38『管理者の警告』
藤堂茜視点
「ボクが納得いく理由があるんだろうね? ボス?」
何もない空間から、いきなり人が現れた。
本当に、文字通り「出現」したのだ。そいつは開口一番、ボスに鋭い視線で詰め寄った。初対面だけど、登場の仕方がマジでSFすぎて開いた口が塞がらない。
だけどボスはビビる様子もなく、平然とサイダーの瓶を彼女に手渡す。あ、サイダーって言っても炭酸ジュースじゃなくて、りんごのお酒ね。
「……ボクは今日、PANDORA-NETの管理者として君にクレームを入れに来た。馴れ合いに来たわけじゃない」
(えっ、PANDORA-NETの管理者……!?)
うちの脳裏に電撃が走る。噂には聞いていた。野良の魔法少女の心の拠り所、正体不明の魔法少女。
目の前にいる、この不機嫌そうな少女が、あの『ノクシア』なのか。
「ノクシア。席は余っているんだし、座りなよ」
ボスの言葉に促され、豪華なシャンデリアの光が、困り顔の彼女――ノクシアを照らし出す。
黒髪に深い緑のメッシュが入った、サラサラのストレートロング。重ための前髪のせいで目元に影ができてて、ぶっちゃけ「話しかけるなオーラ」が半端ない。
毒々しいくらい鮮やかな黄緑色の瞳が、値踏みするみたいにテーブルを見下ろしていた。
そこにあるのは、ガラス越しに見えるプライベートプール付きの大邸宅に負けない、超リッチなディナー。
うちもプロメテウスに所属するようになってからは、お金に困ることなんてなくなった。……なくなったんだけど、こういうお高くとまった贅沢には、ぶっちゃけまだ胃が慣れない。
「……はぁ」
全身黒でまとめた、ゴシック調のセットアップ。透け感のあるヒラヒラした袖を揺らしながら、ノクシアがサイダーを一口飲んだ。
「おいしい。アルコールは苦手だけど、これは優しいね」
「意外とお魚さんとも合うんだよ? 食べてみ、食べてみ?」
すかさずノクシアに白身魚の料理を勧めたのは、猫耳フードを目深に被った少女だ。
「ああ、うん。魚とリンゴ酢は結構合うし、これもイケるね」
「にゃーん! でしょ? 私はお魚たくさん食べられて満足してるんだ。ずっと飢えてたからさっ!」
笑うとチラッと見える八重歯に、完全にゆるみきった口元。少女は、ハチミツを溶かしたみたいな黄金色の目を、野生の動物っぽくキラキラさせている。
「その『にゃーん』といい、猫耳フードといい……そのだぼだぼの黒パーカーに描かれた白猫の刺繍といい。君、どれだけ猫が好きなんだい?」
「好きだよ。だって私は猫だもん!」
……とか言ってるけど。どこからどう見ても、ただのめちゃくちゃ可愛い黒髪美少女じゃん、っていう。
ノクシアはちょっと間を置いてから、納得したように口を開いた。
「なるほど。君が噂の黒音か。でも、君は政府に捕らえられていたはずだ。……ということは、先日プロメテウスがテロを起こした理由は君か」
お皿をカチャカチャうるさく鳴らしながら、夢中になって魚を貪る黒音。本人は完全に食事に夢中なので、代わりにボスが答えた。
「そういうことだよ。……で、君のクレームの内容も、先日のテロの件だろう?」
「そうだよ。プロメテウスとPANDORA-NETが交わした契約を、忘れたとは言わないだろうね?」
「もちろん。『プロメテウスがPANDORA-NETを介して野良の魔法少女を勧誘するのは自由。しかし、それ以上の行為は行わない』――だろ?」
「そう。で、君たちは先日のテロに、PANDORA-NETを利用した」
ノクシアの声のトーンがガチで一段階下がって、すっとこっちを睨んできた。
いや待って、なんで初対面の、ただ席に座ってるだけのうちを見るわけ!?
一応うちだって、かなりの実力者のつもりだ。
だけど中身は女子高生なわけで、あんな魔王みたいなオーラで正面から睨まれたら普通にビビる。秒で背中に冷や汗かいた。
(ちょ、ボス、助けて……!)
目で必死にSOSを送ったのに、当のボスは手元のサイダーに夢中。絶対これわざとじゃん! 狸オヤジめ!
これ以上部屋の空気が凍るのにも耐えられないので、うちは引きつった笑顔で、必死にノクシアをなだめにかかった。
「あ、いや、えっと……その、PANDORA-NETで訓練場の場所を調べちゃったのは、ホントに申し訳ないっていうか……」
「それだけじゃない」
ノクシアの冷徹なツッコミが容赦なく刺さる。初対面なのに、一切の容赦がない。
「野良の魔法少女のための訓練場を、政府にリークしたよね。しかも、利用者がちょうど到着する、最悪のタイミングで」
「……う。それは、うちもホントに悪いと思ってるよ」
脳裏にエレナちゃんとシルバちゃんの顔が浮かぶ。
ぶっちゃけ短い付き合いだったけど、二人ともマジでいい子だった。
エレナちゃんはなんかちょっとアホな男子高校生みたいで絡んでてウケたし、シルバちゃんは「お姉さんぶってる割に情けなっ!」みたいなギャップが可愛くて。
そんな二人を『餌』として利用したんだから、罪悪感で胃が死にそうになる。
「ボクはさ、薄情な人間だよ」
ノクシアがぽつりと、自分から告白するように呟いた。
「正直、ボクの目の届かない場所で、誰がどんな不幸な目に遭っていようが知ったこっちゃない」
「……あー、まぁ」
一瞬「冷たっ!」って思ったけど、よく考えたらうちだってそう。
ニュースで知らない国の事件見ても「かわいそ~」って思うだけで、実際に飛行機飛び乗って助けに行ったりしないでしょ?
それと一緒。お互い様ってやつ。
「でも」
ノクシアがうちから視線を外し、まっすぐにボスを見据えた。
「PANDORA-NETに所属する子たちは別だ。ボクは他人のことなんてどうでもいいけど――仲間は、絶対に守る」
「…………」
その瞬間、広い大邸宅がシン……と静まり返った。
部屋に流れるお洒落なレコードの音と、それから空気読めない黒音が「カチャカチャ……」とお皿を鳴らす音だけが響いてる。
そんな緊張感の限界突破寸前な空間で、ボスがようやく重い口を開いた。
「それで? ノクシア。君は何を要求するんだい」
「率直に言おう。プロメテウスが次、PANDORA-NETの子たちを危険に晒した場合、ボクは政府にプロメテウスのあらゆる情報をリークする」
「……それは嫌だね」
ボスは肩をすくめると、あっさりと頷いた。
「わかった。二度と契約の範疇を超える形で、PANDORA-NETを利用しないと約束しよう」
……よかった。
生きた心地がしなかったうちの心臓が、ようやくまともに動き出した。
正直、ボスなら「じゃあノクシア殺せばよくね?」って選択肢を選ぶかもって冷や冷やしていた。
プロメテウス側からすれば、こっちの秘密を握りまくってるノクシアの存在ってぶっちゃけ邪魔でしかない。
極論、彼女を消してPANDORA-NETの管理者権限をごっそり奪っちゃうのが一番手っ取り早いわけだし。
それをしないのは、ノクシア自身がめちゃくちゃ強い上に、いざとなったら空間操作で一瞬で逃げられるからだ。
「……ありがとう。じゃあ、ボクはもう帰るよ」
ノクシアは手元のサイダーをきれいに飲み干すと、机の上にあった未開封のサイダーの瓶を、さりげな~い手つきで二本キープした。
結構ちゃっかりしてるな、この人。
そのまま転移しようと魔力を練り始めたんだけど、ふと動きを止める。
「ああ、そうだ。君たち、いい菓子屋を知らないかな?」
「は? 急にどうしたの」
思わず素で訊き返してしまった。
「いや、エレナとシルバにお詫びの菓子折りを持っていこうと思ってね。……まぁ、自分で調べるか。それじゃあ、また」
自分で聞いておいて自分で完結させると、ノクシアは一瞬で空間に消えた。
本当に、嵐みたいな人だった。去っていった空間を見つめながら、うちは心の中で大きくため息をつく。
「本当によかったのか? ボスよ」
みんながサイダーを飲んでいる中、一人だけワインを優雅に揺らしている協調性ゼロな魔法少女――『皇帝』が、低く冷たい声を出した。
快楽殺人者のこいつと席が隣とか、マジで席替えさせてほしい。
っていうかコイツ、中身うちと同じ女子高生のくせに、なんでワインとか堂々と飲んでんの? うちは炭酸のサイダーを飲んでいるっていうのに。
「ノクシアを殺しておかなくてよかったのか、ってことかい?」
ボスの問いかけに、皇帝は冷酷な笑みを浮かべる。
「そうだ。あれは私たちのことを知りすぎている」
「そうだね。まぁでも、下手に刺激して敵対される方が嫌だよ」
平然と「あいつ殺す?」みたいな物騒な会話を繰り広げるボスと皇帝。ほんと、この空間の倫理観どうなってんの?
すると、ボスが優しく微笑みながら、こっちに視線を向けた。
「それに、茜との約束もあるしね」
その言葉に、皇帝が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……『裏の人間を除いて、一般人は殺さない』か? ふん、ノクシアだって十分裏の人間だろう」
「ノクシアはグレーだよ。黒じゃない」
うちは思わず、皇帝を睨みつけた。
内心、心臓はバックバク。実力的には同じくらいだとしても、平気で人を殺せるシリアルキラーに口答えするのは怖い。拳がぎゅっと強張る。
……本当に。ボスと目指すゴールが同じじゃなかったら、プロメテウスなんてヤバい組織、1秒でバックれている。




