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ショートえっち  作者: 友野久遠
第1話  広瀬 廉の発病
3/22

3、内因

 「広瀬くん、大丈夫?

  ねえ、ホントに病院行かなくていいの?」

 「開いてないだろ、もう8時になる」


 運動部の猛者である先輩達は、思いのほかリンチに慣れていた。

 廉の傷は、胸や腹に集中していた。

 目立つ顔や手足には傷を作らぬように、骨を折ったり内臓を潰したりしないように。

 じつによく考えて痛めつけてくれた。

 廉はしばらく身動きとれず、校舎の隅に座り込んでいた。

 

 盛岡るうに肩を支えられて、家の玄関にたどり着いた。

 「廉!何時だと思ってるんだ!」

 父親が飛んできて、予想通りの剣幕で怒鳴った。

 「おまけに女の子をこんな時間まで引っ張りまわして!」


 「怒らないで!広瀬くん、怪我してるんです」

 るうが叫んだ。

 「こんな時間になったのは、痛くて動けなかったからで」


 「るうちゃん、いいよ言わなくて」

 止めながら、廉は内心驚いていた。

 るうはおとなしくて引っ込み思案な子と思っていたのに、いきなり廉の父親に噛み付いたのが意外でならなかった。


 しかし、父親の反応はいつもと同じだった。

 「喧嘩かあ?この馬鹿野郎!」

 いきなり頬を叩かれた。

 るうが悲鳴を上げた。

 廉は、たたきに尻餅をついて顔をしかめた。

 全身が痛くて起き上がれない。

 でも一番痛むのは、体の外側じゃないんだ。


 「わかった‥‥。やっとわかったぞ」

 廉はゆっくり立ち上がって、父親を見据えた。

 「父さん、あんたが恐れている通りさ。

  僕はあんたの子供なんかじゃないね。

  子供が怪我したと聞いて、どこが痛いと尋ねない親なんて、この世のどこにもいるもんか!」


 「なんだと、こいつ親に向かって‥‥」

 「今まで鈍くて、どうもすいませんでしたね。

  甘い夢を見てた僕が悪かった。

  どんなひどい親でも、いないよりはまし、って思ったんだ。

  でももう現実から逃げるのはやめる。

  認めるよ、僕はここの息子じゃない!」


 廉はきびすを返し、勢いよく歩き出した。

 痛みに顔をゆがめるのも、今だけだ。

 平気になってみせる。絶対に。


 玄関を出たところで、るうの手をそっとほどいた。

 「もう遅いから、きみは家に帰らなきゃ。

  僕はおじさんの家に行って泊めてもらうから」


 「そのおじさんちまでは、一緒に行くわ。

  うちの親は、母親だけで、夜の勤めだから家にいないの。

  うるさいことも言わないから、心配ないわ」

 るうは言い張って譲らず、結局おじの家までついて来た。

 おじさんが車で、るうを家まで送り届けるはめになった。



 「クラブの先輩のリンチだったそうじゃないか。

  これはね、廉のせいじゃない。

  俺んとこもそうだが、運動部の悪習ってのはどこにでもあって、伝承されちまうものなんだ」


 高校の教師をしている大林の伯父が、父親に電話をしてくれている。

 その横で、叔母に夕食をもらって食べた。

 何故か手がぶるぶる震えて、箸が何度も落ちる。

 「スプーンあげようか?」

 叔母に聞かれたが,首を振った。

 胃がおかしくて入りそうにない。


 「今夜は止まってけ。

  明日はうちに帰って、話し合いをしろって言っといた。

  学校にも、知らせた方がいい。

  そのあと多分いろいろ面倒があるだろうから、家に帰っといたほうがいいぞ」

 伯父が電話を終えて、言った。

 つまり、明日以降はここに泊めてはもらえないということだなと、廉は思った。


 大林の叔母が、父親の妹に当たる。

 廉と同じ年代の男の子が二人いる。

 そのためか、伯父が廉をとても可愛がってくれる。

 父親といさかいを起こすと、昔からここに逃げ込むのが常だった。


 食後のお茶を飲みながら、ふたりの従兄弟と雑談していると。

 「廉くん、電話よ。原井さんって女の子」

 叔母が呼びに来た。

 「麻衣ちゃん?」

 なんでここがわかったんだろう。


 「廉くん‥‥。大丈夫?」

 思いがけず深刻な声で、麻衣は訊いて来た。

 「るうに聞いたわ。

それでおうちに電話したら、ここだって言われて。

  美由紀ちゃん呼び出して、こっそりここの番号教えて貰ったのよ。

  るうと来たら、ものすごい馬鹿ね!部室の前で待つなんて。

  思わず責めまくっちゃったわよ。

  第一、なんでさっさと先生呼びに行かないんだか」


 「るうちゃんも怖かったんだよ」

 言いながら、感心した。

 るうから聞いた話だけで、きちんと状況判断ができる麻衣は、やっぱり頭がいい。


 「ごめんね、廉くん‥‥」

 「なんで、麻衣ちゃんがごめんなの?」

 「あんな馬鹿な子、紹介して‥‥。

  あたしだったら、廉くんに怪我なんかさせなかった」

 

 「べつにそれ、麻衣ちゃんのせいじゃないだろう?」

 「だってあたしだったら、ちゃんと教室で待ってたもん!

  ちゃんと先生に知らせてあげられたもん。

  あたし、馬鹿だった。

  こんなことなら、るうに譲ったりしなきゃよかっ‥‥」

 最後の一文字を、麻衣は飲み込んだ。


 「譲った?」

 廉が問い返しても、麻衣はしばらく黙っていた。

 うっかり口が滑ったらしい。

 動揺のあまり荒くなった呼吸音だけが、受話器から聞こえて来た。


 「麻衣ちゃん‥‥」

 「い、言い出せなかったのよっ」

 麻衣が、覚悟した様子で叫んだ。

 「るうに相談されたの。廉くんが好きって‥‥。

  るうったら、電話でぐちゃぐちゃになるほど、泣いたんだから。

  言えやしないじゃないの、あたしも小学校の時から好きだとか。

  もういいやって思ったのよ、どうせずっと片思いで、告る気なかったし。

  るうは可愛いし。

  男の子なら絶対、あたしみたいに生意気な女より、るうみたいに守ってあげたいタイプのが好きだもん」


 「そんなの、思い込みだ」

 廉はきっぱり言った。

 「僕は好きだけどね、頭が良くてしっかりしてて、精神的に安定してる子。

  そばにいて、安心するじゃないか」


 麻衣は黙っていた。

 「‥‥泣いてるの、麻衣ちゃん」

 「廉くんが、優しいんだもん‥‥」

 麻衣は泣き笑いの声になった。


 「そういうとこが、好きなの」

 「麻衣ちゃんも、優しいよ」

 「‥‥大好き。廉くん」

 「うん」

 「でも、るうには言わないで」

 「言わないよ」


 電話を切ってから、廉も少し泣いた。

 自分の体の中に涙があったことで、何故かとても安心した。



 その次の日の、夜10時。

 歓楽街の路地裏を、廉は歩いていた。

 ホントは力いっぱい走り抜けたかったが、全身が痛くて無理だった。

 昨日よりも、傷が腫れている分、痛みは強い。

 ぎこちない人形のような動きで、歩いた。


 昨日の今日でまた家出だ。

 両親は学校に連絡だけはしていてくれたようだった。

 3年生たちのやったことが、学校側にどう扱われるかはまだわからない。

 学校を休んだので情報も入ってないのだった。


 でも、父親は剣道をやめろと廉に言った。

 熱の入らないものは、やる資格がないそうだ。

 結局、原因を作ったお前が悪い、と言いたいわけだ。


 「親父と話し合いなんて、所詮無理なんだ。

  あいつは僕のこの顔を見ると、理性なんか吹っ飛んでしまうんだからな!」


 

 廉にもこのごろ、家族の図式が見えてきた。

 浮気はしてない、と言うのが、母の言い分だ。

 それを信じるぞ、というのが、父の表向きの姿勢だ。

 そういう形にしないと、離婚するまで収まりがつかなくなるのがわかってるからだ。


 そうやって、この夫婦は、言いたいことが言えなくなってしまった。


 父の不満は、廉の顔を見るたびに爆発する。

 そうすることで、母への憎しみのガスを抜いている。

 母はそれを庇えない。

 父の怒りを自分に向けたくないから。

 そして、それを庇わないことで、自分の反省を表しているつもりなのだ。


 父は廉に当たることで。

 母は、それを認めることで。

 妹達は、それを無視することで。

 自分の罪を認め、相手の罪を許す。

 それが広瀬家の愛情の図式なのだ。


 必要悪というわけだ!

 生け贄というわけだ!

 あんたら大人は、立派なもんだ!

 まったく、ご立派なシステムだよ!



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