3『空中を謳歌する魔法少女たち』
「あっぶねぇ!」
ドラゴンが道路脇に建っていたビルの根本を腕の一振りで破壊する。崩れ行くビルを俺と七瀬さんは左右に分かれて回避した。
地鳴りとともにビルが粉々に砕ける音が周囲一帯に木霊する。
「な、なぁ、七瀬さん。今更だけど俺たち逃げなくていいのか? 魔法少女になったからといって、戦う義務があるわけじゃないんだし……」
つい先ほどまでは、手に入れた力に酔いしれていた。けれど、ビルが崩れる様を見て冷静になった。
怖い。
こんなもの、命がいくらあっても足りない。
「なら、彼方くんは逃げてください。もともと、私が巻き込んだだけですし」
「……はぁ!?」
そんなことできるわけないだろう。
理由は分からないが、今の俺には魔法少女としての力があるのだ。力があるのに逃げて、七瀬さんになにかあったら……。
考えただけで身震いする。俺は一生後悔し続けるだろう。
「私も同じですよ。力があるのに逃げて、もしこのドラゴンが誰かの命を奪ったら……。なぜ戦わなかったのかと後悔します」
七瀬さんを見ると、形の良い唇が恐怖に歪んでいた。
「……元のおっさんの姿とのギャップがありすぎて違和感しかない」
「私もですよ。彼方くんを直視できません」
「顔にワイヤー巻いてるのに見えるの?」
「はい。透視と言うんでしょうか?」
下らない話で小さく笑い合いながら、俺と七瀬さんはドラゴンとの距離を詰めていく。
反射神経が強化されているのか、時折放たれる火炎放射も簡単に回避できる……と思っていた。
「七瀬さんっ!?」
「すみませんっ!」
ドラゴンが口を開き、喉の奥から光がこみ上げると同時、俺は回避行動を取ろうとした。けれど、隣にいた七瀬さんがまだ反応していなかった。
俺は咄嗟に七瀬さんを抱え、ドラゴンの射線からズレる。
「……まさかお姫様抱っこされるとは」
「今はお姫様みたいな見た目だからいいだろ」
「そういう問題ではないんです。中身はアラフォー男ですよ、私」
七瀬さんを降ろす暇もなく、炎が俺たちを襲い続ける。ドラゴンの顔が俺の動きを追っているのだ。
「角度的にここは無理だろ!」
足に力を込め、ドラゴンの真上に向かって天高く跳躍する。
人間が真上を向こうと思ったら、背をのけぞらせる必要がある。鱗に包まれたいかにも固そうなドラゴンの体ならどうだ!?
「攻撃をやめたようですけど、この後どうしますか?」
「とにかくドラゴンに向かってワイヤーの雨を降らせてくれ。一本でも刺さったら電流を流すから!」
「わかりました」
七瀬さんの手のひらから無数のワイヤーが射出される。ドラゴンの図体は大きく、それでいて動きは遅い。放たれたワイヤーのほとんどが鱗を穿つ。
悲鳴が聞こえないあたり、肉までは届いていないということか。
それでも攻撃するなら今しかない。
ありったけの魔力を引き出し、最大出力の電流をワイヤーへと流そうとした瞬間、俺たちの体が空中を猛スピードで移動する。
「ぐぅ……」
ドラゴンが体を高速で左右に揺らしているのだ。
ドラゴンの体とワイヤーで繋がった俺たちは、空中で大いに脳を揺らされる。
「任せてください!」
七瀬さんが左手を突き出し、まだ崩れていないビルに向かってワイヤーを巻き付ける。
一瞬だけドラゴンの動きが止まる。
だが。
ミシミシ。ビキッ。バキッ。
ビルが嫌な音を鳴らし、少しずつ傾いていく。
「彼方くん! 今です! 今しかありません!!」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」
雄たけびとともに放たれた電流が、ワイヤーを青白く染める。
「っう!」
網膜が焼かれ、俺は苦悶の声を上げる。完全に自爆だ。
腕の中の七瀬さんはというと、目隠しのおかげで苦しんでいない。透視は透視でも、遮光機能でもついているのだろうか。
暴力的な光がワイヤーを通ってドラゴンの体へと落ちる。
「アギャァァァァァアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
耳をつんざく不快な叫び。
同時に、ドラゴンの動きが完全に止まった。
「……やりました!」
「だな! 七瀬さん!」
魔法少女になる前までは、逃げることしかできなかったドラゴンを倒した。
七瀬さんをお姫様抱っこしているからハイタッチできないのが残念だ。
「うおっ!?」
いきなり俺たちの体が横方向へと傾く。
強烈なGがかかり思わず吐きそうになってしまう。
「七瀬さん! ワイヤー外して!」
ドラゴンの背に突き刺さったワイヤーは、七瀬さんの手のひらと繋がっている。巨躯が横ざまに倒れれば、俺たちも同じ角度で引きずられるように傾く。
「外しました!」
「がんばれ俺ぇ!!」
自分でもどうやったかは分からない。
空中で横向きになった体をなんとかして縦向きへと立て直した。
ドォン!
骨まで響く衝撃とともに、俺は地面へと着地した。
「いってぇ……」
「大丈夫ですか? 彼方くんの方が身体能力が高いはずなのですが」
「そうなの? だからさっきの火炎放射に反応できなかったのか」
「はい。距離も近かったので……その節はすみません」
俺に抱えられたまま、七瀬さんがペコリと頭を下げる。
「いいって。俺たちは二人セットの魔法少女なんだろ?」
「……そうですね。その件についても謝らないと」
「俺もちんぷんかんぷんだから、いろいろと説明してほし……」
ウォンウォンウォンと、自衛隊の対特定有害生命体防衛群の車両のサイレンが俺の言葉を遮る。
今さらおせぇよという気持ちが湧き出すが、言っても仕方がない。
「……まずい。彼方くん、逃げますよ!」
「えっ、あっ……そっか」
「はい! 私たちの中身は男性。変身を解けば最悪社会的な死が待ち受けています。野良の魔法少女は追われる運命にありますが、相手は人手不足ですからね」
「怪物に手一杯で野良を追う余裕なんてないってわけか」
魔法少女は多くの個人情報が政府によって掌握される。
さらに、公式WEBサイトでその地域を担当している魔法少女のプロフィールを閲覧することも可能だ。
考えただけでぞっとする。
魔法少女の力は強大で、野放しにできないという理屈は納得できるが、思春期男子に受け入れられる話ではない。
「魔法少女の力を利己的に使用しない」と誓いながら、俺は駆け出した。
「あの……そろそろ下ろしてください。私の自尊心が崩壊の危機なのですが……」




