34『すれ違いコント(?)』
「ニードル!」
俺が商店街を飛び出して戦場に駆けつけた時、そこは地獄と化していた。
「てめぇ……てめぇぇぇッ!!」
「ははは! 猛犬め、もっと吠えろ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたニードルが、衝撃波を乗せた空手技で猛攻を仕掛けている。
アスファルトが爆砕し、突風が吹き荒れる。近づくことすら命がけの超質量攻撃だ。
だが、ニードルの目からボロボロと溢れる大粒の涙を見た瞬間――俺の胸を、とてつもない罪悪感が突き刺した。
「エレナ……っ、ごめんな……っ。アタシが、アタシが油断してなけりゃ、シルバは……っ!」
「ニードル、大丈夫だから。落ち着け」
「大丈夫なわけねぇだろぉぉッ!」
ニードルの大量の涙の粒がアスファルトに落ちる。
本当は今すぐ「シルバならさっきスペアの首生やしてビンビンに元気だぞ」と教えてあげたい。
しかし、今それを言えば、隠密中のシルバの存在が吸血鬼にバレてしまう。
吸血鬼の不意を突く。そのためには――俺がここで、時間稼ぎのピエロになるしかない。
「ニードル、しっかりしろ。シルバは……きっと今すごい元気にしているよ」
「え……?」
「ほら、首筋にマッサージを受けてさ、体が軽くなったとか喜んでるはずだ。だから、泣くな」
……我ながら、アドリブにしてはだいぶ電波なセリフを吐いたと思う。
案の定、ニードルの拳がぴたりと止まった。
吸血鬼がフッ、と距離を取り、熾烈な攻防が一時休戦となる。
ニードルは、ゆっくりと哀れみの視線を俺に向けてきた。
『可哀想に……相棒の死を受け入れられず、おかしくなっちまったんだ……』という心の声が、痛いほど伝わってくる。
そして、対峙する吸血鬼は、心底俺を馬鹿にした視線を向けてきた。
「醜いな。現実を受け入れられぬ弱者ほど見苦しいものはない。死んだ者は戻らぬぞ、電波娘?」
「……きっと、俺たちは違う現実を見ているんだよ」
よし、食いついた。
俺は「現実に耐えかねて妄想に逃げ込んだ哀れな魔法少女」の演技をトッピングしていく。
「ここまでくると哀れみすら覚えるわ」
吸血鬼が深い溜め息を吐く。
隣に立つニードルが、そっと俺に優しく語りかけてくる。
「エレナ。お前はもう休んでろ。あとはアタシがやるから……」
「いや、その必要はない。シルバと約束してるんだ。後悔しないように、みんなを守ろうって」
俺の言葉の何かがニードルの心に触れたのか、彼女は俺に強く頷いた。
おそらく「シルバの遺志を継ぐ」的な熱い意味に誤解してくれている。すまんニードル、シルバはあそこのビル陰で息を潜めてる。
俺は目の前の吸血鬼を見据え、さらに熱演を重ねる。
「これからも、俺はシルバと一緒に怪物と戦わなくちゃならないんだ。この程度で負けてられないよ。なあ、シルバ?」
「……っ……うう、エレナァァッ!!」
言い方が「現在進行形で一緒にいる」風だったのが悪かった。
ニードルが耐えきれないといった様子で大粒の涙をこぼした。
だが、この涙ぐましい演技の甲斐は――あった。
「はははははは! あーはははははははッ!!」
吸血鬼が、ついに堪えきれないといった様子で大爆笑を始めたのだ。
「っ……はぁ……傑作だな……! 壊れたぞ、こいつの頭! 愉快すぎる!」
腹をよじって笑い崩れる吸血鬼。
そして、俺の精神崩壊にショックを受け、構えを解いて力なく腕を下ろしてしまうニードル。
ニードルには本当に申し訳ないが――今が、最大の、そして絶好のチャンスだ。
俺は吸血鬼の死角、背後のビルから息を潜めてこちらを窺っていたシルバに、目線だけで鋭く合図を送った。
(――シルバ、やれ!)
完全な無警戒。
笑い転げる吸血鬼の背後から、シルバの手によって静かに、だが恐るべき速度でワイヤーが射出される。
「「《赤熱烈糸》」」
重なった二つの声が、静かに戦場に響く。
吸血鬼の優れた聴覚は、確かにその微かな声を捉えた。
捉えた、が――
「ふふっ。まだワイヤー娘が生きていると思っているのか? ククッ、哀れな――」
吸血鬼は、ただの「魔法少女の妄執」と切り捨て、警戒することもなく笑い続けていた。
――スパッ。
どろりと赤色に発光したワイヤーが、吸血鬼の胴体を、バターのように滑らかに両断した。




