墓守の村
歓迎されていない。
ラウトの姉、カドカに連れられ世捨村に辿り着いた無頼たちが最初に受けた印象である。
ウォルデン村と同じだ。村人の多くは少なからず手傷を追い、村の中心に聳え立つ巨木の根元には幾つもの麻袋が並べられている。きっと麻袋の中身は埋葬を終えていない死者で、向けようのない怒りや苛立ち、悲しみをぶつけるには無頼たち部外者が一番後腐れがなくていいのだろう。
カドカに連れられた無頼たち五人を村人たちは各々が武器を手に出迎え、敵意のような鋭さを纏っていた。
ポニーテールを揺らして進むカドカはその村人たちに何も言わず、ただ無頼たちを村の奥へと招き入れる。
「待てよ、カドカ」
「そいつらは魔道士だ! 奴らの仲間じゃないのか?!」
殺気立った村人が声を魔道士然とした装いのアーデルハイドを指差す。
アーデルハイドはどこ吹く風で聞き流し、その態度が燃え盛る松明のような彼らの情動に油を注ぐ。二人の憤りが四人の激怒に変わり、瞬く間に出迎えた村人たちに伝播していく。
「黙れ、騒ぐな」
いきり立った村人たちを、カドカが一喝する。
カドカのきつい口調、鋭い眼光に中てられた村人たちはびくりと体を揺らして黙り、言葉が続かなくなる。
世捨て人が集まる村の割には統率が取れているな、と無頼は感嘆するが、それを口にするとキツイ性格の獣人女性に斬られかねないので心の中に留めておく。
カドカは『嫌い』と『普通』をはっきり区別するタイプの人間で、無頼は自分が『嫌い』の分類に属していると自覚していた。歩いているだけでも難癖を付けられかねないのに、無駄口を叩くなど以ての外だ。
「敵なら私が殺している」
「……っ!」
「お前らの中にも魔道術が使える奴がいるだろ。それと変わらない」
カドカは一言で切り捨て、後ろの無頼たちに一瞥もくれず歩き出す。
こんな姉がいるとラウトが無口になるのも無理ないな、と年長三人組が同情する傍らで、ベロニカはラウトに笑い掛ける。
「ラウト、お姉さんと似てるね。そっくり!」
「お姉ちゃ……姉様とラウトは全然違う……」
「目元とか輪郭とかそっくりだよ」
「ローニャ、やめて……」
「それに見た目もだけど、ごにょごにょごにょ」
ベロニカはラウトの耳元で何かを囁き、ラウトはブンブンと激しく首を振り否定する。尻尾をピンと立てて驚く様から察するに、姉カドカの逆鱗に触れかねない言葉を口にしたらしい。
「…………」
二人の内緒話の最中、カドカが振り返る。
無邪気に笑うベロニカに向けられた群青色の瞳は、そのまま流れるように無頼に向けられ、鋭さを帯びる。
二人の会話は全て聞こえている。子供の責任は保護者が負うものだ。
カドカの獣耳がピクピク動き、責める視線が無頼にそう告げる。
冗談じゃないぞと顔を背けたくなった無頼は、目の前で愉快に揺れるベロニカの尻尾を見つけ、自分が今、最初の巡回コボルトを斬った時の意趣返しをされているのだと気付く。
(あの時は大人しく引き下がるなと思ったが……、ああ、くそっ!)
ベロニカの悪戯な笑みを見て、無頼の予感は確信に変わる。
しかし報復されるようなことでないと開き直る無頼は、せめてもの反撃に愉快に揺れるベロニカの尻尾を掴む。
「にゃぁーっ!!」
突然尻尾を握られて叫んだベロニカは、隣のラウトを驚かせる。
ベロニカは顔を真っ赤にして無頼に振り返る。静かに牙を剥いて無頼を威嚇してみせるが、無頼は我関せずと顔を背けている。
「ローニャ」
「うにゃっ!」
いいようにやり返されたベロニカは次の策略を練ろうと辺りを見渡すが、そこにコツンとミロシュの拳が落ちる。
気付けばカドカは二人の遣り取りに呆れて先を進み、ベロニカとラウトが取り残される形になっていた。
「全く、小さな子供じゃないんですから……」
ベロニカを叱るミロシュの後ろを、ラウトを連れた無頼が飄々と通り過ぎていく。
ここでミロシュに助けを求めたら負けだ。そう唇を噛み締めるベロニカは、ミロシュの説教に生返事を返しつつ、次の機会を待つことにした。
世捨村の中央に位置する巨木、その近くに幾つも家屋が連なって並んでいる。大きさはバラバラであるが、巨木に近い程に年季が入っている。
村の規模だけならウォルデン村にも負けていない。
ラウトの言葉を鵜呑みにしたからだろうが、冷静に考えるとすぐ分かる。世捨て人を受け入れる余力のある村が、元世捨て人だけで構成されている筈がないのだ。
「ローニャはどうした?」
村の中心部にある大きな館で二人を待っていた無頼は、少し遅れてやってきたミロシュに尋ねる。無頼とアーデルハイドだけでなく、一行を連れて来たカドカと長老として村を治めるシエラ――ラウトとカドカの曾祖母――も二人の到着を待っていた。
ミロシュはシエラに会釈すると、バツが悪そうに口を開く。
「どうやら知人……、を見つけたみたいでして」
そしてミロシュは無頼に目配せし、事情を汲み取った無頼はゆっくりと立ち上がる。
ベロニカはこの村に知人がいるなど一言も話していなかった。ならば知人とはこの村で生まれ育った者のことではなく、この村に逃げ込んで来た者に違いない。
北方の聖フォーサイス王国の人間か、付き合いのある近隣諸国の人間かは分からないが、優先して会いたい、会わざるを得ない相手なのだろう。
「アーデルハイド、シエラ長老、俺がローニャを探してくる。先に始めてくれて構わない。聞き逃した部分は後でミロシュに教えて貰う」
やってきたばかりのミロシュが同じことを申し出る訳にはいかない。かといって連れ戻せないからと外で時間を潰せば、気の強いカドカが痺れを切らして探しにいき、ただでさえ悪い印象が更に悪化するのは避けられない。
ならば第一印象が最悪で、これ以上悪化する心配のない無頼が引き受けるのが合理的である。
「お前、婆様の厚意を無下にして出ていくと言うのか?」
「そうだ」
「悪びれる様子もないか!」
「おやめなさい、カドカ」
「……はい」
歳を取り顔に多くの皺を刻んだシエラは、怒りを顕わにするカドカを優しく押し止め、無頼にベロニカを迎えに行くようにと促す。
カドカは座ったまま無頼を睨むが、無頼はその視線を軽く受け流して館から退出する。
「さて……」
何処にいるのだろうか、と無頼は辺りを見渡す。
世捨村は深い森の中にあるにも拘らず、城壁さながらの防塁が築かれている。
予め何かに備えていたのか、それとも過去備えなければならない事態に遭遇したのかは分からないが、結果として防塁は外敵の侵入を阻み、村人の生命を守っている。
その防塁が長く大きいからこそ規模が大きい村だとの第一印象を受けたが、人口密度を考えるとそれ程ではない。開拓して拡げた村の領域を鑑みるに居住可能な人数は今より更に増え、村としての歴史も飛び抜けて古い筈だ。
「ちょっといいかな」
ベロニカを探すのは骨が折れそうだ、と挫けることなく、無頼は屈託のない微笑みを絶やさないよう気を付ける。そして何かの荷物を運ぶ二十代前半のエルフ女性を見つけると、にこやかに声を掛ける。
当然女性は警戒し、一歩引いて無頼を見据える。
「それを運ぶのを手伝うから、一つ教えてくれ」
「…………」
「俺たちのツレを見なかったか? 十代前半ぐらいの年頃で、白銀色の髪を持つ獣人の少女だ。瞳は金色でまん丸だ」
無頼は身振り手振りでベロニカの特徴を伝える。
言葉が通じるので身振り手振りは必要ないのだが、必死さは伝わる。もう少し俗物的な言い方をするなら、相手の警戒心を和らげることが可能になる。笑顔と合わせれば相乗効果も期待出来て、男女どちらが相手でも耳当たりの良い答えを得られるのだ。
「荷物は結構です」
エルフの女性は無頼の助力をきっぱりと無頼の申し出を断ったが、その代わりにとベロニカの情報を落としていく。
村人の名前と大体の場所を添え、村の一角を指差す。
「助かるよ、ありがとう」
無頼は爽やかに礼を告げると、背を向けてエルフの女性が指差した方向に足を向ける。
微笑みと好青年を前面に押し出した交渉術は終わるとドッと疲れと虚しさが湧き上がってくるものだと無頼は知っていた。近い人間以外には徹底して鉄面皮を向ける無頼が慣れない愛想を振りまくのだから当然であるが、意外と便利だからなかなかやめられない。
人を騙す快感によく似て、変な中毒性があるのだ。
「…………」
燦々と照り付ける太陽の下、汗で湿った額を拭い無頼は歩く。歩くこと数分、無頼はエルフ女性の指した場所に辿り着く。
獣人の聴力相手に無駄かもしれないが、無頼は可能な限り足音を消して近づいていく。遮蔽物伝いに進むと、目的の相手――ベロニカと、三人の男を見つける。
(ああ、やはり……)
四人の立ち位置を見て、無頼は予想の裏付けを得る。
ベロニカは無頼たちの前で見せる子供っぽい様子を一切排し、ピンと背筋を伸ばして毅然とした立ち振る舞いを保ち、三人の男たちもベロニカを前に片膝を付き、首を深く垂れている。
唯一予想外であったのは、ベロニカがローブを脱ぎ衣服の袖を捲り、欠落した左腕を晒していることであった。表情は見えないが、笑顔を浮かべているとは思えない。
跪いた男たちは時折何かの発言と共に顔をあげるが、麗しいベロニカの傷ましい欠損を直視出来ず、嘆くように言葉を途切れさせ、顔を伏せる。
「ローニャ」
コンコン、と無頼は身を隠していた木製の家壁を叩く。
ベロニカの知り合いである三人は驚いて顔をあげ、ベロニカは悲しそうに三人に視線を巡らせ、「こっちに来て」と無頼を呼ぶ。
「ポーティ、ラジップ、リーレー」
ベロニカが顔を動かし呟く。三人の名前だ。
「父が……先王が没した時、私を王位に即けようと画策して、失脚した三人」
「十年前、だったか?」
「正確にはその二年後。叔父王からはクーデターを画策したと聞かされた、その主犯」
無頼は悔し涙を浮かべる三人を順に眺める。
三人の胸中ではどう美化されているか無頼に知る由もない。だが現王位を脅かす行動は、客観的に見るとクーデターに違いない。
「祖国を追われた世捨て人、か……」
「我々は捨ててなどいない!!」
三人の内、髭面の一人が立ち上がる。拳を握りしめ、声高々だ。
「我々の王はハワード陛下、そして継嗣たるベロニカ姫殿下。断じて臆病王のモータルではない!」
「戦わずに国土を削られ、臣民を奴隷として連れ去られる様を見過ごす男を王とは呼べない!」
「ベロニカ様、呼応する者は多くいるでしょう。今からでも遅くはありませぬ。どうか、立ち上がってくだされ!」
三者三様、好き勝手に叫びたてる。
最早何度目かも憶えていないが、無頼はベロニカが王位継承権を持つ王族であると思い出す。尻尾を引っ張られ、唸っていた姿からはとても想像できないが。
「私は、その呼応する者に売られたのだ」
ピリッと空気が張り詰める。
再起を願う三人は勿論、どのようにしてベロニカが今の状況に堕ちたか知らない無頼も、ベロニカの発言に目を丸くする。
「私は戦わなかった。何年も王都で安穏と暮らしていた。一歩下がって見てみると、ゲイリー伯の激情も良く理解出来る」
「戦わなかったのはモータルではありませんか!」
「姫様はまだ幼かった、戦うなど、とても……」
「ゲイリー伯にしてみれば同じこと。守るべき領民の為、王国その物を見限ったのだ、ゲイリー伯は」
ベロニカはそれだけ言うと、三人に背を向ける。
複雑な感情を抱いているのだろうが、これ以上話せば涙が溢れ出すと悟り、見られたくないと顔を背けたのだろう。
自分には見られてもいいのか、と無頼は場違いな嬉しさを感じる。
しかしよく考えてみると、信頼を寄せられているのではなく、既に何度か泣き顔を見せている無頼なら問題ないと逃げ道にされているだけなのだと気付く。
泣き顔を見る所か、大人げなく本気でベロニカを言い負かし泣かせてすらいる。
「ローニャ、大樹の近く、村の中心の大きな屋敷にミロシュたちが居る。もしも分からないようなら、長老の家はどこですか、と誰かに尋ねろ」
無頼はベロニカの背中を押し、項垂れる三人に目を向ける。
口の前に指を当て、何か喋りだそうとした三人を黙らせ、ベロニカの背中が完全に見えなくなるのを待つ。
「まず言っておくが」
無頼は『亡霊挽歌』の柄に手を置き、三人に向き直る。
「ローニャをあまり追い込むな」
真剣な声色で無頼は伝える。
「お前たちも見ただろうがローニャは肘から先、左腕を失っている。奴隷として売られかけた所を俺たちが助け、目的を得てなんとか立ち直っている。そこにお家騒動を持ち出せば、きっと責任を感じて心の傷を広げるだけだ。今のあの子は、ローニャは自分の腕を取り戻すのに必死なんだ」
心の傷云々はあるかどうか無頼には分からず、腕を取り戻す為に奔走しているのはベロニカではなく、どちらかと言えばミロシュと無頼の二人だ。だがトラブルの多い三人の旅路にこれ以上の雑音を入れられても困るので、敢て無頼は深刻な言葉を使い釘を刺すことにした。
「すまない」
「ああ、俺たちはまた……」
無頼の言葉は効果的であった。三人はベロニカが逃げた後以上に沈み、目の前に崖があれば飛び降りそうな悲壮感を纏っている。
(ああ、想像以上にへこんだぞ……)
敵と戦っている村の、貴重な戦力を削ぐのは悪いと思った無頼は、三人に囁く。盗み聞きする者はいない。こんな辺境で盗み聞きされても困る類の言葉ではない。
「だがローニャが腕を取り戻し、王位を手に入れる意志があるなら――――」
しかし当人たちがどう思うかは別である。
「その時は、お前たちにも声をかけてやる。それまでは腐らず、ここで必死に生きるんだ。敬愛する姫さまに応えられるようにな」
誰にも知られてはならない、まるで密約のように扱うことで、何の根拠もない言葉は忽ち輝く宝石に変わる。現に三人の男たちは耳当たりの良い口約束に対し目を輝かせ、無頼を見上げている。
「あんた、何者なんだ!?」
髭面の男が興奮気味に身を乗り出す。
「俺に訊くな」
無頼は即答する。
「それは、俺が一番知りたいんだ」




