姫さま一行は金欠で⑤
世界には、幾つかの不変が存在する。
夜空に輝く月の数や時間の流れ。
人々が口にする時、そこに度々現存する魔法使いの数も加えられる。
「師匠も言っていました。魔法使いが死ぬと、新たな魔法使いが選び出されると」
「合計七人、常識なんだ」
「元々『空色』を含めて世間に存在を知られている魔法使いは五人。『風色の魔法使い』が死に、次の魔法使いの噂もまだ聞かない。残り二人も風来坊アルタモントとは交流があったと言われているけど、もう後の祭りだね。彼は死に、素性は靄に埋もれてしまった」
世界に根を下ろす既知の魔法使いは無色、空色、金色、そして錆色の四人だけだ。
着実に時を重ねていく竜人や鬼人、エルフの一部といった長寿種とは別に、魔法使いは寿命の楔から解き放たれている。魔道士が延命に施す活身魔道術とは違い、成長は完全に止まり、その見た目は時間に左右されることが無い。
サクラメントのように長い年月、膨大な魔力を蓄えた魔法使いは生身の肉体すら必要としない。精神体とも違う、魔力と環境マナの集合体だ。
「けれどその魔法使い、最初は二人しかいなかったという説があるのを知っているかい?」
ラレードはニヤリと笑い、耳を傾ける四人に語り始める。
中原を中心に東西南北の諸国を統治した大帝国、その開闢期は今より二千年も昔。
野獣魔獣蛮族が蔓延る中原に羊飼いの青年リンケルが国を興す。瞬く間に周囲の部族を平定し、野獣魔獣を駆逐した彼の傍には、二人の魔道士が居た。
一人は東方の賢者と呼ばれたプロビデンス。
もう一人は西方の隠者と恐れられたサクラメント。
二人はリンケルの元に集った時には齢百を超えていると嘯き、若々しい姿のまま自分たちを魔法使いと称した。サクラメントは『無色』、プロビデンスは『虹色』――両者は自らの魔力に因んだ色で表し、数多の弟子を取り、国の発展に尽くした。
そして数十年の時が経ち、初代皇帝リンケルの生に終わりが近づく。
サクラメントは言った。
「友よ、心配するな。必ず、我が行く末を見届けよう」
プロビデンスは言った。
「ならば友よ、死後の貴方には私が付き添いましょう」
しかしリンケルは首を振る。
「いいや、プロブデンス。あなたの七色は眩しすぎる。俺には一色で充分だ」
最後の力を振り絞り、リンケルは微笑む。
「残りの六色は、この世界の為に残しておくれ」
そう言い残すと多くの者に見守られながらリンケルは息を引き取り、プロビデンスもまた、波に浚われる砂山のように、崩れ落ちて消えてしまった。
「サクラメントの無色とプロビデンスの六色、合わせて七色。故に魔法使いは七人だと言われているのさ。本当かどうかは分からないけどね」
そうラレードは締める。
リルエットは軽く手を叩き、ベロニカは初めて聞く吟遊詩人の口上に目を輝かせていた。あまり実感の湧かない無頼はそれとなく頷き理解した振りをしてみせ、ミロシュは自堕落で気分屋で金に汚い自分の師匠とのギャップに困惑する。
「それで、どうなったの?」
ビーフジャーキーを噛み千切るラレードに、ベロニカが続きを要求する。
どうなった? など、大帝国の歴史を知る者ならまず尋ねない。待っているのは耳を塞ぎたくなる暗澹たる崩壊の歴史だ。終着点としての現状、嘗ての国土は数多の国に分裂して争いを続けているのだから。
ラレードはベロニカ以外に視線を送り助けを求める。
けれど異世界人の無頼は元より、過去を語らない師匠の下で世間と隔絶した生活を送ったミロシュ、訳アリ冒険者として世界を放浪している翼人のリルエット、その三人に助力を求めるだけ無駄であった。
誰一人として大帝国の歴史を知らず、知る機会もこれが初めてなのだから。
「どうって……続けていいの?」
冷や汗がじっとりと背中を湿らせ、頻りに催促するベロニカに確認を取ると、ラレードは続ける。
「大帝国の最大の誤算……いや不幸は一つ。魔法使いは、望んで成れる地位じゃなかったことだ」
開闢期の大帝国、その最大の強みは言うまでもなく二人の魔法使いにあった。
二人は内政軍政どちらもそつなく熟し、個人の武勇も比肩する者は互いのみ。両者の仲は大変良く、主君であり友人であるリンケルにも献身的に仕えていた。
最強の切札を二枚手にして、有効的に扱えたからこそ発展だとも言える。
しかし良き主と無二の友が消え、最初の魔法使いに残されたのは良き主の跡継ぎと何処の馬の骨かも分からない六人の魔法使いであった。
自陣の手札に存在した最強の二枚の内、その片方は六枚に分裂して世界に広がった。
北方巨人討滅、鬼神戦争、古龍封印。
千年以上続く長い歴史の中、魔法使いたちは時には手を取り合い、時には敵として大帝国と戦い、互いの存在意義を賭けて衝突した。
それはプロビデンスとリンケルが望んでいないことだとサクラメントは知りながら、自身だけは道を違えず大帝国の為に尽くしていた。
葛藤は大きく、それを明かせる友はいない。大帝国を統べる短命種との政治観の違いや、死んでは現れる魔法使いたちの身勝手な振る舞い。サクラメントを疎ましく思いながらも強大な力に怯え、屈服する人々を前に、魔法使いサクラメントは疲弊していった。
「そして七百年前、大帝国の分裂を機にサクラメントは大帝国を見限り、中原のど真ん中に自分の領土を作った。嫌がらせのような所業。当然、中原の人々は抗議の声をあげた」
「ああ、師匠らしくなりました」
ミロシュがホッと胸を撫で下ろす。
「そして中原の各国は彼を討とうと世界中から義勇兵を募った。正義感の強い稀代の勇者や自身の腕を試したい竜人、復讐の機会を窺っていた長寿種の鬼人の一団、更に魔法使い二人を加えて討伐軍編成された一団だ。誰もが勝利を確信して彼らを送り出し、彼らも勇んでサクラメントが作った迷いの森に踏み込んだ」
ラレードの語りに四人は息を飲む。
「戦いは何日も続いた。夜通しの、激しい争いだ」
魔法使い二人を加えた屈強な五十人兵たち、それを迎え撃つのはサクラメントただ一人。
古の魔剣――七遺魔剣の内、三本も持ち出した討伐軍はサクラメントの隠れ家を焼き払い、私怨も何もなく名声が欲しいだけの魔法使いは本気でサクラメントを殺しに掛かった。
十数日以上、迷いの森は火の海と化した。広大な森の三割は焼け落ち、立ち昇った煙は何日も太陽と月を隠したと言われている。
そして半月――二十日が過ぎようかとしていた時、森の中から瀕死の男女が飛び出した。
武器や鎧は元より下着まで身包み全てを剥がされ、全身に擦り傷と火傷、そしてサクラメントからのメッセージを刻み込まれた彼らは皆一様に疲弊し、それ以上に怯えて震えて声も出せなかった。何があったのかは、絶対に語ろうとしなかった。
更にそれから時が経ち、世界に二人の魔法使いが生まれた。
「生きて帰されたのは、現世の理に則った者だけ。魔法使いは、どちらも無残に……」
「そ、それで……、生者に刻まれたメッセージは……?!」
「き、気になるんだ……!」
ベロニカとリルエットがぐっと拳を握り込み、身を乗り出す。
「手合せ料金、百五十万シード」
充分に溜を利かせ、ラレードがそう口にする。
きょとんと目を丸くする三人の横で、その意味が分かるミロシュだけが吹き出し、腹を抱えて肩を震わせる。
「討伐軍の大半が各方面からこってりと絞られ、後日払いに行ったそうだよ」
「実話……! それはぜ、ぜ、絶対に実話です……ふふふ……」
「弟子のお墨付きが出たな」
「いやあ、これは疑いようもなく実話だよ。ユーフォーラ卿から聞いた話だからね」
「ユーフォーラ……、『金色の魔法使い』のユーフォーラか?」
無頼は『金色の魔法使い』の名前に耳聡く反応する。
そこに食い付かれるとは思ってもいなかったのだろうか、ラレードは少し戸惑いながら頷く。
「ユーフォーラ卿が気になるのかい? 卿は『無色の魔法使い』と仲が良いらしいからね。現存する魔法使いの中で無色と金色、そして錆色の関係は良好で、何より三人とも大帝国初期から存在する魔法使いだ。特に『金色の魔法使い』はプロビデンスが死んだ後に生まれた六人の魔法使いの一人で、その魔力と使命を色濃く受け継いでいる」
「にゃああ……、そんな人に会わなきゃって、ちょっと緊張する」
「見た目は若いけど、金色と錆色、無色の三人は皆千五百歳を超えて、自身の生と世の中に達観しているよ。無礼な物言いさえしなければ、そこらの老人たちより寛容さ」
ラレードはまるで自分がその三人になったような物言いで言い聞かせる。
ベロニカとリルエットは素直に頷いていたが、無頼とミロシュはそれ程単純な思考をしていない。
二千年もの時を遡るラレードの物語、その出所は魔法使い当人ではない。吟遊詩人となって十五年、見た目が三十路から少し抜け出した程度のラレードが過去の文献を掘り返し、魔法使いの元を訪ねたとしてこれだけの物語を補完出来るのだろうか?
「ラレード、実はあんたも相当長生きなんじゃないのか?」
無頼は鎌をかける。暗にお前も魔法使いなんじゃないのか、と。
キョトンと目を丸くしたラレードは、一拍置いて笑いだす。
「アッハッハ、確かにそうだ。僕はこの中じゃ一番年上だね。時間も沢山使えたから、頑張って想像力を働かせたのさ。吟遊詩人としてね」
そして木のジョッキに満たされた葡萄酒を一息で飲み干すと、声のトーンを落とす。
「うん、そうだね。もし僕が魔法使いなら、絶対に誰にもそれを明かさない。魔法使いになりたい輩は掃いて捨てる程に居て、その椅子は世界に七つだけ。たったの七つだよ? 蹴落とせるなら、誰もが容赦なく座ってる奴を蹴落とすさ。それだけで不老と膨大な魔力が手に入る可能性を得るんだからね。
ただ色々憶測はあるだろうけど、全て見当違いさ。残念ながら今の世で五百年以上生きたと知られている魔法使いは金色と錆色、そして無色――その三人しか居ないんだ」
「あっ、思い出したっ! 私知ってる!!」
冷静に無頼の疑問を否定したラレードの言葉に、興奮したベロニカが反応する。
「アズー!! アズーだよね!!?」
「そうとも。よく知っているね」
「えへへ。剣が好きなら誰でも憧れるもんね」
ベロニカは尻尾をぶんぶんと振り回し、ラレードもベロニカの食い付きに満足していた。
けれど残された三人は頭に疑問符を浮かべてアズーたる人物を知ろうと尋ねる。
「アズーって?」
「さあ……、師匠からは聞いたことのない名前です」
「僕も知らないんだ」
「にゃっ!? あの有名人を、剣聖アズーと呼ばれたアズーを知らにゃい!? 無頼も剣士の端くれなら、絶対に知っておくべき! 絶対!!」
「いや、でも俺は……」
「ラレード、次アズー! アズーの話して!!」
ベロニカは立ち上がると無頼を通り越し、片手でラレードの肩をぶんぶんと揺する。
ラレードは目を回しながらベロニカを制止する。分かった分かったと悲鳴をあげ、ベロニカが手を離した途端、ジョッキの中に斑色の液体を吐き出した。
「うぇっぷ……、酔いが……」
「にゃあ……ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。僕の物語を楽しんでくれたなら……」
汚れた口元を拭ったラレードは立ち上がり、布で包んだサクソフォンを持ち上げる。
「でも、剣聖アズラエルの物語は後日にしよう」
物欲しそうなベロニカを視線をさらりと躱し、ラレードは優しく微笑む。
「今日はほら、酒も肴もなくなったからね」
むくれるベロニカの頭を撫でる無頼の背後を通り過ぎ、ラレードは囁く。
「キミたちの物語も、今度は隠さず僕に聞かせてくれ。楽しみにしているよ」
首筋にぞくりと寒気を感じ、無頼は振り返る。
既にラレードの姿はなく、揺れる出入り口の扉があげるキィキィといった悲鳴と夜半に拘わらず激しく石畳を叩く馬蹄の音だけが無頼の耳に残った。




