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ショートえっち  作者: 友野久遠
第1話  広瀬 廉の発病
5/22

5、潜伏期

 目を開くと、視界は横倒しになっていた。

 右の頬に冷たいコンクリートの感触がある。

 路上で寝転がっているのだ。

 いつの間にガレージから移動したのか、廉は覚えてなかった。


 眼の前に女が一人いて、廉を見下ろしていた。

 不気味な白黒模様の布を頭からかぶって、イスラム風に口元まで隠している。

 40代か。50代か。

 顔がほとんど見えないので、厚化粧の感じで結構トシかなと察しをつけただけだ。

 女は廉をじっと見て、低くガサガサした声で、

 「生きてるかい?」と聞いた。


 返事をしようと口を開けたが、出て来たのは少量の苦い唾液だけだった。

 吐き気がする。 頭が痛い。

 なんだか目もシカシカする。

 さっきまでの幸せな気分が跡形もなく消えうせていることに、一瞬、死ぬほどの恐怖を感じた。

 (酔い醒めがこんなに不幸なら、幸せになんかならなきゃよかった!) 

 急に涙が出て来て、戸惑った。 泣くタイミングがおかしい。

 多分これもクスリのせいなのだ。 そう思うことにした。


 女の手が廉のほうへぬっと伸びて来た。

「せかして悪いが、すぐ立てるかい?

  2メートルだけ歩くんだよ。 警官がこっちへ来てるんだ、ほら立って!」


 廉はあわてて体を起こした。

 2,3歩よろめいたが、女に支えられてどうにか歩いた。


 

 “手相人相拝見します。

  占い・人生相談”

 手作りの行灯が点ったテーブル。

 通りの外れに、女は店を出していた。

 客用の席に着いた途端、後ろで咳払いが一つ聞こえた。


 中年と若者、二人組の警官が並んで立っていた。

 「おばちゃん、その子お客さん?」

 「どう見ても未成年だよねえ。

  ちょっと話聞いてもいいかなあ」


 廉は緊張し、顔を伏せ気味に固まっていた。

 「義理の息子なんだよ」

 女は澄まして言い、水筒を取り出して、冷たいお茶を廉に寄越した。

 「ほら、べそべそ泣かずにお飲み」


 女は立ち上がると、警官に愚痴を言い始めた。

 「亭主がわりと厳しくてサア。

  ガッコの成績下がったのを怒って、外へ叩き出したまま鍵かけて寝ちまったらしいんだよ。

  それでこの子、あたしんとこまで鍵取りに来たんだよ。

  もう今日は客が少ないし、話聞いたら連れて帰りますけどね。

  もうちょっと亭主も考えてくれたらよさそうなもんじゃないか、ねええ」


 あまり淀みなくうそをつくので、ふたりの警官も釣り込まれ、

 「まあ、男親は毅然としててくれた方がいいよ」

 「イケメンの息子さんだね。 旦那さんがいい男なんだろうなあ」

 などと雑談に運ばれた。

 

 「それは、あたしと釣り合わないって意味かい?」

 「ははは、それはまあ」

 「何がハハハだか、失礼なヤツだね」


 警官が行ってしまうと、女は席に戻って来た。

 廉の顔をじっと見て、

 「女にもてて困るだろう」と言った。

 廉が黙っていると、女は勝手に話し続けた。


 「二枚目だから言うんじゃないよ。

  そういう人相だっての。占いに出てんだよ。

  で? もう女の子抱いたりしてんのかい?

  まだなら、おばさんが教えといてやろうか?」


 ムッとして、廉は女の顔をにらみつけた。 内心で、さっきまでの嬌態を見られたんじゃないかという焦りもあったのだ。 まさかと思うが、占い師というのは得体がしれない。

 「そんな顔せずにお聞きよ。

  あんたみたいな子はね、ちゃんと泳ぎを習わないと流されちまうの。

  女の言いなりにえっちしてたら、ためになんないから心配してんだよ」

 「あんたに何が教えられるわけ?」

 「大事なことを全部さ。

  どこをどうしたら、女がどうなるのか、知っとかなきゃいけないよ。

  数をこなしゃわかる、ってもんでもないんだからね。

  それとも、こんなオバサンとじゃいやかい?」


 どうもからかわれているわけではないらしい。

 廉は少し迷ったが、正直な言い方をすることにした。


 「あんたと寝るのは、怖いよ」

 「怖いと来たね。どうしてだい?」

 「正体が知れない感じだ。

  いきなり強面のオジサンが出て来たりするのもイヤだし」

 

 女は吹き出した。

 「坊やのくせに、生意気なこと知ってんじゃないか。

  まあいいや。 でも覚えて置くんだよ。

  あんたは、何もしなくてもモテる。

  でもそれに頼り切って努力しないと、将来自分で苦しむことになるよ。

  努力したくなったら、いつでもおいで」


 女の言葉の意味は、正直なところ半分もわからなかった。

 でも相手の厚意は感じることが出来た。

 廉はていねいにお辞儀をして、女に礼を言った。

 



 早朝の教室に荷物を放り出し、隣の理科準備室へ行った。

 廊下側の下の窓が壊れていて、いつでも忍び込めるのだ。

 床よりは少しきれいという程度の机を並べ、その上に寝そべった。

 ドロドロに疲れた体は、すぐに眠りに落ちた。


 「‥‥広瀬くん」

 呼ばれて目を開けると、るうの泣き顔があった。

 「るうちゃん。 よくここがわかったね」

 「鞄あったから‥‥探しに来て」

 「そうか。 おはよう。

  ‥‥なんで泣いてるの?」

 廉は起き上がって、机を半分空け、るうを腰掛けさせた。


 「おととい、麻衣におこられたの。

  広瀬くん、私がちゃんとしてれば怪我せずにすんだって。

  私、気がつかなくて。 全然わかんなくて。

  謝ろうと思ったら、昨日広瀬くんお休みだったでしょ。

  ‥‥夜、電話したの、おうちに。

  そしたらっ。‥‥そしたらまた家を出てるって‥‥。

  け、怪我してるのに‥‥」


 るうは激しく泣き出した。

 泣きながら何度も、ごめんなさいと繰り返した。

 

 「家出はるうちゃんのせいじゃない。 もともと親父と合わないんだ。

  あんなの、しょっちゅうなんだよ」

 慰めにもならないことを言ってしまった。


 「ね、広瀬くん。 寝るとこない夜は、私のとこ来て。

  うちの母さん、朝の4時までは絶対帰って来ないから」

 「ありがとう」

 もしかして誘惑されてるのかな、とも思った。


 震えながら涙をふいているるうが、可愛いと思った。

 肩を抱き寄せると、るうははっとしたように廉を見上げた。

 その唇に、廉は自分の唇を押し当てた。


 相変らず恋心が存在するとは自分でも思えなかったが、るうに対する思いは肉欲とも可愛いだけとも違ったから、満更罪な行為でもない気がする。

 廉がセックスを通して覚えたのは、肉体の快感よりも、他人に対して扉を解放する安堵感だったのだ。 それを今度は、目の前のるうにも求めたのだった。 

 

 夕べよりは、少しはましなキスになった。


 ところが。

 るうは悲鳴と共に、廉の体を押しのけた。

 そのまま勢い余って机の向こう側に落っこちた。


 「るうちゃん! 大丈夫?」

 「いやっ! 来ないで、広瀬くんのばか!」

 床に尻餅をついたまま叫んで、るうは立ち上がり走り出した。


 廉は呆然とそれを見送った。

 何が悪かったんだろう?

 すごくいいムードじゃなかったか? そこまでひどいゴリ押しだったか?


 頭がズキズキする。

 るうの考えていることが、廉にはいちいち理解できなかった。  

    


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