19『釣り餌と魚』
「シルバ……ごめん……」
「い、いえ……っ」
シルバが握るリング状のワイヤーへの通電を止め、電磁石化が解除される。
その瞬間、俺の全身を締め付けていた拘束感が消え去り、ようやく体の自由が戻ってきた。
「君たちって、本当にそういう関係なの?」
いつの間にか背後に立っていたノーラが、呆れ果てた声を出す。
「違うからな、ノーラ!」
「エレナさん。否定する前に、まず……どいてください」
事の顛末はこうだ。
全身にワイヤー(つまり鉄)を巻き付けた俺の体が、電磁石を握るシルバの右手へと超高速で磁気吸着される。
結果として文字通りの「猛烈なタックルからの抱擁」をかます羽目になった。
可憐な美少女二人が互いの身を寄せ合い、息を荒くしている光景。
客観的に見れば極上の百合絵図だが、当の本人たちにとっては生き地獄でしかない。
……なにせ、外皮は美少女でも、中身は男子高校生とおっさんなのだから。
「君たちがポカをしてくれたおかげで、私の仕事も早く終わりそうだよ」
コンビニの屋根をコツンと叩く、ノーラの足音。
見下ろせば、地上にはいつの間にか何人かの野次馬が集まり、スマホのレンズをこちらに向けている。
やめろ。撮るな。
またネットで『尊い系の百合魔法少女』とか書かれて拡散されるだろ。
「いまのは……その、ただの大道芸だ。見逃してくれないか?」
「確かに面白かったけどね。でも、野良の魔法少女を保護するのも私の仕事だから」
「……クソッ」
「エレナさん……安心してください。(社会的に死ぬのは)私も一緒です……」
「一ミリも安心できねぇよ……っ!」
一歩、また一歩とノーラが距離を詰めてくる。
今から起き上がろうとしたところで、体勢を立て直す前に組み伏せられるのがオチだ。
――終わった。社会的にも、物理的にも。
そう絶望した、その瞬間だった。
空気を切り裂く鋭い銃声。次いで、地鳴りのような悲鳴が遠くで轟いた。
「……怪物兵器」
ノーラが短く、忌々しげに呟く。
先ほどまでの余裕の笑みは消え去り、その横顔は一瞬で戦士のそれに変わっていた。
彼女は俺とシルバの腕をそれぞれ掴むと、問答無用で強引に引き起こす。
「二人とも。虫がいい話だってことは百も承知。だけど……あの暴動を止めるの、手伝ってくれない?」
状況は一刻を争う。俺は隣のシルバに視線を送る。
「シルバ。いいよな……?」
「もちろんです、エレナさん。……ですが、ノーラさん」
シルバが顔を上げ、交渉人の目を光らせた。
中身がおっさんなだけあって、こういう時の切り替えはやたらと早い。
「今回だけで構いません。私たちの身柄、見逃してくれませんか?」
「……いいよ。霧島さんにはチクチク文句を言われるだろうけど、始末書一枚で済むと思うし」
「――えっ」
『霧島さん』という響きに、心臓が跳ね上がった。思わず声が漏れる。
ノーラが怪訝そうにこちらを覗き込んできた。
「どうしたの? エレナちゃん」
「……い、いや。その、歩く戦略兵器みたいな魔法少女を『チクチク叱れる』なんて、その霧島って人も相当な度胸だなと思ってさ」
「あはは、確かにね。魔法少女を『国家の徹底管理下に置くべき兵器』と主張して恐れる人もいるくらいだし。……まぁ、あの人は全然恐れてないけど」
ハハ、と引きつった笑いを返しながら、俺の背中には冷や汗が流れていた。
霧島さん。
その名前には見覚えがあった。
クラスで隣の席の、望月さんのスマホだ。
画面に『霧島さん』からの着信が表示され、彼女は早退した。確かあの日は、グリフォンが出現した日だ。
……待て。じゃあ、隣の席の望月さんが、俺たちを追う最強格の魔法少女ってことか!?
いや、まだ望月さん=ノーラが確定したわけじゃない。
望月さんが霧島さんと関係があるというだけだ。
「さぁ、お喋りはここまで! 跳ぶよ!」
「ちょっ――!?」
「うわあぁっ!?」
ノーラは両脇に俺とシルバを抱えると、凄まじい脚力でコンビニの屋根を蹴った。
風を切り裂き、一跳びで数百メートル。胃袋がひっくり返りそうな浮遊感の後、俺たちは騒動の中心地へと強制連行される。
着地した国道のど真ん中。そこには異様な光景が広がっていた。
武装した五人の男。彼らは一列に並び、判で押したような正確な足取りで、ただ黙々と行進している。
時折、狂ったように空へ向けて銃を乱射する以外、周囲の店舗を襲う様子も、逃げ惑う人々を追いかける様子もない。
その不気味な行進を見下ろし、ノーラが低く呟く。
「宝石店を襲うわけでも、人質を取るわけでもない……。どういうこと?」
「快楽殺人者の類にも見えないな。弾道がわざと人混みを避けてる」
「ええ。ここから見る限り、死傷者は一人も出ていないようです」
シルバがノーラの脇の下から逆さ吊りにされた状態で、冷静に周囲を分析する。
その姿は完全にシュールな絵面だが、言っていることは的確だ。
「よし、挨拶といこうか」
ノーラが俺たちを地面に降ろし、武装集団の目の前へと立ちはだかる。
すると、集団の真ん中にいたリーダー格の男がピタリと足を止め、一歩前に出た。
男は歪んだ笑みを浮かべ、俺たちを凝視しながらひどく掠れた声で言い放った。
「釣り餌と魚じゃねぇか……。まだ飲み込んでもねぇのに、俺たちのところに来んなよ。俺たちはお前用の釣り餌じゃねぇんだ」
「……は?」
理解不能な言葉の羅列に、ノーラが眉をひそめる。
「……まぁいい。どうせ、釣り餌はたくさんあるんだ」
男が歪んだ笑みのまま、機械的な動作で銃口をこちらへ向ける。
それと同時に、遠く、別の街並みの向こうからも――全く同じ、乾いた銃声が響き始めた。
連鎖する銃声。
街のあちこちに仕掛けられた『釣り餌』の存在を予感させながら、五つの銃口が火を噴いた。




