を押され、コボルトが殺到する。

 再度勢いを得たコボルトたちは、半ば自棄になっていた。たとえ無頼に仲間が斬り殺されようと村に雪崩れ込み、より多くの被害を与えようと足を進ませる。

 飛び込んでくるコボルトを、無頼は丁寧に切り裂いていく。

 後続の障害になりそうな位置取りの奴から積極的に剣先に掛け、そうでない一部は後方のカドカや村人に任せる。手傷を追いながらも一方的に敵の亡骸を、欠損して屍コボルトに再利用出来ない屍を積み上げていく。


「グルルッ!?」


 そしてふと、追い風が止む。

 施術者であるコボルト妖術師(メイジ)は戸惑い、指揮官の動揺は瞬時に彼の配下に広がっていく。


「全く無頼さんは……、信用してくれるのは嬉しいんですが……」


 櫓の上から敵全体を眺めるミロシュは、孤軍奮闘する無頼を見つめる。

 アレだけの数を殲滅するには広域制圧魔道術が、つまりミロシュの得意分野の魔道術が一番理に適い、無頼はミロシュが現れると信じているかのように最前線での奮闘を維持している。

 魔力は充分蓄えているが、慎重に詠唱を重ねるとその分無頼の負担が増す。


(必要なのは速く強力、広範囲の魔道術……唱え方は、無頼さんの提案した方法でいきましょうか……)


 森の中、その条件に適う魔道術の候補はあまり多くない。


「《リーフストーム》」


 声高々に魔道術の名を告げると、ミロシュの身体から魔力が迸る。木々が揺れ、森全体が震える。

 シャン、と森の中から飛び出した落葉がコボルト妖術師(メイジ)の頬肉を削ぐ。


「――――《グル、グルァ》!!」


 咄嗟にコボルト妖術師(メイジ)も魔道術で応戦しようと詠唱するが、時既に遅く、ミロシュの魔力でコーティングされた落葉は、畑に群がるイナゴの大群さながらにコボルトたちに襲い掛かる。

 無頼は慌てて村の内部に逃げ込み、男たちと共にバリケードに使った廃材を積み上げていく。

 緑色と茶色で始まった魔力の竜巻は、コボルトたちを巻き込んでから十秒を数える前に真っ赤に変わる。必死の思いでバリケードの隙間に潜り込もうとしたコボルトが竜巻に巻き込まれ断末魔と共に消えていく。

 村人たちは、ゾッと肝を冷やす。

 咽返る血の臭いに顔を伏せる者も多くいた。だが大半は、深紅に染まる快晴の空を呆然と眺めていた。


「《私は紡ぐ者。風の息吹よ、流れなさい。潔く柔く》」


 僅か十数秒の合間に数十匹のコボルトの悉くが死に絶え、彼らから絞り出した血が森一帯を真っ赤に染め上げていた。

 無頼は櫓のミロシュに向けて軽く手を振る。


「助かった、ミロシュ」

「いえいえ、お構いなく。まだ残っているので、後はそちらでお願いします」


 ミロシュはそう言うと櫓から降り始め、無頼は即席をバリケードを退けてミロシュの魔道術を受けたコボルトたちの結果を見る。

 屍山血河。

 ここ以上にその言葉が似合う光景はそうないだろうと無頼は息を吐く。

 コボルトの体躯にはミロシュの魔力を帯びた木の葉により深い傷痕が刻まれ、捩じ上げる強風が亀裂から血液を搾り取っていったのだ。

 ミイラ化したコボルトの屍の山の中で生命を保っていたのは、頑強な毛皮と巻き上げられない体重を持つ灰色熊のみである。コボルトほど木の葉に切り刻まれてはいないが、瞼や関節、首元などの柔らかい部分は例外なく切れ込みが付けられ、致命的な量の血がだらだらと流れ出していた。

 灰色熊の額には紅玉の魔石が埋まり、誰かの魔道術で操られているのだと示している。けれど仮に解放されたとしても、ミロシュの魔道術を受けた体では長生きは出来ない。苦しむ時間が続くだけだ。


「悪いな」


 ぜいぜいと苦しそうに喘ぐ灰色熊の首を、無頼は『亡霊挽歌』で斬り落とす。

 魔石が砕け、生命の灯火が消える。

 残りの二匹も同じように無頼が首を飛ばした。

 村の入り口には村人たちが集まり、外の惨状を無言で見つめていた。誰も真っ赤に染まった外に踏み出そうとはしない。

 当面の危機は去った――が、それ以上のトラウマを植え付けられた。

 カドカを含め、彼らの多くはそんな表情で無頼を出迎える。


「心配しなくても、俺たちはすぐに出ていく」


 髑髏マスクを外した無頼は短く告げると、ミロシュを伴って歩き出す。

 ミロシュの魔道術で薄れてしまったが、嬉々として刃を振るい他の生命を刈り取っていく無頼の姿に誰もが少なからず恐れを感じていた。直前に浮かべた笑顔も、交わした言葉も全て塗り替え、無頼は笑いながら敵を斬り裂く殺戮者に変わっていた。

 蒸発した返り血が、血粉となり無頼の通り道を飾っていく。

 誰一人として、その後を追おうとは思わなかった。




 無頼が長老の館に辿り着くと、丁度中からアーデルハイドとベロニカが出てきた所であった。屋内に居た二人も外の騒ぎを察していただろうが、それでも衣服の端々に飛び散った返り血に彩られた無頼を見てベロニカは唖然とし、アーデルハイドは眉根を寄せる。


「一戦……やって来たのは分かるんだけど、無頼が返り血浴びてるのは珍しいかにゃあ……」

「これから討伐に向かおうと思ったが、少し時間を空けるかい?」


 アーデルハイドの気遣いに二人は首を振る。


「俺は問題ないぞ」

「私も、十五分ほどあれば体内魔力も戻る筈です」


 無頼とミロシュは、魔導書と王笏(セプター)を抱えたアーデルハイドに連れられる形で来た道を戻る。所持品は戦いに必要な最低限度――残りは、終わった後で回収したらいいと長老の館に残してきた。

 途中でベロニカと祖国を同じにする亡命者三人が一行を眺めていた。思う所があるのだろうか、ベロニカは一瞥もせず無頼とミロシュに挟まれて歩く。遠目でも分かる程に三人は悲しみを滲ませていたが、毅然と振舞う姿こそ、ベロニカがあの三人に出来る最大の手向けなのである。


「ああ、そうだ。忘れていた」


 出入り口に辿り着く直前、アーデルハイドが振り返る。


「報酬の件だが、クララに書簡を持たせ、信用出来るギルドの知り合いを通じて支払うことにしたが、良かったかな? 金庫システムに登録していると言っていたから、そこに入れておいてもらうよ」


 無頼たちはオレーサの一騎打ちで稼いだ二十万シードを、そのまま金庫システム――ギルドが主催する冒険者の資産管理を請け負うシステム――に費やしていた。城門の通過料金や滞在費で手持ちは十万シード前後まで削られてはいたが、金庫の中にはたっぷりと三十万シードが蓄えられている。

 依頼を受けた時から報酬は後渡し、つまり全てが終わってからでいいと考えていた三人は異議を唱えず、アーデルハイドの方法を受け入れる。


「それと、シエラ長老と話して分かったことも幾つかある」

「敵の場所以外にもか?」

「ああ、敵の大体の狙いと、敵の正体もね」


 アーデルハイドは足を止めたまま話し続ける。


「私はこの件に三賢魔道士の一人、グレナダが係わっていると思っていた。だが、人伝に得た情報や自ら目にした屍コボルト兵から鑑みるに、十中八九、これは魔道士ララミーの仕業だ」

「ララミー? にゃああ、何処かで聞いた憶えが……」

「強いのか?」

「厄介だ」


 ベロニカは挙がった名前に反応し、アーデルハイドが即答する。


「個人技としての強さはないが、手駒の数が多く厄介だ。暴れ始めると、今みたいに手が付けられなくなる。軍を動かしても、状況次第では完封されかねん相手だ」


 無頼は村の入り口前の戦いを思い出し、納得する。

 強くはないがコボルトたちの数は多く、混戦と化した後では、魔道術で一掃という訳にもいかない。その中に無頼が斬り伏せた灰色熊の強化種のような難敵が混ざっていれば、油断した一般兵の犠牲者の数は跳ね上がる。


「そして何より、ララミーは生への執着が深い」

「死にそうな目に合うと逃げるってこと?」

「そうだ。それも含めて、厄介な相手だ」


 アーデルハイドはララミーの素性をつらつらと並べていく。

 元は西方の帝国、その軍属魔道士であったこと。十年前の傀儡戦争の折に暴走し祖国から逃げ、中原に根を張ったこと。最初は魔道士協会に所属していたが、悪行を繰り返す内に指名手配され今に至ること。恨みを持つ多くの魔道士が追っていること。


「賞金首……の認識で、いいのか?」

「まあね。生死問わずで百五十万シードは出してくれる筈だよ」

「そ、そ、そんにゃにっ!?」

「恐らく、それだけ厄介な相手なんですよ、ローニャ」


 目を輝かせるベロニカにミロシュが釘を刺す。

 しかし百五十万シードは大金だ。もし仕留めて褒賞金をアーデルハイドと山分けしたとしても、貯蓄額は百万シードを超える。十分の一が一か月も経たずに貯まったとなれば、目標額の一千万シードが貯まる日もそう遠くはない。

 騒動(トラブル)が齎すのは、何も被害だけではない。平凡に暮らしている間は絶対に手に出来ないような恩恵を手にする機会を得るのだ。

 その分の危険を先払いしたならば、相応の結果が返ってくる。だからこそ、賞金稼ぎを兼ねる冒険者は居なくならない。


「それで、ララミーって魔道士は何処にいるの?」

「ローニャ、キミも一緒に聞いていただろうに」

「長老の話は回り道が多くて、ついうとうとしちゃってて……えへへ」


 ベロニカは恥ずかしそうに頭を掻き、アーデルハイドは形だけ呆れてみせる。

 その場にいなかった無頼とミロシュに伝える為に損な役回りを請け負ったのは瞭然なのだが、二人はそれに気付かない振りをしてベロニカの厚意を受け止める。


「この地に眠っている賢者ソロスは、魔法使いだ。何百年も前、大帝国がまだ残っている時代に起こった鬼神戦争。彼は東方から迫る反乱軍と戦い、没したと記録されている」

「ラレードが言っていた、大帝国が滅ぶ原因となった反乱か」

「鬼神戦争の首謀者は大帝国の東伐軍、鬼神将軍と恐れられた三人だ。その最後の生き残りの一人もまた、この賢者の森で眠っている。そして彼も、魔法使いだったのではないかと疑いが掛けられている」


 魔法使いのバーゲンセールだな、と軽口を飲み込み薄ら笑いを浮かべる無頼を無視して、アーデルハイドは本題に入る。


「ララミーは、彼の廟堂を拠点に活動している筈だ。ここからそう遠くない場所にあり、木々に覆われ村人も近づかない石堂――だが、ララミーの目的が鬼神将軍の復活だとしたら、事は厄介で終わらない」

「復活? 何百年も前の人間だろ?」

「無頼、鬼神将軍は人間じゃないよ。神の如き強さを持つ鬼人だから鬼神、そして鬼人は長寿種だから、"眠っている"が文字通り眠っているだけの可能性も充分に考えられる」

「それも初耳だな……」

「魔法使いだとしたら、歳も取りませんから、余計に厄介ではありますね」

「いいや、逆さ。鬼神将軍が魔法使いだったなら、彼が確実に生きていない証明になるのさ。鬼神戦争が勃発したのは八百年前で、それから数百年後、剣聖アズラエルが何人もの魔法使いを殺している。アズー自身もその過程で魔法使いになり、その時点で一度、魔法使い七人の存在が明らかになっている」


 剣聖アズーの名前が出て、アズーに憧れを抱くベロニカは喜色を浮かべる。

 しかし無頼にとってアズラエルとは、少しだけ複雑な存在であった。『亡霊挽歌』に宿った亡霊たちが語るのだ。剣聖アズーも、亡霊の一人だった、と。


「鬼神将軍が復活されると手に負えない。かといって魔法使いとして死んでいても安心は出来ない。膨大な魔力を蓄える魔法使いが死ぬと魔力が染み込み、魔石鉱床が出来るものだ。際限なく魔石を採掘され、ララミーの手駒が増え手が出せなくなる」

「どちらにせよ、時間は大切ってことか」

「そういうことだ、足を止めて話さない方が良かったかな」


 ハハッとアーデルハイドは薄く笑い、村の入り口に向け歩き出す。

 戦場に出て無意識に溜まった無頼の疲労の大半は抜け、ミロシュの体内魔力も六割方戻っている。多少は移動で体力を消耗するとは分かっているが、なるべく万全の状態で敵魔道士と相対したいとアーデルハイドは願っているのだろう。


「それじゃあ、行こ――――」

「待って!」


 血生臭い村の外に足を踏み出そうとした四人を呼び止める声が村の中から聞こえる。

 ラウトだ。

 息を切らし、靴には赤色が飛び散っている。外の血だまりには幾人かの足跡が残り、その中の一人がラウトだと教える。残りは誰なのかを想像するのは一先ず置いておくとして、ラウトに急ぎの用を聞くのが先である。


「無頼、無頼!」

「落ち着け、どうした?」

「助けて! 姉様(あねさま)が、姉様(あねさま)が……!」


 ラウトの悲痛の叫びに、四人の視線が一斉に一点を見つめる。

 血の海と化した森の繋がる拓けた場所には幾人かの足跡があり、ラウトだけでなくカドカの足跡も含まれているのだと容易に結びつけることができる。


「カドカがどうした?」

「敵の魔道士を追って、村の外に……!」

「ちっ、こんな時に……!」


 アーデルハイドは苛立ち、舌打ちを隠さない。

 見え透いた罠であることは誰にでも分かる。大勝で浮かれた相手の主力を挑発して誘い出し殺し、その死体を晒せば何人もの村人を殺すより価値がある。戦力と士気が削がれた相手は物量に耐え切れずに防衛線はあっさりと破綻する。


「無頼はアデルと一緒にカドカを追って、ラウトはその案内を!」


 どうするべきか。

 誰もが固まる中、唯一ベロニカだけが口を開き、足跡の行く先を指差す。


「私とミロは留守番。さっさと動いて! 手遅れになる前に!!」


 ベロニカの喝を受け、三人は足跡を追って走り出す。

 無頼とアーデルハイド、ラウトの三人を指名したベロニカの人選は非常に合理的であった。

 まず圧倒的な攻撃力と殲滅速度を誇る無頼は外せないとして、移動しながらかつ視界の悪い森林の戦闘でミロシュのように詠唱を唱えていては命取りになる。あの(・・)詠唱方法を使えばアーデルハイドに負けない速射性を実現出来るが、味方がいる中で撃つには威力の抑制が利かず、結果として魔導書と王笏(セプター)の補助があるアーデルハイドの方が適格である。

 カドカが戻ってくるまで世捨村を守るには、それこそ大群を処理できるミロシュが一番向いている。

 ベロニカとラウトなら、比べるまでもない。片腕がない自分が付いていっても、足手纏いになるだけだとベロニカは自覚していた。


「無頼、ラウト、行くよ」

「ごめん、姉様(あねさま)が……」

「めそめそするな。俺にも原因の一端がある」


 ミロシュが搾り取ったコボルトの血は既に乾き掛け、服に飛び散ることはない。

 少し進むと赤黒い色すらなくなり、緑と茶色の葉が増える。


「まったく、ここまでは順調だったのに……」


 アーデルハイドが小声で毒吐く。

 ガサガサと木の葉が揺れる中、無頼とラウトの耳にもその不満声は届いていた。けれど何も言わないのは、二人も同じ気持ちを抱いているからだ。カドカを責めようとする不満以上に、不安が勝る。

 ここまでは順調だった。

 しかし、これからは――――。



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