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ショートえっち  作者: 友野久遠
第1話  広瀬 廉の発病
4/22

4、感染

 

 スナックの裏を抜けると、廃館になったビヤホールがあった。

 シャッターを下ろしているが、裏口の非常階段はむき出しだ。

 通りからも目立たないその階段から、いきなり人が落ちて来た。


 階段を踏み外して、2.3段滑り落ちたという感じだった。

 驚いて近寄って見ると、女の子だ。

 髪をとんでもなく薄汚い金色に染めている。

 化粧が濃くて歳ははっきりわからないが、廉は自分とさほど違わないのじゃないかと思った。


 落ちて仰向けになったまま、その女の子は、きゃらきゃらと笑っていた。

 夜目にもはっきりとスカートから下着がはみ出して見えているのにお構いなしだ。

 ちょっと“イッちゃってる”感じだった。


 「あ。 カワイイ」

 「あんたも混ざる?」

 言いながら、あとふたり、女の子が下りて来た。

 見た目は落ちて来た子と大差ないケバケバしい子たちだった。

 ただし、こっちのふたりはまだ足下が確かだ。

 

 「おいでよ、ちょっとヌルいビールだけどさ」

 「おいで」

 差し出された手を握るのに、勇気は必要なかった。

 何も知らずに受け入れてくれる相手が、その時の廉には必要だった。

 これまでそういった連中の仲間に入らずにやって行けたのは、大林の伯父の家があったからだ。


 2階の踊り場に、あと3人ほどたむろしていた。

 全員が女の子、と思ったら、一番奥に座っているひとりだけが男だった。

 暗がりではっきりとは見えないが、男の顔立ちは中東系の外国人と思われた。


 「なに? そいつ」

 煙草の煙と一緒に吐き出された男の声が、見た目の印象より幼い。

 「カッコいいでしょ。 今知り合ったんだ。

  あ、ねえ、あんた名前は?」

 「‥‥廉」

 「イオ、れんにもアレあげてよ」

 

 男は廉をじろじろ見ながら、ポケットから何か取り出した。

 ビールの缶の上に置いて、一緒に廉に差し出す。

 裸の錠剤が、2錠。


 「これなに?」廉が聞くと、

 「ちょっとフワっと来るんだよ」

 女の子達は、クスリの名前を言わない。

 みんなで、廉を囲んで床に座らせた。

 

 「クスリは要らない」

 そんな恐ろしげなものを見たのも触ったのも初めてで、廉は正直に恐怖心を顔に出して、イオに錠剤を返そうとした。

 「ばあか。 ビール一本しかねーんだぞ。

  それがなきゃ、飛べねーだろ」

 イオが吐き捨てるように言った。


 「飛ぶ?」

 廉には意味がわからない。

 「ほらこうやって、噛んでから飲むんだよ」

 女の子のひとりが、自分の錠剤を口に入れ、ボリボリ噛んでからビールで飲み下して見せた。

 それでも廉が躊躇していると、その子は廉の手からクスリを取り上げ、自分の口に入れた。


 代わりに飲んでくれたのかと思ったら、違った。

 彼女は錠剤を噛み砕き、ビールを口に含んだのだ。

 そのまま廉に抱きついて、キスした。


 恐ろしく苦い液体が、口の中に流れ込んで来た。

 相手は廉の顔の上にかぶさるようにして、口の中身を全部、咽喉の奥まで押し込んで来る。

 窒息しそうになり、廉はそれをあわてて飲み込んだ。


 すでに思考がストップしてしまっていた。

 女の子とこんなことをするのは初めてだ。 それどころか、想像したこともない。

 廉にだって一人前に性欲はあったから、むしろもっと直接的な性行為なら身近に感じたかもしれないが、キスは廉にとって恋愛の管轄に属するものだった。 

 自慢じゃないが、廉は女の子と恋愛したいなんて思ったこともなかった。 女性に対する甘い期待など、抱いても仕方がないと思っていたからだ。 

 ところがキスというものは、やってみるとこれがまともに性行為に連なる感覚の物なのだった。 

 クスリなんかよりそっちの方が、廉をあわてさせた。


 相手の女の子は、いったん唇を離し、廉の瞳を至近距離から覗き込んだ。

 「れん、目がきれい。

  ね、星が映ってるよ‥‥」

 思いがけず詩的なことを言う。

 心地よいショックがあった。


 「廉はハーフなの?」

 初対面で必ず聞かれる台詞が、ここでは出て来ない。 そのことが何より心地よかった。

 (考えてみたら、あんな無駄な台詞はない。 

  そもそも相手が何者かを知りたがるなんて馬鹿げてる。 

  僕は僕でいいじゃないか。 僕の成分が知りたければ、味わってみればいいことだ。

  ‥‥こうやって!)


 廉はその子の腰に手を回し、自分から唇を重ねた。

 我ながら下手くそだな。

 歯と歯がカチンと小さくぶつかった時、思った。


 それでも心臓はちゃんと反応した。

 軽快な心音が、廉の全身を揺すり始めた。


 薬の効果は、その時来た。

 突然、ふあっと全身が浮き上がった気がした。

 「あ‥‥」

 振り回される!

 遊園地の、高速でぐるぐる回る乗り物に乗った時の、あれだ。

 あれが頭の中でだけ、起こっている。

 廉の小さな脳内スペースが、遠心力で真空になる。


 「ははは‥‥こ、これ‥‥」

 思わず笑った。

 体が冗談をやっている、という気がした。


 「キモチいいでしょ」

 ちょっと呂律の回らない発音で、彼女が言った。

 「いいね」

 ぐるぐる回る視界でキスしようとすると、照準を定めるのに苦労する。

 そのことが自分でおかしくなって、クスクス笑った。

 

 「れん‥‥。 しよ?」

 耳元で囁く相手の声が、軽く息を弾ませている。

 「する‥‥? ここでかい」

 「みんな飛んじゃったから、見ないよ」

 そうか。 飛ぶって、こうなることだったんだ。


 「コレですると、すっごくいいよ」

 「ハードル上げるなよ‥‥。 こっちは経験ないんだ」

 長い台詞をしゃべろうとすると、舌がもつれた。


 「れん、初めてなの?

  だったら、あたしが‥‥」

 その先は、相手がなんて言ったかよくわからなかった。

 視界がぼんやりして、音にもエコーがかかってきたからだ。

 回転速度が上がった。


 相手に誘われるままに1階のガレージ跡に入り込み、固いコンクリの床の上で組み伏せられた。

 冷たくじゃりじゃりした砂混じりの床。

 対照的に柔らかく暖かな女の子の体内の感触。

 意識はぼんやりしているのに、快感だけは強烈に脳天を突き抜けた。


 相手の女の子は自分で服を脱いで廉に体を触るように導き、獣のような声を上げた。

 その声が、廉には何故か音声ではなく、赤や黄色の色彩として認識された。

 初体験は触感ではなく、カラフルな色彩の打撃として廉の記憶に残った。


 気持ちがいい。

 ああ、なあんだ。

 幸せになるのなんて、簡単じゃないか!!


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