27『不良少女と猿』
「もう無理……。もう足が動かない……」
「よく頑張ったな、エレナ。もうチャリを漕ぐ必要はないぞ」
背後からニードルが、バシバシと遠慮のない力で俺の背中を叩いてきた。
ただでさえ酸欠で呼吸が苦しいのだ。本当にやめてほしい。
「ロードバイク、三台とも停まってますね」
シルバが指を差した方向。
大きな銭湯の前に、あの猿たちが乗っていたロードバイクが律儀に並んで駐輪されていた。
「アタシがさっき聞いた話だと、あの猿ども、サイクリングを満喫して今は一風呂浴びてるらしいぜ?」
「人間よりよっぽど人生を謳歌してるんだけど……」
「確かに……。ちょっと羨ましいですね」
ロードバイクのハンドルには、猿たちが盗み出した戦利品がぶら下がっている。
その中からシルバの盗まれたバッグを見つけ、彼女は急いでそれを回収した。
「ふう。とりあえず、私たちの目的は果たせましたね」
ほっと胸をなでおろすシルバに、ニードルが不満げに唇を尖らせる。
「おいおい、最後までアタシに付き合ってくれないのか? 薄情なやつらだな」
「薄情なのは自覚していますが、あの猿たちが捕まったら、次は私たちの番でしょう?」
「ああ……。そりゃ、野良の保護は義務だからな」
ニードルはそう言い切ったものの、すぐにバツの悪そうな顔をしてガリガリと頭を掻いた。
「でもさ、アタシはお前たちに手伝ってもらったわけだし、恩義ってやつがある。……だけど、規則に従えば恩義を無視することになっちまう。……うーん」
頭を抱えて唸り出す彼女を見て、俺は思わず吹き出しそうになった。
「ニードルってヤンキーのくせに真面目だな」
「うるせぇ! アタシは立派な不良だ! 真面目なわけねぇだろ!」
声を張り上げて大慌てで否定するニードル。
どうやら彼女は、「不良=格好いい」と思っているお年頃らしい。チョロい。
「ならさ、ニードル。野良の魔法少女を見逃すなんて、最高に不良してると思わないか?」
「それは……」
ニードルの目が泳ぐ。腕を組んで、ふんぬーと真剣に悩み始めた。が、すぐにまた顔をしかめる。
「……ダメだ。規則は守らなくちゃいけないって、近所の姉ちゃんが言ってたもん」
「お前、本当に不良か?」
あまりのピュアさに、俺は呆れた声を隠せなかった。
ここからは、シルバが俺の交渉を引き継ぐように一歩前に出る。
「ニードルさん。秘密の関係、というのはどうでしょうか?」
「秘密の関係……?」
そのワードに、ニードルの肩がピクリと跳ねた。
「はい。政府公認の魔法少女と、野良の魔法少女。本来なら決して相容れるはずのない存在が、裏で手を組み、この街の平和を守る……。どうですか?」
「ッ……!」
ニードルの顔が、みるみるうちにぱぁぁっと輝いていく。
「いやっ、ダメだろそれは。でも……裏で手を組む、相容れない存在……っ。うう、カッコいい……!」
「ニードルさん。私たちが野良でいるのは、政府の目に隠れた巨悪を討つため……ではなく、ただ単純に登録したくない理由があるだけです」
「おいシルバ! そこは嘘をつけよ! なんで無駄に馬鹿正直なんだよ!」
思わずツッコミを入れると、シルバは「あ」と口元を押さえた。
「すみません。嘘が付けなくて……」
しゅん、と効果音がつきそうなほど落ち込むシルバ。
その様子を見て、ニードルが張り詰めていた表情を崩し、ガハハと豪快に笑った。
「ははっ! いいじゃねぇか。アタシ、今のでシルバのことがすげぇ好きになったぜ! ……よし、決まりだ。その秘密の関係、乗ってやるよ!」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。よろしくな、相棒!」
ニードルが不敵に笑い、握り拳を作って俺たちに突き出してきた。
俺とシルバは一瞬だけ顔を見合わせ、苦笑しながらそれぞれ右手の拳を挙げる。
コン、コン。
俺とシルバ、そしてニードルの拳が、夕暮れの街で静かにぶつかり合った。
「――後は猿どもを捕まえるだけだけど、どうする?」
ニードルが銭湯の建物を睨みつけながら言った。
「普通に風呂に押し入ればいいんじゃないか?」
「そうもいかねぇんだよ。あいつら三匹ともオスでさ。律儀に男湯に入ってやがるんだ」
「あー……。それは確かに、突入できないな」
あの猿たちは愛玩怪物に分類されるほど温厚な性質だ。
凶暴で今すぐ実力行使が必要ならともかく、マナーを守って入浴しているだけなら、男湯に押し入ることはできない。
「男湯から出てきたところを、ロビーで待ち伏せして確保するというのはどうでしょうか?」
「まぁ、それが一番確実か。よし、そうしよう」
シルバの常識的な提案にニードルが頷き、俺たちは銭湯の暖簾をくぐった。
――が。
ロビーのソファに腰掛け、広間で猿たちを待ち続けること、実に二時間。一向に彼らが出てくる気配はない。
男湯の引き戸が開くたびに身構えるのだが、出てくるのは茹でダコのように真っ赤になり、のぼせきった表情をした人間の男性客ばかりだ。
「なぁニードル。もう二時間は経つぞ。長すぎないか?」
「さすがにおかしいな。……おい、そこのおっちゃん! 中に猿がいなかったか?」
ニードルが、ちょうど男湯からよろよろと出てきた中年男性に声をかけた。
おっちゃんは足取りが完全に千鳥足で、頭から湯気を立ち上らせている。
「ああ……いたよ。いやはやつれぇ戦いだった……。すげぇもんだよ、あいつらは」
「凄いって、猿が?」
「おうよ。あいつらサウナの最上段を陣取っててさ。自然と男のプライドをかけた我慢比べになっちまったんだが……。クソッ、俺のほうが先にギブしちまった……!」
どうやらあの猿ども、ただ湯に浸かるだけでなく、サウナまでエンジョイしているらしい。
ニードルが深いため息を吐いた。
「だからさっきから、死にかけのおっちゃんばかり出てきてたのか。……男ってのは、どうしてすぐ無駄な勝負をしたがるんだ」
「悔しいなぁ……。俺だって体毛には自信があったんだが、さすがに本物のけむくじゃらには勝てなかったぜ……」
「……はいはい。おっちゃん、悔しがる前に早く扇風機の前で頭冷やしな」
……結局、三時間が経過した。
さすがに異常事態ということで通報が入り、駆けつけた男性警官が男湯に突入。
サウナの中で限界突破し、全員揃って綺麗に気絶していた猿たちが、文字通り『お縄』になって連行されていくこととなった。
ぐったりと運ばれていく猿の群れを見送りながら、俺はぽつりと言った。
「……なぁ。あの猿たち、本当に賢いのか?」
「……アタシにもわかんない」




