21『報連相は社会人の基本』
「うおおおおおっっ!!???」
眼下では、体にワイヤーを巻きつけられた五人の男たちが、右へ左へと超高速で空中をドナドナされていた。
国道の両脇にそびえる二つのビルにワイヤーを巻き、交互に電磁石化する。
それだけで、男たちは猛スピードで右の壁に激突し、次は左の壁に激突するという人間ピンボール状態に陥るのだ。
五人全員が綺麗に白目を剥いて泡を吹いたのを確認し、俺は電流を流すのを辞めた。
「よし、次に行こう。シルバ」
「そうですね」
ビルの屋上を蹴り、夜の街を颯爽と駆け抜ける。
現在、東京は謎の武装集団に襲撃されている真っ只中だ。
「自衛隊の特定有害生命体防衛群の人たちも、大分集まってきてるな」
「そのようですね。私たちはここから一番遠い場所にいるテロリストを叩きに行きましょう」
夜の東京に響き渡る、銃声、悲鳴、そしてサイレン。
怪物が現れた日に悲鳴やサイレンが響くのは当たり前だが、そこに乾いた銃声が混ざるのは初めての経験だった。
大半の市民は明かりを消し、息を潜めて建物に隠れている。
……このどさくさに紛れて火事場泥棒を働こうとする救えない愚か者が目に入ったが、今は放置でいいだろう。
ていうか、そこに防犯カメラがあるのが見えたんだけど。
「つくづく、人間って愚かだよな……」
「そうですね――って、エレナさん、上っ!」
十階建てのビルの屋上めがけて、地上から手榴弾が投げ込まれた。
「ちっ……!」
進行方向を真横に切り替え、俺たちはやむなくビルから飛び降りた。
俺は純粋な身体の頑丈さだけで十階の高さから国道へと着地する。
少し遅れてシルバがワイヤーを蜘蛛の糸のようにビルに引っ掛け、流麗に降り立ってきた。
だが、顔を上げた瞬間には、すでに五人の男たちに包囲されていた。
そのうちの一人が、着地したばかりのシルバに向けて火炎放射器のトリガーを引く。
ゴオオッ! と放たれた爆炎。
シルバは、炎が届くより早くワイヤーを射出すると、再びビルの屋上へと鮮やかに舞い戻っていった。
「おい! ワイヤー女とその片割れは殺しちゃいけないんじゃなかったか?」
「はぁ? 民間人を殺すなってこと以外、皇帝に命令されてねぇよ」
なにやら言い争っている男たちの隙を見逃さず、身体強化を施した足で地を蹴る。
文字通り弾丸と化した俺は、言い出しっぺの男の懐へ一瞬で肉薄した。手のひらに巻きつけたワイヤーをその胸に叩きつける。
バチィィィンッ! と、夜の国道に激しい紫電が爆ぜた。
男は悲鳴をあげる暇すらなく白目を剥き、不格好に痙攣しながらアスファルトへ崩れ落ちる。
「なぁ、やっぱやっちゃっていいんじゃねぇか?」
「いや、俺は皇帝が『殺したらあいつが煩いだろうな』って呟いているのを聞いたんだよ」
「それ命令じゃないだろ!」
喋りながらも、残る四人の動きは統率が取れていた。じりじりと距離を詰め、俺を死角のない十字包囲網へと追い込んでいく。
ありがたいのは、彼らが「殺害の是非」に迷い、銃の引き金にかけた指を鈍らせていることだ。その一瞬の躊躇が、命取りになる。
「エレナさん!」
頭上からの鋭い声。
国道を埋め尽くすように、シルバが大量のワイヤーを空から降ろす。
「ちっ。銃を捨てて盾を構えろ!」
リーダー格の命令に応じ、男たちが背負っていた大型の盾を外し、真上にかざした。
盾がワイヤーを遮り、男たちの体に触れるのを防ぐ。だが、俺は構わず全てのワイヤーに電流を流し込んだ。
電撃は盾の表面で激しく火花を散らすだけで、男たちの身体には届かない。
……この盾、絶縁仕様か。
「けど、隙だらけだ……!」
上空からのワイヤーを防ぐため、男たちは頭上に盾を構えた体勢で固まっている。
俺は再び地を蹴って突進した。
一人、そして二人。
がら空きの体にワイヤーを巻いた拳を叩き込むと、二人は同時に膝から崩れ落ち、そのまま沈黙した。
「クソがっ!」
三人目が盾を投げ捨て、腰のタクティカルナイフを抜いて迎え撃とうとする。
だが、盾を構えるのを辞めれば、空中から垂れるワイヤーが体に触れる。
すかさず俺はそのワイヤーへと魔力を流す。伝導した電流が男の意識を瞬時に刈り取った。
残るは、リーダー格の一人のみ。
「舐めるな、クソアマ」
男は頭上に盾を構えたまま、俺の突進のタイミングを見計らって鋭い足払いを放った。
視界が跳ね、背中から地面に叩きつけられる。
男は間髪入れず、その勢いのまま俺の喉を踏み抜こうとした。
「しまっ――」
思考より先に体が動いた。
横に転がって踏みつけを躱し、空振りした男の足首を、死に物狂いで掴み取る。
「終わりだ……!」
手のひらに巻いたワイヤーに、最大出力の電流を流す。
ガガガガガッ! と男の身体が激しく震え、やがてその場にドサリと崩れた。
「ふぅ……っ」
周囲を見渡す。不格好ながらも、なんとか五人全員の無力化に成功したようだ。
額の汗を拭いながら、俺は再び静まり返った夜の国道で、大きく息を吐き出した。
「大丈夫ですか、エレナさん」
「ちょっと背中を打っただけで、問題ないよ」
聞き慣れた声に顔を上げると、いつの間にか国道に降りてきていたシルバが、心配そうに俺を覗き込んでいた。
鈍い痛みに顔をしかめながら、シルバが差し出してくれた手を掴んで立ち上がる。
「これで……終わりだよな?」
「そうですね。先ほど見た限りでは、防衛群の車両がかなりの規模で移動していましたから」
タイミングを合わせたように、遠くから無数のサイレンが響いてくる。
……待て。これ、俺たちを包囲するように動いてないか?
「……なぁ、シルバ。ノーラは今回は見逃すって言ってたよな?」
「はい。確かにそう仰っていました。ですが……緊迫した状況でしたし、その、報連相が徹底されていない可能性が……」
嫌な予感は、直後に大音量の拡声器によって現実となった。
『野良の魔法少女に告ぐ。テロリストの無力化には感謝する。だが、大人しく捕縛に応じなさい』
「……シルバ、逃げるぞ!」
「はいっ! ……もう、まったく! 報連相は社会人の基本でしょうに!!」




