亡霊と無頼②
ウォルデン村を出発して数時間が経過した。
一行の先頭には多彩な相手に対応出来ると豪語するアーデルハイドが、その次を案内役のラウト、ミロシュにベロニカの順に続き、そして殿には無頼が就いている。各々が動き易いように距離を取り、けれど背中が見えなくなっては困るので離れすぎずの進行である。進むことを優先し、積極的に灰色熊を探し回ることはない。
前日に狩り出した範囲を越えて以降、灰色熊との遭遇は三回だけであった。
アーデルハイドと無頼が一匹ずつ処理し、残り一匹は敵意を向ける所か避けるようにして森に消えていった。魔石の埋め込まれていない"野生の"灰色熊だろうとアーデルハイドは推察し、無頼もその判断に異論はなかった。
灰色熊の退治は村長が依頼して、ロックが仲間の命と引き換えに裏付けを取った通り住処となっている洞穴を中心に行えばいい。そして魔石を埋め込んだ元凶を追い払い、灰色熊の密度を減らせば周囲の森で満足する筈だ。ウォルデン村まで足を伸ばすことはなくなるだろう。
「一旦、休憩を挟もうか」
魔石を埋め込んだ王笏を杖代わりにして先頭を進むアーデルハイドが振り返る。
無頼やミロシュ、アーデルハイドの年長者組はまだまだ健在だろうが、幼いラウトは顔に疲労を浮かべていた。疲れていないかと尋ねれば、大丈夫と返ってくる。だが無理を押して進んでも限界を迎えて、結果足止めを喰らう破目になる。
「ラウト、少し下がっていなさい」
最後尾の無頼が追い付くまでの僅かな時間を利用して、アーデルハイドは休憩場所の確保を始める。皮の肩掛け鞄から魔導書を取り出し、詠唱を口遊む。
「《六ページ、一章、二行目》」
ふわふわと浮遊する魔導書のページが捲れ、ページが開く。
それはミロシュのような、一般的な魔道士が扱う詠唱ではない。速さを何より重要視した先人が編み出した魔道術の発動方法である。
アーデルハイドの場合、二百ページ超の魔導書に書き込まれた詠唱を引用することで、予め用意した魔道術を最短で繰り出すことが可能になる。必要な魔力も魔石を用いれば困ることはない。
王笏の先端で輝く魔石が魔力を排出し、アーデルハイド本人が捻出した僅かな魔力と合流する。一度に纏う魔力量は無頼やミロシュと比較にならない程に少ないが、少量な分精錬され余さず支配下に置かれている。
「いきなさい」
アーデルハイドが王笏を振り下ろすと、先端に溜まった魔力が放たれる。滑るように数メートルを移動した球状の魔力は、前触れもなく膨張し上から下へ圧を掛ける。
木々が折れ、落ち葉が悲鳴をあげる。ミシミシパキパキと森が揺れ、魔道術が止んだ跡には固い地面だけが残っていた。元が腐葉土である所為かかなり沈んではいたが、雨も降らない晴天の今、短期の滞在であるなら問題にはならない。
「まだ野営には早いんですが……」
追いついたミロシュがアーデルハイドの使った魔道術の結果を見て呆れ、ベロニカが異様な光景を見てはしゃぐ。ラウトがアーデルハイドの魔道術の様子を語り聞かせると、ベロニカの興奮はいっそう昂った。
最後に合流した無頼は、仲良く話す二人を見てふと感想を漏らす。
「兄弟みたいだな」
ピクリと二人の耳が揺れる。会話が止まり、黄金色と群青色の四つの瞳が無頼に向く。
「私とラウトって似てるかな?」
「似てる?」
「耳と目の色は違う。顔立ちも違うぞ。似ているか似ていないかで言うと似ていないな」
「なら何故?」
「何故って……」
ベロニカとラウトに突っ込まれ、無頼は言葉を詰まらせる。どのように伝えればいいか無頼は考え、言葉を選び口を開く。
「兄弟ってのは、何も血縁関係が必要な訳ではないんだ」
「にゃ?」
「アレだ。我ら生まれし日は違えど、死ぬ日は同じであることを願わん、だ。同じ志を持っていたり特別仲の良い者たちは、時に兄弟として契りを結び、義兄弟として互いの関係をより強固にすることがある。まあ、こっちにその文化があるかは分からないが」
「ふーん」
説明しているようで微妙にずれた無頼の言葉をベロニカはあっさりと聞き流す。
ラウトは若干の興味を示していたが、ベロニカの方向転換に負けて話題は次に流れていく。
「ラウトって兄弟いるの? 義兄弟じゃなくて、本物の方ね」
ベロニカの会話が向かった先には、ラウトの素性が存在する。知らなくても問題はないと今まで誰一人として尋ねず、ラウトも進んで明かそうとしなかったモノだけに、ベロニカだけでなく他の三人も興味を向け始める。
「……姉が一人、いる」
「お姉ちゃん、似てるの?」
尻尾をブンブンと動かしながらベロニカは深くを抉る。
今まで感情をあまり表に出さなかったラウトであるが、今回だけは傍目から分かる程に動揺を顕わにしている。
無頼はベロニカを制止しようと口を開くが、アーデルハイドからの目配せを受けて留まる。見るとベロニカも態度と裏腹に瞳は真剣そのもので、冗談を装った本心からラウトに探りを入れているのだと無頼は気付く。
「…………」
「ラウト?」
「……ごめん。ラウトは、黙っていた」
瞬時に変わった雰囲気を聡く嗅ぎ取り、ラウトは目を閉じる。目元を擦り、瞼の裏に増えつつある湿り気を払うと意を決して立ち上がる。ぐっと握る拳に四人の視線が集まり、口を開けばそちらに移る。
どんな些細な事柄でも見逃して貰えないと理解したラウトは、本心を告げるしかなかった。
「ラウトの村は、ウォルデン村より危機」
ラウトの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「お願い、助けて」
「待て、何故俺に縋りつく!」
「危機……と一口に纏めたが、どんな状況なのかな。何故黙っていたのかも教えてくれると私は嬉しいけど」
咽び泣きを始めたラウトはふらふらと足を進めるとヒシッと無頼に縋り付く。涙が溢れて濡れた双眸を押し付けると、そのまま鍛え上げて硬い無頼の肉体に顔を埋める。
アーデルハイドはラウトの頭を撫でながら尋ねるが、ラウトが落ち着くまでには相当の時間が必要だと分かると溜息を吐き離れていった。
無頼は本気で困惑していたが、強引に引き離すことも出来ず困り顔のまま立ち竦む。
「抱き着くなら柔らかいミロシュにしろ。ローニャもそうだったが、俺に抱き着いても硬いだけだろうに……」
「ちょっ、何言ってるんですか!」
「分かってないにゃあ……、無頼の硬さが丁度いいんだよ。どれだけ押してもピクリともしない安定感、分厚い城壁のような安心感、一回体験しちゃうと他の人には行けにゃいんだよ」
「あー、確かに……」
「ほう、そんなに良いのかい? 私も抱き着いてみていいかな」
「良い訳ないだろう! ああ、ちょっと待て、分かった!」
無頼はラウトの腕を振り解き、泣き顔を視線に晒す。ラウトの目元は赤く、嗚咽に合わせて鼻水が上下に揺れる。無頼は手頃が布切れを取り出して目元を拭い鼻を噛ませると体を沈めてラウトと目線を合わせる。
「ラウト、順を追って話せ。俺が……いや、俺たちが真剣に聞いてやる。どんなことだろうと抱え込まずに話しなさい」
「でもラウト……ひっぐ、お金……ひっぐ」
「子供が金の心配をするんじゃない。金は確かに大事だが、それが全てじゃない。困っているなら困っていると伝えなさい。俺たちが力になってやる。お前自身が諦めない限り、途中で見捨てたりはしない」
肩を震わせながらラウトは何度も頷く。
無頼の瞳はピクリとも動かずにラウトの泣き顔を写し、ラウトの意識は黒曜の眼に吸い寄せられ、心の底から湧き上がる哀しみが薄れて身体から抜けていく。
無頼は何か口を挟もうとする周囲を無言の圧力で制し、ラウトが落ち着くのを待つ。
「ラウトの村は、世捨村って呼ばれてる」
「世捨て?」
「挫折や失脚、怪我、理由は色々。外の世界で生きていけなくなった人たち、でも死ねなかった世捨て人が集まる村。生きたいけど、生きていけない人が暮らす村」
落ち着きを取り戻したラウトは無頼から片手を離し、改めて目元を拭う。
「ラウトは、そんな村で生まれた」
ちょっとした休息が早二十分、しかしあれほど急いていたアーデルハイドですらラウトの話に耳を傾けている。
ラウトの村は地図に載っていないがそれなりに有名らしい。当然中原の事情に疎い無頼たち三人は知らないが、アーデルハイドは噂を聞いたことがあるようであった。実在は疑っていたと断りを入れていたが、経由地の一つとして候補に入れていたのであろう。
「大人たちも戦った。でも生き延びる気はなかった」
外で生きていけず、けれど死ねなかった者が集う村の住民は、余所者が驚くほどに他者との係わりを持たず、最低限の繋がりで日々の暮らしを送っている。近くの村と交流を持つこともなく、小さな畑と僅かな家畜で細々と食いつないでいる。
大人たちは苦難満ちる外の世界を恐れ、成長した子供たちは絶望で淀んだ村から逃げるように出ていく。出ていく子供たちに足枷などない。足枷になるような親なら端から世捨村には来ず、子供が出来て変わった者は子供と共に村を出る。
人数が減ったとしてもは新たな住民には困らない。決して狭くない中原には、人口と戦渦が溢れ返っているのだから。
「分からないことはないかな。世間に踏み躙られて村に辿り着いた奴らが、必死に生に執着する理由なんてないからね」
「そうかな? 一度死ねなかった人は、何が何でも生き延びようと思うんじゃないかにゃ。だって、死ぬのは怖いもん」
アーデルハイドとベロニカは真逆の感想を口にする。
真逆だが、矛盾のない感想だ。
「死ぬのが怖いから戦った。でも余所に助けを求めてまで生き延びる意志は持ち合わせていなかった……」
それは外からやって来た大人だけに当て嵌まる状態で、村で生まれ育ったラウトのような子供たちは他の大多数のように全うな人生を歩みたいのだ。
大人たちはあてにならないとなれば、頼れるのは外部の人間しかいない。
「ラウトは、単独で助けを呼びに来た。でも、……」
「外も外で大変だった、と。だから何も言い出せずに俺たちに同行したのか」
「うん」
ラウトが頷く。
ここまでは概ね問題ない。無頼が思い描いていた可能性の中で、最も有り得そうなラウトの行動原理である。ここから悪化する分岐ルートがあるとすれば、ラウトが目敏いベロニカを始めとした面々を欺ける役者であるか、そもそもラウトが知らずの内に行動を制限されて誘導に使われているかのどちらかである。
どちらか一つに絞るなら、起こり得る可能性が高いのは消去法で後者である。
ラウトはまだ幼いとはいえ、森の中での身の熟しは五人の中でずば抜けている。襲撃を避けて進むなど朝飯前だ。そして何より口を噤み感情を表に出さないようにと努めているが、その成果はあまり芳しくない。事前の感情を残らず塗り替えるベロニカの変わり身の方が遥かに厄介だ。
「ならラウト、ラウトの村は何に襲われてるんだい?」
アーデルハイドが首を捻る。
ラウトの説明からは敵の姿が見えてこないのだ。
無頼たちがソロスの森に入って相当の時間が経過したが、出会ったのは灰色熊だけである。その数もウォルデン村の周囲と比べると驚くほどに少なく、魔石の影響下にない"野生の"灰色熊も含まれている。
「分からない。でも数は多かった」
「人間や魔道士ではないんですか?」
「違う」
ラウトは首を振る。人間や灰色熊ではないのは確からしいが、それ以上は何一つ答えない。答えるつもりがないのではなく、知識として、敵の正体を知らないのだ。
地図の上で見るなら、広大なソロスの森を抜けた先にはネブラスカ領の街が存在する。だが世間から離れた人々が暮らす深緑の貧村に一国が戦力を派遣するとは思えない。
「待って」
頭を抱える無頼たちと必死に伝えようとするラウト――その四人から一歩距離を置いていたベロニカが水を差す。ぴくぴくと頭上の三角耳を揺らし、周囲に顔を巡らせている。
ピリッと、空気が緊迫する。
ベロニカは右手の人差し指を薄い唇に当て、喋るなと四人に指示する。
「ミロシュ、遠くを見える奴貸して」
ベロニカは音もなくミロシュの傍まで移動する。
「無頼は手を貸して。上に行くから」
ミロシュから狙撃用スコープを受け取ると、今度は無頼の耳元で囁く。そしてどのようにすればいいかを身振り手振りで示すと、無頼は頷き了解を返す。
狙撃用スコープをローブの中に収め、ベロニカは助走をつけて無頼に飛び込む。無頼はバレーボールのレシーブの構えでベロニカを待ち構え、浮いた足を掬い上げる。
横から真上に飛び上がったベロニカは、大きな木の枝に着地する。
アーデルハイドの魔道術による地盤沈下を含め、二十メートル近く上昇している。無頼の怪力にベロニカが持つ獣人としてのバネ、そして腕一本分身軽な体重を合わせて初めて為せる業である。
「…………」
下の四人は木の上に登ったベロニカを見上げる。
ベロニカはジッと遠くを睨み、時折思い出したかのように狙撃用スコープを目に当てている。その表情は次第に険しくなり、三十秒と待たずに降りてくる。
「コボルトがいた」
その口調は灰色熊の方がマシだ、と言わんばかりである。
ミロシュやアーデルハイドも似たような表情を浮かべていたが、"コボルト"たる生物が分からないラウトは首を捻る。
無頼にとっても聞き覚えのない単語であったが、ラウトを隠れ蓑に誰かが説明してくれるのを待っていた。
「三匹が二組。巡回しているみたいだった」
「巡回……、なるほど。色々と裏が見えて来ましたね」
「どうする、始末しとく?」
「当然だ。先手必勝、私たちは今から奴らの領域に飛び込むんだから」
「コボルトなら、消せる時に消しておかないと厄介です」
しかしベロニカやミロシュ、アーデルハイドは知らない二人を差し置いて現状をどうするかを協議している。迅速な判断を必要としているのは伝わるが、やはり状況が理解出来ずに置いていかれると面白くない。
「私は無頼と右を、ミロとアデルはラウトを連れて左の方を片付けて。ラウト、大丈夫だよね?」
「うん」
「いや、待ちなさい。三匹ずつに三人で襲い掛かるのは非効率だ。私はサポートに回る。……ちょうど良い魔道術も保管しているから、心置きなく潰してきなさいね」
「どんな魔道術ですか?」
「ふふっ、全力で走っても問題がなくなる魔道術さ」
アーデルハイドはそう言うと、魔導書を取り出し詠唱を口遊む。
「魔導書……簡略詠唱術ですか! 珍しい」
「そんな珍しいかい? 前に出る魔道士の主流だと思っていたけど……まあ、それは後で語ろうかね。《広く浅く。一八二ページ、二十二章、六行》」
アーデルハイドが手にした王笏の先端に魔力が集い、詠唱の終了に合わせて発散する。攻撃ではない。薄く速く広がった魔力は水面に広がる波紋のようである。
「さあ、いきなさい。すぐに始まるよ」
何が起こるのか分からずに戸惑う四人に対しアーデルハイドが優しく告げる。
ベロニカが無頼の腕を引き、ミロシュがラウトの背中を押す。
「――――ッ!!」
数歩進んだ直後、アーデルハイドが放った魔力の波が反響し、耳鳴りがする。ベロニカとラウトは頭を――頭の上の三角耳を押さえて蹲る。
キーンと耳鳴りは止まない。ベロニカが口を動かしているが、無頼には薄らとしか聞こえない。必死さを見るに、大声で叫んでいるのだろう。
「そういうことか!」
無頼は大声で叫んで走り出し、ミロシュも無頼の背中から察して別方向に走り出す。
草葉を掻き分け、枝を踏み折る。バサバサパキパキと普段なら耳に飛び込む音は鳴りを潜めている。空間はピンと固定され、振動が耳に届くことはない。
「凄い魔道術だ!!」
無頼は嬉々として叫び、目の前に現れた三つの影に斬りかかる。
紫の刀身は静謐な世界に圧倒的な色を撒き散らす。
斬撃を真正面から受けたコボルトの狗頭が飛び、鮮血が吹き出る。残った二体のコボルトはギョッと目を剥き、安易に飛び掛かろうとせずに遠吠えをする。
本来なら耳を劈く音量も、アーデルハイドの魔道術が支配した一帯では目の前の無頼にすら届かない。コボルトたちは遠吠えに意味がないと知ると忽ち背を向け離脱しようとする。
「逃げられないぞ」
しかし無頼の巨躯と長刀の前に逃走の選択は二番目の悪手である。
無頼の振るう『亡霊挽歌』はコボルトの背中に喰らい付き、肩口がぱっくりと裂け鮮血を咲かせる。振り掛かる返り血を身を捩って躱し、トドメとばかりに首筋を撫で切りにするとコボルトは力なく崩れ落ちる。
物足りない、と思うのは悲鳴が足りないからだ。生前は狂気に染まっていた亡霊たちは満足していない。当然、無頼も同じだ。
「…………」
最後のコボルトが木の根に躓き倒れる。無頼は抵抗の意思を捨て震えるコボルトを見下ろし振り上げた魔剣を止める。急速に戦意が萎え、途轍もない虚しさに襲われる。
記憶を失う前の自分が『ラブ&ピース』を唱えるお花畑の住人でないのは確かであり、弱者を嬲る嗜虐趣味を持ち合わせていないのも、薄らと無頼には分かり始めていた。
(気絶させ、持ち帰る意味はあるか……?)
サクリ、と。
無頼の意思とは裏腹に『亡霊挽歌』の切先がコボルトの首筋を通り過ぎ、震える躰から首だけが滑り落ちる。
「……!」
魔剣を握った右腕が、無頼の意思を待たずに動いた。コボルトの生首は恐怖の表情のまま無頼の足元まで転がり、足元に血貯まりが広がる。
何処からか笑い声が聞こえ、血貯まりに波紋が広がる。
必死に堪えようとしながらも、けれど漏れ出す笑い声だ。
一人や二人ではない。もっと沢山の、何十何百、老若男女をごちゃ混ぜにした笑い声が無音の森に木霊する。
"たたかえ……"
"戦え、戦え"
"強者を探せ"
"闘いなさい争いなさい"
"たたかえ!"
"死ぬまで戦え! 死んでも戦え!!"
笑い声が幻聴に変わる。
魔剣を握った右腕が急速に熱量を増し、肘から先の感覚が凍傷に掛かった時のように鈍くなる。まるでそこだけが自分の身体ではないような、奇妙だが生々しい感想が無頼の中に湧き上がる。
「――――黙れ!!」
無頼は『亡霊挽歌』を鞘に収める。
ふーふーと呼吸が荒れ、身体中にドッと疲労が押し寄せる。
ついさっきまで魔剣を握っていた右腕を顔の前に持ってくる。まだ熱は残っているが、確かにこの腕は自分の腕だと無頼は安堵する。指の付け根から先まで感覚が通り、意思に沿って曲りもする。
(何が起こったんだ……?)
無頼はそのまま額の汗を拭い、口元を押さえて荒れた呼吸を無理矢理戻す。
何かが足りない。
無頼がその何かに気付くのは、今ではない。




