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死臭②




 木々の合間に作られた道を抜けた無頼たち三人と、ミロシュの短槍を杖代わりに歩く青年冒険者ロックは村の入り口に佇んでいた。

 野生の動物対策だろうか、村や畑は木の柵で覆われ、森に繋がる出入り口部分以外には必ず二重の防護柵が施されている。所々朽ち果てて、本当に防げるのかは甚だ疑問である。


「ここの動物は人を襲うのか……?」


 柵に沿って歩く三人は、随分と厳重な野獣対策に驚きを顕わにする。

 無頼の出身世界では大型の野生動物は絶滅している。国立の自然公園や環境保護区で暮らす動物はそれなりに居たが、それらは本当の意味での野生ではない。


「大変だにゃあ……」

「ですね」


 他人事のようにベロニカとミロシュも同調する。

 一年の半分を寒波と降雪に覆われる北国出身のベロニカにとって、野生の肉食獣は大型の羆や老齢の虎や豹くらいのものである。夏場は鹿や馴鹿(トナカイ)が畑を荒らす被害もない訳ではないが、基本的に野生の鹿や馴鹿は冬場の食糧として重宝され、恐れられる生物ではない。

 ミロシュも森育ちではあるが、サクラメントの魔力が染み込んだ森に暮らす動物たちの中に、森の主たるサクラメントやミロシュを襲う愚か者は皆無で、結果として獣害には疎かった。


「あんたら、出身はどこなんだ……?」

「北」

「南ですが、育ちは中原です」

「お前の知らない場所だぞ」


 呆れる冒険者ロックに三人は正直に答える。

 ベロニカは身バレの可能性が僅かに上がるかもしれないが、突っ込まれてボロが出るよりマシとの考えから、無頼はそもそも自分すら知らないのだから答えられないとのスタンスを巧妙に隠して答えていた。ミロシュも深く聞かれると十中八九驚きを与えるだろうが、都市出身者が辺境集落の事情に疎いのは良くあることなのでロックはそれ以上追及しなかった。


「それにしても、人がいないな」


 視界に収まる範囲内には人っ子一人見当たらない。

 あわよくば疲弊した冒険者ロックを放り出して進もうと考えていた無頼だが、どうやらそれは出来そうにない。

 事情を説明せず無人の村に残して行けば、物取りか何かと勘違いされる可能性がある。もし痛めつけられるような事態になれば、置いていったこちらも中々に目覚めが悪い。


「みんな忙しいのかな?」

「おじいさんは山に芝刈りへ、おばあさんは川に洗濯か?」

「何それ?」

「川から桃が流れてくる話だ。ミロシュ、俺は少し村の中を見てくるぞ。流石に日中の山村に人の気配がないのは有り得ないだろう。村人総出で近隣の街に買い出しに行っているなら知らんが、地図にも載ってない開拓村にそんな余力があるとは思えん」


 無頼はマニトバの手綱をミロシュに手渡し、背負った荷物をマニトバに括り付ける。抗議の目を向けるマニトバを無視し、無頼は自身の愛刀だけを手に柵を飛び越える。

 動作は軽いが、無頼の体重は『亡霊挽歌』込みで百キロに届く。今のように浮いた両足で地面を叩いたなら、辺り一帯がドスンと揺れる。


「私も行く!」


 無頼を倣ってベロニカも飛び越える。

 一メートル近い柵を右腕と脚力だけで飛び越える身の軽さは流石としか言いようがなく、二人ほどの元気を持て余していないミロシュは手を振りながら背中に向けて叫ぶ。


「私たちは最初の入り口で待ってます。長くても二十分を目安に戻ってきてくださいね」

「妙な生物を見つけたら、なるべく生かして捕まえてくれー」

「変なことを頼まないでください! ああ見えて無頼さんは律儀なんですから、本当に連れてきたらどうするんですか」


 ロックの軽口を即座に却下し、ミロシュはマニトバを連れて村の出入り口に引き返していく。ロックは取り付く島もないと肩を竦め、その後ろを追っていった。

 誰もが異様さを感じ取っていた。

 しかし木々に囲まれた村はあまりに静かで、何がどう異様なのかを外から理解することはなかった。





「誰もいなかったぞ」

「そんな馬鹿な! 俺たちは数日前にここに立ち寄ったんだぞ」


 見たままを話す無頼にロックは首を振る。

 ロックたち冒険者の一団は数日前、この山村に立ち寄っている。滞在せずに顔を見せた程度であるが、その時は住民に異変などはなかった。

 それが奴ら――討伐依頼の出された魔獣――の存在を希薄にさせ、彼らが油断を招く一因にもなっていたのだが、兎も角森に出た猟師が襲われた話もなく山村は平和そのものであった。


「争った跡はあった」

「ならやはり、何かあったのでしょうか?」

「恐らく。だが村の住民は案外素直に連れていかれたみたいだぞ。争った後はあったが、家屋の類は壊されていない。素直――の言葉には語弊があるな。無理に戦わず、訳も分からないまま連れて行かれたんだろう。ロックの証言から鑑みるに、ここ数日の出来事だ」


 淡々と推理を披露する無頼の横で、ベロニカは口元を一文字に結んでいた。

 今までの僅かな旅路で、この手の推論や推測を無頼が得意気に話す様をミロシュは何度か目にしていた。無頼は何かを考え、口に出すのが好きなのだとミロシュは理解し、だからこそ今の状況に違和感を覚える。

 喋りたがりの無頼は、全てを口にしていない。


「何が、残っていたんですか?」


 そしてベロニカは無頼以上に語りたがる性質である。

 そのベロニカが黙っているのなら、かなり衝撃的な何かがあったと容易に想像がつく。


「足跡」

「足跡? 動物か何かの足跡ですか?」

「真っ赤な足跡だった」

「ミロ、血の跡だよ。ぽつぽつと小さな雫じゃない。べっとりとぶち撒けた赤黒い血。たぶん人間の、村人の。森の方に続いてた……」

「俺は見てこようとしたんだが……」


 そう言うと無頼は視線を逸らす。そこには表情をガチガチに固めたベロニカが居て、小さく首を振っている。無頼と一緒だとしても森の中には踏み込みたくはない。けれど独りでミロシュの元には怖くて戻れない。そんなジレンマに苦しめられていたのだろうとミロシュは察する。


「せ、生存者は全くなしか……?」

「建物の中は探していない。俺たちは軽く見て来ただけだ」


 ロックの言葉は心なしか震えている。

 建物の数から計算するに住民の数は十や二十では済まない。その数十人全ての住民が消え、その原因が自分たちあるかもしれないと考えるだけで、ロックの心は罪悪感で押し潰されそうになっていた。

 事の始まりは近隣の村落からギルドに出された魔獣退治の依頼である。

 村の猟師の手に合終えない野獣の退治が手練れの集うギルドに出されることは珍しくない。ギルドに所属する冒険者は貧乏な地方都市や山村出身の若者が猟師や傭兵などで経験を積んだ後に辿り着く職業であり、害獣の駆除(・・・・・)には幼少から慣れ親しんだ経験者も多くいる。知能の劣る獣を狩るのは容易で、罠や弓矢、煙玉に魔道術――方法は幾らでもある。

 ロックたちもそう考えて森に入り結果は散々。

 仲間は死に、同行した狩人ともバラバラに逃げた姿を最後に、ロックの前に姿を見せていない。生きてはいないだろう。

 確かに村落に被害は出ていた。しかし村人が丸ごと消えてしまうような被害の報告は、これまでには出ていない。

 自分たちが奴らを刺激して危機感を煽ったから、この事態を起きてしまったのかもしれない。ロックたちは討伐の失敗ばかりか、更なる被害を呼び込んだことになる。


「獣が村人を脅迫して森の奥に連れていく筈ないだろ」


 顔面蒼白のロックに無頼は呆れる。


「ただの獣じゃない! 魔獣だ、魔力を持つ獣! ただの獣に俺たちがやられるか!」

「魔獣か……、ならば余計に村人はパニックを起こして逃げ惑っただろうさ。だが、まあいい。俺と一緒に家探ししてみるか? 生存者がいるかもしれんし、べったりと広がった血の跡を鑑みるに、必ずどこかに死体がある筈だ……いや、死体は喰われるのか?」

「知る訳ないだろ!」

「まさか、探しに行くんですか、無頼さん?」

「すぐ終わる。まだ日も高い。十分や二十分滞在しても森の中で野宿にはならんさ」


 無頼はあっけらかんと言い放ち、再び村の中心部へ足を向ける。


「ちょっと待て、俺は行くなんて一言も言ってないぞ! 手を離してくれ、俺は武器も何も持ってないんだ。魔道術も得意じゃない。身を護る術がない!」

「大丈夫ですよ、無頼さんは武器を持った兵士が束になるより断然強いですから」

「ミロシュ、お前たちまで来るのか?」

「ええ。私、ジッと待ってるのは性に合わないんです。ほら、ローニャも何も言わずに付いてきてます。よもや、戻れとは言いませんよね?」

「……腕に縋りつくローニャを、力尽くで引っ張って連れてきているように見えるのは気のせいか?」

「気のせいです」

「気のせいじゃない! で、でも、一人で残る方が怖いから……」


 無頼はロック、ミロシュとベロニカ、そして残しておく訳にもいかないのでマニトバも連れて、小さな村に踏み込んでいく。

 踏み込んで早々別行動を始めた無頼以外の三人と一匹は一軒一軒扉を叩き、誰もいないかを確かめて回る。

 村としての歴史が浅いのか、家屋の劣化は見られない。多少強めに叩いても壊れる気配はない。


「やはり、誰もいませんね」


 戸口を渡り歩いた四人と一匹の気持ちをミロシュが代弁する。

 疲労でげっそりと肩を落としたロックとは逆に、扉を叩いて気が紛れたベロニカはケロッと普段通りに戻っていた。

 ベロニカの転身の速さは、他人のそれからは群を抜いている。言い変えるなら気持ちの切り替えであり、過去を捨て現在の最適を求める適応力である。誰もがそうしようと努めても適わないスタンスを容易く実行出来るのは、ベロニカの才能と断言したとしても決して大袈裟ではない。

 図太い、と言えば聞こえは悪いが、多くの者はその図太さを持ち合わせていないのだ。


「ミロシュ」


 呑気に扉を叩くベロニカを見守っていたミロシュの隣に無頼が並び立つ。

 無頼はベロニカに聞こえないよう声を抑えミロシュを呼ぶ。

 本当はベロニカの聴力の前では小声で行う内緒話など意味を為さないが、ベロニカは内緒話と察して聞こえていないフリ(・・・・・・・・・)をするくらいの分別と気遣いは出来る。事実今も無頼が囁いた瞬間、頭上の三角耳がピクリと揺れたが、まるで気にせず扉を叩き続けている。

 ミロシュはベロニカから視線を外して静かに無頼の後を追う。

 無頼の向かう先は森に続く出入り口。ずっと視界の端を掠っていた柵に切れ目が現れ、その近辺には確かに血の跡が残っていた。

 大量の血痕の持ち主は一人だけではないだろう。間違いなく二人か三人、それ以上の人間が搾り取られている。


「この程度で怯むな」


 無頼は乾いた赤黒い血溜まりを無表情で踏み越え、ミロシュを先導する。

 村を出て、薄暗い森に踏み込む。

 ミロシュは鼓動が高鳴り、浅く速くなる呼吸を感じる。

 この村に辿り着くまでに嗅ぎ慣れた静謐な木々や苔の香りは消え、吐き気を催す腐敗臭が周囲に満ちていた。ブンブンと小蠅が飛び回り、ミロシュは手でそれらを振り払う。

 ベロニカが頑なに首を振り続けた理由が分かる。

 超人的な嗅覚を持つ獣人(ベロニカ)に、この死臭は堪えるに違いない。


「どう見る、ミロシュ」

「どうって……」

「俺は安易に否定したが、存外魔獣の仕業というのは有り得るかもしれん。人間が人間を、こうも無残な姿に出来ると俺は思えない」


 横たわる二体――もしくは三体のバラバラ死体を見下ろし、無頼は吐き捨てる。

 無頼の指先は遺体の胸部を指し、そこにはポッカリと空洞が見える。裂かれた腹部からはからは赤黒く血が凝固した内臓が零れ落ち、皮膚の周りの黄色い脂肪には蛆が湧いている。

 白い骨が所々で存在感を示し、その近くには歯型のような痕が幾つも見て取れる。


「――――ッ!」


 ミロシュは吐き出す。

 昨晩食べたスープと乾パンが胃液と混ざって口から飛び出し、苦しくて瞳に涙が溢れる。呼吸が出来ない。身体が、この腐臭を拒否している。


「気をしっかり持て。口を漱いで、袖口で鼻と口を覆え」


 辛そうなミロシュの背中を無頼は擦り、水筒を差し出す。

 無頼の指示通りに口を漱いで鼻と口の両方を覆い隠したミロシュは、やっと正気を取り戻す。


「大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。鼻を使わず、口で呼吸を続けろ。臭いは味だと思い、何度も身体に言い聞かせろ。吐きそうになったら唾液だけを吐き捨てればいい。多少はマシになる」


 ミロシュはコクリと頷く。


「こいつらは、裂かれている」

「ええ……、そうみたいですね……」

「だが妙なんだ。ちょっと見てくれ、近くだと分かる」

「いえ、これ以上は近づきたくないです。ここからでも見えるので、何が妙かを教えてください」


 口元を覆っている所為でミロシュの声はくぐもっている。自分が薦めた方法であるが、無頼は少しだけ虚しくなり肩を下げ、バラバラ死体から嗅ぎ取った違和感を告げていく。


「まず胴体の切り口からだ。傷口から溢れ出た血が肌に付き、凝固している」

「していますね」

「次に牙の痕が付いたこの辺り。何かがこいつを噛んだ時、血は出たと思うか?」

「……出ていないと思います。その周囲に血が付いていません。そうですね、なら殺したのは獣ではなく別の何かで、この噛み痕は死肉を漁りに来た他の獣……という考えが出来ますね」

「それと最初の切り口が思ったより深い。鋭利な何かを何度か押し込んだ跡がある。普通に殺すだけならこれほど念入りに抉ったりはしない」


 無頼は状況を逐一口に出していく。

 もしミロシュが無頼と同じ世界の出身ならば、今の無頼の姿を見て犯罪ドラマの刑事か何かだと連想しただろうが、生憎ミロシュの世界には無頼の世界のような警察機構はない。存在するのは自警団に下駄を履かせた程度の治安維持組織で、彼らは殺人一つでこれほど念入りな分析は行わない。突発的な人の死は、そこらで溢れて珍しくないからだ。

 ミロシュは無頼の言葉を吟味しながら、ふとした違和感に気付く。


「……! ちょっと退いてください」


 口元から袖を離したミロシュは、凄惨な傷口をまじまじと見つめる。


「魔力核がない! 取られた痕跡が……? でも、なんで……。無頼さんは何故気付いたんですか?」

「気付いたのは亡霊だ。確証がないからお前を呼んだんだ。それより人間の魔力核? ……を抜き取って利用できるのか? 名前から察するに魔石と似たような効果があるのだろうが、殺してまで奪う価値のある物なのか?」

「まさか! 熟達の魔道士の魔力核より、魔獣の魔力核や魔石鉱で掘った純度の高い魔石の方が役に立ちます。確かに普通の魔石と違い変換刻印を刻む必要がないのはいいですが、そんな手間を惜しむ魔道士が複雑な刻印を刻んだ魔道具を創ろうとするとは思いません。思いませんが……」


 バラバラ死体から目を離して無頼を見つめる。思い当たる節を見つけたが、それを言っていいのかどうか、本当に実行する者がいるのかミロシュには分からずにいた。


「やはり、何かあるのか?」

「……はい、一つ忘れていました。使い道は有ります。ロックさんが魔石を飲み込んでいたの、覚えていますか?」

「ああ」

「アレと同じことが出来ます。鉱物の魔石と違い身体の中で出来た物ですので、躰の中に不純物が溜まることなく魔力の補充が出来ます。魔石を用いた時のような外部からの魔力補給は体の内外、どちらからの摂取かで八倍近く効率が変わります。私や無頼さんなら兎も角、環境マナの変換効率が悪く魔力に乏しい魔道士や騎士には垂涎物ですね」

「そうか……って何故俺がお前と並ぶんだ? 俺は魔剣を使うだけで、魔術師ではないぞ」


 不意に当てられた焦点に無頼は驚く。

 魔力とは魔道士が環境マナに影響を与える不思議パワー程度にしか思っていない無頼は、到底自分がそんなモノを持っているとは思っていない。

 ミロシュやベロニカには秘密にしているが、二人の居ない場所で何度かミロシュの口振りを真似て詠唱を紡いでいた。当然、魔道術の魔の字も発現しなかった。


「魔力とは元々生物に内在するエネルギー、分かり易く言うなら生命力です。活身魔道術は魔力――生命力を燃やして身体を動かします。活身魔道術は自身の体内魔力を燃やして行うのが普通なんですが、人間の生命力は乏しく、結局は外部の力――環境マナを取り込み、魔力に変換して使うしかありません。ただまあ、私も変換効率を特化させているだけなので自分の魔力"のみ"を使い続けると、他の人と同じくあっと言う間に枯れて死ぬと思います。無頼さんの場合は先達が籠めに籠めた『亡霊挽歌』の魔力が加わるので、自前の生命力がどれほどかとの線引きは私には出来ません。勿論、異常なのは確定しています」

「なるほど。外付け燃料を装着したようなものか」

「魔獣も魔力を糧とします。時には鉱石としての魔石も喰らいますし、魔力に敏感なので魔石鉱床を探す手掛かりにもなっています。食欲と同時に満たせる為、人を襲う可能性は充分に考えられます」


 興味と集中力は全てを遮断する。

 最初は苦い顔をして死体と向き合っていたミロシュだが、今は平然と死体に目を向け、息を吸い言葉を吐き出している。視界を鬱陶しく飛び回る小蠅を気にする素振りはない。


「死んでいるのが何処の誰かは兎も角、死んだ理由の一端は分かったな」

「そうですね。断定は危険ですが、頭の隅に置いて行動するべき事柄ですね」

「ミロシュ、魔道術で穴は掘れるか? この辺りに大きめの、土で覆い隠せるくらいの深さで良い。流石に念仏は唱えんが、供養はしてやりたい」


 無頼が指し示す辺りは枯葉が積もり、柔らかな腐葉土となっていた。

 スコップか何かが手元にあれば別だが、『亡霊挽歌』しか手にしていない無頼に土を掘り返すことは出来ない。村にまで戻ればきっと置いてあるだろうが、もれなくベロニカとロックも付いてくる。説明の手間と時間が惜しい。


「……ダメか?」

「ダメじゃないですが、ちょっと意外ですね」

「意外?」


 ポカンと口を開けたミロシュに無頼は首を傾げる。


「無頼さんはもっと冷淡というか、ローニャと……一応私以外はあまり気に留めていないのだと思っていました。正直、驚きました。見ず知らずの死体を供養する、なんて言い出すとは思っていなかったので。野犬に掘り返されるから埋めても無駄だ、とか真っ先に口に出すタイプかと」

「ひどい言い草だな。俺は動かない死体に鞭打つ真似はしないし、野晒しにされていると心も痛む。人間だからな」

「そうですね、すみません。ふふっ、動かない死体って、まるで動く死体が居るような口振りですね」

「現実にはいないが、創作の世界にはうじゃうじゃといたぞ」


 無頼は軽く肩を竦める。


「それで、頼んでいいか?」

「お安い御用です」


 ミロシュは微笑み、澄んだ声で詠唱を紡ぎ始める。

 首筋に冷たい金属を当てられた時のようにゾクリと寒気が無頼の体を巡るが、これは今に始まったことではない。ミロシュが魔道術を使う前には必ず表れる感覚で、ミロシュの言葉から「なるほど」と合点がいった事柄である。

 無頼の身体は、敏感にミロシュの蓄える魔力の影響を受けている。

 迫るオリンピアの魔力糸を避ける時とは違い、強く引き寄せられる感覚だ。魔道術を熾す為に魔力を集めているのなら納得できる。


(また、妙なことに首を突っ込んだな……)


 ふわふわと浮き上がる土砂の下に死体を投げ込みながら無頼は考える。

 この世界は、常に何処かで火種が燻ってる。

 いつかのベロニカはそう言ったが、それを後押しするかのように行く先々でトラブルが起きている。偶然(トラブル)が旅路と重なっているだけなのかもしれないが、それでも人死にに繋がる事故(トラブル)が頻発する世界で、住民は穏やかな暮らしなど期待でいないだろう。

 死を覚悟して日々を過ごしているのだろうか? 

 オレーサでも感じたことだが、町や村で暮らす多くの一般人たちは、権力者や魔道士の――力ある者の気分次第で崖から突き落とされる生活を送っている。

 戦渦に見舞われ、巻き添えで斬られる。

 そんな生活に身を置いて、何故平気でいられるのだろうか。

 何故、戦って世界を変えようとしないのだろうか。


(やはり、俺は異邦人なのか……)


 こんな光景を目にする度、無頼は常々思い知らされる。

 ぶよぶよと張りのなくなった腕を、足を、胴体を、ミロシュが掘り起こした穴に投げ捨て無頼は溜息を吐く。

 死体に集る小蠅の中に、一匹大きな蠅が混ざっている。ぶんぶんと飛び回る動作は変わらない。仮に意思があったとしてもさして差はない筈だ。大きくても小さくても、所詮は蠅だ。

 だが小さな蠅と混ざれば一目で異質だと分かる。

 全ての死体を投げ終えた無頼は、降り注ぐ土砂を呆然と眺める。


「所詮俺は別世界の人間、か……」


 死体に群がる蠅は、大小関係なく土の下に埋まってしまった。魔道士(ミロシュ)という強大な存在が等しく終わりを与えたように、異邦人の無頼もまた、この世界の人々を別の価値観で眺め、手を加える役割を担っているのかもしれない。

 土の下に埋まった誰かの四肢を想いながら、無頼はより深く考え始めた。


 ベロニカに呼び出された意味、そして『亡霊挽歌』が自分を手放さない理由を。


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