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ショートえっち  作者: 友野久遠
第1話  広瀬 廉の発病
6/22

6、増殖

 その日の放課後、例の三年生たちの処分が決まった。

 さすがに先生達も、退学にはしたくなかったらしい。

 一週間の停学と、剣道部からの除名。

 聞いた途端、廉は自分も退部を決意した。 せざるを得なかった。


 3年生といえば、夏の引退試合まで部の中心になる選手だ。

 夏休みには大きな試合が集中するというのに、3年が全員抜けたら、どこの学校にも勝てっこない。

 そんな中で、原因を作った廉がのうのうと試合に出ていたら、みんなの反感を買うだろう。

 部内の雰囲気がどんなに悪くなるか、想像するのも怖い。

 退部の話をすると、父は満足そうだった。


 悔しかった。

 周りは不真面目だと思っていたかも知れないが、廉は剣道が好きだった。

 道着を着ると、悪魔扱いされる自分の体が、浄化されるような気がしたのだ。

 たった一つ、無心に頑張れることだった。

 そして、だからこそ、父親は廉からそれを取り上げたかったのに違いない。

 憎い男の息子かもしれない廉は、ダメな子供でなければ許されない。 それが父の本音だ。


 


 部屋でフテ寝を決め込んでいると、窓ガラスがコンと音を立てた。

 外を見て仰天した。

 原井 麻衣が、庭木を伝ってベランダを覗き込んでいた。


 「危ない! 何してるんだ、麻衣ちゃん」

 「シーッ、ちょっと入れてよ」

 麻衣は廉の手を借りて、ベランダの柵を乗り越えた。

 平気そうな顔をしていたが、ショートパンツにから出た足に引っかき傷をいっぱい作っていた。

 相当苦労して登ったようだ。


 「なんで玄関から来ないの?」

 「またおじさんがうるさいじゃない?」

 「これを見つかった時の方がやばいと思うな」

 廉の言葉に、麻衣は不満そうに頬を膨らませた。

 「来て悪かったわね。

  あ、ちょっと救急箱なんか出さないでよ、こんな傷で」

 「でも」

 「いいから座っててよ、自分のほうが重症のくせに」

 強引に手を引っ張られて、廉は麻衣と並んでベッドに腰掛けた。


 「で、どうしたの」廉が用件を促した。

 「別に」

 「別にって。 何しに来たの?」

 「なんかないと来ちゃダメなの?」

 「怒ってるし。 麻衣ちゃんおかしいね」

 「おかしくて悪かったわねえ!」

 麻衣はふてくされたように下を向いた。


 「おかしいのは廉くんでしょ」

 「何が?」

 「るうに聞いた。 キスしたって」

 「‥‥ああ」

 道理で不服そうなわけだ。


 「笑ってくれよ。 すっごい嫌がられたぞ。

  あれはどうしてだろうな」

 開き直って麻衣の顔を見ると、真赤になってしかも涙ぐんでいる。

 「るうちゃん、何か言ってた?」

 「知らない!」


 うつむいた麻衣の膝に、涙のしずくが一つ、落ちた。

 廉は思わず、テーブルの上にあったティッシュの箱を、麻衣に差し出した。

 麻衣は目をむいた。 ティッシュと廉を交互に見て、

 「信じられない!」と言った。

 「何が?」

 「扱いが全然違うじゃない! 状況は同じなのに!」

 「なんの?」

 「だから! なんで、るうにはキスで、あたしにはティッシュなわけ!?」


 廉の脳みそが、一瞬、宇宙の彼方へ飛んで行った。

 

 「ええと」

 廉は頭を掻いた。

 「要するに‥‥つまり‥‥キスしてほしいわけ?」

 「そっ、そんなこと言ってないじゃないの!」

 ‥‥言ってんだよ。


 ぷいと横を向いてしまった麻衣の顔をいつまでも見ていると、

 「やらしい目で見ないでよ!

  要らないからね、ティッシュも、キスも!」

 わざわざ振り返って怒鳴られた。


 うわー。 めんどくせー。

 どう見たって、して欲しいはずなんだけど。

 もうこのタイミングで抱き寄せたら、絶対殴るだろうな。


 親友を気取った、でもちょっと本物じゃない付き合いの女の子ふたり。

 初心者の廉には、ややこしすぎて手に負えなかった。


 重苦しい沈黙が、しばらく続いた後。

 「あたし帰る!」

 麻衣が荒々しく立ち上がった。

 「今、苦労して来たばっかりなのに?」

 廉は気弱な引き止め方をした。

 「も、もうっ、廉くんは!」

 麻衣はいらいらと叫んだ。

 「もう、撤回する!

  廉くんのこと好きって言ったの、取り消すから!

  廉くんなんか、嫌いだからね!」


 結局、何もしなくても怒るんじゃないか!

 廉の中で、プツンと音がした。

 何かの糸が切れる音だった。


 立ち去ろうとする麻衣の腕を、つかんだ。

 驚いて振り返る麻衣の顔を、片手で捕えて仰向かせた。

 「廉くっ‥‥」

 唇を奪った。

 「やっ‥‥。 いや!」

 逃げる腰を力任せに抱き寄せると、麻衣はバランスを崩してベッドに手を付いた。

 上から体重をかけて倒すと、仰向けになった麻衣の口から、悲鳴がほとばしった。

 まずい。 階下に家族がいる。

 ひるんだ途端に、張り手を喰らった。


 麻衣は半泣きで、廉の腕から逃走した。

 そしてあろうことか、ベランダへ突進した。

 「そこからは無理だよ!」

 廉があわてて止めに駆け寄る。

 

 「放して! 帰るんだから!」

 「なら玄関から出ろよ!

  ここから木に飛び移るなんて、出来っこないだろ!」

 「わかったわよ玄関から帰るわ、帰りゃいいんでしょう!

  ちょっと、だったら手を離したらどうなのよ!」

 

 麻衣が廉の手を振りほどいた時、部屋のドアが開いた。

 騒ぎに気付いた父親が駆けつけたのだ。


 父の張り手は、右の頬にヒットした。 

  


 

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