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しかし、旅にトラブルは付き物で


 夜空に大中小三つの月が輝き、光源に乏しい獣道を進む三人を照らす。

 ここはサクラメントの尋常ならざる量の魔力を吸い続け、変質した通称"迷いの森"。

 野獣たちは魔力に中てられ凶暴な魔獣に姿を変え、奥深く入り込んだら最後、生きては決して出られない……など言うことはなく、野獣は野獣のまま他の森と変わらず住処を作り、人々は広い空で輝く星月太陽を頼りに方角を知り、抜け出すことが出来る。

 魔法使いの隠れ家に辿り着く道中に"迷う"だけで、それ以外は普通の森と何ら変わりはない。


 三人――先頭を任された無頼は、最後尾で地図を手にしたミロシュの誘導に従い大きな体躯で獣道を広げていく。


「ミロシュ、こっちでいいのか?」


 無頼の腰ベルトはサクラメントに新調して貰い、紫の刀身を持つ魔剣――『亡霊挽歌』が差してある。それ以外のジャケットやジーンズは元のままで、背中ではバックパックが揺れる。バックパックの中身はベロニカとミロシュがこれでもかと選び出した旅行用品の中から、二人の抗議を受けながら無頼が本当に必要な物だけを抜き出し、サクラメントが餞別に持たせた幾つかの魔道具と合わせて収まっている。

 バックパックの重量は十キロにも達しておらず、この程度の重量ならば長旅でも何ら問題はない。


「ええ、無頼……さん。私たちは近隣の中規模都市はスルーして、直接カンザス公国領内に入ります。あそこには南方――自由都市連合のギルドが存在します。師匠の書状を以てギルドに登録したなら、自由都市連合の後ろ盾を得ることが出来ます。そうなれば素性がバレたとしても表立って襲撃を受ける可能性は減る筈です……多分」


 師匠に追い出されるようにして無頼とベロニカの二人に同行したミロシュは異性と接した経験が少ない。同性(ベロニカ)を間に挟んで尚ぎこちない態度のまま、事務的で最低限の返答を異性(ぶらい)に投げ返す。

 ミロシュの服装はベロニカが感極まって(?)飛び付いた時と基本的には変わらない。豊満な胸元が覗く白いワイシャツに肉付きの良い臀部と細く長い足を強調した若竹色のカーゴパンツを身に着けている。隠れ家との時と違い人目を気にする必要があるからなのか、開いた胸元を隠すよう首にストールを巻き、魔導士帽の代わりにカーキー色のキャスケット帽を被っている。

 魔導士帽は持ってきていないが、もう一つの魔道士テンプレート的装備である暗色のローブは、綺麗に折り畳まれて無頼の背中に収まっている。


「ミロ、堅いよ~? サクラさんは、ぶ・ら・い、はぁと……くらい親密に呼べって言ってたよ」


 二人の間に挟まれたベロニカは振り返り、ニッと快活な笑みを浮かべてミロシュをからかう。

 ベロニカの服装も、サクラメントに渡された服装そのままだ。灰色のシャツとその胸元に黒のロングタイ、暗い色のジャケットに健康的な太腿の見える土色のミニスカート、その下に穿いたスパッツ――これに片腕の欠損を隠せる丈の長いローブを加えれば、悪目立ちして身元がバレることはない、最低限の服装となる。

 ベロニカのローブもまた、森の中では必要ないと無頼の背中で丸まっている。


「にゃっ!」

「余計なこと喋らないで、……ね?」


 上機嫌でふりふりと揺れている尻尾をミロシュは掴まえ、ギュッと握る。

 その行動と裏腹にニッコリと微笑んだミロシュを見て、ベロニカは何度も頷く。

 当然、数分後にはすっかりと忘れているだろうが。


「そろそろ、小休止を取ろうか」


 静かな深夜の森。無造作に響き渡る嬌声を抑える意味も込め、無頼は振り返る。

 隠れ家を出発して一時間弱、まだ森を抜けるには時間を要し夜明けまでもまた然り。荷物を持っているが恵まれた体格の無頼や森で十年以上過ごしてきたミロシュの二人と、完治しない怪我を抱えたベロニカとでは体力消耗の速さは比べ物にならない。

 無頼が出した提案の意図を汲み取り、ミロシュは二つ返事で同意する。


「もう休憩? 私、まだまだ歩けるけど」


 一時間歩き続けた今も、二人の想定に反してお転婆姫のベロニカは体力を持て余していた。けれどベロニカ自身に無理を言って先を急ぐ理由もなく、大人しく二人の間に座り込む。

 ミロシュは視界の端でピョコピョコと揺れるベロニカの三角耳と、それを物珍しそうに眺める無頼を見て、ふと大切なことを決めていなかったと思い出す。


「出発前に決め忘れていたことがあります。大切なことです。良い機会なので、何処かの街に入る前にはっきりとさせましょう」

「大切なこと?」

「ハイハイ、リーダー! リーダー決めてない!」

「え、うん、リーダー……?」

「姫さ……ローニャがリーダーでいいだろ。明確な目的があるのもローニャだけだしな」


 右手を挙げて世紀の発見! とばかりに主張するベロニカを前に二人は何処まで本気なのか分からず、おざなりな対応を取る。

 リーダーに任命されたのが余程嬉しかったのか、真っ白で細い尻尾をいつも以上にぶんぶんと元気に動かしている。

 元気なベロニカの姿を微笑ましく眺めていたミロシュは、ベロニカの頭越しに向けられた無頼の胡乱な瞳で我に返る。


「違う、リーダーじゃなくて……私たちの関係、決めておかないと。もし街で誰かに訊かれた時、説明に困るでしょう? ローニャ、試しに挙げてみれば分かりますから」


 むむむと唸るベロニカは、指を折りながら思い付いた関係を口に出していく。


「私たちの関係は? 本当のことを言うと素性がバレますよ?」

「うーん、主人と従者? 高貴な令嬢が身分を隠してお忍び行脚に」

「記憶喪失異世界人と引き籠り魔道士に従者が務まるか?」

「なら兄妹! 兄姉妹の三兄妹は?!」

「髪の色、肌の色、背丈に顔立ち……全然似てないどころかローニャは種族すら違う、怪しさ満点の義兄妹(ファミリー)ね」


 無頼が呆れ顔で首を振り、ミロシュが笑いを噛み殺して否定する。

 ベロニカはまだ、二人に半分弄ばれて始めていることに気付いていない。


「た、旅の仲間とか……、どう?」

「それが一番無難だが、在り来たりで何の捻りもないな。話の起点だから、色々と深く突っ込まれるぞ」

「そうよ、ローニャ。旅の目的は何かって訊かれたら何て答える?」

「にゃっ!? それは『紅燕の旅団』の皆殺し! ……じゃなくて頼まれた知人探しに一千万シードを稼ぐ為……あれ? 無頼、私の目的って何だっけ?」


 右往左往を繰り返すベロニカの頭の中は揺れに揺れ、最後には疑問を頭の外にほっぽり出して小首を傾げる。からかい半分で見守っていたミロシュはベロニカの忘却具合に絶句して、無頼は黙って自分の左腕を見せつける。


「あ、そうか。左腕を取り戻す! そうそう、サクラさんの依頼も一千万シードも、私の腕を治す為!」

「そして左腕の欠損は可能な限り隠さねばならない。噂は簡単に広がるからな。だから別の目的、偽の関係を用意しないといけない。分かるか? 口裏合わせも必要で、そうなればローニャの記憶力も鍛えなければならん。

 旅の仲間なのに目的がない、ならばこの三人はどんな関係だ? 勘繰る奴が現れれば次に邪推する奴が俺たちを探り、ローニャの素性に行き当る。結局は遅いか早いかだけの違いではあるが、口裏を合わせるだけで一時の安全が得られるなら、それに越したことはないだろう?」

「……うん?」

「要するに、ローニャが旅の目的や俺たちの関係を好きに考えろ。俺たちがそれに合わせてやる。本気か冗談か分からず、酒の肴に笑い飛ばせるくらい荒唐無稽な設定で良い」

「なるほど!」


 丁寧に説明した無頼は、ベロニカの頭に手を乗せると髪をくしゃくしゃと掻き混ぜ、休憩終了、と立ち上がる。バックパックを背負う前に背筋を伸ばすと、残り二人も伸びる無頼に釣られるように立ち上がる。


「ねえ、どんなのでもいいの?」


 時折ベロニカの頭の悪さを揶揄した発言を織り交ぜていた無頼とミロシュは、尻尾を振り純粋に楽しむベロニカに少しだけ罪悪感を煽られる。だが気付いていない相手に謝罪を口にする訳にもいかず、代わりに優しさの含有量を増やすことにした。


「ローニャが覚えられるなら、ね。お伽噺に出てくるような英雄一行とかにしても面白いですね」

「ただ黙って歩くより、そっちの方がずっと捗るな」

「うんうん、頑張って考えるよ!」


 ベロニカは満面の笑みを二人に向け、歩き出す。

 これからベロニカが喋り続ける一時間、無頼は背中の声に耳を傾け相槌を打ち、ミロシュは朗らかに笑い掛ける。心なしか最初に比べ、三人の隙間は縮まっていた。



 そして次の小休止に二人は凍り付く。

 聖王国と帝国の狭間には峻嶮な山脈が存在する。

 大きな標高差とそれが生み出す凄まじい乱気流は人々の侵入を拒む。宝石や純度の高い魔石などを求めて入り込んだ山師や冒険者を飲み込み帰さない様は、まさに大帝国開闢期に存在した古龍を思い出させ、それから一帯は剣竜山脈と称され人々から恐れられている。

 そして剣竜山脈は根城にする飛竜が飛び交い、竜の巣の何処か奥深くに隠された冒険者バーネットの財宝が存在すると言われている。


「竜退治の栄誉とバーネットの財宝を手に入れる為に、仲間を探しながら旅を続けている……って、どうかな?」


 そんなむず痒くなる一行に仕立て上げられるとは、流石の二人も思っていなかった。

 しかし嬉々としてその設定を諳んじるベロニカを前に嫌とは言えず、二人は渋々竜退治という難しいが不可能ではない偽の目標――ベロニカの英雄譚への憧憬かもしれない――に口裏を合わせなければならなくなった。


 こうして人知れずし、魔剣に好かれた異界人と片腕の姫、引き籠り気味の魔法使いの弟子とその他諸々を加える龍討伐伝説が幕を開けた。


 かもしれない。


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