26『絶望のUターン』
カゴにニードル、サドルに俺、荷台にシルバ。
合計三人の魔法少女を積載した、あまりにも異常なママチャリ。
魔法少女三人分の過積載(+重力)を、俺の両足だけで受け止めなければならない。
正直、太ももが千切れそうだ。
「……なぁ、おかしいと思わないか?」
「あ? なにが?」
カゴの中にヤンキー座りで収まり、俺の視界を100%遮っているニードルが振り返る。
その拍子に重心がグワリとブレた。おいバカやめろ、死ぬ!
必死にハンドルを修正しながら、俺は抗議する。
「この状況だよ! なんでママチャリ一台に三人乗りしてんだよ!? っていうか、なんで前方をロードバイクで爆走してる猿がいるんだよ!?」
「千葉じゃよくあることだ」
「嘘つけ! 俺は三年前まで千葉県民だったんだぞ!」
ニードルが指差す先。そこには、ぴちぴちのサイクルジャージを着こなし、完璧な前傾姿勢でペダルを回す三匹の猿がいた。
「一年前から動物園で飼育されるようになった愛玩怪物だよ。よく脱走しちまうお茶目さがあって、街の人気者なんだわ」
「お茶目のレベルを超えてるだろ……!」
「いつも脱走したときは、ニードルさんが捕獲しているのですか?」
後ろの荷台に座っているシルバが、おずおずと口を開いた。
「ああ、そうだけど、それがどうした?」
「では、普段はどのように捕獲しているのですかっ!? ――ふぎゃっ!?」
老朽化したアスファルトの凹凸にタイヤが取られ、ママチャリが小さくバウンドする。
着地の衝撃で、シルバが盛大に舌を噛んだ。
「お、おい大丈夫か? ……まぁ捕獲っつっても、あの猿ども、遊び飽きたら勝手に動物園に戻るんだよ。一時間のときもあれば、一週間のときもある」
「戻ってくるのであれば、追わなくてもいいのでは……?」
「ダメだ。その間に泥棒や食い逃げをしやがる。政府としては『ちゃんと追ってますよ』ってポーズだけでも市民に見せつけなきゃいけないんだよ」
「なるほど。……私のバッグも盗まれましたしね」
二人がのんきにお喋りしている間も、俺は滝のような汗を流し、肺を焦がしながらペダルを漕ぎ続けていた。
そんな俺の目の前に、絶望の壁が待ち受ける。
……傾斜の急な、上り坂だ。
「嘘だろ……? 千葉にエベレストが出現した……?」
「たかだか十メートル先までの坂だろ。気合入れろ、エレナ!」
歯を食いしばり、立ち漕ぎで必死にペダルを回す。
キゴキゴキゴキゴッ! とママチャリが悲鳴を上げ、回転数が限界を超えたその時――俺たちの鼻腔に、焦げ臭いにおいが飛び込んできた。
「摩擦でチャリが発火してないか、これ!?」
「エレナ、気合を抜け! 燃え上がるな! アタシみたいにもっとクールにいこうぜ!」
「ニードルにクールなんてイメージ、一ミリもないんだけど!?」
心臓が破裂する寸前で、なんとか坂を登りきる。
ペダルを回す速度を落とすと、ようやく焦げ臭い煙も収まった。
気づけば、三匹の猿との距離は残り十メートルほど。
猿たちは俺たちの馬鹿騒ぎに目もくれず、プロさながらの完璧なフォームで、淡々とロードバイクを漕ぎ続けていた。
「おいエレナ。このままじゃ追いつけないぞ。もっと足回せ! 気合入れろ!」
「さっきと……言ってること、逆だろ……ッ!」
肺が燃える。太ももはすでに限界だ。
そんな俺たちの前方に、海沿いの大きな右カーブが迫っていた。
「エレナさん。私がワイヤーで橋を作ります。そこを突っ切ってください!」
シルバの宣言と同時に、右カーブの始点と終点が一本のワイヤーで結ばれた。
弓に対する弦のように、カーブをショートカットする銀の直線。道なりに行くよりも圧倒的に速い。
「バランス崩したら海に落ちるんだけど!?」
「幅は広めに作ってあります! それにここまでのチェイスで一度も転んでいないじゃないですか!」
「それはそうだけど……」
「ごちゃごちゃうるせぇぞエレナ! シルバ、手すりも追加だ!」
ニードルの一喝で即座に編み上げられる銀の手すり。
ここまでお膳立てされたら、突っ込むしかない。
「ああ、もう!」
俺はヤケクソでペダルを踏み込み、銀の橋へとママチャリを滑り込ませた。
橋の中ほどまで差し掛かったとき、ロードバイクの猿たちはまだカーブの折り返し地点。
「この調子だと、アタシたちが先にカーブの終点に着くな」
「そうですね。……って、あれ?」
ニードルの不敵な笑みに、シルバの困惑した声が重なる。
嫌な予感がして、俺も視線を猿たちへと向けた。
猿たちは完璧なフォームのまま――信じられないほど滑らかな挙動で、淡々とUターンをかました。
そして、元来た道を全力で逆走し始める。
「まずい! エレナ、チャリの向き変えろ!」
「無理だって! この橋方向転換できるほどの幅がない!」
「じゃあどうすんだよ!?」
「このまま渡りきって、カーブの終点から追いかけるしかない!」
「それじゃあ猿どもと距離ができすぎるだろ!」
ガタガタと怒号を交わしている間に、ママチャリは無情にもワイヤーの橋を渡りきってしまう。
「まずいです、エレナさん! 猿たち、もうカーブの始点まで戻ってます!」
「十メートルどころか、長いカーブ一つ分、まるまる引き離されたってことか……?」
「泣き言吐いてんじゃねぇ、エレナ! ほら、Uターンだ! 足動かせ!」
「もう勘弁してくれぇぇぇ!」
爽快な海風が吹き抜ける海岸線に、俺の魂の絶叫が虚しく響き渡った。




