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ショートえっち  作者: 友野久遠
第1話  広瀬 廉の発病
8/22

8、悪化

 玄関を開けると、

 「ママお帰り、雨すごいけど濡れてない?」

 パジャマ姿の少女が迎えに出て来た。


 そして、悲鳴。


 盛岡 るうは、腰を抜かさんばかりに仰天して叫んだ。

 「いやだなんでなんでなんでなんで!

  どうしてママが広瀬くんつれて帰って来るの?」

 「ママのお持ち帰りだ、手を出すんじゃないよ」

 「いやあ、ウソ!」

 「なわけないだろ、濡れて雨宿りしてたから、声かけたんだよ」

 けろっとして、ミサオが笑い出した。

 「驚いたかい?

  ママだって、たまには参観だの懇談だので、学校行くんだから。

  同級生でこんな目立つ子の顔くらい、覚えてるよ」

 

 そこで、るうは自分が寝巻きであることにやっと気付いた。

 もう一度悲鳴を上げて、奥へと駆け戻って行く。


 廉の心臓は渾身の力を込めて鼓動している。

 「僕をだましたんですか」

 ミサオに詰め寄った。 るうに聞こえないように、小声でだ。


 「るうちゃんに聞いて、僕のことは知ってたんだろ?

  占いが当たりすぎるとは思ったんだ。

  女を教えてやるってのも冗談ですよね?

  ここへ引っ張り込んで、うちにに連絡するためなんだ」

 ミサオはピシャリと廉の額をはたいた。

 「冗談? 失礼な。 連絡のために娘の好きなコとキスする母親がどこにいるのよ?」

 「ってか、何の目的があっても普通しないだろ‥‥」

 「占いの方も、残念ながら本当よ。

  ただし、前もって知ってたことも、混ぜてしゃべったことは認めるわ」

  

 「なんのためにですか」

 「あたしはるうが可愛いからね。

  あの子はまだ男を知らないのよ。

  で、この前初めてあんたと会って,これが噂の広瀬くんだってわかったら、るうなんかひとたまりもないなと思ったんだわ。

  女の子だから、好きな男と初体験ってのが理想でしょ。

  でもそいつは一人の女に落ち着くヤツじゃないし、おまけに自分も経験がないとか言ってるし。

  せめてあんまりひどい事しないように、調教してから娘に与えたかったわけだ。」

 「調教って‥‥」

 猛獣ですか。 

     

 ミサオは廉の耳元で囁いた。

 「目的はどうあれ、あんたにとって損な話じゃないでしょ。

  今日は覚悟を決めておいて欲しいからここに連れて来ただけ。

  今度場所を確保してから、改めて連絡するわよ」

 

 廉は叫んだ。ただし声は落として。

 「冗談じゃない、僕はゴメンだ。大体あんたいくつなんだ」

 「るうを生んだのは16の時よ、逆算しなさい」

 「同級生のかーちゃんとなんか、できるわけないだろ!」

 「何ビビッてんだい、情けない!」

 ミサオは吐き捨てた。

 「イバラの道を歩こうって人が、“親子どん”くらいで怖気づいててどうすんだい!」

 むちゃくちゃだ。


 「と、言うことだから。

  あたしとがイヤなら、るうとは手を切って貰うよ」

 ミサオはついに脅迫にかかる。

 

 「なんて母親だ。 普通、逆だろ? あんたの感覚がわかんないよ!」

 「どのみち普通じゃないわよ。 今にあんたにもわかるわ」

 キッと真顔になって、ミサオが開き直った。


 「あたしだって歩いて来たのよ、イバラの道ってやつ」

 廉はハッとして、ミサオの横顔を見直した。

 「16で子供産んで、ひとりで育てて見なさいよ。

  フツーの感覚で生きてたら、今頃は餓死してるわよ。

  友情も愛情も同情も、何だって食べるために有難く使わせてもらったわ。

  欲しい物は人より早く、手を上げて欲しいというの。

  それがダメなら、目を盗んでかっさらうだけよ!」


 「るうちゃんのために、僕を利用したって意味ですか」

 「違うわよ、鈍いわねえ! あんたのことを気に入ったの!

  あたしが、欲しいの! るうにじゃなくて、あたしに!

  もちろんるうにもあげるけど、あたしが先なの!」


 廉はぽかんと口を開けた。

 全身の力が抜けて行くような気がした。

 同時に泣きたくなってきた。 腹からは、笑いの発作が攻めて来た。


 「は、はは、はははは、なるほどね!」

 「何がなるほどよ?」

 「果報者、っていうんだよね、こういう時。

  ありがたい事だって、今やっとわかったんだ。

  きっとこの大きすぎる女運とバランスを取るために、神様は僕から家族を取り上げたんだ」

 

 廉は笑いながら涙をぬぐった。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 もう悩むのはやめようと思った。


 何によって満たされてもいいじゃないか。

 ご飯がなければ、パンを食う。

 パンがなければ、菓子を食う。

 幸せに上質なものと、下劣なものがあってたまるか。

 それぞれに与えられたものが違ってるのは当たり前だ。



 その晩、るうの口からひとつの事実を知らされた。

 3年生の除名が取り消されるかも知れないという。

 剣道部の部員と生徒会が中心となって、嘆願のための署名を集めているらしい。


 「広瀬くん、最初からダメって決め付けてたでしょ?

  だから、吉見先生の机の上に黙って退部届け置いて帰ったりしたんだよね。

  誰にも何にも相談しなかったんだよね。

  みんなはね、剣道部の中のことなのに、剣道部の中で話し合って決められないのはおかしいって、先生達に訴えたんだよ」

 「‥‥それが通るのか」

 「通る方法を探したんだよ。

  吉見先生が情けながってたよ。

  広瀬はいつも、大人には自分を理解して貰えないって決め付けてるって。

  広瀬くん、大人が全部、お父さんみたいなわけじゃないんだよ」


 やっぱり、るうは見かけよりずっとしっかりしてる。

 ちょっと人とズレた感じがするのは、母親似なんだろう。

 どうかすると、麻衣より危な気がないかも知れない、と廉は思ったのだった。



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