18『VSノーラ』
「暗闇から最強格の魔法少女が出てくるとか、本物の幽霊よりタチが悪いんだけど……」
「しかも、私たちを追っている魔法少女ですからね」
まだツボに入っているのか、ノーラは肩を小刻みに揺らしてくくく、と笑っている。
それにしても、どうして彼女がここにいるんだ。
「不思議そうな顔をしてるね。答えを教えると、SNSに君たちの目撃情報が上がっていたんだよ」
「……そうならないように変装してたんだけどな」
「髪型と服装を変えたのはいいけど、せめてマスクくらいは付けるべきだったんじゃないかな?」
「夏日だし、熱中症で死んでしまう」
付けるとしたら、せめてサングラスだ。
実際、事前にシルバと「サングラスで顔を隠すか」という会議はした。したのだが……。
「完全に思春期の自意識の壁なんだけどさ。サングラスをかけるのって、なんか恥ずかしいんだよな」
「私はそうは思いませんが、私たち、基本的に日が暮れてからしか外に出ませんからね」
シルバの言う通り、夜間にサングラスをかけていたら逆に不審者として目立つだけだ。
そんな俺たちのボヤキを他所に、ノーラがごそごそとコートのポケットを探り始めた。
取り出したのは、漆黒のサングラス。
月明かりすら届かない暗い路地裏だというのに、彼女はそれを平然と顔に装着した。
「……気でも狂った?」
「まさか。君たちがワイヤーに高電圧を流して、目眩ましの閃光を放ったときの対策だよ」
心臓が、跳ねた。
「……ああ、そっか。前回は、それでノーラから逃げ延びたんだよな」
圧倒的な実力差があるノーラに対して、唯一通用した技が、今、完全に潰された。
――参ったな。これは本格的に詰んだかもしれない。
「手荒な真似はしたくないからさ。大人しく保護されてくれないかな?」
「捕まったら政府の犬だろ? 真っ平ごめんだね」
軽口で返してはいるが、こちらの内心は冷や汗ものだ。
本当のことを言えば、政府に囲われるのが嫌なのではない。ただ単に、俺たちの正体が男だからだ。
世間で「尊い百合魔法少女」などと騒がれていた俺たちの中身が、男だと知られたら……その時点で社会的に死ぬ。
「凄く忙しいし、命の危険もあるけど、お給料はそこまで悪くはないよ?」
「勧誘下手すぎない!?」
「メリットが一つも機能していませんね」
俺とシルバのツッコミに、ノーラは恥ずかしそうに頬を染めた。
――が、次の瞬間、彼女はどこからともなく禍々しい赤い大鎌を取り出した。
夜の暗闇の中で、ノーラの紅い瞳が獣のように鋭く光る。
「仕方ないな。言葉で説得できないなら、力でねじ伏せるしかないよね」
「いや、もうちょっと言葉で頑張ろうよ!?」
「そうです、話せばわかります!」
ここ数日修行して少しは強くなったとはいえ、ノーラを前にすれば俺たちの力など付け焼き刃にすぎない。
かといって、話し合いでどうにかなる相手でもなかった。彼女の目は、俺たちを保護する気満々だ。
ノーラが静かに前傾姿勢になる。
「問答無用……!」
ドン、と空気が爆ぜる。
狭い路地裏に、シルバが瞬時に鋼鉄のワイヤーを張り巡らせた。
すかさず俺がそこに高電圧の電流を流し込む。素手なら触れることすら不可能な電撃網。
だが、ノーラの得物は茜と違って素手ではなく、あの大鎌だ。
大鎌の斬撃の前に、俺たちのトラップは一切の抵抗も残せず、バターのように切り裂かれていく。
「嘘だろ、あの鎌、絶縁仕様なのかよ!?」
「エレナさん、この距離で背を向けたら一瞬で追いつかれます。今はやるしかありません!」
シルバの叫びと同時に、ワイヤーが俺の手元にしなやかに巻き付いた。
俺はそのワイヤーに、今度は出力を絞った電流を乗せる。
ノーラは敵じゃない。ただ、政府の魔法少女として、野良の俺たちを保護しに来ただけだ。
傷つけたくはない。だから、彼女の体を一時的に痺れさせて動きを止めるだけの、最低限の電撃。
……そもそも、ノーラを攻撃すること自体気が引けるのだ。
「俺はノーラのファンだから、握手してくれないか!?」
「握手するのはいいけど――まずはその物騒なワイヤーを外そうか」
一閃。
ノーラが大鎌を振るうと、俺の手に巻き付いていたワイヤーが地面にぽとりと落ちた。
俺の肌には傷一つない。神業だ。
「シルバ!」
「任せてください!」
直後、再び俺の体にワイヤーが巻き付く。今度は全身だ。
それを見たノーラが、小さく眉をひそめた。
「……先に、シルバちゃんを無力化した方が良さそうだね」
俺の横を通り過ぎようとするノーラ。
行かせるか!
俺は不格好な身体強化を発動し、なりふり構わず彼女に飛びついた。
だが、ノーラは軽やかなバックステップで、抱き着きにいく俺をあっさりと躱す。
「……今の、身体強化? できるようになったんだね」
「やり方を教えてくれる親切なサイトがあってな」
「パンドラ・ネットか。あのサイトに野良の魔法少女が帰属意識を持っているのは、政府としても一つの問題なんだよね」
確かに、俺たちが今どこに所属しているかと聞かれれば、あのサイトの名を挙げるだろう。
アングラなコミュニティであっても、属しているという事実が、俺たちに奇妙な安心感を与えていた。
「ノクシアもいずれ捕まえるけど――まずは、目の前の二人からだ!」
「っ……!」
ノーラの大鎌の柄が、容赦なく俺の腹部へと突き出される。
「エレナさん!」
シルバがワイヤーを引いて俺の体を無理やりズラし、危機一髪で回避。だが、俺は勢い余って地面にしりもちをついた。
ノーラは倒れた俺に目もくれず、シルバに向かって地を蹴る。
「シルバちゃん、捕まえた!」
「前に対峙した時から、私も成長しているんです!」
シルバが掌からワイヤーを射出し、コンビニの屋根へと引っ掛けた。そのままワイヤーを巻き取り、一気に頭上へと跳躍する。
ノーラもまた、重力を無視したような跳躍でそれを追った。
「逃げても無駄だよ」
「エレナさん、今です!」
「了解――!」
待ち構えていた俺たちは、同時に声を張り上げた。
「「《電磁石化》!!!」」
リング状にしたワイヤーに電流を流し、一時的な磁石へと変貌させる。
その電磁石化したワイヤーを握っているのは、屋根の上のシルバだ。
次の瞬間、強烈な磁力が俺の体に巻き付いたワイヤーを引き寄せた。
「うおわっ!?」
体が勝手に浮き上がり、猛スピードで空中のノーラめがけてカッ飛んでいく!
これが俺たちの切り札。
シルバを狙ってノーラが飛び上がる。その結果、位置関係は下から【俺・ノーラ・シルバ】の順に一直線に並ぶ。
そこで磁力を発動すれば、俺は弾丸となってノーラを背後から強襲し、そのまま体に電気を流して行動不能にできる――はずだった。
しかし、ノーラは「最強格の魔法少女」だった。
空中で逃げ場がないはずの彼女は、躊躇なく大鎌を大きく一閃させる。
「はっ!」
凄まじい斬撃の風圧。
それが推進力を打ち消すカウンターとなり、ノーラの身体は不自然に軌道を変えて地面へと落下していく。
結果――。
「エ、エレナさっ!?」
「シル、バっ!?」
標的を失った俺は、ものすごい加速のまま、屋根の上のシルバに向かってノーブレーキで抱き着くことになった。




