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ミロシュのジレンマ②



 ネブラスカ非正規部隊の隊長サラトガは、自身の目の前に現れたミロシュに驚愕を隠せなかった。

 聖王国の『銀豹姫』、その護衛としてあの魔剣使いの相棒を務めるのだから当然手練れの魔道士だと予想は出来ていた。だが自身の部下である三人を信じ、共に帝国の傀儡戦争を生き抜いたエルフ女(バゼット)エルフ男(クランク)小人女(ハリカ)が遅れを取るとも思えず、包囲と処理を一任していた。自身は後方、万が一の場合の逃げられた先に後詰として待機していた。


(突破してきた。部下たちは返り討ちにあったのか……?)


 背を向けて走り出したミロシュを見て、サラトガは悲痛に沈む。

 歴戦のサラトガは、今まで部下を失う哀しみは何度も味わってきた。戦場を渡り歩く上で死に別れとはある意味必然であるが、どれだけ経験しても慣れる類のものではない。欠落を補う為に復讐を選んでも余計に虚しくなるだけで、慰め方は一つしか存在しないと知っていた。死んだ仲間の分まで、他の仲間を生き延びさせることだけだ。


「――ッ!」


 走り出そうとしたミロシュの足元に弓矢が突き刺さり、急な回避運動で体勢を崩したミロシュは短槍を使い転倒寸前の所でなんとか持ち直す。

 弓矢を放ったのはバゼットだ。進行方向を塞ぐようにしてクランクが立ち、バゼットに縋るようにしてハリカがミロシュを睨んでいた。


「ギギ……、絶体絶命だな、魔道士」


 サラトガはホッと胸を撫で下ろす。

 クランクとバゼットはどちらにも目に見える外傷はなく健在で、唯一ハリカの状態だけが気になるが、医療系魔道術に富んだバゼットが付き添っているので心配はいらない。

 この任務を受けてから既に一人、囚われのウィナーまで含めると二人、仲間を失っている。これ以上の欠員を出せば、部隊の存続すら危うくなる。


「投降して『銀豹姫』の元まで案内するか、ここで我らと戦い、命を落とすか……」


 霧を突き抜けて、雨粒が石畳を跳ねる。

 環境マナに作用し霧を生み出していたミロシュの魔力が枯渇し始め、本来の天候に戻り始める。じっとりと躰に纏わりつく湿度は変わらない。ただ、直接的な雨粒に変わっただけだ。

 三人の部下と共にミロシュと対峙するサラトガは、双剣の片方を突き付けて選択を迫る。


「魔道士よ、ギギ……、選べ」




 絶体絶命。


(選べ、と言われても……)


 ミロシュはサラトガの言葉が痛く身に染みていた。染み過ぎて腹部の鈍痛を覆い隠し、代わりにギリギリと脳みそを締め付ける頭痛が襲っている程だ。

 頭痛の原因に心当たりはある。

 半分は魔道術の連続使用による反動である。

 今朝目を覚ましてからミロシュが使用した魔道術は、無頼に施した活身魔道術の付与(エンチャント)、竜騎士を落とした使役魔道術、魔力の八割方を吐き出して霧を作り出した広域作用魔道術、短槍を効率よく扱えるように自身に施した活身魔道術、そして超至近距離に現れたハリカを行動不能にする際に用いた活身魔道術の付与(エンチャント)

 大半は普段通り、ミロシュにとってはなんてことない魔道術である。けれども普段は使わない大量の魔力を出し入れした広域魔道術と活身魔道術の付与(エンチャント)が大きな負担となり、肉体的な疲労と合わせて感覚器官に無理を訴えを始めたのだ。


 残り半分はミロシュの持病のようなものである。

 幼年期に患った病魔の後遺症。ミロシュが罹ったのは体の末端から体内に入り込み、果ては脳髄まで侵し尽くす稀代の難病である。幼いミロシュを連れた両親は南部に住む医者の悉くを訪ね、中原を練り歩く最中にサクラメントの隠れ家に辿り着いたのだ。

 ただの病気ではなかった、とミロシュは聞かされていた。

 サクラメントは医者ではない。だが医療魔道術は人並み――正しくは魔法使い並み(・・・・・・)――には扱える。ただの病気ではなく病魔、即ち魔力(せいめいりょく)を食い荒らす病の対処ならば、それは専門と言っても過言ではない。

 サクラメントの施術により幼いミロシュの病魔も九割方取り除くことには成功した。しかし唯一脳髄に達した病魔には手出しできず、それへの対抗手段として魔道術の手解きを始めたのである。


 疲労が全ての切欠と言えばそれまでだが、それだけであっさり投降するほどミロシュは諦めが良くない。

 短槍を構え、大きく息を吸い込む。

 前には四本のナイフを浮かばせたクランクが、後ろには双剣を手にした巨躯のサラトガが道を塞いでいる。少し離れた場所には魔力を溜めこんだバゼットが弓を構え、その足元では仕留め損ねたハリカが睨みを利かせている。

 ズキズキと痛む頭に酸素を送り込み、ミロシュは心を落ち着かせる。


「《我は虚空を喰らう者》」


 そして、詠唱。


「ギギ……抗うか……!」

「膾切りにして案内させてくれる!」


 クランクとサラトガは一節が終わるや否やミロシュ目掛けて斬りかかる。

 魔道術に必要な詠唱に定型文はない。環境マナから適した魔力を練り上げられるなら、それこそ鼻歌でも魔道術は発動する。しかし世間に浸透している言葉を使った魔道術ならば、二節以上の詠唱が必要となる。当然一節でも発動しないことはないが、"戦闘に利用出来る魔道術"ならば二節以上費やして魔力を掻き集めるのが常である。


 故に可能な限り詠唱をさせない。

 対魔道士戦闘はそれが大原則となる。


 ミロシュは詠唱を区切り短槍で迎え撃つ。以前にクランクを攻め立てた時とはまるで違う。攻守の逆転も勿論だが、何より飛び交う手数が恐ろしく多い。サラトガの双剣が二本、クランクの周囲を飛び交うナイフが四本に手にした剣、合計七本の刃物がミロシュの柔肌を切り刻まんと迫っていた。

 キンッキンキンッ、と人が消え静まった通りに甲高い音が響く。


「くっ!」


 短槍で一先ずの攻撃を捌き切ったミロシュに目立った外傷はない。

 短槍で薙ぎ払われ距離を取ったサラトガとクランクは、何度も斬撃が当たったにも拘わらず素肌が剥き出しとなった頬以外、血の一滴すら流していないミロシュを訝しむ。


「そのローブ」

「ギギ、頑丈のようだな、随分と」


 そして再び、嵐のような攻めが始まる。

 クランクとサラトガ、二人同時の攻撃に見えて実際は些細な連携のズレや安全な回避先が存在する。それは互いの刃が仲間を傷つけない為の安全地帯であり、ミロシュは短槍のリーチと僅かに生まれる二人の隙を盾に攻撃を凌いでいた。

 何より、クランクの使う魔道術がミロシュの思いもよらぬ援軍となっていた。

 ナイフを浮かべ、自動で迎撃する魔道術は確かに近接戦闘で恐るべき攻撃力を誇る。剣と剣がぶつかる、剣士同士の一対一戦闘ならばそう易々と攻略できる代物ではない。

 しかしミロシュは剣士でなく魔道士で、使用している武器は剣より間合いが遥かに長い短槍。肉体が動かす刃よりも魔力で動く刃の方が追い易く、視界を割かないのでそれ以外を観察する余裕も確保できる。

 小まめに足を動かし、慎重に立ち位置を変える。

 執拗に攻撃を続ける二人に囲まれたミロシュは、傍からはジリジリと消耗を重ねていくだけで勝ち目などまるでない、無駄な抵抗を続けているだけにしか見えなかった。


「今です!」

「なっ!?」


 サラトガの攻撃を凌いだミロシュは、クランクの周囲を舞うナイフの合間に飛び込む。

 本来距離を詰められて困るのはリーチの長い槍使いだが、勝算を見出したミロシュは勇猛果敢に飛び込んだのだ。

 迫り来るナイフを弾き、クランクの斬撃を避ける。次のナイフを躱し、距離を取ろうとするクランクの爪先を踏み付ける。剣を握っていないクランクの拳がミロシュの鼻っ面を殴り、それでもクランクに喰らい付く。


「隙だらけだ……!」

「ぐっ!」


 その背中をサラトガの斬撃が襲う。獣人の剛腕による斬撃は重く、ミロシュの骨は軋み激痛が全身に走る。クランクのナイフが届かないギリギリの場所からの攻撃に、ミロシュは悲鳴を噛み殺す。

 顔を歪めるミロシュ目掛けて、クランクは剣を振り下ろす。狙いはローブの加護がない頭部から首筋――当たれば致命傷になる位置だ。


「《欲望のまま、喰らい尽くせ》!!!」


 コンマ数秒、絶妙なタイミングで絶望的な状況を振り払う詠唱を完遂させる。

 ミロシュは背後から迫るサラトガの双剣を短槍で受け、振り下ろされたクランクの剣に魔道術をぶつける。

 ミロシュの鼻先数十センチの距離に集まった魔力は、クランクの剣ごと空間を歪め、鋼鉄の剣は無残に捻じ曲がる。クランクの周囲を舞う四本のナイフは捻じ曲がった虚空を切り裂き、淀んでいた魔力は破裂する。

 クランクとサラトガは破裂の余波を受け、石畳に放り出される。


「――ッ、隊長!」

「ギギ、無事か……!?」


 すぐさま起き上がった二人は反射的に片膝を付いた防御の構えを取り、立ち竦んだミロシュの姿を見つけて安堵する。

 短槍で体を支え、肩で息をするミロシュは限界をとうに越えている。


「隊長、クー、いけない!」


 立ち上がり再び仕掛けようとしたサラトガとクランクの二人を、エルフ女(バゼット)が呼び止める。足を止めた二人はバックアップに回った仲間を見つめるが、バゼットは説明の代わりにと短弓の弦を引き、矢を射かける。

 ガンッ、とミロシュの胴体目掛けて空を裂いていた鏃は、虚空に突き刺さり弾き飛ばされる。

 目を凝らし矢の軌道を追っていた二人でも、何が矢を弾いてミロシュを守ったのか判別出来なかった。魔道術を使った素振りはなく、当然短槍を動かしてもいない。

 部隊で最も魔道術に長けているバゼットにクランクは説明を求める。


「どういうことだ、バゼット」

「クー、刻印魔道術。クーと同じことしてる」

「馬鹿を言うな。俺のナイフと同じこと? どこに刻印がある?」

「魔力で書いてる。魔剣と同じ、魔道術が作用する構造を用意するのに、制約はない。声でも、文字でも、魔力でも、環境マナを支配下におけるのなら、媒体は自由」

「ギギ……ならば、あの魔道士は……」

「空気を固定化し、魔力を練り込んでいる。正直、かなり高度な技術が必要。少なくとも二つ以上の魔道術を並列発動しなければならなく、……私には出来ない」


 三人は距離を取ってミロシュの動向を窺っている。

 手出しは出来ないが、逃げ出す心配もない。ミロシュは短槍に縋りつき辛うじて立てる程に弱り、足は震えて額には汗の滴が浮かんでいる。複合魔道術で罠を張り手傷を負わせ、可能な限り時間稼ぎをしようとする魂胆は見え透いている。

 だが、その狙いは有効だ。

 事実バゼットが気付かなければ、サラトガとクランクは見えない風刃に刻まれ、手傷を負っていた。


「ギギギ……しかし狙いが時間稼ぎであるなら、些か面倒だ……」


 ミロシュが築き上げた苦肉の策は、ネブラスカ斥候部隊の四人にとって最悪の選択であった。

 サラトガたちと違い、ミロシュはここに留まっても何の問題はない。しかしサラトガたちにはここは敵地で、オレーサ守備隊の意識が外に向いている内に行動を済まさなければ、外に向いた視線が残らず自分たちに向けられ孤立する。

 素顔を知っているミロシュがいる以上、再び住人の中に紛れることも危険が伴う選択で、ミロシュが魔力の色を察知出来るタイプの魔道士ならば間違いなく逃げ切れない。探し出され、吊るされるのが関の山だ。


「バゼット、何とか出来ないか?」

「無理、と言いたいですが隊長、どうやら天は私たちの味方、いや、彼女の障害になってくれるらしいです。正直、運は私たちの傍にある」

「ギギ……、確かに」


 ポツリ、と鉛色の雲が地上に足を伸ばす。

 動き回り火照った身体に降り注ぐ雨粒は触れる度に熱を奪い、三人の交錯で石畳に飛び散った血液を執拗に洗い流す。

 頬を濡らす雨粒に気付いたミロシュは呼吸を整え、目を開く。


「クー、見えるか」

「ああ、隊長」


 狭い視界に収まるのは、軒下に座り込んだハリカと近づいて雨に打たれるバゼット。そして数メートル先でジッとこちらを見つめるサラトガとクランクであった。

 ミロシュの心臓は恐怖でキュッと縮まり、手の平に汗が滲み出るのを感じる。

 二人の視線――サラトガの瞳は闇夜で獲物を見据える野獣のように炯々と輝き、クランクの眼差しは獲物に矢を射る直前の狩人のように冷たく鋭い。


「やれ」

「《我は狩人。獣を追い、鳥を射落とす。その狙いは精密》」


 ミロシュの支配下にある環境マナが、拳一個分削られてクランクの元に集まる。

 危険を感じ取った時には既に遅く、クランクの腕は強く振り抜かれた後であった。

 鋭い何かが空を切り、合間に存在する無数の風刃を躱してミロシュに迫る。


 カンッ、とミロシュの額が跳ねる。


 礫だ、と気付いた時には額に当たり、頭は後方に跳ねる。

 あまり勢いはないがピンポイントな衝撃に仰け反ったミロシュはギリギリの所で踏み止まる。

 顎が上り、視界が揺れる。

 ドロリと額から鼻筋、顎を離れて石畳に、真っ赤な血液が流れ落ちる。額にジリジリと燃えるような痛みを感じたが、傷口を心配する余裕は微塵もなかった。

 このミロシュの魔道術は、本人が動かないことを前提としている。即席で組み上げ、書き込んだ刻印ではクランクのナイフのような精緻な行動は出来ない。夕暮れに地平から姿を見せ、明け方に反対の地平に沈んでいく三つ子月のように、同じルートを巡回しているだけなのである。

 故に見破られたなら、即席の防御が綻ぶのは必然だ。

 魔力で形を与えられた透明な風の刃は、霧雨の中にはっきりとその姿形を示してしまった。クランクのナイフと違い、精緻な動きの代わりになるのは隠密性と数の多さだけで、それが意味を成さないとなれば、動けないミロシュは礫の的にされるだけである。


「クー」

「了解、隊長」


 サラトガが顎を動かし、クランクが次の礫を握る。

 ミロシュは頬を流れる水滴が雨粒なのか冷や汗なのかか、それとも自身の血液なのかすら分からなかった。

 頭を(よぎ)るのは当座の危機をやり過ごす方法と、その為に必要な行動だけである。


「《我は手繰る者。気まぐれなる風よ、我を導け》」


 風の刃を散らしたミロシュは、詠唱を口遊んで費やした魔力が環境マナに変わる前に再利用する。ミロシュが使ったのは体の各部に風を纏わりつかせ、活身魔道術に劣らない運動補助を実現する魔道術である。

 活身魔道術が掛け算なら、風の補助魔道術は足し算――ダメージが蓄積している今のミロシュが無駄なく行動しようと考えるなら、風鎧を纏う方が効率が良い。

 そして逃げ出すなら、相手が一方向に固まっている今しかない。


「――――ッ!」


 背を向けて走り出したミロシュの肩に、クランクの放った礫が直撃する。一瞬グラついたが、ミロシュは歯を食い縛って足を動かし続ける。

 頭がズキズキと痛む。

 あの頭痛だけでなく、今は視界の半分を赤く染める額の傷も大いにミロシュを苦しめていた。額の傷は他の部位よりはっきりと脳みそまで痛みが伝わり、他の部位なら目を逸らせる切り傷でも、右目を真っ赤に染めている現状、嫌でも視界には自分由来の赤色が入り込む。

 ここで倒れて目を閉じてしまえたら、どれだけ楽なんだろうか。

 建物のどれかに逃げ込んで助けてくれ、と叫べたらきっと追手も簡単に撒けるに違いない。


「それが出来ないから、苦労してるんです」


 ミロシュは自分に言い聞かせる。

 魔法使いの教えと、ミロシュの矜持がそれを許さない。敵の手に落ちて仲間に迷惑をかけるなど心配してはいない。手段を選ばないことを嫌っているのではない。街の住民への被害などミロシュが考える事柄ではないのだから。


「逃げるな。諦めるな。最善を尽くせ」


 記憶の最深部、サクラメントが口にした言葉をミロシュは繰り返す。

 手術用の寝台に寝かされた六歳のミロシュに対し、サクラメントが初めて掛けた言葉だ。それ以前の記憶は薄らと靄が掛かって思い出せない。両親の顔から生まれた家まで。唯一覚えているのは自分の名前と、自分に言い聞かせるように手術前のサクラメントが呟いた言葉である。


「私はまだ、戦えます」


 駆けるミロシュの背中に、弓矢が突き刺さる。

 正確にはローブを貫通していないので"刺さった"とは言えないが、風鎧を突き破った弓矢に撃たれたミロシュは完全にバランスを崩し、濡れた石畳に足を滑らせ倒れる。

 風鎧が剥がれ落ち、柔らかな風が石畳の水滴と霧雨を振り払う。

 弓矢の鏃が耳の傍で跳ね、手を離れた短槍が倒れたミロシュから遠のいていく。

 起き上がろうと腕に力を籠めるが上体を起こすのがやっとで、手の平が濡れた石畳に滑って再び倒れ込む。


「……っ、ここまで、ですか」

「なら以後は俺が引き継ごう」


 ミロシュの正面から歩み寄る人影は短槍を拾い上げ、ミロシュの手の届く位置に優しく置いた。オレーサで無頼以外に自分を助けてくれる人物に心当たりなどない。男の声であるが、この声の調子は無頼のそれとはまるで違う。

 ミロシュは再び起き上がろうと力を籠めるが、今度は自身の体ごとその人影に引き上げられる。


「あなたは……!」


 疲労で鈍った心を驚愕が揺さぶるが、引き起こした相手は何食わぬ顔でミロシュの代わりにサラトガらと対峙する。

 特徴的な赤い槍を手にした浅黒い肌の偉丈夫だ。


「俺と貴方は初対面、この場はそれで良いでしょう。なあに、深く考えなくて結構。寄って集って婦女子を嬲るこの状況、それを見て見ぬ振りなどしたら騎士としての誇り……いや、男としての矜持が廃る!」


 意外にも助力を申し出たのは、隠れ家にやって来た『紅燕の旅団』の一人である。

 何故ここに、と湧き上がる疑問より正直な安堵が勝る。

 周りに仲間はおらず、ミロシュに害意がないことは"初対面"と宣言した辺りから薄々と嗅ぎ取れる。完全に信じることは出来ないが、言葉通りに義憤に駆られた可能性は捨て切れない。


「ギギ……お前は、誰だ?」

「気にするでない。俺は通りすがりの騎士で、通りすがりの一人の男。今ここで剣を交えるのにそれ以上の理由が必要か?」

「…………必要だ」


 槍袋を外した騎士オーガスタは軽く回し、穂先をサラトガとクランク、そして弓を射ったバゼットに向ける。ブンッ、と空を切ったオーガスタの槍は霧雨を切り払い、自身の間合いをはっきりと相手に示す。

 相手は満身創痍の魔道士(ミロシュ)ではなく、本職の槍使い(オーガスタ)

 目的は背後に控えたミロシュであっても、真紅の槍を掻い潜って追いかけるのは中々に骨が折れそうだとサラトガは眉を顰める。

 ピリッと両者の間に緊張が走る。


「なら、後はお願いします」

「あ、弟子殿!」

「ありがとうございます。お礼はまた今度、機会があれば、必ず」


 早口で言い終えたミロシュはズキズキと痛む頭を下げ、サラトガたちの相手をオーガスタ一人にに丸投げする。

 共闘は出来ない。

 ミロシュの当座の目的は敵を倒すことでなく、敵から逃げて仲間と合流することである。ここに残ったとしても今の自分が満足に戦えるかどうかも分からず、戦いが終わったら今度はオーガスタを撒かなければならない。

 ならば多少無責任ではあるが、ここは助力を買って出た(おとこ)オーガスタにまるっと任せるのが無難で最善の方法だと判断したのだ。


「名前は確か……オーガスタさん、でしたね。忘れないようにしないと」


 活身魔道術と風鎧魔道術を併用したミロシュは、飛ぶように戦場から離脱する。

 この組み合わせは間違いなく翌日に響くが、千載一遇の機会を逃したら、次はないかもしれないと考え、ミロシュはオレーサの街を駆け抜けていった。


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