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姫さま一行は金欠で④



「無頼……、ぐすっ」


 腹を満たし始めたリルエットを差し置いて、無頼とミロシュは地図を広げていた。

 リルエットが漏らした一言は旅の日程の根幹を揺るがすに値する情報である。

 比較的に楽に面会出来ると踏んでいた『空色の魔法使い』――現在のギルドの頂点は、一年の半分以上を地に足付けず暮らしているらしい。ギルド本部には稀にしか戻らず、南部の都市間と中原、酷い時にはサンノゼ帝国からカーディフ皇国までを文字通り飛び交っているのだとリルエットは笑いながら付け加えていた。

 無頼たちにしてみたら、とても笑える事柄ではない。

 移動手段が徒歩か馬である三人に、道順の制約や地上でのイザコザを受けない上空を進む『空色の魔法使い』に追いつく術はない。可能性があるとするなら何処かの街で待ち伏せるしかないが、それには果ての見えない時間と情報収集の手間が必要になる。

 故に二人は道順を変え、南部より先に『金色の魔法使い』の居城を目指そうかと話し合っていた。


「どうした、ローニャ?」


 そこにヒタッと脇腹辺りに抱き着くベロニカの存在に気付き、無頼は振り返る。

 ベロニカの後ろにはステージの上から声を掛けた男が不安げに立っている。ベロニカを心配しているのか、ベロニカに何かをして保護者に何かを言われるのを恐れているのかは分からなかったが、楽器を片手に佇む姿からは悪意は感じ取れなかった。


「にゃんでもない……ちょっとだけ、ちょっとだけだから……」

「何でもないことはないだろう。嫌なことでもあったのか?」


 何も答えないベロニカの背中を無頼は優しく撫でる。

 金色の管楽器を持つ男は二人の姿を見て何か言うべきかと口を開き、適切な言葉が見つからずに閉じる。それを繰り返していた。

 片腕で服の端を握り締めるベロニカと男を見比べ、無頼は大体の事情を察する。


「その楽器、サクソフォンか?」


 けれど口外に出来ないベロニカの事情を大っぴらに喋ることは出来ず、仕方なく間を持たす為に男の楽器に触れる。

 金色に輝く管楽器は記憶に存在するサクソフォンの形状と酷似していた。いや、本物だと断言しても差し支えない程に、ステージ上の他の楽器との完成度が違う。どんな音が出るのかは知らないが、その特徴的な外見だけは無頼の知識に存在する。

 そしてサクソフォンを始め、多くの楽器の演奏には"両手"が必要だ。

 きっと、音楽に耳を傾ける最中に自由自在に動く十本の指を目にして思い出したのだろう。存在しない自身の左腕と、それに終着するまでの境遇を。

 ベロニカは幼い。

 十四歳と自身を紹介していたが、この世界の一年と一日は、無頼の世界より遥かに短い。一日が約二十二時間と二時間も少なく、一年が三五七日――延べ九百時間、換算すれば三七日も早く一年が過ぎる計算になる。

 十四歳のベロニカは実質十二歳、まだまだ子供で大人の支えが必要な年代だ。


「サクソフォン、知っているのか!? 初見でこれを知ってる人に会ったのは初めてだ。噂とか、一度会ったことがあるとか……いやいや、相棒(サクソフォン)のことを紹介した相手を僕が忘れる筈ない。うん、なら初めてか!」


 不安げな面持ちを一変させ、男は興奮気味に無頼に詰め寄る。


「僕はラレード、吟遊詩人やってんだ! 黒髪黒目、キミ、出身は東の方だろ? 僕も何回か行ったことあるぜ。米が美味い魚が美味い醤油が美味い酒が美味い! 帝国や南部も悪くないが、やっぱり飯だけは皇国が一番だ」


 紹介を終え、好き勝手に喋り始めた自称吟遊詩人のラレードを横目に、無頼は隣のテーブルから椅子を一つ拝借し、そこにベロニカを座らせる。ベロニカは赤くなった目元を隠すようにして座り、今はミロシュに頭を撫でられている。

 同じようにして椅子を取り寄せてリルエットの隣を陣取ったラレードに、無頼は簡単に弁明する。手狭になったテーブルから、居座る気満々の相手をあわよくば追い返せればとの期待も込めて。


「ラレード、ベロニカのことは気にしないでくれ。この子は、たまに発作を起こすんだ」

「発作? 左腕がないのと関係あるのかい?」


 あっけらかんとラレードは呟き、びくりとベロニカの背中が揺れる。

 無頼とミロシュは黙ってベロニカを見つめる。

 破目を外した所為なのか、と問い詰める視線にベロニカは慌てて首を振る。自分はそんなヘマをしないと言いたいのだろうが、生憎信頼度はそれほど高くない。


「聞いちゃ不味かったかな。ほら、吟遊詩人ってのは向い合って語る、そんな職業だ。職業柄、養われるんだ……人を見る目って奴をね」


 ラレードは声を落として続ける。


「それと、僕以外はきっと気付かないよ。保証する。どこの魔道士が仕立てたか分からないけどそのローブ、普通に見ただけじゃ中の腕の形までは分からない。良い物だ。大切にしないとね」


 ラレードはペラペラと喋り続け、無頼は少しだけ気圧されながら三人に尋ねる。


「私がいた十年ちょっとの間、師匠の元に訪ねてくることはありませんでしたね。師匠、何故か吟遊詩人が大嫌いみたいで……」

「王きゅ……私の街にもたまに来てたけど、普通の人だったよ」

「え、そうなんだ? 僕もたまに一緒になるけど、基本的に超人なんだよ。記憶力(あたま)が良いし、歌に楽器、魔道術に算術、器用に何でも出来るんだ。冒険者や傭兵に負けないくらい腕が立って、放浪癖と人に好かれる才能を持っている人だけがなれるって言われてるんだ」


 三者三様の"吟遊詩人"に対する印象が返ってくる。

 あまり接する機会のなかったミロシュとベロニカは兎も角、冒険者として世界を飛び回っているリルエットの吟遊詩人像は中々に凄まじく、それならばベロニカの左腕に気付いても不思議ではないと納得出来なくもない。


「そうそう、吟遊詩人と言えば魔法使いにも一人いた筈なんだ」


 リルエットがポンと手を打ち合わせる。

 ベロニカはハッと目を見開き期待を滾らせる。その左右に陣取った無頼とミロシュは嫌な予感(デジャヴ)に襲われ顔を引き攣らせていた。

 リルエットの閃きをラレードが引き継ぐ。


「吟遊詩人と言ったら『風色の魔法使い』、アルタモントだね」

「うん、確かそんな名前だったんだ!」


 ラレードはズバリと二人の嫌な予感(デジャヴ)を的中させる。初めから定住地がない根無し草だと分かっている分、『空色の魔法使い』より衝撃を受けずに済んだが、フラフラと気の向くままに物語を諳んじる吟遊詩人の後を追う方法など、皆目見当も付かない。中原を始め東西南北、広大な世界に住む幾万幾億の人の中から、噂だけを頼りに個人を追い掛けなければならないのだから。

 勝手に動き回る分、砂漠に落ちた宝石を探すより性質が悪い。

 居場所を掴んで追い掛けてみても、その姿は風の如く消えているのだから。


「でも、アルタモントはこの世にはいないよ。十……いや、十五年くらい前かな。帝国で殺されたんだ」

「殺された?」

「そうだよ、僕は帝国出身だから帝都に晒された遺体も見てる。長身痩躯、流れる金髪に整った顔のエルフは間違いなくアルタモントだって皆口々にね。凄かった。あの生気の消えた顔が、僕が吟遊詩人を志した切欠なんだ」


 しみじみと思い出すラレードを無視して、ミロシュはテーブルの下で拳を握る。

 無頼とベロニカも困惑の色を強める。死者への会い方は、根無し草を探すより難しく、不可能だと言っても差し支えがない。


「十五年前って……ああ、もうっ、師匠!!」

「にゃああ……」

「困ったな、あの魔法使いは知ってて無理を言ったのか……それとも知らずに依頼を出したのか……」

「間違いなく後者です。師匠は隠れ家の外に出ませんし、そもそもお金以外にはまるで興味がありませんから」


 大きな溜息を吐き、ミロシュは肩を落とす。地図をくしゃくしゃに丸めてしまおうかと手を伸ばした矢先、ラレードが口を開く。


「キミたち、まさか『無色の魔法使い』の関係者?」

「金にしか興味なし、で即師匠の名前が……」


 ラレードは三人を舐めるように見つめる。驚愕と興味を三対七で籠めた金色の瞳は凛と輝き、答えに窮する三人とリルエットを置き去りにマイペースに進める。

 サクソフォンを布で包んで床に置いたラレードは、大声で店員を呼ぶと大量の飲み物やツマミを注文する。僕の奢りだからと財布の中身を気にする無頼とミロシュを押し止め、タダ飯にありつけると喜ぶベロニカとリルエットの心をガッシリと掴む。

 無頼とミロシュは顔を見合し、ラレードの強引さに観念する。


「確かに私は『無色の魔法使い』、人形遣いサクラメントの弟子です。縁あって二人と旅路を共にしています。ですが深い事情あってのこと、あまり詮索しないでください」

「魔法使いの弟子……道理で! 名前を聞かせてくれないか? キミだけじゃなく、他の三人も」


 三人は名前(ファーストネーム)だけを告げる。苗字(ファミリーネーム)が素性に直結するベロニカは勿論、元名無しの無頼に合わせる形でミロシュ、そしてリルエットも短く終わらせる。


「ミロシュ、キミだろう? 今朝城門前で暴れていた獣人の狂化を邪魔する為に、環境マナをごっそり奪い取っていたのは。なるほど、妙なことをしていると思ったら、魔剣使いの仲間だったのなら納得だね」

「なんのことですか? 覚えていません」


 ミロシュはプイッと顔を背ける。ベロニカはニコニコと微笑み、照れ隠しを試みるミロシュを眺めている。


「アレは、『無色の魔法使い』の十八番なんだ。空の器に水を注ぎ込むように、環境マナを根こそぎ自身が取り込んでしまう、他の魔法使いですら成し得ない特殊な魔道術だ」

「……ラレードさん、師匠と会ったことが?」

「とんでもないね! 『無色の魔法使い』は吟遊詩人が大嫌いだって有名だからね。そもそも吟遊詩人の言葉の八割は伝聞、自身の経験は一割くらいなのさ」

「残りの一割は何だ?」

「想像と妄想さ、無頼。吟遊詩人とは他人の経験、誰かの言葉を自らの冒険として語る職業だからね。聞き手を楽しませる為に脚色するし、誰かに話をしたくて、話を聞いてもらいたくて堪らない人種なんだ。今みたいにね」


 ラレードは片目を瞑って微笑む。

 冗談半分の創作だと思って聞いてくれればいい、とラレードは吟遊詩人としての信念を揶揄し、口を開く。


「じゃあ僕に語らせてくれないかい――魔法使い、について」



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