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しかし、旅にトラブルは付き物で③



 日が地平線に沈み辺りが宵闇に包まれた頃、簡素な小屋が密集して出来た集落に魔力灯が点る。

 家屋の軒先で光を放つ魔力灯は、書いて字の通り魔力を動力に光を生み出す装置である。広い世界に数多くある魔道具の中で一番歴史が長く、その利便性から、どんな場所でも使われている物だと言っても過言ではない。

 魔道術の存在しない無頼の世界、その創作の中に登場する魔道士の多くは魔道書を手に魔術工房に引き籠り、まだ見ぬ叡智を追及する研究職だ。彼らの多くは頭でっかちで肉体の酷使を厭い、開発した魔術や魔道具を世間に還元することなく人目を忍んで孤独に暮らす。

 無頼の知識に存在するのは、そんな魔道士像である。

 だが魔道術が実在するこの世界で、魔道の技能が研究のみに留まる筈もなく、長い年月を費やして、需要と供給に沿って魔道士は在り様を変質させていった。


 この社会で魔道士の役割とは技術職であり、社会の根幹を担える程に数が多い。


 魔力灯の基礎構造からもそれは窺い知れる。

 一般的な魔力灯の中身は、空の魔石だ。魔石とは自然界に存在する鉱石の一種で、鉱山から採取出来ることもあれば魔獣と呼ばれる野生生物の体内に蓄積されることもある。通常は採取した段階で魔石の殆どが微量の魔力を有してはいるものの、後から注ぎ込む魔力量に比べれば雨上がりの貯水池の傍に溜まる水溜り程度の誤差しかない。

 仕入れた魔石は空のまま職人の元に運び込まれ、そこで職人が表層に術式を刻み込む。一度組み上げれば好きなだけ流用出来る便利な術式――正式名称『刻印魔道術式』の刻印を開発するのは勿論、刻み込む職人、出荷前に魔力を注ぎ込む者ですら、社会的には全員魔道士と称される。

 複雑な技術にはそれなりの知識が求められる。しかし各国――ここでは中原を囲む三大国と連合、中原の一部国家を指す――が施す基礎教育過程を終えさえすれば誰であっても日常で扱う魔道具に魔力を補充するくらい難なく熟し、高い水準の魔道具を"扱うだけ"なら可能となる。


「まるで家電製品のように……だな」


 ミロシュに聞いていた魔力灯を始めて目にした無頼は顔を上げ、そのぼんやりとした輝きに目を細める。集落の入り口を避けるように誂えた木製の柵、その切れ端には年季が入った魔力灯が古ぼけた光を暗い森に放っていた。

 薄明りに照らされながら入り口に立つ無頼に気付き、奥から男がやってくる。


「いらっしゃい。悪いが今日は人手が少なくてね、料金は弾んでもらうが、それでもいいかい?」


 ぼさぼさの髪は人の手が加えられていないのは瞭然で、黄ばんだシャツと気怠げな態度は見る者すべてを不快にさせる。ぼりぼりと頭を掻く男は入り口に立つ無頼の近くまで来ると、腰の魔剣――ボロ布で覆われ刀剣の類としか分からない――を一瞥して露骨に対応を渋る。

 無頼の一八〇センチを超える長身は、この世界の平均身長から頭一つ分抜き出ている。近くで見上げてそれに気づいた男は、動揺を悟られないようにと語気を強める


「ちっ、新規か。誰に紹介されたか知らねえが、帯剣してたら入れる訳にはいかねえんだよ。ヤルにしてもキメるにしても、ここじゃ俺たちがルールだ」

「…………」

「ほら、寄越せ。終わるまで事務所で預かっておいてやる」


 汚い男は、無頼に手を差し出す。


「垢で汚れた臭い手を俺に向けるな」

「……は?」

「自分の短い棒切れでも(しご)いていろと言ったんだ。聞こえなかったか?」


 辛辣な言葉に唖然とした男の目の前でボロ布を捨て、堂々と魔剣を抜き放つ。

 シャンと鞘から滑り出た『亡霊挽歌』を、無頼は躊躇なく振り抜く。

 紫色の刀身が稲妻のように鼻先を通り過ぎ、鋭い風切音が手を伸ばした男を仰け反らせる。頬を伝う冷や汗が、剣圧に巻き込まれて宙を舞う。

 魔力灯が斬撃で砕け散る。

 光と闇の比率が急激に変わる中、紫色の魔力を纏った『亡霊挽歌』が妖しく嗤う。


「叫べ。敵襲だ、敵が来たぞ、と」

「て、てきしゅううう――――っっ!!!」


 男は叫び、無頼は『亡霊挽歌』を鞘に収める。キンッと鍔が当たる音が響くと、男の小汚い前髪と伸び切った爪先がするりと離れ落ちる。

 それが無頼の斬撃の仕業だと悟った男は、金切り声で悲鳴をあげる。そして他の獲物(なかま)の居ない森に、独りだけで逃げようと無頼の真横を走り抜ける。


 ヒュン……ッ!


 そして数歩進んだ地点にピンポイントで発生した竜巻により、両足をズタズタに切り裂かれる。

 ミロシュの後方支援が機能していると確認した斬り込み隊長――そうベロニカに任命された――無頼は、髑髏マスクを装着してフラフラな足取りで出てきた男たち目掛け走り、叫ぶ間も与えずに意識を刈り取っていく。


「姫さんとミロシュには見せられんな……」


 すれ違い様に肋骨を粉砕した無頼は、目に入った屋内の光景を前に吐き捨てる。

 屯する男たちから抵抗らしい抵抗はない。皆足取りと意識はふらふらと揺れ、逆に刃物を持った当人にこそ危機感を覚える。真面に動ける者は皆、先の盗賊行為に参加したのだと分かり、自然と憐れみが湧き上がる。

 刀身は鞘の内にあるとは言え鈍器としての機能は有している。打ち所が悪ければ相手は死に、打ち方が拙ければ相手の意識は刈り取れない。

 完璧な力加減と攻撃の入射角度により、無頼は早くも六人目の意識を消し去った。


『亡霊挽歌』が熱を持つ。


 無頼の突き抜けた技量は、全て魔剣からの借り物だ。

 魔剣――特に(いにしえ)に作られた魔剣の源流には、魔法使いですら解析出来ない複雑で膨大な『刻印魔道術式』が刻み込まれ、各々が他を圧倒する特性を秘めている。

 七人の魔法使いが百年単位の時間と己が技巧を凝らして作り上げた魔剣の総数は七本。七遺魔剣はどれもが垂涎物の至高で嗜好の一品であり、魔剣自身から担い手に相応しいと認められなければ使用者の体を切り裂き離れるじゃじゃ馬でもある。

 その内の一本が無頼の持つ『亡霊挽歌』である。

 秘められた特性は"技能の継承"――端的に言うなら長い年月の間に魔剣に認められてきた達人の剣技を『亡霊挽歌』を身に付けている間だけ扱える。他の魔剣より単純で、担い手の変遷が激しい魔剣である。

 何十何百もの亡霊(たつじん)が宿った魔剣を手にした無頼は、集落の家屋から飛び出してきた男たち、累計六人を返り討ちにして、今最後の一人と向き合っている。


「や、やめてくれ! 降参だ、殴らないでくれ!」

「その言葉に、お前が耳を貸したことは?」

「……ひぃっ!」

「俺はないぞ」


 武器を持たず地面に膝を着く男に、無頼は亡霊の一撃を加える。

 仰向けに倒れた男は下半身に布一枚身に纏っておらず、不可抗力とは言え萎びたみすぼらしいナニを恥ずかしげもなく晒す。

 無頼は眉を顰めて魔剣の先端で男の体を引っ繰り返す。遠くから聞こえていた風が巻き上がる音と絶叫の組み合わせも、数分前から聞こえなくなっていた。

 敵はもういない。

 無頼は魔剣を腰に佩き直すと、昂ぶりを沈めながら灯りの消えた集落の入り口に戻っていった。




 集落の住民――ではなく、放棄された集落の家屋に住み着いた者たちは残らず叩きのめされた。彼らは無頼とミロシュにより縛られ、盗賊と合わせて一堂に集められた。

 内訳は盗賊が農夫含めて九人と集落に残った盗賊の仲間が七人、――そしてここに女を買いに来た(おとこ)四人を加えて合計二十人の大所帯だ。

 ある者は半裸で、またある者は顔に青痣を作っている。ミロシュの魔道術で足を刻まれた男たちは涙と脂汗を浮かべてミロシュを睨んでいるが、その大半が自身の肢体を観察しているだけだと気付き、ミロシュは寧ろ蔑みの色を強める。


「男って本当に下衆ですね。品性を疑います。最低な生物」


 ミロシュの正直な感想(ことばぜめ)を耳にした男たちの数人がピクリと反応する。生理的現象だからなのか、彼らを直接叩きのめした無頼がいないからなのか、男たちの数人がいきり立ったナニをミロシュに見せつけようと体を捩る。

 ドン引きして視界に入れないよう努めるミロシュは、早く二人が戻ってこないかと溜息を吐く。


「あの精強そうな兄ちゃん、身体が火照ってヤってんだろ」

「ヤリ部屋にローブの女(ちいさいほう)を連れ込んでか?」

「馬鹿、あの貧相な体とヤリてえか? 顔が良くても男とヤルのと変わんねえだろ」

「ハハハ、違いねえ!」


 男たちが豪快に笑う。

 八つ裂きにしてやりたい、とミロシュは心の底からそう思った。


「にゃああ、貧相な体じゃなければヤリたいの?」


 無頼とベロニカが消えた側――薄暗い家屋が並ぶ先から、幼い声が飛んでくる。

 男たちの体がピクリと揺れ、恐る恐る声の出所を確かめる。


「私も弱い(おとこ)はゴメンだよ。そもそも小さいのは論外ってメイドたちが言ってたから、キミたちはもっとダメそうかなぁ……」


 すっぽりとローブを被ったベロニカは、順に男たちを眺めながら鼻で笑う。少女に馬鹿にされた男たちは顔を真っ赤に染め、しかし縛られた手足は満足に動かせずベロニカの嘲笑は止まらない。

 散々セクハラ紛いの言動を繰り返してきた男たちが悶える姿を見て、ミロシュは心なしか痛快さを感じていた。


「それで、これ」


 ベロニカはミロシュの隣に立つと、縛られた男たちに向けて布袋を差し出す。

 高く突き上げた袋の中身を知っている彼らは先程までの盛況さが打って変わって静まり、目を背け、口を堅く噤む。


「阿片か合成麻薬か何かは知らないけど、カンザス公国じゃ麻薬は単純所持で禁固刑、都市部への持ち込みや使用で死刑……そう聞いたことがある、本当かにゃ?」


 ベロニカに誰一人として答えようとはせず、男たちの中に重い沈黙が続く。

 それでも気にせず明るい口調でベロニカは続けていく。


「拉致や誘拐はもっと重罪。三等親まで軒並み死刑、その幇助もまた然り! 奴隷の扱いもカンザスは特殊、にゃああ……巻き込まれた人たちは可哀想だにゃあ……」


 芝居がかった憐れみを向けるベロニカの口調に耐え兼ね、沈黙を保っていたリーダー格の農夫が声をあげる。


「……くそっ、何が目的だ?!」

「あの女奴隷たちの出所を吐け」


 冷たく鋭く、ベロニカが睨む。

 恐ろしいのは剣を振る無頼と魔道士のミロシュだけで、ベロニカはただの少女だ。そう軽んじていた男たちの多くが黄金色の眼光に射竦められ、その考えを改める。

 男たちはベロニカの眼光に怯みはしたが、口は頑として開かず貝のように自閉する。ベロニカは明らかに自分たちを生かして捕えようとした。ここで余計なことを喋ればまず間違いなく出資者に消されるが、役人に差し出されるだけなら賄賂を駆使して生き残ることも不可能ではない。

 その狙いに気付いたベロニカはミロシュのローブを引き、男の中から一人、足に傷を負った男を指差す。


「ミロ、あいつを痛めつけて」

「……死なない程度に?」

「殺しても良い。死んだらバラシて森に捨てるから」


 ベロニカの指名を受けた男は狼狽える。詠唱に合わせて滔々とミロシュに集まる環境マナの量は膨大で、それがそのまま魔力に変換されるのだから、使われる魔道術の規模も計り知れない。

 少なくとも男が今まで出会った魔道士の中で、あれほどの魔力を扱える存在はいない。


「待て俺は客だ、何も知らない! そ、それに俺はカンザスの人間だ! 殺すとお前たちも罪に問われるぞ!」

「国家が一個人を……、それも罪人を庇うと思っているのなら、そのおめでたい頭の国民を殺してくれてありがとう、そう私たちは感謝されるね」

「分かった! 分かった話す! 俺は詳しくは知らないが、最近来た女は北から連れて来られた言ってた。聖王国かリノーイか、そこまでは聞いてねえが、奴隷ならネブラスカが絡んでいるに決まってる!」


 ひゅーひゅーと息を荒げる男は周囲から侮蔑の視線を集める。自分がその立場になったら間違いなく喋るにも拘わらず、男たちは哀れな一人に全ての罪を押し付けた。

 ベロニカは満足しないまでもこれ以上は無駄だと悟り、背中を向けて歩き出す。

 その背中を追い掛けたミロシュは、詠唱中に浮かんだ疑問を尋ねる。


「何故、直接女たちに訊かないのですか? 生きてたんですよね?」

「生きてるだけ。会話が出来る状態じゃないって無頼が。薬の影響で頭がぐちゃぐちゃになってるとも言ってた。後遺症が残る。多分助からないって」

「そう、ですか……」

「全部で七人……お前は見ない方が良いって無頼が……」

「……ローニャ、その無頼さんは今どこに居るんですか?」

「役人か誰かを呼びに行くって馬で。ミロ……、ちょっとごめん」


 ぼふっ、とベロニカの顔が豊満な胸に埋まる。

 ミロシュは驚きはしたが、小刻みに震えるベロニカに気付くとその体を抱き寄せ背中をポンポンと優しく撫でる。

 旅立って早々、厄介な件に首を突っ込んだなと思い、ミロシュは早く帰りたいと魔法使いの隠れ家に郷愁を感じた。




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