39『ちょっぴり刺激的な日常』
臨時休校明けの朝。ホームルーム前の騒がしい教室で、俺は席についていた。
「ふわぁ……」
気の抜けたあくびの主は、隣の席の望月さん。
『隣の席の望月さん』って、なんだかゴロが良くてライトノベルのタイトルにありそうだな、なんて場違いなことを考える。
「ふわぁ……ん? なに、結波くん」
「いや。……休校中はビジネスとやらで忙しかったの?」
俺の問いかけに、望月さんが一瞬だけ不思議そうな顔をした。
「へ? ビジネス? ……あ、ああ、うん! そうなんだよね、もう大忙しでさ」
わざとらしい笑みを浮かべる彼女。
望月さんは以前、俺に『駆除した怪物の残骸をリサイクル業者に回すビジネスをしている』と説明していた。
だが、今の俺にはそれが早退をするための言い訳にしか聞こえない。
プロメテウスによるテロの日。
共闘したノーラの口から、『霧島さん』という単語を聞いてしまった。
そして、望月さんが以前早退した日に、彼女のスマホに電話をかけてきたのも『霧島さん』。
ネットやPANDORA-NETの情報を繋ぎ合わせると、その霧島という人物は、政府の『魔法少女課』で課長を務める大物らしいのだ。
おまけに、望月さんが早退した直後、東京にはグリフォンが出現していた。
これらの点と点を線で結ぶと、最悪の仮説が浮き彫りになる。
望月さん=ノーラ説。
「望月さんはさ。エレナとシルバって知ってる?」
「知ってるよ。……ふわぁ。例の百合魔法少女でしょ」
もはや世間一般では完全に『百合』としてキャラが固まってしまっているらしい。
その評価に内心で複雑な気分になりながらも、俺はさらにカマをかけてみる。
「すごいよね。テロリストたちと真っ正面から戦ってたんだろ?」
「うん。すごくありがたかった」
そこまで言って、望月さんは「あ」と小さく呟き、慌てて言葉を付け足した。
「おかげでテロが早く収まってくれてさ。私も……怖かったし?」
「なんで疑問形?」
「いやいや、怖かったよ? 本当だよ?」
それは怖くなかったと言っているようなものだ。
テロリストとの戦闘で見せたノーラの強さは圧巻だった。あれほどの実力があれば恐怖など感じないのも理解できる。
……いや、望月さんのことだ。
テロの間も家でずっとゲームをしていたから怖くなかった、という線も捨てきれないのが紛らわしい。
俺はもう一歩、踏み込んでみることにした。
「エレナとシルバは野良だけどさ。ぶっちゃけ、政府お抱えの魔法少女たちよりも役に立ってたよな」
「……む」
望月さんの口から、低い地鳴りのような声が漏れる。
いつも眠そうにしているか、かわいらしい笑顔を浮かべている彼女。その彼女の『不機嫌な顔』を、俺は初めて見た。
ゾク、と背筋が凍る。だが、ここで引くわけにはいかない。
「だってさ、エリュセイアなんて藤堂茜と一騎打ちして、結局逃したわけだし。本当に最強格なのか怪しいっていうか……」
「エリュセイアは対人戦向いてないから、仕方ないの」
遮るように告げられた言葉。
「でも実際、テロの鎮圧には何も貢献できてないわけだし――」
「結波くんって、嫌な人だね」
ピシャリ、と言い放たれた。
望月さんの顔から、完全に表情が消えていた。据わった瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「例え目に見える功績がなくても、彼女たちがテロの現場で、命を懸けて戦っていたのは事実だよ。安全な家に閉じこもっていただけの人が、外から文句を言う筋合いなんてない」
周囲の喧騒が遠のくほどの、低く冷徹な声。
「……ごめん」
思わず本気で謝ってしまう。
「……あ。いや、ごめん。私もちょっと言い過ぎた、かな……?」
我に返ったように、望月さんがいつものゆるい表情を取り繕う。
「ううん。今のは俺が完全に悪かった。ごめん」
頭を下げながら、冷や汗が止まらなかった。
実際のところ、俺はエレナとしてあのテロの現場に立っていたわけだが……今の発言は、どう考えても越えてはいけない一線を越えた失言だった。
お互いに視線を逸らし、気まずい沈黙が流れる。
その微妙な空気の中、ガラガラと前方のドアが開き、担任が教室に入ってきた。
……助かった。心底、救われた気分だった。
仮に、「望月さん=ノーラ」だと確信できたところで、何か行動が変わるわけじゃない。
これ以上、無理にカマをかけるのはやめておこう。
どっと押し寄せてきた疲労感を感じながら、俺は配られたプリントに目を落とした。




