死臭④
ウォルデン村は先に訪れた名もなき開拓村より更に厳重な防備が敷かれていた。
世帯数は七十戸で、当然その分働き盛りの男も存在する。村と森の境界には石垣が積まれ、出入り口には壮年の男性と年若い青年が立って森を見張っている。周囲の森には縄と鳴子が張り巡らされ、獣の接近を即座に知らせる構造が出来上がっている。
無頼たちが持っている地図が最後の更新を終えたのが十年前。そこに名前が記されているということは、少なくともそれより前には村として機能していた証明にはなる。
「途中で一匹倒したのは……本当みたいです、師匠」
「みたい、じゃなくて本当にゃんだけど」
日が落ちたウォルデン村の中心部に、息を切らした女性が駆けこんで来た。
「ご苦労様、クララ」
クララと呼ばれた女性はホッと胸を撫で下ろす。
十代半ば、ベロニカの数歳上にしか見えない少女同然の魔道士は、一行が辿った薄闇の道を単独で遡った。
いつ魔獣に襲われるかも知れない恐怖は相当だが、師匠の命令であれば逆らえないのが弟子の理、目に涙を溜めながら片道五分の道を駆け抜け戻って来たのだ。
クララが師匠と呼ぶ魔道士は、クララの報告を受けるとロックたちに合流する為、その場を離れていった。
そしてクララが灰色熊の死体は道を塞ぐように倒れていた、と情景を口にした途端、集まった村人にドッと安堵が広がっていった。
「いやはや、無事で何より。旅人さんが死なんで良かった」
「旅人や冒険者が寄り付かんようになれば、この村は終わりやからね」
ロックは辿り着くと同時に年配の村人数人に連れていかれたが、無頼たちは半ば放置され晒し者になっていた。身動きが取れず立ち竦む四人に村人たちが次々に声をかけてくる。村社会に有り勝ちな、他者との距離感が極端に近い歓迎だ。
無頼はどう対応したらいいか分からず戸惑っていたが、ベロニカに袖を引かれて耳を寄せる。
「どうした、ローニャ」
「この村、かなり被害を受けてるみたい」
ベロニカは顔を曇らせる。
確かに表面上は明るく振舞っているが表情は強張り、村人たちはみんなどこか無理している風に見えなくもない。
「男女比が狂ってる。戦争の後みたいになってる」
そう言い切ると、ベロニカは中心に寄せた眉を和らげる。そして一歩踏み出して笑顔を浮かべると、村人たちとのコミュニケーションを一手に引き受ける。
ベロニカの指摘は正鵠を射ていた。
集まった村人たちは一目で分かる程に女性が多い。これが少年や青年が少なくて男女比が狂っているのならば近隣都市への出稼ぎや、新生児の性別が偏った可能性があるのだと納得も出来よう。しかし年代別に誤差は少なく、壮年から中年、特に三十代の男性が等しく見当たらない。その年代の女性は、いくらでもいるのに。
「無頼さん」
「断れそうにない。ダメだな。諦めろミロシュ」
不安そうな瞳のミロシュに無頼は断言する。
村の男衆は、度重なる襲撃で数を減らしていた。死者ではない。犠牲者の多くは負傷者で時間が経てば完治もする。
だがしかし、その間に魔獣の攻勢が緩むかどうかは分からない。村の防衛力が落ちてくる以上、相対的に危険は増す。
思えば村からギルドに出しロックらが受けた討伐依頼こそ、最後の頼みの綱だったのだろう。
案内役を買って出た二人の狩人もウォルデン村の出身だ。その冒険者のパーティが無惨に壊滅、ただ一人生き残ったロックの命も寸前の所で助けられたとなれば、次に縋るのはロックの命を助けた無頼たちである。
ウォルデン村に着くまでの道中、無頼たちはそのことについて念入りに話し合い、しかし実際の状態を見てみなければ判断出来ないと結論を出した。
「頼む、奴らを退治してくれ!」
「私たちを助けて!」
「夫がやられたの。仇を……仇をとってちょうだい……」
取り囲む声はすぐに悲痛な懇願に変わる。
無遠慮で身勝手な懇願だが、それを断れるのは嗜虐者だけだ。
オレーサの守備塔でリーウットが頭を下げた時とは状況が違う。あの時のオレーサは充分に戦力を保持し、何より不特定多数が入り乱れる戦場では無頼とミロシュがベロニカを守り切れる保証はなかった。
しかし今回も同じように断れば、村人たちは手段を選ばないかもしれない。二人の目を盗み小さなベロニカを人質に取り、戦うよう要求されたらどうしようもない。村人を斬り殺して助けるのは容易だろうが、残るのは旅仲間を解散したとしても解消出来ないしこりだけだ。
「ああ、ローニャ……」
「ローニャに任せます」
無頼とミロシュは、ベロニカに委ねる。
ウォルデン村にはもう頭数が殆ど残っていない。山狩りなど以ての外、狭い村の領域を守るだけで手一杯になる。
「――――少しだけ!!」
あちこちから悲痛の懇願や啜り泣きが飛び交う最中を、ベロニカの声が雷鳴のように迸る。ピンと空気が張り詰め、村人たちの視線がベロニカに集まる。
良く通る声を持つ美少女はぐるりと見渡して、全員が言葉を失くし目線を寄せているのを確認すると、満を持して口を開く。
「少しだけ、私たちにも考えさせて」
ベロニカの言葉は、期待に沿うものではなかった。
落胆を浮かべる者もいたが、殆どが如何に自分たちが身勝手な頼み事をしていたかを知っていて、それ以上何も言えなくなっていた。
その場を離れるベロニカの後ろには、無頼とミロシュ、そしてラウトが続く。
確かにアレだけの村人に囲まれた中、一人取り残されるのは辛いだろうと無頼はラウトに目を向け、思い直す。
「お前、この村の子供じゃないのか?」
「違う」
「前の村でも違うと言ってたぞ。何処の子供だ?」
「…………もっと奥」
言葉小さく答え、ラウトは顔を逸らす。
更に問い質そうと無頼が口を開いた瞬間、ベロニカが目指していた大きな館から怒声が上がる。
ベロニカが振り返る。
意図を察した無頼はラウトへの追及を飲み込んで頷き、ベロニカの代わりに木の扉をノックする。
「もう一度言ってみろ!!」
返事を待たずに扉を開けた無頼が目にしたのは、項垂れるロックを怒鳴りつける年配の村人で、彼らは突然現れた無頼を見てバツの悪そうな顔を浮かべる。
館の中には三種類の人間が居た。
まずはロックを怒鳴りつけていた中年の男と彼と同年代の二人。彼らより一回り年上で、初老に差し掛かった男女は彼らを宥めようとしている。そして部屋の隅で推移を見守る三十半ばの女性が一人。合計六人だ。
「俺たちはそれが終わった後でいい。待っているから、続けてくれ」
無頼は仰々しく両手を広げて断ると、その場で腕を組む。
それからは特別な素振りを見せず自然体のまま六人の反応を窺い、柔軟な対応が出来るように彼らの関係を推測する。
(あの魔道士も、ロックや自分たちと同じ外から村に来た来訪者か……)
男たちや初老の男女が委縮する中でただ一人、壁に背を預けた女性だけが無頼を真っ直ぐ見つめている。
鐙が着けられ農耕用ではない二頭の馬が屋外に繋ぎ止められていた辺りから十中八九そうだと感じていたが、魔道士帽にミロシュと似たローブは古典的な魔道士の装いである。眼帯で覆われた片目の異質さ、村人たちと一線を画した態度から確信を得た。
妙齢の女性魔道士――アーデルハイドはニコリと微笑むと、壁際から離れて怒り心頭の中年男の一人に語り掛ける。
「村長さん、そのくらいでいいでしょう」
「アーデルハイドさん、そうは言いますが――――」
「村長さんたちは冒険者に死ねと言っているんだ。それが分からないのかい? その冒険者は失敗したが、そんな彼をもう一度行かせてどうなる? 一匹も駆除できないまま、野獣に人間の味を覚えさせるだけだ」
「そ、それは……」
「仮に彼をもう一度行かせても、ギルドに払った金は返ってこないよ。心配しなくても依頼に失敗したのだから成功報酬分は返ってくる。だが、頭金は殉職した冒険者の報酬で、ギルドにより親族に渡される。それまでを取り返そうとしようものなら、ギルドは今後一切、この村の依頼は受け付けない。例え犠牲者の山が積み上がろうが、依頼人が最後の村人だろうが、ギルドは突っ撥ねるだろうね」
魔道士アーデルハイドは一呼吸挟み
「ギルドとは冒険者の為の、何より南方の自由都市連合が後ろ盾をする組織だ」
「っ!」
「南部の土地でも、冒険者でもないウォルデン村など、正直どう考えられているかなんて言わなくても分かるだろうに」
そう冷たく突き放す。異世界人の無頼には分からない感覚だが、アーデルハイドの言葉には――"自由都市連合"たる共同体には、村人たちを黙らせるだけの説得力が秘められていたらしい。
「まあ私と、そこの彼らも協力してくれるのだから、魔獣退治はどうにかなるさ」
ハッハッハとアーデルハイドは快活に笑い、緊張した場が和らぐ。
「……私たちは協力しないよ?」
と、ベロニカが切り込み、緩んだ空気は再び引き締まる。
アーデルハイドの眼光が冷たい光を帯び、無頼は反射的に『亡霊挽歌』の柄に手を添える。
「私たちは旅をしてるけど、その目的は善意の人助けじゃない。ロックも偶然通りすがったから助けただけだし、ラウトも偶然出会って困ってったから連れて来た。二人がもし私たちと出会うより先に殺されて死体になってたら、きっと手を合わせて通り過ぎてた。前の村みたいにね」
「あのね、お嬢ちゃん」
「おばさん、私はこの国の王様じゃないよ? この地方を治める領主でもない。本来被害が大きい魔獣退治だと、軍が山狩りを行うものだよ。でも山狩りなんて労力の割に得るものはないから行政は嫌うよね。国境で隣国との火種が――なんて言われて断れたのは想像がつく。でも私たちは通りすがりの旅人、この村や地方とは縁もゆかりもない旅人だよ。何で命を危険に晒してまで、この村に尽くさないといけないの?」
淡々と言葉を紡ぎ出すベロニカに、場の空気は何処までも重く沈んでいく。
勝手に無頼たちを組み込んだアーデルハイドは苦笑いを浮かべ、ロックに怒鳴り散らしていた村の男たちは一方的で暴力的な正論を前にぐうの音も出ない。
流石にまずいとミロシュはフォローに回ろうと口を開くが、それを無頼が目で制す。
「確かに、ウォルデン村の状況は一目で分かるくらいには最悪だし、希望の光が潰え掛けてる状況にも同情する。私も出来ることなら力になりたいと思う」
ベロニカは右腕で無頼を、左腕でミロシュを自分の方に引き寄せる。無論左腕は肘から先がないので引き寄せる風に見せる仕草だけだが、ミロシュは見事にアドリブに対応する。
「でも、私は一人じゃない。私が助けたいって言えば、二人はきっと首を振らない。私が一歩を踏み出せば、二人は二歩目を踏み込んで私の道を確保してくれている。私はここの村の人たちより、無頼とミロシュの方が大事。私を守ってくれるからじゃない。もっと他の、言葉に出来ない何かがあるの。
力になりたい――でも、その気持ちだけだと、二人の命と釣り合わない。だから、ごめんなさい」
ぺこりとベロニカは頭を下げる。白銀の髪が垂れ、項が見えるほど深いお辞儀だ。
無頼は驚きミロシュと顔を見合わせる。ミロシュは目をまん丸に開き驚きを浮かべていた。そしてミロシュの茶色の瞳に移る自分もまた、同じように驚きを顕わにしていると無頼は知る。
誰も何も言えず沈黙が続く中、ただ一人アーデルハイドが手を挙げる。
「つまり、二人の命に釣り合う"何か"を用意しろってことかな……?」
無頼とミロシュ、そしてベロニカの順に指を差す。
この"何か"とは、一般的に誠意と呼ばれるもので、誠意即ち金である。
村の男たちの何人かが、魔道士然とした変人に非難の目を向ける。今まさに、ベロニカの口からごめんなさいをされたばかりなのだ。散々助ける義理がないこと、助けを求める相手は別にいることを聞かされて、それでも協力を要請する図太さに呆れ果てていた。
「そーいうこと! おばさん、分かってるね!」
「うふふ、まあ、ね……はあ……」
真面目な口調を一点、ベロニカは笑顔で右親指を立てる。
アーデルハイド以外の全員が唖然とベロニカを見つめている。逸早く我に返った無頼は断りを入れ、無頼とミロシュを屋外に引っ張り出す。ラウトが何食わぬ顔で付いてきているが今は放置だ。
「どういうことだ」
無頼とミロシュが詰め寄ると、ベロニカはケロッと本音を漏らす。
「あの流れだと、タダ働きさせられてたよ!」
村が提示した報酬の額は討伐依頼としては破格と呼ぶには足らないが、充分魅力的だったとロックはベロニカに語っていたのである。ただの山村がそれだけの額を捻出するのは多大な勇気を必要とした筈だ。それでも村を救う為に、とギルドに託した依頼をしくじり、剰え報酬の一部を持っていかれるのだから、村の男たちが怒る気持ちも良く分かる。
「アーデルハイドって魔道士、多分ギルドの依頼出来た人じゃにゃいんだよ」
「と、言いますと?」
「別件でウォルデン村を訪れた。でも村は危機に瀕し、その別件をこなすには難しい状況だった。……って所かにゃ?」
「困窮する村の財政を助ける為、報酬の話をさせないよう自然と討伐に駆り出す算段だったのか……。なんて奴だ……」
ひそひそと三人が話していると、形だけ加わるラウトの背後でキィ……と木製の扉が開く。その僅かな隙間からひょっこりと魔道士の三角帽が覗き、続いてアーデルハイドが顔を出す。
「内緒話は終わったかな?」
「終わったよ、おばさん」
「おばさんはやめてくれないかな、私の名前はアーデルハイド。アデルでもハイジでもお姉さんでも、好きに呼んでくれて構わないよ」
魔道士アーデルハイドは半開きの扉を完全に開き、四人を中に招き入れる。
「さあ、中においで。私と一緒に、報酬の話をしよう」
眼帯を付けていないアーデルハイドの左目には妖しい光が揺らいでいる。。
ベロニカの言葉通り、確かにその瞳からは自身の目的の為に無頼たちを使おうとする意図が滲み出ていた。しかし、だからといってウォルデン村を見捨てようとする軽薄さは見せず、ただ自分の利害と良心を照らし合わせて合理的な判断をしているのだろう。
三人は幾何かの疑念を心に留めつつ、アーデルハイドの招きに応じて扉を潜り、軋む室内に踏み込んだ。




