35『トカゲのしっぽみたいな首』
「……へ?」
ニードルの口から、間の抜けた声が漏れた。
あれほど苦戦した吸血鬼が、あっさりと両断されたから――ではない。
ビルの屋上に、本来なら『そこにいるはずのない人物』が立っていたからだ。
「シルバ……!? お前、シルバなのかっ!? え、えええええっ!?」
完全にキャパシティをオーバーし、パニックに陥るニードル。
彼女の視線は、シルバ、俺、またシルバ、と高速で往復を繰り返している。あまりのブレなさに、残像すら見えそうな勢いだ。
「いや、だって……! シルバは、あの吸血鬼野郎に首をハネられて……! なんで生きてるんだよ!?」
混乱する彼女をよそに、シルバはビルの屋上からワイヤーを射出。しなやかな動作でニードルのすぐ隣へと着地した。
そして、ひどく申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「すみません、ニードルさん。ご心配をおかけしました」
「い、いやっ、心配なんかしてないぞ!? アタシはシルバが死んだと思ってたんだから! 死んだ奴の心配なんてできるわけないだろ!」
「確かにその通りですね。では、私のためにあんなに怒り、涙を流していただき、ありがとうございました、でしょうか?」
「っ……! アタシが勝手に怒って勝手に泣いたんだよ! シルバの許可なんか取ってない! だから、お礼なんて言わなくていい!」
真っ赤になった顔を隠すように、ニードルはポケットからハンカチを引っ張り出して泣き腫らした目をゴシゴシと拭った。
同じく常備しているポケットティッシュで、勢いよく鼻をかむ。
そうして少しだけ落ち着きを取り戻すと、彼女は再びシルバに詰め寄った。
「それより説明してくれ! なんで生きてるんだ!? もしかして、斬られた首をワイヤーで縫い合わせたのか!?」
「いえ。私の生首なら、今も商店街の路地裏に転がったままですよ」
「…………は?」
ニードルの目が点になる。
かわいそうに。もし俺が逆の立場なら、ニードル以上に騒いでいる自信がある。
「私の首、新しく生えてきたんです」
「トカゲの尻尾みたいに?」
「えっ? あ、はい。まぁ……トカゲと違って、何度でも生えるのですが」
シルバの斜め上の回答に、ニードルは一瞬だけ呆然と目を見開いたが、すぐに自分の中で無理やり納得したらしい。
「ま、まぁ……そういう魔法少女がいてもおかしくない、か? カミィの奴、サブカル好きだしさ……」
「あまり詳しい仕様は明かせないのですが、ある条件を満たしている限り、私は死んでも復活できるのです」
シルバがすまなそうに微笑む。
その条件とは俺とシルバ、片方が死んでも、もう片方が生きていれば、死んだ方は瞬時に蘇生する、というものだ。
一見するとチート極まりない能力だが、裏を返せば「二人同時に殺せばいい」という明確な弱点がある。対策を立てられたら終わりだ。
だからこそ、いくら信頼できる仲間であるニードル相手でも、これだけは教えるわけにはいかない。
あんなに俺たちのために泣いてくれた彼女には、本当に申し訳ないと思うけれど。
「……そっか。まぁ、手の内をバラしたくない魔法少女が多いのは知ってるしな。いーよ、気にするな」
ニードルはふぅと大きく息を吐き出すと、憑き物が落ちたような快活な笑みを浮かべた。
「細かいことをネチネチ気にしない。それがカッコいい不良の条件だろ?」
ニカッと白い歯を見せて笑うニードル。
彼女のこの割り切りの良さというか、器の大きさは、本当に見習いたいところだ。
「――けどさ」
不意に、ニードルが声音を低くした。
じっとシルバの目を見つめるその表情は、いつになく真剣だった。
「いくら生き返れるからって、最初から死ぬ前提で動くんじゃないぞ? ……命は、いっこしかねぇんだからな」
「……はい。私も痛いのは嫌ですから」
シルバは至って大真面目に、こくりと頷いた。
緊迫した空気を一瞬で霧散させる、どこか的外れな回答。
「……そういうことじゃないんだけどな。まぁ、いっか」
盛大なため息を吐き、ニードルががっくりと肩を落とす。それから、視線を周囲へと巡らせた。
俺たちの足元には、真っ二つになって力なく転がる吸血鬼の死体。
――だが、まだ終わっていない。
「はぁ……。どうやら、まだもうひと仕事残ってるみたいだな」
今もなお街中を徘徊する大量のゾンビたちのうめき声が響いてくる。
「どっと疲れたんだけど。……主に、誰かさんのせいでさ」
「……重ね重ね、すみません」
ニードルのジト目に射抜かれ、シルバが借りてきた猫のように小さくなる。
ふん、と鼻を鳴らしたニードルは、パチンと両手で自分の頬を叩いた。一瞬で、その瞳に鋭い光が戻る。
「よしっ! それじゃあ、サクッと残飯処理といこうか!」




