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亡霊と無頼③



「無頼、大丈夫?」


 音が戻った森の中、無頼の背中を見つけたベロニカの第一声は、意外にも無頼の身を案じる言葉であった。

 足元に転がる三体のコボルトの死体、『亡霊挽歌』が蒸発させた返り血の咽返る臭いが周囲を覆い尽くしている。

 いつもの光景だ。

『亡霊挽歌』の切先を受け止めた生身が、普通の切傷で済むことはない。五体不満足で死を迎えることが難いのか、四肢が健在の死体を眺める機会はそうそう巡ってこない。必ず五体の何れが転がり、周囲は血で彩られている。今回も同じだ。

 無頼の躰には、傷一つ付いていない。肩で息をしている訳でもなく、後ろから見ると魔剣を手に立っているだけだ。


「ローニャか……」


 何故大丈夫など聞いたのかベロニカは不思議に思うが、憔悴し切った無頼の表情を窺うと、自分の直感が正しかったと確信する。


「無頼、どうしたの?!」

「どうもして……いや、勇んで飛び出したら、腹に一発貰ってな」

「見せて!」

「服を捲って現れるのは割れた腹筋だけだぞ。怪我じゃない。久々に痛みを思い出して身体が驚いただけだ」


 無頼は腹部を擦りながら無理矢理笑顔を作る。額の汗を拭い、腰ベルトに魔剣を押し込む。

 ベロニカは無頼の嘘に気付いていた。表情から仕草まで、全てが明らかな演技である。嘘と知られて問題ないからこその言動だが、ベロニカにとってそれは一番嫌な逃げ方であった。

 無頼は嘘を吐いてまで隠さなければならない何かを抱えている。敢て秘密にされた自分がそれに触れていいのか、ベロニカには分からないのだ。もしも声をかける前に気付けたなら違っていようが、先に気付いたとなれば無邪気を装い尋ねることは出来ない。どれだけ問い続けたとしても、返ってくる答えは同じだ。


「アーデルハイドの所に戻るぞ、ローニャ」


 無頼は背を向ける。

 勘繰るな、と威圧するオーラが背中からヒシヒシと伝わり、ベロニカは口を噤む。

 思う所がない訳ではない。


(次はもっと、上手くやらないと……)


 だが自分のやり方に落ち度があると唇を噛み締めたベロニカは、黙って無頼の背中を追い、追い越していった。





 朝日が昇る前に野営の片付けを済ませ、五人は野営地から離れる。

 コボルトの巡視兵を始末してから二回、一行はコボルトの襲撃を退けた。巡回するコボルトの数は少ないが、相手より先に気付いて始末しなければ遠吠えで援軍を呼ばれてしまう。

 コボルトは二足歩行する狗頭の魔獣だ。

 棍棒などの武器などは扱うが知能は高くない。二足歩行に移行して動物としての本能が薄れた所為か、鼻や夜目はあまり利かない。五感と身体能力なら獣人であるベロニカやラウトの方が余程優れている。

 人間に近づいた獣より、獣に近づいた人間の方が……と思い浮かべた無頼は、途中で考えるのを止める。

 ベロニカたち獣人との違いははっきりしているが、それを言葉に変えて出せば多くの軋轢を生む。無頼が純粋な興味から発した言葉でも、聞き手によっては悪意にが混じり、余計なトラブルを招くことになる。


「ラウト、どうした?」


 一行は昼の時とは違い、距離を取らず固まって進んでいた。

 三つの月明かりが届かない森の中、暗さに惑わされ逸れる可能性は低い。ラウトとベロニカは鼻と耳が利き、多少離れても追いつき誘導できる。

 それでも固まって進むのは、コボルトの警戒網に引っ掛かった場合を考えてのことだ。灰色熊の時とは違う。個別でコボルトを見つけたとして、数や距離、見つけた者次第では単独で処理できない。誰かを呼ぶにしても、そのタイムラグが致命的になる可能性は捨て切れない。

 パーティはお互いの欠点を補うものであるが、このパーティは探索と戦闘力がはっきりと分かれ過ぎて、個々人が咄嗟の状況に弱い。

 故に固まり、パーティ単位で対処するしか取れる道がないのだ。


「本当に、ラウトの村からでいいの?」


 困り顔のラウトが無頼を見上げる。


「いい。昨日そう決めたからな」





 昨夜、野営の準備を始める頃合い。

 アーデルハイドの魔法鞄から毛布や魔石灯を取り出すミロシュとベロニカが外見からは想像できない収納能力に驚く傍ら、アーデルハイドがお湯を沸かしながら提案した。


「明日は、まずラウトの村から行こうと思うが……、どうかね?」


 ウォルデン村で模写した地図に今日の進路をラウトと一緒に書き込んでいた無頼は、アーデルハイドの提案に驚き顔を上げる。無頼にしてみれば、アーデルハイドは自身の任務を最優先にすると踏んでいたのだ。ラウトの世捨村を経由してアーデルハイドの標的が居るであろう場所に辿り着くには、少しだけ大回りをしなければならない。


「なんだ、無頼。何故驚いているのかな?」

「いや、……」

「言わんとすることは分かるよ。寄り道になるがいいのか? そう聞きたいのだろう」

「概ね、その通りだな」

「私もね、実際標的が目的の場所に居るかは分からんのだよ。伝聞と推測を頼りに進んでいるからね。そこに村が襲撃されているときたものだから、実際に行ってみる価値はある。幸い野獣魔獣の処理ペースが速いから、時間に余裕はある。多少の大回りで生まれる時間ロスは気にならないかな」


 アーデルハイドは座った無頼の頭越しに地図を覗き込む。

 確かにアーデルハイドの言う通り、当初の予定に比べ進行距離はかなり稼げていた。慎重派の無頼とミロシュが予想して算出したのだから上回って当然なのだが、それを込でも五割増しで進んでいる。

 アーデルハイドの言葉通り、一太刀で斬り伏せる無頼と広範囲の制圧力を持つミロシュの存在が大きい。遭遇して数分、早ければ数秒で標的がいなくなるのだから、野獣など障害にすらならない。


「ルートは川沿いを行こうか。ここからこう、そして村まで」

「良い考えだ。高低のある土地で、上から下に流れる水は最短を進む。それに沿って歩けば迷うこともなく、勾配も急ではないから滝で止まることもない」


 無頼が印し付けた大まかな現在地からアーデルハイドが地図をなぞる。


「おい、重いぞ。体を押し付けるな」


 しかし無頼に縋り手を伸ばすアーデルハイドに対し、無頼は胡乱な瞳を向け退くように告げる。

 邪険にされたアーデルハイドは目をパチクリと瞬かせ、無頼の背中から離れる。


「なんだ、その目は……。何故驚いている?」

「いや……、無頼は年上が好きなのかと思っていたが、違うのか」


 何をいっているんだ、と無頼は呆れる。野営の準備を終えたミロシュとベロニカの手が止まり、鋭い視線が二人の動静を窺っている。ミロシュの口元は一文字に結ばれ、ベロニカの耳は耐えずピクピクと動いている。ベロニカは兎も角、あの様子のミロシュはあまり機嫌が良くない時のミロシュだと知る無頼は慎重に言葉を選ぶ。


「からかうな。アデルさんは人妻だろ」

「悲しいことに、子持ちであっても所帯持ちじゃない。母と娘の二人旅、昔は色々あったのさ。まあそれはいいとして、実際年上の方が好みなんだろう?」

「妙なこと言うのは止めてくれ。何を根拠に――――」

「手を出していないじゃないか! あんな可愛い子が揃っているのに」


 アーデルハイドが順に指を差していく。ミロシュ、ベロニカ、そしてラウト。

 無頼はアーデルハイドの指先を足元に動かし、


「ちょっと待て、ローニャとラウトは子供だ! 手を出すのは倫理的にアウトだぞ」

「にゃああ、倫理って何?」

「えっと、行動理論のようなモノ……ですかね」

「今度説明してやる、ローニャ」


 無頼はベロニカに肩を竦めてみせ、アーデルハイドを睨む。可能な限り声を抑え、苦情を漏らす。


「アデルさん、妙なことは言わないでくれ」

「悪かったよ。キミたち、そんな耐性がないと思わなくてね」


 アーデルハイドが舌を出して謝る。十代半ばの娘を持つ母親の、歳に似合わないお茶目な謝罪に無頼は毒気を抜かれる。元々あまり憤りは感じていなかった。ただ、アーデルハイドからどんな意図でその発言が出てきたのか読めなかっただけで、からかい半分だと分かった今は厄介事に飛び火しなくて良かったと安堵が優る。


(この人は、魔道士アーデルハイドは、信用出来る人間だな)


 カタカタと火にくべられた鍋の中身が揺れる。ぐつぐつと白い煙が上がる様を見ると、体感温度が二、三度高くなる気がする。

 秋の森、夜は冷える。五人は誰に促されることなく、火を取り囲む。

 無頼は地図を懐に収め、向かいに座ったアーデルハイドを観察していた。

 無頼にとっての信用は、他人の基準とは少しだけ異なる。

 まず一つ、独立した思考を持っていること。

 他者の言葉を安易に受け取らない人間は、いざという時に単独で動ける人間だ。周囲によく目を向け、洞察力も身に付けている。一を見て一しか分からないなら動物と変わらない。二と三が見えて初めて人となり、更に読み取る能力を備えた人間は信頼に値する。

 もう一つは、上手に冗談を使えること。

 使い所を間違えなければ、冗談は、誰に向けた冗談であっても、他者の警戒を下げる役割を持つ。軽薄な印象を持たれず、尚且つ絶妙なタイミングで冗談を口に出来るのは一種の才能である。それが出来る人間は極々限られているが、冗談を自在に使いこなせれば会話の誘導など朝飯前に行える。場を読む力に長け、黙っていてもこちらの意図を読み取ってくれる。

 その点、アーデルハイドは中々の策士だ。

 無頼とミロシュ、ベロニカを具に観察することで、三人の関係を概ね把握している。三人の注意を一度に引くには誰に、どのようにして声を掛けるべきかを分かっていた。

 無頼が食い付かないと分かっていても、アーデルハイドは自身を餌にしてミロシュとベロニカの興味を引き付けた。

 この芝居染みた冗談は、自然と話し出せる場を作る為の布石だ。


「ちょうどいい。私自身のことも少し、話してみよう」


 火を囲んだ五人の中、粉末スープを溶くアーデルハイドが口を開く。

 アーデルハイドが無頼に絡んだ目的は、何もミロシュとベロニカの意識を呼び寄せる為だけではない。寧ろ普段は他言しない事柄を話す自身の緊張を和らげる為であり、それを聞いた四人が沈み過ぎないように与えた猶予である。


「クララの父親……、私の伴侶になるべき男はね、殺されたんだ」


 ここにいる四人の中に、飛び抜けて察しの悪い者はいない。

 殺された、と始まれば、次に来るのは殺した相手の話題であり、この状況で上がる名前が持つ繋がりとなれば、一つしかない。


「燃え盛る屋敷の中、あの人の亡骸を踏み躙った奴は、自らを三賢魔道士と名乗った」

「にゃああ……」

「今まで黙っていてすまない。三賢魔道士。奴らが、私の標的だ。悪名と強さだけが一人歩きしている彼らの名前を出せば、断られるかと思い黙っていた。奴らの野望は暗く憎悪に満ちている。とても野放しに出来ない。平和の為に、など気取った言葉は使わない。どんな建前を用意しても、これは私の復讐だ」


 アーデルハイドは顔を上げる。


「三賢魔道士の一人、グレナダ」


 オリンピアの名が出るのではないかと身構えていたミロシュは力を抜き、遠隔操作の義体で三人と渡り合ったオリンピアの力量を思い出し無頼は苦い顔をする。

 三賢魔道士云々は兎も角、実力のある魔道士との戦いがどれほど厄介か、無頼は嫌と言う程知っていた。ネブラスカ斥候部隊のエルフたち然り、オリンピア然り、仲間のミロシュ然り。本気で魔道術を唱えられたら、近づくことすら敵わない。


「厄介な事に巻き込んですまないと思っている」


 無頼の表情を読み取ったアーデルハイドは、申し訳なさそうに付け加える。


「だけど、奴を殺すまで私の戦いは終わらないんだ」




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