22『最後の仕上げ』
ボス視点
「ボスさぁ、変身前と後のギャップ、ヤバすぎるでしょ」
「慣れてくれ。僕だって好きでこの姿をしているわけじゃない」
茜に返した僕の言葉は、普段の低音ではなく、鈴を転がしたような可憐な少女の声として紡がれた。
魔法少女に変身しているのだから当然だ。
高層ビルの屋上。
風の吹き抜ける特等席から見下ろす夜の東京は、実に見事な仕上がりだった。
「全て計画通り。もはや快感だね」
「防衛群のサイレン、あちこちから響いてる」
眼下では、防衛群の車両が放つ青いライトバーの光が、網の目のように首都を侵食していた。
もはや青に染まっていない闇を見つける方が難しい。
彼らはまんまと僕たちの罠に引っかかり、街中へ散っていったのだ。
「では、空になった防衛群本部へお邪魔するとしようか」
「……そうだね、ボス」
茜がふっと声を落とす。
見た目は派手なギャルだし、普段の口調も軽薄そのものだが、その実は誰よりも心配性で情に厚い。
そこが彼女の美点であり、僕にとっては困ってしまう部分でもあった。
彼女のお気に入りであるエレナとシルバは殺すなと皇帝には伝えておいた。
だが、茜は信用しきれていないのだろう。
「生贄として人間を誘拐するくせに、命を奪うのは嫌か。茜も随分と変わっているね」
「……うるさい。拉致った人たちには、そのぶんいい暮らしをさせてる。それに、儀式が終わったら全員ちゃんと解放するし」
「わかっているよ。すべてが終わった後、僕たちが平穏な暮らしを送るためだ。無駄な恨みは買わないに越したことはない」
茜から視線を外し、再び防衛群の本部ビルへと目を向ける。
ノーラはエレナとシルバという餌に釣られて留守。現在、あの牙城に残っている魔法少女はエリュセイアただ一人。
「茜。君は正面から堂々と乗り込んで派手に暴れてくれ。エリュセイアが出てくるはずだから、相手を頼むよ」
「えー、今回の作戦、うちの担当が一番キツくない?」
「だろうね。でも、そのおかげで僕が楽をできる」
茜が「サイテー」とでも言いたげな呆れ顔を向けてくるが無視する。
「君がエリュセイアの足を止めている隙に、僕は適当な窓を割って防衛群本部に潜入する。目的のモノを回収するだけだ。五分もあれば事足りる」
「オッケー。五分耐えればゲームクリアってわけね。……じゃ、行ってくる」
夜風を切り裂き、茜がビルから飛び降りた。
防衛群本部の正面へと着地し、奥へと進む彼女の姿が上空からでもよく見える。
即座にスピーカーから警告音が鳴り響き、次いで無数の銃弾が夜闇を走った。
だが茜は、そのすべてを彼女の能力で無造作に叩き落としていく。
――そして。
予測通り、防衛群本部の建物からベレー帽をかぶった茶髪の少女が姿を現した。
「……お出ましだね、エリュセイア」
チェスの駒はすべて、僕の指先ひとつで動いている。
舞台は整った。
「さて。これで本当に空っぽだ。……僕も仕事を始めよう」
床を蹴り、僕は高層ビルの屋上から跳躍した。
目指すは防衛群本部、三階の窓。重力に従って加速する身体を、変身後の可憐な衣装がふわりと包み込む。
衝突の直前、音もなく窓ガラスを融解させ、僕は滑らかに回廊へと滑り込んだ。
直後、頭上で鼓膜を突き刺すようなセキュリティサイレンが鳴り響く。
「侵入者確認! 迎撃システム、起動――」
廊下の奥から、駆動音を響かせて三機の自律戦闘機械が突進してきた。搭載された機関銃が容赦なく火を噴く。
だが、そのすべてが僕に届く手前で、見えない不可視の結界に弾かれて床へと転がった。
「ふむ。プロメテウスのものよりずいぶんと出力がいい。……お土産に一つ貰っていこうか」
二機を魔法で破壊し、迫り来る一機を指先で優しく受け止める。
手元に残った一機は暴れる獣のようになおも弾丸を吐き出しているが、銃口を天井に向けてやればただの玩具だ。
地下深くにある「特級収監区画」へ向かうエレベーターの位置は、事前に頭に入っている。
だが、まともにルートを辿れば、幾重もの認証扉と防壁に時間を取られるだろう。
「……最短ルートで行こう」
地面に向けて手をかざす。
僕の意思に応え、足元に冷徹な光を放つ幾何学的な魔方陣が展開された。
次の瞬間、世界が眩い純白に染まる。
轟音。そして、大気を揺るがす爆発的な閃光。
光が収まったとき、防衛群の本部ビルは、随分と風通しのいい環境に変わっていた。
天井から最下層に至るまで、すべてのフロアを貫通する巨大な風穴が穿たれている。
僕はお土産の重機関銃を抱えたまま、その穴へと優雅に飛び降り、煙の立ち込める地下牢へと着地した。
「凶悪な犯罪者……それも魔法少女だけを収監している地下牢にしては、案外清潔だね。まぁ、さすがは現代日本といったところか。モラルがある」
汚れ一つない白一色の廊下。空調は完全に管理され、冷たい空気が肌を撫でる。
もっとも、今は迎撃システムによって、視界が警告の赤で染まり、空間全体が神経ガスと自律追尾弾で満たされているわけだが。
「……めんどうだな」
魔法を放つと、僕の周囲の空気が清浄化される。また、迫る銃弾は軌道を曲げて壁へと吸い込まれていった。
防衛群も必死だ。さらに奥へ進むと、空間そのものが歪み始めた。
床から突然、漆黒の腕が無数に伸びてくる。僕は軽く地を蹴り、重力を無視して宙に浮遊することでそれを無効化する。
さらに天井や壁には、どす黒く血走った眼が文字通り無数に開いた。
「目を合わせない方がいいか」
僕はそっと両目を閉じた。
視界を閉ざしたところで、魔力の流れを捉えていればこの程度の回廊で迷うはずもない。
気配を辿り、角を右に曲がって、ちょうど左の部屋。目的の場所にたどり着いた。
窓一つない、強固な魔導隔壁で閉ざされた部屋の扉。
僕は目をあけ、その冷たい鉄格子の扉をコンコン、と軽やかにノックした。
「迎えに来たよ。僕には君が必要なんだ」
十重二十重にかけられた電子ロックと封印の術式。
それを解除する手間を惜しみ、腕に少しだけ魔力を込めて扉の蝶番ごと強引に引き剥がした。激しい金属音と共に、分厚い扉が床に転がる。
白い牢屋の奥。
暗闇の中から、場違いなほど無邪気な「ニャー」という鳴き声が、僕を迎えるように響いた。




