墓守の村②
一足先に戻ったベロニカの後を追って長老の屋敷に向かう無頼は、ふと村の出入り口が騒然とし始めたのに気付く。怒声が聞こえ、武器を持った男女が走っていく。棍棒や鍬などの武器に見えないものから弓矢や槍に至るまで、何人もの村人が走っていく。
中にはバリケード補強用の木材を抱える獣人もいて、無頼は慌てて道を開ける。
「俺に手伝えることはあるか?」
無頼が声を張り上げると、獣人は黙って村の一角を指差す。あの方向にバリケード用に切り出した木材があるらしい。
何人もの男たちで作られた流れに紛れ、無頼は木材置き場に辿り着く。
「家を壊しているのか」
「誰も住んでいない家だ。人が来たら、また建てりゃあいい」
木槌を片手に指示する老人が無頼の呟きを拾う。
ガッハッハと豪快に笑う老人を見て、逞しいな、と無頼は感心し、他の男たちに倣って大きな木材を抱える。すると小さな廃材が詰まった箱を重そうに抱える子供が無頼の前を通りがかり、慌てて呼び止める。
「ちょっと待て」
「んっ……なぁに?」
この子のふらふらとした足取りを放っておくと、辿り着く前に転ぶのがオチだ。事実呼び止めた今も、箱が邪魔で無頼の姿が見えていない。
「それは俺に任せて、もう一つ貰って来い」
「これ、結構重いよ?」
「俺はもっと重い物を持ってるから大丈夫だ。片手でも持てるぞ、ほら!」
「すげぇ! でも爺さまに怒られるかも……」
「重たい物をゆっくり一回運ぶより、軽い物を速く三回運んだ方が効率が良い。そう説得してみろ。それでも怒られたら、その、すまん。先に謝っておく」
「潔いね、にーちゃん! 分かった、それは任せるよ」
そう言い残し子供は廃屋に戻っていく。無頼は小さな背中から早々に目を離し、二つの荷物を抱えて足を動かす。
身体の調子はいい。
村人の雰囲気も、想定していたよりずっと明るい。実際暮らしてみれば村社会的な暗さも見えてくるだろうが、世捨て人を受け入れる器量を持つこの村は、基本的に余所者に寛容なのだ。
「ここに置いていくぞ」
運び終えた無頼は村の出入り口にバリケードを設置する男たちに言い残し、その場を離れようとする。
しかし数歩離れれてバリケードの全体像を見てみると、幾つもの欠点が見えてくる。
普通に暮らしている限り、バリケードを作る機会とは巡り合わないのが常だ。それこそ思い付きだけで適当に積み上げたガラクタの山など、力押しで簡単に崩されてしまう。
口を出すべきか逡巡した無頼は、仕方なく男たちに歩み寄る。
そして多少の議論を交えながら交渉を行い、人手を呼び集め、効率的にバリケードを組み始める。
(俺は何をしているんだ……?)
着々とバリケードは組み上がっていく。
基本に忠実な、世界各国――ここでは無頼の出身世界――の軍隊の教本に記してある通りのバリケードだ。多くの民兵やデモ隊が組み上げ、銃撃や衝撃にも耐えてきた実績を持つ組み方だ。
臨時の防壁にしては充分な働きをする筈だと太鼓判を押す。
「兄ちゃん、すげぇな。そんな技術があったら食いっぱぐれねぇだろうに」
「世知辛い世の中だからな、色々あるんだ」
村人たちは無頼を世捨て人と勘違いしていた。
肌に刻まれた擦り傷や切り傷の有無、纏った衣服の異質さを比べれば違うと分かりそうなのだが、特段否定する意味もないので無頼は受け流す。
腕を取り戻したベロニカの、退避先候補として親しくしておいて損はない。リーダー格のカドカに毛嫌いされても、村人の心を掴めれば何とでもなる。
「そう言えば」
自身の指示で組み上げたバリケードから目を逸らした無頼は、突然頭を過った疑問を隣の村人に尋ねる。
今更かもしれないが、一番重要なことを無頼は知らない。
「何を相手に、このバリケードを作ったんだ?」
「何って、そりゃ奴らだよ」
無頼が漏らした疑問に、そんなことも知らないのかと村人たちは呆れる。
しかし肝心の"奴ら"は彼らの口から語られず、背後から、氷のような悪寒と共に告げられた。
「狗頭の魔獣だ。お前、何故戻ってこない」
そこには大鎌を手にしたカドカが無頼を睨んでいた。
ぴくぴくと揺れている目尻の様子から、察するまでもなく怒り心頭なのだと分かる。
シエラ長老が居ないこの場で、その激情を真正面から受けたくないなと無頼は後退る。
村人たちは巻き添えを食わないようにサァーっと離れ、自身が指示して組み上げたバリケードに阻まれて無頼は逃げ場を失う。
今は動揺を顕わにしてはいけない。村にトラブルが起こったなら、リーダー格のカドカは必ず現れると分かっていたのだ。堂々と胸を張り、迎え撃てばいい。無頼の行動自体に疚しいことはなく、カドカが突っ掛かるのはまた別の理由だ。
「このにーちゃん、俺たちの手伝いをしてくれたんだ」
無頼が重たい荷物を引き受けた少年が声をあげると、辺りから無頼の仕事振りを見ていた村人が次々とそれに続く。
言葉を詰まらせるカドカを見て、無頼はホッと胸を撫で下ろす。
但し、安堵などの感情は一切表に出していない。もし無頼が自身の働き振りを口にしていたら、カドカは恩着せがましい奴だと解釈し、余計に関係は捻じれただろう。しかし第三者、それもカドカの身内から齎された報告は無下には出来ない。善意からの行動だと受け取らざるを得ないのだ。
(まあ、善意の行動には違いないんだが……)
カドカの恨めし気な視線を無視して、無頼はバリケードの向こう側を考える。
空に雲はなく、風も吹いていない。秋も半ば、とミロシュが言っていた通り肌寒さが増してはいたが、頭上から燦々と降り注ぐ陽光を前にしては、まだまだ寒さは物足りない。
ガサガサと頻繁に葉が揺れ動く音が近づき、遠くからは遠吠えが耳朶に触れる。
櫓に登った村人が緊張した面持ちで弓を握り締めている。彼らの見つめる先の先には、この村を襲おうと目をギラつかせたコボルトがいる。
「――――来たぞ!!」
櫓に登った村人の一人が、下に待機した男たちに向け叫ぶ。
村に元から備えられていた防塁の向こう側からは獣の咆哮が轟き、少し遅れてから唯一の入り口であるバリケードが揺れる。
有無を言わさず、森からコボルトが雪崩れ込む。
「押し返せ!」
壮年の村人が叫ぶと、男たちがバリケードを支え、押し返す。
相手の体当たりに対して取れる手段は、これ以外だと櫓などの高所から弓を射かけるしかない。
無頼の指示で設置されたバリケードはそう簡単には崩れない。
相手が獣程度の知能で、現状の勢いしか持っていないのなら、使った木材が砕け散るまでは持たせることが出来ると無頼は踏んでいた。
「何故、奴らは横の防塁を乗り越えない?」
そしてふと浮かんだ疑問を、無頼は横に並んだカドカに尋ねる。
「賢者様の加護があるからだ」
「……賢者の加護?」
「賢者ソロス様だ。それが誰かは今の私の口からは言わんぞ。お前がいない間に、婆様が語ってくださったのだ。勿体ない奴め。頭を下げるなら、事が終わった後に聞かせてやる」
無頼が本当に知りたかったのは賢者ではなく加護の方であったが、不機嫌に口を閉じたカドカに改めて尋ねることはしなかった。
加護――という語感から推測するなら、村を囲う結界のような仕掛けなのだろう。
村に入り込もうとする魔獣や、悪意のある者を通さない信頼のおける防壁。魔道術が存在する世界ならば充分に有り得る仕掛けだ。唯一村の入り口だけが例外だとするなら、村人たちが頑丈なバリケードを組み上げようとするのも納得出来る。
「雨曝しになった木材は、やはり脆いな……」
どのくらい続くか分からない膠着状態を見て、ポツリと呟きを漏らす。
無頼は先程のバリケードを構築した時とは違い、バリケードを押し返す男たちに混ざる素振りを見せていない。
待機するカドカと同じく、自分の出番は今ではないと理解していた。バリケードが壊れ、コボルトたちが雪崩れ込んで来てからが本番なのだ。
それについてはカドカも何も言わず、無頼も自ら言葉にする気もなかった。
「おい、一つ聞いてもいいか?」
いざとなったら有耶無耶に出来る機会を得た今、無頼は口を開く。
「シエラ長老は、お前の曾婆さんは、何故人間なんだ?」
「……質問の意図が分からん。何を聞きたい」
「お前とラウトは獣人だ。獣人の親は獣人で、その親も然りなのだろう?」
「血が繋がっていないとでも言いたいのか? 残念ながら、お前は世の理を知らないらしい。人間や獣人、エルフといった種族の特徴は、概ね母親から受け継ぐものだ。シエラ婆様には息子しかいなかった。爺様に獣人の婆様が嫁入りしたら、生まれるのは獣人の子供だ」
「それは……、初耳だな」
初めて知った情報を無頼は頭の中に刻み込む。
カドカは森に籠もる自分より世界の通説に疎い無頼を訝しむが、自分もあまり頭の回転が優れている方ではないので触れずに終わる。
「変なことを尋ねてすまなかった、忘れてくれ」
そして無頼がそう断りを入れると、カドカの眉はいきなり吊り上がる。
「お前の、それが気に食わん」
「……ん?」
「お前のそれは、会話になっていない。上手く誤魔化しているが、一方的な押し付けだ」
そう指摘され、無頼は驚く。カドカにだけは言われたくない、と。
「お前は頭が良いのだろうな。場を感じ、空気を読み、相手の行動を先取りする。自分に有利な時や知りたい事がある時は質問し、そうでなければ早々に切り上げ相手の言葉を詰まらせる」
「それは……、アデルさんにも言われたな。暴力的な正論だと」
ウォルデン村を発つ前日の会話を思い出し、無頼は溜息を吐く。
「何が悪いかは分かるが、どう改善したらいいのかが分からん」
「正論は正論――だが正しいからこそ、使い所が難しい。私も良く失敗する」
「ラウトに接する時も不器用丸出しだしな」
「――っ、それは言うな。全く、……難しいんだ。私たちは」
カドカの反応を見ながら、無頼は何故自分が毛嫌いされていたかを察する。
(同族嫌悪か……)
無頼とカドカは、どことなく似ているのだ。カドカは絶対に認めないだろうが、カドカより落ち着いた性格の無頼は客観的にそう感じ取る。
「難しい、か……」
ヒシヒシと、外から向けられる圧力を受けバリケードが悲鳴をあげている。今でこそ辛うじて拮抗させてはいるが、そのバランスが崩れ去る時は近い。
無頼は髑髏マスクを身に着け、『亡霊挽歌』の柄に手を伸ばす。
「そうだな。お前や俺には、もっと簡単な手段を持っている」
その手段はこれだ、と言わんばかりに『亡霊挽歌』を抜き放つ。
魔剣に宿る亡霊は、鞘に閉じ込め、髑髏マスクを着けている限り、あの時のように話し掛けてくることはない。
滔々と魔力を放ち、血を吸う為に無頼に協力するだけだ。
「お前、ではない。私にはカドカという名前がある」
カドカは大鎌を握り締め、無頼から距離を取る。
「知っているぞ。ラウトから聞いたからな」
「そういう意味じゃ――――」
カドカがハッと顔を向けた――――瞬間、バリケードは崩壊する。
「まあいい。俺から行くぞ、カドカ」
バリケードを構築していた廃材が崩れ、支えていた村人たちが堪らず後退する。
その大勢と入れ替わるようにして飛び出した無頼は、真っ先に飛び込んで来たコボルトと擦れ違い、通り過ぎた後に腕だけを振り抜き延髄を切り裂く。
ポトリと首が落ちる音は、無頼の耳にまで届かない。
殺到するコボルトの二匹目を蹴り倒し、三匹目と四匹目共々両断する。
飛び込んでくるコボルトの腕を掴み後方に放り投げると、戦意を滾らせる村人が棍棒や斧で滅多打ちにする。
重戦車が瓦礫を踏み潰して進むように、無頼はコボルトを斬り潰して進む。
コボルトたちの勢いは、完全に削がれていた。
「大きいのがいるな!」
雪崩れ込んでくるコボルトを押し止めて無頼の前に立ちはだかるのは、体長三メートルを超える灰色熊である。額には紅玉の魔石が煌めき、相手方の仕込みは充分だと示していた。
「グォアアアアッ!!」
「――――ッ!!」
ゴォンッ! と鈍い音が響く。
振り下ろされた灰色熊の腕に合わせた『亡霊挽歌』は、魔力を纏い硬化した毛皮に阻まれ跳ね返される。
魔力が籠った毛皮の硬さに無頼は驚くが、痺れた手で魔剣を握り直し、今度は無頼から斬りかかる。
肩口から斜めに一閃、人外級の膂力に任せて振り抜く。
「っ、避けるのか!?」
ブンッと空を切る紫の刀身を灰色熊の巨躯は軽々と躱す。灰色熊の背後にいたコボルトが剣圧を受け、脳天をぱっくりと開く。意図せず放った剣圧は予想以上の威力を見せたが、それ以上に身軽な灰色熊に無頼は意識を奪われていた。
素早く、頑丈で、力強い。
「俺とキャラが被るぞ!」
相手の攻撃を躱し、無頼は『亡霊挽歌』を真横に走らせる。
片腕で振り抜いた剣速は遅く、灰色熊は上体を後ろに逸らして難なく避け、上体を戻して反撃に移ろうとする。
「グゥェーッ!」
その喉元に『亡霊挽歌』の鞘が突き刺さる。
魔剣の切れ味に負けることなく納めることの出来る鞘の強度は凄まじい。数百キロの巨体相手に撓ることがなく、また無頼も力負けせず押し返す。
そして無頼は躰を捻り、回転で勢いを付けた斬りを叩き込む。
ダンッと灰色熊の首が大地を跳ね、額に埋め込まれた魔石が砕ける。
「……キツイな」
仁王立ちの胴体を蹴り倒した無頼の瞳に、敵の大群が飛び込んでくる。
五十匹以上の生きたコボルトに、今と似たサイズの灰色熊が三体。
「グルル……」
そして魔石を先端に嵌め込んだ棒切れを持つコボルトを見つけ、無頼は息を飲む。
「俺一人だと、流石に無理だな」
今、村に迫る相手の敵意は、全て無頼に向けられていた。
意気揚々と飛び出してきた無頼だが、その大群を前には後退るしかなかった。




