【日記】重たい身体に鞭を打ち
十日目
日記を付けてみろ、とサクラメントに薦められて始めた日記は、まだ数ページしか進んでいない。俺がこの世界に来てまだ十日しか経っていないなんて、やはり自分でも信じられない。"息を吐く暇もない"――と忙しさを表す慣用句が存在するが、俺の十日間はまさにそんな感じだった。
闘争と逃走。
旅とは名ばかりで、結局はそんな日々を過ごしている。
俺は特に問題はない。ローニャも他を選べない自身の立場を理解している。しかし流石にミロシュは堪えているようで、昨日の晩から寝たきりで目を覚まさない。
たとえ今すぐ目を覚ましたとしても、休息は必要だろう。
宿泊は当初の予定通りに。増えることはあっても減ることはない。ミロシュが何と言おうと、その方針だけは変えないつもりだ。
と、そう言えば。
思い返せば、俺はローニャに随分と心無い言葉を浴びせてしまった。
他人を思いやる心が必要なのは分かる。だがしかし必須ではない。たとえ相手を傷つけると分かっていても、口にしなければならないことはある。
それも思いやりだ、など言うなら理不尽な折檻も解釈次第で思いやりになる。だがそうじゃない。結局思いやりとは体の良い言い訳で、そんな感情は存在しない。善人の抱く幻想だ。
俺は闘争に中てられ、高揚していた。
気が大きくなったのか、それとも本性を曝け出しただけなのか――それは分からない。しかし今の俺は冷静で、思い返せば思い返す程に自身の言葉が如何に軽いかを知ることになる。
俺はローニャに嫉妬していただけだ。
ローニャの根底には意志が存在する。志しだけは立派――俺はそう言ったが、俺にはその志しすらない。記憶は空っぽ。戦闘意欲は借り物で、目的は俺の物じゃない。
俺はどうすればいい?
ローニャに謝るのか? 心無いことを言って悪かった、と。
それは悪い考えじゃないが、ローニャは受け入れない気がする。たったの十日、一緒に居ただけの俺だがそう思うのは理屈じゃない。ローニャは自分の誤りを受け入れた。俺の謝りは一笑に伏すだろう。
俺はどうすればいい?
自分に問い掛けても答えは見つからない。
ああ、誰が俺の葛藤に耳を傾けてくれる?
誰もいない。
そんなことは分かっている。
だからきっと、老獪な魔法使いは俺に日記を薦めたんだ。
追記
リルエットの姿が見えないと思い亭主に尋ねた。
俺とローニャがミロシュを探しに出て行ったのと入れ違いに、ツレの男が宿屋に来て街を離れたらしい。赤い槍を持った偉丈夫と亭主は言っていた。
言い置きもなし。俺たちとの繋がりは、所詮旅の擦れ違い程度のモノだ。当然、俺たちもリルエットを利用して核心には触れさせていない。好意を向けられていたのは分かっていた。思わせぶりな態度を取ったのは必要だったからで、責められたら黙るしかない。
だが、俺は異性の好意に靡く訳にはいかない。
その理由は……誰にも話せない。
確信が持てるまで、俺は今の俺でいなければならない。




