6、増殖
その日の放課後、例の三年生たちの処分が決まった。
さすがに先生達も、退学にはしたくなかったらしい。
一週間の停学と、剣道部からの除名。
聞いた途端、廉は自分も退部を決意した。 せざるを得なかった。
3年生といえば、夏の引退試合まで部の中心になる選手だ。
夏休みには大きな試合が集中するというのに、3年が全員抜けたら、どこの学校にも勝てっこない。
そんな中で、原因を作った廉がのうのうと試合に出ていたら、みんなの反感を買うだろう。
部内の雰囲気がどんなに悪くなるか、想像するのも怖い。
退部の話をすると、父は満足そうだった。
悔しかった。
周りは不真面目だと思っていたかも知れないが、廉は剣道が好きだった。
道着を着ると、悪魔扱いされる自分の体が、浄化されるような気がしたのだ。
たった一つ、無心に頑張れることだった。
そして、だからこそ、父親は廉からそれを取り上げたかったのに違いない。
憎い男の息子かもしれない廉は、ダメな子供でなければ許されない。 それが父の本音だ。
部屋でフテ寝を決め込んでいると、窓ガラスがコンと音を立てた。
外を見て仰天した。
原井 麻衣が、庭木を伝ってベランダを覗き込んでいた。
「危ない! 何してるんだ、麻衣ちゃん」
「シーッ、ちょっと入れてよ」
麻衣は廉の手を借りて、ベランダの柵を乗り越えた。
平気そうな顔をしていたが、ショートパンツにから出た足に引っかき傷をいっぱい作っていた。
相当苦労して登ったようだ。
「なんで玄関から来ないの?」
「またおじさんがうるさいじゃない?」
「これを見つかった時の方がやばいと思うな」
廉の言葉に、麻衣は不満そうに頬を膨らませた。
「来て悪かったわね。
あ、ちょっと救急箱なんか出さないでよ、こんな傷で」
「でも」
「いいから座っててよ、自分のほうが重症のくせに」
強引に手を引っ張られて、廉は麻衣と並んでベッドに腰掛けた。
「で、どうしたの」廉が用件を促した。
「別に」
「別にって。 何しに来たの?」
「なんかないと来ちゃダメなの?」
「怒ってるし。 麻衣ちゃんおかしいね」
「おかしくて悪かったわねえ!」
麻衣はふてくされたように下を向いた。
「おかしいのは廉くんでしょ」
「何が?」
「るうに聞いた。 キスしたって」
「‥‥ああ」
道理で不服そうなわけだ。
「笑ってくれよ。 すっごい嫌がられたぞ。
あれはどうしてだろうな」
開き直って麻衣の顔を見ると、真赤になってしかも涙ぐんでいる。
「るうちゃん、何か言ってた?」
「知らない!」
うつむいた麻衣の膝に、涙のしずくが一つ、落ちた。
廉は思わず、テーブルの上にあったティッシュの箱を、麻衣に差し出した。
麻衣は目をむいた。 ティッシュと廉を交互に見て、
「信じられない!」と言った。
「何が?」
「扱いが全然違うじゃない! 状況は同じなのに!」
「なんの?」
「だから! なんで、るうにはキスで、あたしにはティッシュなわけ!?」
廉の脳みそが、一瞬、宇宙の彼方へ飛んで行った。
「ええと」
廉は頭を掻いた。
「要するに‥‥つまり‥‥キスしてほしいわけ?」
「そっ、そんなこと言ってないじゃないの!」
‥‥言ってんだよ。
ぷいと横を向いてしまった麻衣の顔をいつまでも見ていると、
「やらしい目で見ないでよ!
要らないからね、ティッシュも、キスも!」
わざわざ振り返って怒鳴られた。
うわー。 めんどくせー。
どう見たって、して欲しいはずなんだけど。
もうこのタイミングで抱き寄せたら、絶対殴るだろうな。
親友を気取った、でもちょっと本物じゃない付き合いの女の子ふたり。
初心者の廉には、ややこしすぎて手に負えなかった。
重苦しい沈黙が、しばらく続いた後。
「あたし帰る!」
麻衣が荒々しく立ち上がった。
「今、苦労して来たばっかりなのに?」
廉は気弱な引き止め方をした。
「も、もうっ、廉くんは!」
麻衣はいらいらと叫んだ。
「もう、撤回する!
廉くんのこと好きって言ったの、取り消すから!
廉くんなんか、嫌いだからね!」
結局、何もしなくても怒るんじゃないか!
廉の中で、プツンと音がした。
何かの糸が切れる音だった。
立ち去ろうとする麻衣の腕を、つかんだ。
驚いて振り返る麻衣の顔を、片手で捕えて仰向かせた。
「廉くっ‥‥」
唇を奪った。
「やっ‥‥。 いや!」
逃げる腰を力任せに抱き寄せると、麻衣はバランスを崩してベッドに手を付いた。
上から体重をかけて倒すと、仰向けになった麻衣の口から、悲鳴がほとばしった。
まずい。 階下に家族がいる。
ひるんだ途端に、張り手を喰らった。
麻衣は半泣きで、廉の腕から逃走した。
そしてあろうことか、ベランダへ突進した。
「そこからは無理だよ!」
廉があわてて止めに駆け寄る。
「放して! 帰るんだから!」
「なら玄関から出ろよ!
ここから木に飛び移るなんて、出来っこないだろ!」
「わかったわよ玄関から帰るわ、帰りゃいいんでしょう!
ちょっと、だったら手を離したらどうなのよ!」
麻衣が廉の手を振りほどいた時、部屋のドアが開いた。
騒ぎに気付いた父親が駆けつけたのだ。
父の張り手は、右の頬にヒットした。




