2『俺たちは魔法少女』
『そうだよ。僕は君たち二人の姿に感動したからね。二人ともさ』
「私の勝手な行動に彼方くんを巻き込みたくありません」
『なにも僕のわがままじゃないよ? 彼を助ける方法がそれしかないからさ』
「どういうことですか?」
あのドラゴンを倒す力を与えてくれるという話ではなかったのか?
『力は与えるさ。あのドラゴンもどきを倒せる力を。けど、結波彼方の治療はできない』
「……治癒能力はない?」
そういえば、治癒能力などをもった魔法少女は珍しいと聞いたことがある。ほとんどの魔法少女が戦闘特化だ。
『あいにく在庫がなくてねぇ』
「…………」
この超常的な存在は私に力を与えようとしてくれているのだ。その軽薄な語尾の伸ばし方に苛つくのも間違いだろう。
『だから、二人一組の魔法少女にしてあげる。片方が死んでも、もう片方が生きていたら復活するタイプのイレギュラーさ!』
◇
「……うん?」
八時間睡眠を取った朝のような、爽快な目覚めだった。
……あれ? 俺はあのおっさんと別れて、それからドラゴンに喰われて死んだんじゃなかったのか?
体が妙に軽い。子供の頃のような、全身に尽きることのないエネルギーが満ちているような感覚。背中の痛みはどこにいった?
ドゴォン!!
重量のある物体が豪快に地面に叩きつけられる音が轟く。
地面に転がったまま音のした方向へと顔を傾けると、ワイヤーでぐるぐる巻きにされたドラゴンがアスファルトに叩きつけられていた。
ワイヤーでドラゴンを拘束しているのは、黒髪ショートヘアの少女。顔に包帯のような見た目のワイヤーを巻いて目隠しをしているが、相当な美人であることが分かる。
彼女がワイヤーを引く手に力を込める。ワイヤーがドラゴンの肉体を締め上げ、ミシミシと嫌な音が鳴るがそれだけだ。決定打が足りていない。
「拘束が得意な魔法少女なのかな……てっ、俺の声おかしくない!?」
今の声は俺のか? 俺の自慢のバリトンボイスは失われ、随分と高い声が喉から奏でられた。半ばパニックになって起き上がる。
「なんか胸が重いぞ?」
見下ろすと、程よい双丘が服を盛り上げていた。とっさに手で触ろうとしたところを理性で抑える。
着ている制服が男子高校生の物から女子学生の物に変わっている。黒のセーラー服にスカート。赤いリボンが特徴的だ。
「なんで俺女の子になってるんだっ!?」
「彼方くん! 生き返ったんですね!」
「……なんで俺の名前を知っているんだ?」
ワイヤー魔法少女が俺の方を向く。魔法少女の知り合いなんていないし、そもそも俺、今は女の子だぞ。なんで俺だと分かった?
「ていうか生き返ったってなに? 俺死んでたの?」
「彼方くん。私です。七瀬晃一です!」
「ななせこういち……?」
七瀬晃一といえば、俺を助けようとしてくれたおっさんのことだ。目が死んでいて、隈ができているあのくたびれたおっさん。
俺は七瀬晃一を自称するワイヤー魔法少女をマジマジと観察する。
黒一色の服に身を包み、なぜかへそ出しをしていて、顔と腕にワイヤーを巻いている異常な姿。
「嘘つくなよ」
「嘘じゃありません! 彼方くんが魔法少女になったように、私も魔法少女になったんです!」
「はぁ!?」
確かに俺は女の子になった。なら、七瀬さんが女の子になってもおかしくはない。けど、そんなすんなり受け入れられるわけがなくて……。
「っ! 避けてください!」
ワイヤーに体を締め付けられたドラゴンが、強引に口をこじ開ける。喉の奥が光ったと思うと、次の瞬間、俺たちに向かって炎が吐き出される。
慌てて地を蹴ると、俺の体は軽く5mほど浮き上がった。さっきまで俺の体があった場所に炎が駆け抜ける。
「俺……本当に魔法少女になったんだな」
言葉よりも体感の方が理解に繋がる。
軽く足に力を込めただけで5mも跳躍できる異常な身体能力など、魔法少女以外にありえない。
「でもなんで?」
「詳しい説明は後で。ともかく私たちは二人セットの魔法少女になりました」
「おっさんとセット!?」
男である俺と、出会ったばかりの見知らぬおっさんが魔法少女としてコンビを組む。……なんだそれ!?
「ともかく私たちは二人で一つ。私がワイヤーの操作を担当し、彼方くんがワイヤーに電気を流す役割を担当しているそうです」
「電気ってワイヤー以外には流せないのか?」
「そうみたいです。一つの魔法少女の力を分割したそうなので」
ドラゴンは既にワイヤーから抜け出していた。目を怒りで真っ赤に染め、口からは絶えず火の粉が吹き出している。
突然体を回転させ、長い尻尾が俺たちを襲う。空気を裂くような轟音。
七瀬さんが道路の両脇にそびえる二棟のビルの間に、何本ものワイヤーを蜘蛛の巣のように張り巡らせていく。
ドラゴンの尾がワイヤーの盾と衝突し、ビルが軋み地面が震える。
「今です彼方くん! 電気を流してください!」
「どうやって!?」
「やればできます!!」
令和の時代にふさわしくない、とてつもない根性論。
けれどやらなくてはいけないのは事実で、七瀬さんだって知識のない状況からワイヤーの操作を成功させている。
なら、俺にだってできるはずだ。
「なんか出ろっ!」
その瞬間、俺の体内にある湖のような場所から水が抜けるような感覚がした。同時に、ワイヤーに電流が走る。
「アギャァァァァァァ!!!」
ドラゴンの苦悶の叫び。焦げるような臭いが鼻を刺す。
「痛そうな声は上げてるけど、全然致命傷じゃない?」
「そうみたいですね。……ここからが第二ラウンドです」
七瀬さんが俺の隣に立つ。
俺も七瀬さんも、見た目は可憐な魔法少女だ。並んで立てば絵になるだろう。
けれど中身は男子高校生とアラフォーのおっさんだ。
いまだに俺は状況を把握していないが、ともかく、俺たちの魔法少女としての初陣が始まったのだ。




