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しかし、金は命で買える④



 その知らせが齎されたのは敵部隊が撤収した十五分後、守備隊隊長のリーウットから手渡された二十万シードの約束手形を握り締め、満面の笑みを浮かべるベロニカが城壁から落ちかけた五分後のことであった。


「ドラゴンがいたんだ!!」


 魔道術で落下速度を殺し、無頼に受け止めて貰うことで怪我一つなく着地を終えたリルエットは、開口一番そう叫んだ。

 リルエットの大声は瞬く間に周囲の兵士たちにも伝わった。

 年齢の高い兵士から動揺を顕わにし、揺れた水面のように動揺は瞬く間に伝播する。若い兵士は運んでいた矢や投石用の礫を取り落とし、初戦に得た圧勝の余韻に水を差す。

 比較的冷静な性質のリーウットも、ドラゴンという危険な単語には疑念を抱かずにはいられなかった。オレーサの守備隊を束ねる指揮官として、リルエットに更なる情報を求める。


「何故ドラゴンがいる?! 種類は? 野生ではないのか?」

「僕にも分からないんだ!」

「何故分からない! 見たんじゃないのか?!」

「迂闊に近づいて、古龍や飛竜だったら僕は食べられちゃうんだ! リーウットは飛べないから分からないんだ! 空で……空でドラゴンに出会ったことが無いから……」

「落ち着け、リルエット。ああ、くそっ、お前たち、大型連弩を用意しろ! 急げ、ぼさっとするな!!」


 取り乱しガタガタと震えるリルエットを強く詰ることも出来ず、悪態を吐く。

 この状況でドラゴンの存在が偶然現れる筈もなく、そうなればネブラスカの仕込みに決まっている。リーウットはそう決めつけ、近くの兵士に対空戦闘の準備をするよう指示を飛ばす。

 怯えるリルエットにしがみ付かれた無頼は、片手で朱色の頭を撫でながら曇天の空を見上げる。

 視界の隅々まで鉛色をした雲が絨毯のように広がっている。地上には部隊の再編を終えて進軍するネブラスカ軍が存在するが、やはり天地どちらにもリルエットが恐れる"ドラゴン"なる生物の姿は見当たらない。


「無頼さん、宿に戻って荷物を纏めましょう」


 目を細めて遠くを探す無頼の袖をミロシュが引く。

 無頼が視線を向けるとベロニカも同意見なようで頷き返す。

 最低数日は滞在する、その予定を二人が却下したのは"ドラゴン"の存在をリルエットが口走ってからだ。

 ドラゴンを恐れているのだろうか? 無頼は純粋に浮かんだ疑問を口にする。


「攻城戦にドラゴンは付き物だよ」


 バツが悪そうにベロニカは答える。

 城を落とすには防衛側の三倍の兵力が必要だと言うのは、無頼の世界の定石だ。しかし弓で敵を撃ち落とし攻城槌で門を叩き壊す攻防に、魔道術という劇薬が加わるだけで定石は容易く壊れ、予め環境マナを掌握出来る防衛側が絶対的な優位を手に入れる。

 弓矢の射程や威力を高めるのは勿論、数を頼りに攻め立てたとしても目に見えない風の刃が薙ぎ払うのだから攻城側の必要とする兵力は三倍では足らない。継ぎ足した戦力の分だけ、犠牲者は更に増えていく。

 それを避けるには弓矢や魔道術などの遠距離攻撃でビクともしない戦略兵器を使うか、相手の防衛戦力を一掃してから攻城戦に移るかの二択しかない。


 一般的に前者は攻城戦車などの兵器で、後者はドラゴンを用いた強襲だ。


「なあ、ローニャ」


 嬉々として軍事知識を披露するベロニカの話を聞いていた無頼は、ふと気になった事柄を尋ねようと口を挟む。話の腰を折られたベロニカだが、頼られるのは得意らしく何でも聞いてくれと薄い胸を張る。


「ドラゴンは、そんなに強いのか?」


 異世界人の無頼はドラゴンの実物を見たことが無い。

 旅立ちの日、軽々しく"竜退治"など口にしたものだから、空飛ぶトカゲ程度の生物だと無頼は嵩を括っていた。『亡霊挽歌』に宿った亡霊たちも強敵と戦える喜びに震えてはいない。しかしリルエットの怯える様子やベロニカの話からでは、ドラゴンは凶暴で一軍を相手に立ち回れる強靭な生命力の持ち主にしか聞こえなかった。


「全然。弱くはないけど、一匹で城塞一つを落とすなら余程体が大きいか、魔力の使える飛竜以上の古龍じゃにゃいとダメかにゃあ……。軍で徴用するような、山や草原をうろうろしてる竜なら、普通に大型連弩で落とせるよ」

「そうなのか」

「うん」


 ベロニカはオレーサ守備隊が用意した連弩を指差す。

 連弩に用いる矢の胴体には鉄製部品をふんだんに用いて補強がなされ、鏃は言うまでもなく矢柄も鱗を貫いた後折れぬようにと鉄製で誂えてある。反しの施された大きな鏃は人間に対しては意味をなさない程に大きく、これらの矢がドラゴンや大型生物専用に用意された物だと分かる。


「横から口を挟ませてもらうが、問題はドラゴンではないのだよ」


 二人の遣り取りを耳にしたリーウットが近づいてくる。

 些か緊張した面持ちではあるが、声にまで表れていないのは奇襲される前に対策を敷くことが出来た安心感が大きいのだろう。爆撃機が空爆を始める前に対空砲火を配備出来たようなものかと無頼は出身世界の事情に置き換えて納得する。


「最大の問題は、ドラゴンと魔道士の相性の良さだ」

「相性?」


 リーウットは地平線を睨む。


「大型連弩に魔道術……、我々の攻撃は空まで届かん。竜は風を受けて飛ぶ生物だ。風を用いた魔道術は効かん。馬上や陸路で進攻中の魔道士は戦況次第で詠唱出来ないことは度々ある。だがしかし、竜の背に騎乗した魔道士はまず無事が確保できる。空高くに逃げ、悠々と詠唱を行い対地攻撃に移れるからだ。我々が竜を落とすには攻撃に移る一瞬を突くしかなく、必然的に上に向ける警戒は相当数の人員を要する。しかしそれでは良くて相打ち。防衛側は消耗するばかりだ。それに街の上空を飛び回る竜に鉄の矢を放つのだ。家屋や住民の被害も相当なものになる」


 くるりと地平線に背を向けたリーウットは真っ直ぐ三人を見据えると鉄兜を脱ぎ、周囲の目も鑑みず頭を下げる。


「恥を忍んで頼む。どうか我々に力を貸してくれ」


 栗色の髪の毛が薄くなった頭を向けられた三人は、三者三様の反応を浮かべる。

 ミロシュはリーウットの背後で動く豆粒大の影と禿げ頭を見比べ、口には出さないが露骨に嫌そうな表情を固定している。

 ベロニカは逃げ遅れたことを後悔していた。現場の責任者たるリーウット自ら頭を下げたことで、安易な解答が出来なくなっていたのだ。


「断る」


 だが無頼は、構わず切り返す。

 顔を上げたリーウットは驚きを顕わにするが、そうか、と素直に引き下がる。

 無頼は自分にしがみ付いて震えるリルエットの手を丁寧に解くと、絶望色を強めるリルエットから視線を外す。


「そもそも俺は剣士で、残り二人はか弱い婦女子だ。戦力として数える方がどうかしている」


 無頼の言葉は建前である。

 ドラゴンとドラゴンに乗った魔道士ならば、自分とミロシュの魔道術を駆使すれば対処出来るだろう。

 魔法使いの弟子であるミロシュが扱える魔道術は、素人目に見てもオレーサの駐軍魔道士の魔道術より優れ、種類に富んでいる。竜騎兵なる城塞攻めに最適な兵科が存在する世界で尚、城塞がなくならないのだから竜対策の魔道術も実在するに違いない。

 無頼も無頼で心強い味方がいる。『亡霊挽歌』に宿った亡霊――かつて魔剣を手に戦場を駆けた達人の中には、当然竜殺しの異名を持つ者も多くいて、対竜剣術は『亡霊挽歌』の中で確立されている。実物(ドラゴン)を見てみなければはっきりと断言出来ないが、自分でも扱える類の剣技だろうと無頼は嵩を括っていた。


「それに、俺たちはこの子の安全が最優先だ」


 無頼はベロニカの肩を抱く。

 どれだけ二人に有用な戦闘手段があれど、それはベロニカを守りながら実践出来る類のものではない。『亡霊挽歌』が囁く戦術は姿を隠してからの奇襲で落とし、存在を晒してからは自らを餌に誘き寄せて落とす。相応の危険が不可避な戦術で、自力で最低限の安全すら守れないベロニカがいるのなら避けるべき選択だ。


「金なら市議会を説得して……」

「隊長さん、俺たちの旅の優先順位はこうだ。まずベロニカの命。次にミロシュの安全。そして金。俺の命は金の次、金で買えないこともない。だが、この二人は別だ」


 無頼はそうリーウットの提案を切って捨てる。


「すまないが、今は手を貸せない」

「竜退治を目的とする一行だと聞いて期待していたが……そうか、関係ない街の平和より仲間の命が大切なのは当然だ。すまなかった」


 リーウットは悔しそうに下唇を噛むと、迎撃準備を終えて指示を待つ部下の元に戻っていった。

 一度撤退したネブラスカ軍は再び数を倍にして城壁の目と鼻の先まで詰め寄り、オレーサの迎撃を許さない絶妙な位置取りで機会を窺っていた。

 国境の彼方から飛来するドラゴンは豆粒のような大きさから、二枚の羽に鱗を纏った胴体の姿形が分かる距離まで近づいている。高高度を進むドラゴンは今もぐんぐんと距離を詰め、あの速度を維持するのならオレーサの上空に到達するまで数分と掛からない。

 ネブラスカ軍が城壁前に布陣した時には静けさを保っていたが、ドラゴンが現れた現在、市街地や城壁の各所に備えられた警鐘が打ち鳴らされ、一騎打ちや防衛戦の見物や助力に来ていた市民が兵士たちに追い払われる。

 街全体が緊張で張り詰め、遠くのドラゴンが鐘の音に驚き吼える。


「ああ、髑髏マスクとお嬢さんたち」

「にゃ?」


 リーウットは大切なことを思い出し、切迫一歩手前の戦場から三人を呼び止める。


「市街まで戻るのなら、リルエットも連れて行ってくれ。彼女は充分働いた。……それとあまり言いたくはないが、こう怯えていると邪魔にしかならん」


 座り込んで震えるリルエットを立たせたリーウットは、リルエットが妙に懐いている相手――無頼に付いていけと促す。

 呆然自失。生まれたての幼鳥のようにふらふらと歩くリルエットは、無頼の元に辿り着くと右腕にヒシッと身を寄せる。ベロニカも負けじと左腕に抱き着き、身動きを封じる。

 無頼は動揺を強める。

 軽いとは言え二人分の重量の前では肩を竦めることすら出来ない。それどころか城外では敵の軍勢が迫り、竜がこの場に到達するまで何分と掛からない。こんなことをしている場合ではないと叫びたかったが、兵士たちの恨めし気な視線の中心でそんなことを叫ぶとどうなるか、想像するだけで身震いすらしてしまいそうだ。

 確かに今は両手に花、更には残りの一輪であるミロシュまで侍らせ去ろうという状況だ。空から敵がやって来る現状、身動きが取れずに目立てば狙ってくれと言っているようなもので、しかし邪険に突き放したら他の男たちから矢を射られかねない。


「ローニャ、今は遊んでいい状況じゃないでしょ」


 身動きの取れない無頼を見兼ねて、ミロシュが溜息と共に助け舟を出す。


「にゃっ! で、でも、……!!」

「デモも何もないの!」

「あいてっ!」

「無頼さんもジッとしてないで! 真面に動けないのなら、その人を抱えて」


 頭を押さえたベロニカが渋々離れる。

 無頼は腰を下ろすと、よっと掛け声を口遊みリルエットを抱え上げた。それはベロニカが憧れるようなお姫さま抱っこなどとは掛け離れた、大の大人が小さな子供を抱える姿そのものだ。

 腕一本でリルエットの痩躯を持ち上げた無頼は、左手を魔剣の柄に合わせる。柔らかなリルエットの臀部の感触を意識しないようにと、苦し紛れに微笑む。


「隊長、来ます!」


 呆然と口を開けて固まるリルエットの意思など気にせず、無頼たちは城壁から街側に飛び降りた。

 背中に追い縋る視線を感じる。女性に囲まれた無頼に対する羨望ではなく、一緒に戦ってくれないのかと失望の色が濃く含まれていた。

 強者は士気を保つ旗印となる。仲間としての信頼関係を蔑ろにしてでも、戦場に立てば心強さを与えるのだ。


「迎撃準備!」


 それが分かっていたからこそリーウットは引き止め懇願したのだが、断られたからには黙って引き下がるしかない。不安を浮かべた部下たちにこれ以上の醜態は見せることが出来ず、今はオレーサ本来の戦力で敵を迎え撃とうと決意を固めている。


「魔道士は下を、弓兵は上を狙え! 奴らを我々の街に近づけさせるな!!」


 眼下に迫る敵兵は目測で三千と少し、飛来するドラゴンの種族は翼竜で頭数は八。

 二騎一組で地上を襲う竜騎士が四組に分かれ、攻城槌や梯子を手にのろのろと地上を進む歩兵の真上を旋回している。

 地上を進む敵兵ならば前だけを見て戦えばいいが、頭上を飛び越える竜騎士が加わるとそうもいかない。前後左右、果ては頭上にも神経を張り巡らせ、声を掛け合いながら取り回しの難しい大型連弩で迎撃しなければならないのだ。

 手の平に汗が滲み、山吹色をした翼竜が戦意をギラつかせる。



「ああ、忘れ物してました」



 城壁に配置した兵士や魔道士の緊張を、柔らかな物腰の女声が切り裂く。

 ミロシュだ。

 無頼と共に市街に戻ったミロシュは城門補強用の土嚢袋を一つ抱えて戻って来たのだ。

 リーウットを始めとした面々は自身の目を疑い、次いで砂利の詰まった土嚢に目を向け、やはり首を捻る。忘れ物――と言っておきながら持って来たのは十キロを下らない土嚢で、戻って来たのは精強さを両軍に示した無頼ではなく、魅力的なプロポーションを地味な魔道士のローブで隠したミロシュである。

 付与(エンチャント)を使える、その事実だけで他の魔道士とは一線を画した実力の持ち主であると知れていたが、それが出来る魔道士は掃いて捨てるほどいる。助力をするにしても、単独で戻ってくるのは兵士たちにしてみれば些か不可解であった。


「《我は許し与える者》」


 怪訝な顔をした兵士に見守られる中、ミロシュは詠唱を始める。

 仲間(ぶらい)付与(エンチャント)を施した時より早口で、詠唱は雑に聞こえた。しかし、だからであろうか、朗々と紡がれるミロシュの詠唱は力強く聞こえ、不安に震えるオレーサの守備兵たちの恐怖を和らげる。


「《今の汝は地を這う砂塵。されど我は地を離れ空を切る砂刃を望む》」


 立て掛けてある短槍を手に取ったミロシュは、躊躇なく土嚢に切先を突き立てる。

 麻袋に空いた小さな穴は見る見るうちに広がっていく。砂が、小石が、拳並の礫が、ミロシュの詠唱に合わせて次々と袋の外に溢れ出ているのだ。


 魔道術の原理は簡単だ。詠唱で環境マナを取り込み、体内の魔力核で魔力に変換した後に放出、環境マナに作用させることで現象を引き起こす。

 そのトリガーたる詠唱にも、見本のような定型文は存在しない。

 まず行使者が自身が何者かを示し、次に対象物を指定して目的を告げ、最後に命じる。その三過程を念入りに綴ればそれだけ威力が増し、短かったとしても意志が込められているのなら魔道術は発現する。それこそ鼻歌で発現した記録があるくらい、魔道術の詠唱には縛りがない。

 ミロシュが今口遊む詠唱に秘められた思惑も、呆れるほどに単純だ。


「《空飛ぶ彼奴らを、追い落とせ》」


 ミロシュから魔力が迸り、麻袋を突き破って溢れ出した砂利に流れ込む。

 十キロ相当の砂利は、ふわりと重力に逆らって浮かび上がる。ネブラスカ軍の進行速度に合わせて頭上を旋回する竜騎士を見つけると、獲物に襲い掛かるネコ科猛獣の如き素早さで襲い掛かる。

 八匹の翼竜の内、二匹の翼竜が逃げ遅れる。

 片方は薄いが頑丈な翼を礫に裂かれ、搭乗魔道騎士ごと錐揉みしながら墜落。

 もう片方は魔道術での迎撃に成功するも散った砂利が口内に入り込み、火炎袋をズタズタに裂き爆発、炎上して墜落する。

 燃え盛る翼竜が断末魔の悲鳴をあげ、暴れる翼竜の巻き添えを喰らった地上の侵攻軍は大いに混乱を極める。空では死んだ仲間を目にした残りの翼竜が悲痛を叫び、竜騎士たちは御そうと必死に手綱を引いていた。

 全く予想だに出来なかった戦端に、両陣営の指揮官は凍り付いていた。


「無頼さんを引き上げて貰ったお返しです。残りは、どうか頑張ってください」


 ミロシュはそう言い残すと足早に城壁から離れる。

 少しして鬨の声が轟き、矢が空を切る。侵攻軍の兵士が足踏む音が城壁を越え耳朶を揺らし、ミロシュは後ろ髪を引かれるようにして振り返る。

 魔道術が環境マナを掻き回す震えを鋭敏に感じ取りながら、ミロシュは気付く。


「あ……、槍持って来ちゃった……」


 手にしている短槍は女子供でも扱えるように軽く、城壁の上には投擲用として運び込まれた代物だ。無銘で、これといった特徴も見つからない。簡素な造りをしたこの短槍は使い捨てを前提とした安物だろう。

 ミロシュは決めつけ、くすねても誰も困らないと勝手に正当化する。


(迂闊だったかもしれない)


 短槍で翼竜の鱗は貫けない。

 ミロシュは魔道士で槍は本職ではない。自身の魔道術はドラゴンにも通用するのだと今し方確認も出来た。だが、流石に魔道騎士とドラゴンを相手に魔道術一本では分が悪い。

 先の魔道術を放った時、翼竜に跨った魔道騎士の何人かはハッキリとミロシュの姿と魔力の色を認識していた。

 魔力の残滓を嗅ぎ取られ、後を追ってくる可能性は充分に考えられる。


(でも、後悔はしていない)


 そう頭の中に浮かんだ考えをミロシュは振り払う。

 隠れ家を離れて早数日、ミロシュが自身の意思のみで魔道術を使ったのは今回が初めてだ。その結果に苦難が振り掛かっても愚痴を垂れ流す仲間ではないとミロシュは二人を信じていた。


「私も、私の魔道術を見つけたい」


 そう自身に言い聞かせ、ミロシュは足取り軽やかに三人との合流地点を目指す。





「…………」


 散漫な注意と数多の人頭が相成って、ミロシュは見逃していた。

 暗色のローブを纏った五人が立ち止まり、街中で擦れ違って以来ミロシュの背中を追っていた。背丈はバラバラ、種族や年齢もまた然り。手練れだが訳アリの五人は、誰一人欠けることなくミロシュの存在を追い、ミロシュは五人に気付けていない。


「案の定……です、隊長」


 背丈の小さな女が無頼に負けない長身の男の傍に歩み寄る。

 隊長と呼ばれた壮年の獣人は、フードを外して遠のくミロシュの背を睨む。眼光は鋭く、気の弱い者ならそれだけで動けなくなる程の圧力を放っている。

 少年のような小人族の女に見目麗しいがオドオドと怯えるエルフの女、顔に刻まれた大きな傷が目立つエルフの男に学者然とした眼鏡の人間の男――全員が獣人を倣いフードを取っ払い先を見つめる。


「ギギ……城門は、オリンピアに任せるか……」


 ネブラスカ非正規部隊の隊長サラトガは、ローブの下に隠れた双剣を撫でる。

 避けられない強敵との競合、見失った標的との邂逅、その二つを同時に予感したサラトガは恐怖と歓喜で身震いする。


「ギギ……、ウィナーはウィル、お前に任せる」

「了解」

「残りは俺といく。散れ、勘付かれるな……」


 サラトガが命じると、四人の男女は人通りや路地裏に紛れ消えてしまう。

 残ったサラトガはフードで目立つ姿形を隠し、何食わぬ顔で人の流れに沿ってミロシュの後を追っていった。


補足:ドラゴンの火炎袋

両翼のみで揚力を確保出来ないドラゴンは、体内で魔力を燃やして飛行します。

さながら気球のようですが、口から火は吹けません。

補足終わり

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